君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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決意と諦め(11/22~11/23)

湊を刺し殺し、その身体を蹴りひっくり返して仰向けにし完全に死んだことを確認した後に他の全員がマザーハーロットの攻撃によって死んだのを見届けた教主は興味を失ったのかすぐに踵を返そうとする。歩みを進めた先にある倒れ伏すタカヤの身体を器用に避けるようにして。

 

しかし、異変はすぐに起こった。

 

最初は小さな光だった。

奏子の懐から光が漏れだしたのだ。

 

それを教主は振り返り立ち止まって見つめる。

ゆらゆらと光に誘われるように青い蝶が教主の目の前を飛ぶ。

握り潰そうとして手を開き──

 

──けれど握りしめることは出来なかった。

 

──キィイイン……!

 

触れた瞬間に教主は腕を弾かれ、耳鳴りのような甲高い音と共に青い蝶が光となって消える。

 

「ぐ…っ!」

 

その光が反射し、教主の虚ろな瞳に青い色を映す。それと同時に教主は頭を抱え始めた。

まるで、酷く痛むというように。

そして何度か青色を振り払うかのように頭を横に振り、震える手をマザーハーロットへと向けた。

 

ごぼり。

 

影から大量の手が現れる。

それは一瞬にしてマザーハーロットの全身を掴み、影の中へと引きずりこもうとした。

当然、その凶行に驚いたのはマザーハーロットだ。

 

「ああ…! 嗚呼…! 契約者よ…! なにゆえ、汝は妾を喰らおうと言うのかえ…!? 妾はしかと望み通り彼奴らに死を与えたはずぞ!」

 

縋る様に叫んだマザーハーロットの声に教主は答えない。

ただ、マザーハーロットを飲み込む影のスピードが上がっただけだ。

 

「……! 成程……贄は彼奴らではなく、妾の方であったか──!」

 

何かに気がついたマザーハーロットはそのまま抵抗をやめ、影の中へと引きずり込まれてゆく。

そして10秒もしないうちにどぷん、とマザーハーロットの頭のてっぺんまでが綺麗に影に吸い込まれ場はしんと静まり返った。

その真ん中で、教主は項垂れるようにして沈黙している。が、すぐにジリジリと後退し始めた。

暖かい光を忌むように。

 

発される光が一層強くなる。

目を覆うような明るさになったそれは、湊たちだけではなく一帯を包み、弾ける。

 

「あ、れ…? 私たち、生きてる…?」

 

光が弾けた後、いつの間にか立ち上がっていた奏子が呆然と呟く。

マザーハーロットの攻撃によって意識を失ったかと思えば、次に意識が浮上した時には無傷でその場に立っていればそういう感想にもなるだろう。

キョロキョロと周りを見回せば奏子だけでなく全員が何事も無かったかのように立ち上がっていたのだ。

そんな奏子達をしり目に、教主はわなわなと震え、更に後ずさった。

 

「……っ…………!」

 

後ずさった時に教主が呟いた小さな声を、1番近くにいたタカヤは聞き逃さなかった。

否、()()()()()()()

 

──“どうして”。

 

その声は酷く震え、現状を理解できていないようだった。それは、戸惑いからというようにも、力尽きたはずの湊達が暖かい光と共に蘇ったからのようにも聞こえた。

教主はそのまま煙に巻かれるように黒い霧の中へと消え、居なくなる。

そして教主のはるか後ろにいたはずの神取もその姿を消していた。

 

 

 

 

11月23日(月) 深夜

巌戸台分寮 ラウンジ

 

教主や神取との戦いの後、何故傷が癒されていたのかわからないために蛇頭黄幡神戦とはまた違った気味の悪さを残しつつも寮へと戻ってきた特別課外活動部は、そのまま朝倉医院にもアジトにも戻ることなくついてきたタカヤ達ストレガをソファーに座らせた。

順平が新たなペルソナに目覚めたがそれを祝ったりすごいと言えるような雰囲気ではなかった。

 

「どうしてお前達はあそこにいた?」

 

まず口を開いたのは明彦だった。

ストレガがなぜニュクス教の教主や幹部である神取と戦っていたのか。それが訊きたかった。

 

「──最近、集団自殺未遂が頻発しとるんやけど……それをタカヤがニュクス教絡みやないか言うたのが発端や。いまのナギサがそういうやつらのしょーもないことに巻き込まれでもしたら困るさかいに確かめようってな」

 

それに答えたのはタカヤではなくジンだった。

メガネをくいと上に押し上げ、背もたれに凭れなおした。

 

集団自殺未遂。

テレビでも最近取り沙汰されるようになったあれか──と、その場にいる全員がおのおの思い当たるものを思い浮かべる。

中には集団自殺そのものに発展した物もあったが、概ね未遂と呼べるものが頻発している為に集団自殺“未遂”事件と呼ばれるようになり、無気力症と合わせて危険視されるようになってきていた。

場所も人数も自殺する方法もバラバラ。一見共通性のないそれらから、タカヤはどうしてニュクス教の仕業だと思ったのか。

 

「私も半信半疑でした。ただ滅びを願う宗教がそんな積極的なことをするのか──と。なので、その可能性を捨てるためにそこのまとめ役をしているという神取と名乗る男に会おうとしたのです。…知り合いがその男と諍いを起こしているのは知っていたので穏便に済むとは思っていませんでしたから、備えていたというのにこのザマです」

 

忌々しそうに語るタカヤの脳裏に浮かぶのは11月に神取と事を構えていた朝倉の姿だった。

あの時、タカヤ達も近くにいたが神取が一瞥し「フッ」と軽く鼻を鳴らしていたことからわざと見逃されていたのだろうと察したのだ。影時間以外では何もできないだろう、と知られているかのように。

 

「それに、あの男からは幾月と同じ匂いがした。それだけで十分でしょう?」

 

タカヤは自殺未遂の件をどうこうしようというものではなかった。ヒマだから調べ、その先に神取という幾月と同じような気配を漂わせる男がいたから突きたくなっただけだ。いまの優希(ナギサ)が巻き込まれて困るというのも本音でもあるが。

 

「ま、ビンゴやったんやけどな。あいつらニュクス教が集団自殺未遂事件を起こしとるらしい。なんや『結果的にそうなった』とか言うて直接的な言葉は濁しとった。んで、そこまで気づいてもたんなら逃がせへんって言われてやりあったっちゅーわけや」

 

集団自殺を起こさせているのがニュクス教であると神取や教主はすんなりと認めたらしい。

ただ、タカヤからすればその『逃がさない』という言葉もいまとなっては本気ではなく戯れだったように思えた。

ほぼ一瞬で決着は着いたが、特別課外活動部が来るまでは追撃されることなくその場に放っておかれたのだから。

『餌』として扱うならもう少しいたぶるなりするだろうにそれもなかったのだ。教主もタカヤ達が地面に膝をつけばすとんと動きを止め、追撃をする素振りを見せるどころか確実に殺せるタイミングでペルソナをひっこめた。これを『遊ばれている』と表現する以外になにがあるだろうか。

 

「一体何のために…」

 

風花が呟く。

何のために集団自殺などというものを起こしているのか。理由は全く分からなかったがタルタロスを登ろうとする特別課外活動部を邪魔しようとしていることと共通することはひとつ。

 

「──まさか、ニュクスの降臨にそういうのが必要、だとか..?.」

「でも、滅び──ニュクスの降臨って“デス”ってシャドウが現れた時点で決まってるって言ってましたよね…?」

 

ゆかりの気づきに天田が補足する。

ヒュプノスという“死の宣告者”が現れた時点で、ニュクスの降臨は決定しており覆せるものではない。

だというのにニュクス降臨の為に“自殺させること”ではなく“自殺未遂”を起こさせることが目的とはよくわからない、と一同は疑問に感じた。

 

「そういえば──カダス、で…あの…ナギサちゃんが言ってたシャドウが増えるっていうのと…関係、あるのかな……」

「…?」

 

“ナギサちゃん”という名前に眉を顰めるタカヤに気がつかず、“カダスのナギサ(ノーデンス)”の最期を思い出し少し落ち込んだ様子の奏子の言葉の意味を理解した美鶴が納得したようにうなずいた。

 

「…成程な。『死に触れようとする行為に伴っている感情がシャドウを産む』というものだな?」

「うん。私たちのやってる召喚方法自体がシャドウを生んでるかもしれないねってやつ…」

 

未だ表情が暗いままの奏子は段々しりすぼみになりながらも言葉を吐き出した。

 

「では次に、『シャドウを生んでどうしたいか』という話になりますね。安直に考えるならば、シャドウを増やしてタルタロスの探索を妨害する意図があると思われます。ですがこれまでの探索と同様、タルタロス内部のシャドウの数はそれほど増えていないようにも思えます。私たちの妨害が目当てと仮定しても、とても意味のある事には思えません」

「アイギスの言う通り、シャドウの気配も一カ月前とかに比べて増えてるってわけじゃないの。もちろん、上に進めば進むほど強いシャドウがいるのはそうなんだけど…それでもすごく強いシャドウがいるってわけでもないんです…」

 

理路整然と推測するアイギスの言葉を補足するように風花が言葉を紡ぐが奏子とはまた違う理由でしりすぼみになっていく。

そんな困った顔でしどろもどろになっている風花の顔を見て明彦が不思議がる。

 

「なら、あのナギサという少女が言っていたことは間違いなのか?」

 

カダスのナギサ(ノーデンス)”の言っていたことが間違いなのか、それともシャドウはどこかで増えているのか。

なにも判断材料が無いため、全員が黙り込む。

 

「あのさ」

 

沈黙の中、声を発したのは湊だった。

湊は言うか言わざるべきか悩んでいたことを今、言おうとしていた。

ただ、これを言うと全員の混乱は免れないだろうというのも理解していた。下手をすれば、戦意を喪失してしまうかもしれないということも。

 

「もしかしたら──ニュクス教はニュクスが来るのを早めたいんじゃない?」

「……は?」

 

惚けた声を出したのは順平だ。だが、湊は構わず続ける。

 

「あのナギサって子は、僕ら一人一人がペルソナの召喚に使う分ならシャドウは相対的に考えて減っているから大丈夫だって言ってたけど、逆に他から沢山増やされたら一気に降り積もる…それに比例して滅びを願う声も大きくなるんじゃないかな。そしたらきっと、ニュクスは…」

 

呼ばれてしまうだろう。来てしまうだろう。

たとえヒュプノスが遅らせているとしても、あれは「1月31日が限界」と言っていたのだ。あの時点で1月31日がギリギリなのだとしたら。

ニュクス教のやっていることのせいで“エレボス(死を願う声)”が強大になればなるほどニュクスを目覚めさせ易くなり、そのタイムリミットは短くなっていくことだろう。

──だから、ヒュプノスは焦っていたのか、と湊は納得した。もとよりかつての綾時(本来のデス)より力があるようには見えなかったのだ。力の制御も完全ではないのだろう。

 

湊から見てヒュプノスはペルソナとしては強力なのだろうが、なぜか借り物の力を無理して使っているようにも見えた。

元々、花を携えた静かで穏やかなペルソナだったのだ。とってつけたように深紅の鎌を持っていたが、それに振り回されているようにも思えた。だからこそ、言動が支離滅裂だったのではないかと。

 

「んだよ、それ。早めたいって…そんなことされたらある日突然めちゃくちゃになって全部滅んじまうかもしれねーってことかよ!? そんなの…アリかよ! オレたちにはどうしようもできねーだろそれ!」

「…落ち着いて、順平」

「落ち着け伊織。あくまで有里の推測だ。確かにその線も濃いだろうがそうと決まったわけではない」

「ぅ……スンマセン」

 

立ち上がり、感情のままに叫んだ順平だったがチドリと美鶴に窘められ、また座る。

 

「結局、目的ははっきりしませんね。直接聞けば何か教えてくれないこともなさそうですけど……今の僕らで戦いになった場合、勝てませんよね。先ほどの戦いだって一方的でしたし」

 

天田は悔しそうに膝の上で拳を握りしめながら下唇を噛む。無力感。叶わない圧倒的な力の差というモノをまざまざと見せつけられ、悔しさしかなかった。

 

「そうだな…さっきタカヤが言ってたように、俺たちは手も足も出なかった。神取って人は無茶苦茶に強かったし…教主のペルソナは──俺の“ケーレス”の護りでさえも貫いたどころかそれぞれのペルソナの持つ耐性も全部無効化しやがったんだ」

 

きついな、と呟いたイズミは小さく息を吐いた。

 

「次に出会えばまた今回のような“奇跡”が起こるかわからない。迂闊に探る訳にもいかない、か…」

 

美鶴までも参ったような表情で俯いてしまう。

何故致死に至る傷が癒えたのかというと奏子の持っていた『黄昏の羽根』の効果によるところが大きい。

 

黄昏の羽根は月そのものであるニュクスの体表が外的要因で薄く剥がれ、落ちてきたものだ。

物質として手に持つことができるにも関わらず、その性質は情報の塊という極めて特異な構造をしている。

物質と情報の中間であるため、生と死、ふたつの性質を兼ね備えており、生命の本質に関りがあるのではないかともいわれているのだ。

そんな黄昏の羽根は莫大な生命エネルギーを保持しており、大きければ大きいほど力が強く、無機物にひとつの命を与えることもできる。

例えば、アイギスなどペルソナを扱える対シャドウ兵器に使われる“パピヨンハート”と呼ばれる蝶のような形のものがそれだ。

 

優希から与えられた黄昏の羽根は所持者である奏子の生命活動が止まったことを察知し、その内にある生命エネルギーを放出した。

完全に死んでいなければ黄昏の羽根は致死の傷でも癒し、立ち上がらせる。だからこそ、全員が死したというのに生き返る事が出来たというわけだ。

 

しかしそんなことは露知らず。

原理不明の現象として片付けられようとしていた。

 

「俺らがあいつらより強くなりゃあいいっつっても時間は限られてやがる。とはいえ、諦めるつもりはねーけどよ」

「それでこそ、だ。シンジ。要はタルタロスの頂上を目指しつつより力をつければいいだけの話だ。と、いうことで明日からお前らもどうだ、朝からのランニングは」

「ワンワン!」

「うわ出たよ、真田センパイの根性理論……」

 

ランニング=散歩に連れて行ってもらえると思っているのか嬉しそうにコロマルが吠えるが、順平がうげえ、と嫌そうに顔を顰めれば、明彦は目に見えて不機嫌になる。

 

「なんだと、馬鹿にしているのか!? 何事も体作りからだと習っただろう」

「いやそれ確かに体力つくっスけど、オレ、早起き苦手だし…毎日なんてバテますってば!」

「まあ、お前はコロマルの散歩当番ですらもサボりがちだからな」

「うぐ…」

 

事実を言われ、黙り込んでしまう順平。

コロマルの散歩当番は朝夕とあるが、順平はその朝の当番を早起きできないからとサボりがちなのだ。

その分明彦や奏子、天田やゆかりなどが代わってやっている。たまに、湊が起こされて散歩に連れていくこともあった。

閑話休題。

 

「お前らの散歩事情はどうでもええねん。話はこれで終わりでええか?」

 

そう言ってソファーから立ち上がったジンにつられるようにストレガの他の三人も立ち上がる。

もう深夜2時になろうとしている。そろそろアジトにでも帰ろうということらしい。

 

「…それでは」

 

何か言いたげに湊と奏子を見たタカヤはしかし、終ぞ何も言うことはなくそのまま寮を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

──ごぼごぼと、水音がする。

目を開けば、満天の星空。綺麗な宇宙が広がっていて、踏み出した足がぱしゃりと水をはじく。

 

海だ。ここは。海のとても深いところ。くじらの眠る場所。

 

「思い出してしまったんですね。なにもかも。あなたが本当は何者で、何を願われ、『前回』の終わりに何へ至ってしまったのか。そして私が誰なのか」

 

ぱしゃりともうひとつ弾くような水音がして機械の乙女が現れる。

黒い髪に赤い瞳。アイギスとは真反対の漆黒のボディ。

 

「──うん」

 

吐き出された自分の声は思ったよりも落ち着いていた。良かった。まだ自分は大丈夫だと言い聞かせる。

 

目の前にいる彼女は対シャドウ兵器で『アイギスの妹』のメティス。だが、彼女が純粋なメティスではないことを知っている。

そもそも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…全て思い出してなお、本当にあなたはその考えでいいと思ってるんですか?」

 

メティスの聞きたいことはわかっている。

次の満月の日。12月2日に計画していることを本当に実行に移すかどうかを確認したいのだ。

 

「それしかないなら、そうするしかない。それが、最善だ」

 

思い出したからこそ、だ。たった一人で終わらせるには、それしかない。

一番つながりが強くなる満月の日に、やるしかないのだ。

 

「それじゃあ…ッ! やってることはあの人と…かつての湊さんや奏子さんと何ら変わりないじゃないですか! 影時間が消えて、記憶の修正があったとしても結局ぜんぶ思い出して…また、アイギス(姉さん)やあの人たちは囚われてしまう。かつては湊さんや奏子さんを想い、囚われていた人たちの未練(想いの先)があなたに代わるだけでしょう!? 私はそんなのごめんです!」

 

メティスが吼える。その表情はとても人間らしく、ヒトではないなどとは到底思えない。

 

メティスは、アイギス自身が無意識に切り捨てようとした部分が分離して生まれたアイギスのシャドウのような存在だ。

本来なら、湊や奏子が死に、それに対してどうしようもできなかった哀しみを抱えたアイギスから生まれる。つまり、3月の卒業式以前にはどうあっても生まれることは無いし湊や奏子が死ねば強制的に2009年の4月6日に戻される“俺”とはあったことがないのだ。

だが、こうしてここにいる。

世界の時間は俺や湊と奏子が死んだタイミングで巻き戻されるわけじゃない。2010年の3月31日まで続いてしまう未来(過去)もあった。

 

「あなたは、自分以外のすべてを──“私”をも救う気ですか! 奏子さんも言ってましたけど、そんなことは誰も頼んでなんかないじゃないですか!」

 

同じようなセリフを聞くのはこれで三回目なような気がする。タカヤ、奏子、そして彼女。

頼まれてなんかいないってことはわかっている。誰も、直接言ってきたりなんかしていない。でも、それが願いなのだから仕方がないだろう。

 

「わたしは…私はただ……静かに微睡んでいられるだけで良かった……利用されるのはムカつきますけど、呼ばれるならそれまでだって諦めてたのに…」

「キミはそうでも、人類はそんなこと望んじゃいない。求める心はあるだろう。でも、本気じゃない、ちょっとした好奇心だ。こうして足掻こうとするものがあるのをキミが一番よく知ってる」

「そう、ですけど…」

 

歯切れが悪い。

“彼女”とて本気で人類が滅びを求めているわけではないことを知っている。これはあくまで誘導・操作されたものだと分かっている。

よりネガティヴなことを望むように。かつて、人々の噂によって世界をひとつ滅ぼしたように。種を蒔かれ、水を撒かれ、そしてじわじわと根を張った。

たとえそれが人の総意であったとしても最後まで希望を捨てず抗う人がいなかったわけではないのに。奴は嘲笑い無理やりその濁流で飲み込んだ。

 

そのことに対し、俺は奴らに対して非常に怒りと嫌悪感を感じている。

()()()()ゆえに。

 

「それに既にキミの身体はキミのものじゃなくなってる。それが嫌だから、諦めきれなくて、僅かな可能性に縋りたくてメティスの姿を借りてるんだろ。ああいや、今のキミはメティスと融合してるのか…」

 

彼女は恐らく『これまでの全ての周回』に生まれたメティスと合一を果たしている。

全てをアイギスに返したあと心の海へ消えたメティスは共通の存在で、どこへいっても1人にしかならない。メティスという独立した人格と経験と記憶の積み重ねだけが重なる。しかしそれまでなのだ。

『今回』のメティスはまだ生まれていない。

 

「そこまで、わかってるのならどうして…! あれと心中するつもりなんですか! 私は救われても良くて、あなたはダメなんて道理はないでしょう! それに、あんな約束をした美鶴さんを置いていくつもりなんですか!? 考え直してください!」

「…無理だよ。俺が本当はなんなのか、キミもよく知ってるだろ。だから、俺はそこに全部持っていく。すべて溶かして…もとの…『何者でも無いただの現象のひとつ』に戻るんだ。そうすれば人はちょっとだけ希望をもてるし、『ニュクス()』は滅びをもたらすものとして二度と人類に観測されない。『認知』されることはない。『三上優希』という存在も、『有里渚』という存在が生まれていた事すらも残らない。ぜんぶ、無かったことにな(正しい形に戻)るんだ。誰も悲しくない上に、湊と奏子も、世界も救われる。はは、これ以上の大団円はないだろう?」

「それでも、影時間に関しての記憶の修正は完璧じゃない…! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ! もう起こってしまっている! その時点で時を操る神器(あなた)の『障害も、例外も、全て起こる前に除ける』という定義は揺らいでいるはず…!なのにどうしてそこまで…!」

 

メティスは顔を俯かせてしまう。

たしかに記憶の修正は完ぺきではない。ただ、それは『影時間にまつわる記憶の修正』についてだ。

自分が今からやろうとしている方法なら、『三上優希()』という存在を完全にこの世界から消すことができる。無かったことにできる。だれも、悲しまない。

だからこそ、『障害も、例外も、全て起こる前に除ける』のだ。自分の定義は揺らいでいない。間違っていない。

 

「貴方は1人の人間として生きる権利があるって私言いましたよね? ……手を伸ばせばきっと、あの人たちは…」

 

“助けてくれる”。“共に歩んでくれる”。“立ち向かってくれる”。

そう、メティスは続けようとしたのだろう口を閉じた。

今の自分に何を言っても通じないとわかったようだ。

 

それもそうだ。

 

だって、自分の本質は(それら)を嘲笑い、否定するものなのだから。

自分に願われた願いは、『“湊と奏子(あの人・あいつ)”を救ってほしい』というもの。そして、俺の願いは『湊と奏子(きょうだい)を救いたい』というものだ。

自分にしかできないことで全てが解決できるのなら、願ったりかなったりだ。

 

「──…嘘つき」

 

 

 

 

 

 

 

11月23日(月)  朝

 

目を開く。

目に映る景色は朝倉医院にあるいつもの部屋の中で、なにもおかしいところはない。

怠く、重い身体を持ち上げふらつきながらも立ち上がる。

 

「……」

 

あと10日程度で全てが終わる。

これ以上、対戦(取引)相手であるニャルラトホテプとフィレモンが邪魔をしてくることはないだろう。全てを思い出した時点でフィレモンはその必要がなくなった自分に対し干渉を止めるに決まっている。自分はあの部屋(ベルベットルーム)の正式な『客人』ではないのだから。

ニャルラトホテプは──よく知っているからこそ、正直どうくるかがわからない。が、こちらが相手の条件に乗っかる以上当日こちらに対して何かちょっかいをかけることや『12月2日』になるまでに何かしてくる事はないと思う。

そうすることが面白くないのは自分がよくわかっている。やるなら根回しは地味に、けれど確実に。結末は盛大に。希望を奪い否定し嘲笑うのがやつの好むやり方だ。

 

とにかく、勝負には負けるが戦いには勝つことができる。

それで十分じゃないか。

美鶴さんのことや相続問題とかの他の心配してたことだって、俺という存在が元々居なかったことになるのなら杞憂に等しい。

 

(──けどまあ…“嘘つき”、か…)

 

しかし去り際のメティスの言葉がリフレインする。

嘘じゃない、と言い返しても言っていたことが本心の全てでは無ければ嘘になってしまう。

 

「……」

 

けれど皆を頼ってどうにかなるものでもないだろう。

なにせ相手は()()()()()()()()、『ニュクスそのものを呑み込んだ別の神』だ。

ニュクスやかつてのニュクス・アバターのように潔く眠ってくれるとは思えない。だって、外から来た神だなんてこの星の生き物に対する理解があるのかどうかすら難しいのだから。

 

そして湊や奏子が命を懸けて得たような『奇跡』の力を持っていてもなお、退けることしかできなかった相手以上の存在に他の皆が犠牲を出さずにやり過ごすことができると言われれば答えは否だ。

 

なら答えはひとつだ。

全部持って行って、『それ』がこの星に落ちてくるまでに溶けてしまえばいい。

『それ』がニュクスの身体を喰らい、エレボスによって呼ばれるのなら、『それ』の『人類から見られた観測結果』ごと自分は集合的無意識の(どろ)の中に消えてこの輪廻(メビウス)の輪を終わらせる。

 

これは『それ』ともエレボスとも強力な繋がりがある自分にしかできないことだ。

 

集合的無意識の最も深い場所にあるそこで溶けて消えてしまえば跡形も残らない。『滅びは消えた』という認知だけが世界に作用する。

いくら強力な神であろうが人々の認知を基準に存在しているのなら、『集合的無意識の深層で分解され、消えてなくなる』というのは『無』や『認知されなくなる』のと同義であり、世界への干渉ができなくなるのだ。

ニャルラトホテプだろうが他の神だろうが人間だろうが、触れられず知らないものは無いのと同じことになるのだから干渉のしようがない。

影時間の記憶に関する修正のように『修正に伴い別の要因に置きかわる』訳ではなく、“元から無かったことになる”のだからこれ以上の最適解は無いと思う。

 

これは一種の意趣返しでもある。

ニャルラトホテプが人類を誘導して滅びをもたらそうというのなら、自分がその逆をしても何ら悪い事ではないというわけだ。

 

「…起きてたか」

 

ガチャリ、とドアが開く音がして朝倉先生が入って来る。

その手には小さな手のひらサイズの鉢植えが。

 

「…………」

 

朝倉先生は微妙な表情をしている。が、すぐにガシガシと頭を掻くと、ずい、とその鉢植えを差し出してくる。

 

「…これ、やるよ」

「まさか世話できなくて植物枯らしまくるからヒマそうな俺に世話押し付けるとかですか!? 花屋バイト歴トータル数週間の俺に!?」

「んなわけあるかっての! ちゃんと観葉植物の世話くらいしてるわ!」

 

茶化してみればいつも通りのツッコミが返って来た。

先生が辛気臭い顔をしているのはなんだか似合わないしこちらとしても調子が狂うというものだ。

 

「つか、そんだけ元気そうなら…もうしばらくは大丈夫そうだな」

 

まるで何かに怯えるように、安心したようにこちらを見てくる先生の表情は優れないように見える。

 

「お前…いや、なんでもねぇ。言いたいことはちゃんと言っとけよ。それができるかできねーかは別として聞くことだけはできるんだからな」

 

メティスと同じく、朝倉先生も何かを感じ取ってそう忠告してくれているのか。それとも単に倒れてばかりいる自分を気遣ってか。

 

「これはな、まだ芽吹いちゃいねえが“アガスティアの木”っつーご利益がある木の種が埋まってる鉢植えなんだわ。御影町(お前の地元)にもたくさん植えてあるあの木だな。…このまま水をやり続けりゃ、春先には芽吹くだろ」

 

来年の春。

このまま人として生きるにしても、12月2日にすべて終わらせるにしても自分がたどり着けない季節だ。

 

「そっから植え替えりゃ、大きくなる。少し大きな鉢植えに移し替えて観葉植物にしたっていい。まあ、なんだ、要はあれだ。お前もなんか世話すりゃもう少し……いや、忘れろ。でもこれは持って帰れよな! 枯らしたら承知しねーからな?」

「り、理不尽だ……」

 

苦笑いの表情を作りながら鉢植えを受け取る。

譲られたものに罪はない。世話ができそうにないから枯らしてしまったらその時はもうどうしようもないけれど。

朝倉先生はもう分かっているのだろう。俺が人として生きるのにはいろんな意味で手遅れだということに。

人で居ようとするにも残された時間は短く、人であることを捨てたとしても願いによって消える。

後者の選択のことを先生は気づいてないんだろう。けれど、俺が変だということには気がついている。

だから似合わない植物の世話などを押し付けてきたのだ。何かの世話をさせることによって自分をこの世界に繋ぎ止めるわずかな希望にしようと。

 

「朝倉先生、みんなにこのこと、秘密にしといてください。タカヤにも、俺の弟と、妹にも。俺がもうあんまり長くないことも、血の成分が変なことになってるのも、全部」

「ガラでもねーこと言うんじゃねーよ」

「あと俺、死ぬ時はたこ焼きに囲まれて死ぬって決めてるんで」

「いやそれどんな死に方だよ。アレか? 病室でたこ焼き器セットして焼くのか? …ウチは禁止だからな!」

 

たこ焼きの匂いに囲まれて死ぬのはそこそこ理想なのだけど、ツッコミどころがありすぎてつっこまれてしまった。残念。

 

「は? たこ焼きバカにしてるんですか!? げほっごほっ…うぇえ…噎せた…」

「してねーしはしゃぐなはしゃぐな不健康不良児。死にかけてたんだから安静にしてろっての」

 

もし、身体が限界を迎えて死んだとしても朝倉先生は怒らない。ケガや病気、どうしようもないことで死ぬのは割り切っている。もともと、そういう人だ。

ただ、生きているのに、まだ生きようとすれば生きられるのに命を捨てようとする人を嫌う人なだけ。

 

その期待を裏切ってしまうことに罪悪感はある。けど、全部消えてしまうのなら、この罪悪感もきっと杞憂になるから。

 

 

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