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長くも短い思考の果てに湊は、ゆっくりと剣を構えた。
「湊…!?」
「有里、正気か!?」
アレは兄の見た目をした別のなにかになってしまったのだと感じた。でなければ奏子の言葉を切り捨てたり、アイギスを容赦なく攻撃してガラクタ呼ばわりしないだろう。
以前の兄が、絶対にしない言葉の刃を突きつけるようなそれは、中身ごとすげ替えられているようで。
それにどのみち、やらなければやられてしまう。そんな直感めいたものを湊は覚えていた。
「や、やめてよ湊! お兄ちゃんなんだよ! 殺しちゃダメだよ! は、話し合えば…きっと…きっとわかってくれるよ…!」
奏子が泣きそうな顔で片腕にしがみつくも、湊は渋い顔で優希を見つめることしか出来ない。
対話が出来ればやっている。しかし湊は約束したのだ。『優希が優希でなくなってしまった時は殺す』と。
あの時は兄がまだ兄のままならなんとしてでも生かして連れて帰るつもりでいた。
だが、目の前にいる存在は兄ではない。兄を塗り潰したなにかだ、と湊は判断した。
「そうだ湊…それでいい。それでこそだ! 俺を失望させるな! 奏子や皆はくだらない言葉のやり取りなど捨ててしまえ! ほら、どうしたんだ。さっさと武器構えるなりなんなりしないとさあ…死んじゃうけどいいの?」
優希は壊れたように嗤う。
そしてまたくるりと槍を回した。
「ひとつだけ、聞かせて欲しい。優希が、僕らを救うって言ってたのは嘘だったの?」
そう問うて睨みつける。
対する優希は湊の質問を鼻で笑った。
「ああ、そうだよ。嘘だ。ループしていたのは事実だけど、それもこれも全てお前たちみたいな邪魔者を呼ばない為の思考実験さ! 世界を滅ぼしたいのに邪魔者がいたら滅ぼせないからな! 今回はそういうことが起こる前に滅ぼしてやろうと思っていたのに…! アイギス、…お前が気がつくから俺がわざわざ行動に移さなきゃいけなくなったじゃないか! 真実になんて辿り着かず、目と耳を塞いで愚かな安寧に身を任せていればいいものを!」
忌々しい、と優希は表情を歪める。
「奏子、湊。お前たちふたりの兄をやっていたのも、優しくしていたのも、本当の父さんと母さんを事故の時に殺したのも、全部お前たちを孤立させて近くで見張るためだよ。だって、俺以外の誰かと仲が良いのは困るし嫌われてちゃ意味が無いからな。そして、機が熟せばなんの疑問も持たれずに俺はお前らふたりを排除できる…そういう算段だったのに」
「ど、うして……」
明確な殺意を向けられた奏子がついに崩れ落ちた。
湊は泣いてしまいたかった。叫んでしまいたかった。これまでもの全てが嘘偽りだと突きつけられ、奏子の心を深く傷つけた、兄の形をしたなにかに。
「そんな言い方…無いでしょ! アンタのこと、信用してた私が馬鹿だった…! やっぱりみんなを騙してたんだ…! 桐条先輩のことも…奏子ちゃんの事も弄んで……許せない…!」
ゆかりが怒りに任せ、弓を構えた。
信じようと思っていたところに、突然の裏切り。そして衝撃のカミングアウトにゆかりは激情に支配される。
「…天田くんのお母さんが死んだ時のことは覚えてないって言ってたけど、あれも嘘。俺は、知っていてわざと荒垣くんのペルソナを暴走させ、きみのお母さんを殺したんだ…だってそうしなきゃきみはペルソナに目覚めない! 役者は揃わない! だから俺は力を使った! ごめんね、恨むなら素質を持った自分を恨んでね! なぁーんてさ! あはははは!」
「な、なに言ってるんですか…! そんなの、嘘だって言ってくださいよ!」
「てめぇ…! 自分で何を言ってるのか分かってんのか!? あの事件が全部てめぇのせいだと…!」
戸惑う天田と訳が分からないといいたげな荒垣を、優希はまた鼻で笑う。これだから無知な人間は困ると。
「ニャルラトホテプはネガティヴマインドの化身であり、シャドウそのものだ。そんな俺が、ペルソナに干渉出来ないはずがないだろう? 精神を暴走させるなんてお手の物だ。それとも今、もう一度味あわせてやろうか? はは、名案だ! それもいいかもしれないな! 仲間同士薄汚く殺し合えばいい!」
「グルル…ワンワン!」
ずっと騙していた。
そう捉えるには十分な知識と言葉に、荒垣と天田は対話で何とかしようという心が折れてしまった。
それぞれの武器を構える。コロマルはふたりを傷つけた優希に怒りを覚えたのか、唸り、吠える。
「チドリ達のことも…オレらと同じく騙してたって言うのかよ。辛い思いをしたもの全部嘘だって言うのかよ!?」
「ンー…タカヤたちに接触したのは遊びさ。無理やりペルソナに目覚めさせられた人間がどうなるかのデータを幾月とは別にとる必要があったからね! それに、彼らに接触して接点を持っていれば後々利用出来る。『かつて』荒垣くんを殺した時のようにね。邪魔になればもちろん彼らも消す予定だったよ」
「テメー!」
へらり、と笑った優希に順平が食ってかかるも素知らぬ顔だ。
己の手のひらで踊らされていた有象無象など意に介さないとでも言うかのように。
「さて、真田くんに関連することは……そうだなあ、妹さん、美紀ちゃんだっけ?」
「なぜ美紀のことを…!」
唐突に、優希の口から己の妹の名が出てきたことに明彦は動揺した。
明彦自身から妹のことについて話したことも無ければ荒垣から聞いたということもないだろう。だというのに優希はなんでも知ってますと言わんばかりに喋り出す。
「あの子、可愛かったよねぇ。真田くんに似てなくて。まあ、
「それ以上言うなッ! 無理だと言うのなら俺がその口をいますぐ黙らせてやる…!」
「やだなあそんなに怒らないでよ。でも良いね。その怒りが俺の力になるんだ…もっと怒って。俺にその憎悪を向けてくれよ。そうすればお前たちを殺しやすくなるんだからさ」
優希は残った美鶴を見やった。
あと戦意が無いのはそこでグズグズと泣いている奏子と、美鶴だけだったからだ。
「美鶴さんにはとっておきの秘密を教えてあげよう。……千鶴さんのことだ。幾月じゃなく、彼女は、俺が殺したんだよ」
「……!」
優希の言葉にどういう事だと美鶴は驚きの表情を見せる。その事に気分を良くしたらしい優希はふふ、と得意げに笑った。が、すぐに目を逸らしバツが悪そうな顔をする。
「……まあ…その事実だけで十分だよね。彼女は俺が殺した。俺のせいで死んだんだ。というか、あー…なんか材料ないからつまんないなこれ。とっておきでもなんでもないや。使い古されたものばっかだ。うん、そう、美鶴さんに近づいたのも湊や奏子と同じ理由さ。騙して、いつか排除するため。義務でタルタロスを消そうなんてされても困るし。それだけだよ。好意なんてこれっぽっちもない。
「!!!」
美鶴はあんなに紡いできた事が全てが作業だと言われたことに酷くショックを受け言葉がでなかった。
好きだと言ってくれていたのも、好意があるからこそ突き放していたのも、全てが嘘だったと。
なら、目の前にいる『これ』はなんだ? そう、美鶴は思った。好いていた人間でないのなら、目の前のこれはなんなんだと。
美鶴は優希が得体の知れない化け物のように思えた。なぜか、そう思えてしまった。
人の隠していることを勝手に暴き、人の心と命を弄ぶ。思い通りにいかないからと悪戯に時を巻き戻す。化け物──否、悪魔と言わずとしてなんになるのか。
もしかして、本当の優希はどこかにいて、これは偽物で、あの幾月に化けていたニャルラトホテプなのではないか? と疑う。
「…そういう事にしといて。その方が俺も楽だしきみも楽だろ?」
思考を読んだのか、優希は美鶴に対しそう言った。目は逸らされ、表情はひどくつまらなさそうだ。
その事に美鶴は僅かな違和感を感じた。「俺も楽」というのはどういうことなのだろうか。目の前にいる優希の“本当の”目的は一体何なのか。
その疑問のせいで美鶴は己の武器であるレイピアを手に取ることが出来なかった。
「やらないの? …気にせず、やればいいんだ。怒って、泣いて、失望して、恨めばいい。その方がずっとやりやすい」
小さく息を吐いた優希は片手で槍を構える。天田のものとは違うその構え方は手慣れているようにもみえた。
そして、戦いが始まる。
だが、やはり何か変だ、と武器を手に取らなかった美鶴と奏子は気がつく。妙に、皆が昂っているような気がするのだ。
まるで誰かにそう操作されているかのように、最初から交戦する意志を見せていた湊を除く、他の皆が容赦なく次々に交戦の意志を見せている。
突然の優希の裏切りや、傷口を抉るような言葉の羅列もあるのかもしれないが、普段なら冷静になる所を冷静にならずに即座に信じきってしまっている。
(もしかして…)
先程、優希は「精神を暴走させるなどお手の物」と言っていた。
僅かだがより積極的に戦うように意志を操っているのだとしたら?
だが、もしそうだとしてもその理由がわからない。その意図が何も見えない。
注意力を散漫にさせ、殺しやすくするため?
(いや…)
違う気がした。
ただ殺すためならデヴァ・マーラやマザーハーロットを呼び出し、その圧倒的な力を持ってさっさと殺した方が楽だろう。
なのにそれをしない。なにか焦っている様子の優希の真意は美鶴には計り知れなかった。
「優希さん…ごめんなさい」
アイギスがその腕の銃で狙いながらも謝って来る。なんて場違いなんだ、と優希は顔をしかめた。
そんな辛そうな顔をするくらいなら謝らなければいいのに。悩むくらいなら戦わなければいいのに。どちらかにすればいいのに。そう思いながら銃弾を槍で弾く。
「…?どうしてお前が謝るんだ? 俺は死の宣告者で、アイギスの敵だ。躊躇うことはひとつもないだろう。だから、やればいい。その代わり俺も遠慮なんかしないからさあ!」
おねがいだから、躊躇わないでくれ。気に病まないでくれ。やるならひと思いにしてくれ。
どうせ消えてしまうとしても、そんな顔は見たくもない。同情しないでくれ。哀れまないでくれ。
これが自分に出来る精一杯なのだから、そんな、可哀想なものを見るような目で見られると、
「…──ああああ!!! ほんっと、苛々するなあ…!」
苛立つ。前髪をクシャリとかき乱して歯ぎしりをする。
お門違いだとわかっているが、アイギスのその煮え切らない態度が癪に障った。
命令されているのなら、そちらを優先するのなら、こちらを敵だと認識しているのなら、得てしまった感情すらも切り捨ててくれ。優希は睨みつけながら、アイギスに向かって蹴りを放つ。
しかしそれも腕で受け止められてしまったので後ろへと後退する。
天田のペルソナであるカーラ・ネミの【ハマオン】を避け、槍の持ち手を叩きつけて意識を刈り取る。そのまま湊の呼び出した“アタバク”の【
懐に潜り込んで拳を振るってきた明彦の腕を槍で叩き落とし、蹴り飛ばして別の方向から迫ってきた荒垣のシグルドの【グラム】をその身体で受けとめる。
「ちっ……」
よろめいたその隙をついたのか、ゆかりのイシスが放った【ガルダイン】が身体を切りつけつつ足元を掬ってくる。
強かに水面に身体を打ち付けるも、優希は即座に起き上って距離を放そうとした。
瞬間、コロマルのケルベロスと順平のトリスメギストスによるふたつの【アギダイン】が襲い掛かり、水面にぶつかり爆発する。
衝撃、熱風。それらすべてが優希を襲う。
撒き上がる泥と水蒸気爆発のように膨らんだ煙で視界が奪われ、同時にチリチリと己を焼き焦がす炎を優希は睨み付ける。邪魔くさい。
「ウソだろ、こんだけやってもまだ起き上がってくんのかよ…」
順平は、わけがわからない、と言いたげにそう呟いた。
いくら相手が敵対しているとはいえ、先輩で元は仲間だ。ヒトであるなら、これだけの猛攻を喰らって立ち上がれるはずがない。コロマルとふたりで放った【Wアギダイン】は順平にとって行動不能にさせるには十分なものだというのに、平然とそこに立っている。
恐怖を感じないと言えば、嘘になる。本当にヒトで無くなってしまったのか、と順平は僅かに眉を顰めた。
「ぐ…ぅっ……」
短く息を吐いて、「こんな隙だらけの攻撃、反撃しようと思えばいくらでもできるんだ」と、そう優希は内心で言い訳をした。
あえて、しなかった。その身で受けた。
無抵抗は怪しまれる。かと言って圧勝は目的ではない。だから、その後も優希は適度にメンバーを倒しつつ攻撃を受け続けた。
槍──ロンギヌスで刺さないように。傷つけないように、なるべく峰打ちで意識を刈りとるか全身を強かに打ちつければ起き上がらなくなるだろう、と。
ロンギヌスには2種類の力があるが、誰かに致命傷を与えることなく手っ取り早く死ななければいけない今、それを使おうとは思わなかった。むしろ、邪魔でさえある。
「ぎ、ごぼっ…く、そ…」
血を吐く。攻撃からではない。内的要因だ。
優希はそろそろ身体の方が限界らしいと悟る。無理やり自分のものでは無い力を使ったこともあるのだろうが、この調子では抑えが効かなくなるのもすぐだろう。
はやく、しなければ。早く倒されなければと焦る。
視界が一瞬暗くなり、その拍子によろめいて何とか足を踏ん張り、矛先を変える。
この際、もう手段を選んでられない。
蹲ったまま、ゆらゆらとこちらを見る奏子に視線を向ける。見せつけるように。分からせるように。
「!」
終わらせるには、アイギスか湊を本気にさせるしかない。
一歩、二歩、三歩と一気に飛び、そのままの勢いで槍の穂先を奏子に向ける。
奏子は信じられないと言わんばかりの絶望したような表情をして、顔を背け両手を前にして身構える。
「え…っ、おにいちゃ…やっ…」
「てめえ! 何をしようとしてんのかわかってんのか!?」
先ほど強かに全身を打ちつけ倒れ伏し、動けない荒垣の叫び声が優希には聞こえた。
当てない。殺さない。絶対にぶつけない。地面にあてるつもりで振りかぶる。
けれど、直前までは本気だと思い込ませる。
「奏子さんッ!!!」
影が割り込む。
ずぶり、となにかが胸を貫いた。
目を見開いて、力の抜けた手からぱしゃりと水音を立てて槍が落ちる。
「……ぁ…」
見れば、湊がその手に持った剣で己を貫いていた。長い前髪でその顔は覆い隠されていて、表情はわからない。
痛い。熱い。寒い。気持ち悪い。僅かに残った様々な感覚が危険信号を送るも、それよりも優希の思考は歓喜が勝った。やり方は最悪だがどうせみんな忘れてしまうんだから問題ないだろうと見なかったふりをして口角を上げた。
「ぁ…は……はは…おめでとう! 人類は無事俺という滅びに打ち勝ったわけだ!…ああ、負けだよ。認めるよ。“
血反吐を吐きながら凶暴に優希は笑った。負け惜しみのような勝利宣言はいっそ、哀れみすら覚える。
不意に、湊は抱きしめられた。手に持った剣により深く、肉が食い込む感覚がして顔を顰める。
すわ自爆でもして湊を巻き込むのかと湊を含む全員が身構える。しかし、
「これでいい…湊は、正しいことをしたんだ。だから、もう
発されたのは掠れた、湊にしか聞こえないちいさな声だった。咄嗟に顔を見る。
「──っ!」
優希は泣きそうな、酷く優しい顔をしていた。先程までの嘲笑うような笑い方ではない。いつも見るあの困った笑みに近いそれだ。
そこで、湊は急に目が醒めたようにある『間違い』に気がついてしまった。兄の意図に気がついてしまった。
最初から優希は正気で、どこも狂ってなどおらず、すべて自分を殺してもらうためだけに動いていたのだと。
しかしもう遅い。なにもかもが遅すぎた。全て兄の手のひらの上だったのだ。
「
もうひとつ、負け惜しみのようなものを叫んだ優希の抱きしめられていた手が離れた。突き放すように湊を押し、もう一度血を吐いておぼつかない足取りで後ろへと距離を離したあとにふらりと横に傾き刺さった剣ごと倒れ込む。
「……──、──」
なにかを小さく呟いた優希は虚ろな目で奏子と湊に縋る様に手を伸ばそうとして、しかしそれが出来ずに眠るように目を閉じ、そして息をとめた。
その瞬間、ズブズブと泥にまみれるように水面に沈んでいく。同時に泥へと溶けていっているのか、ぐずぐずと身体は崩れ、分解されていた。
微かに動いた口の形から、呟こうとした言葉がなにか気がついてしまった湊は己が止めを刺したという事実を放り捨て、咄嗟に駆け寄る。
「だめ、だっ! 消えちゃダメだ! どうして何も僕らに言ってくれなかったんだ! 一人勝ちして消えるなんて、そんなの、僕は認めない! 優希が…兄さんが消えて、それで幸せになんかなれるはずないだろ!」
溶けていくその身体を、必死に湊は掬いあげようとした。
バシャバシャと黒い泥を掬うも、何も掴めない。そこに優希はもう居ない。一瞬で溶かされ、無かったことになってしまったのだ。
「ぁ…ああ、あああああ……!」
ぼろぼろと湊は蹲って涙を流した。
兄だったものがあった場所に。全て溶けて消えてしまった水面に。
突然叫び泣き出した湊の様子に、奏子も同じことに気がついてしまった。
察してしまった。
兄がわざとこうなるように仕向けたのだと。湊と奏子を救うために、自ら消えることを選んだのだと。
しかしどこまでが本当で、どこからが嘘か奏子には分からなかった。
2010年 3月5日(金) 昼
月光館学園・高等部
今日は3年生である明彦、美鶴の卒業式があった。
当然、奏子たちもそれを見送るために式に出ていた。
今はその、帰り道だ。
荒垣は休学していたので来年度から通うことになっており、今年卒業ではないため卒業式には来ていない。一応、照れたように「馳走くらいは用意しといてやるよ」と言っていたので帰れば豪華な食事が待っていることだろう。
「やー、立派でしたなあ桐条先輩のスピーチ! オレっち、感動して涙が…ヨヨヨ…」
「うん。なんか凄かったよね! いつもよりビシッとしてた感じがする…!」
「ほんと、カッコよかったよね。私、ドキッとしちゃった」
湊はそんな3人の話を聴きながら、イヤホンから流れる音楽を聴いていた。
この曲は自分の好みのタイプの曲ではないのにどうしてプレーヤーに入っているのか不思議だったがクラスメイトの友近か誰かから借りたCDのものだろうと適当にアタリをつけて聞き流す。
「そういや、こんな今もさ、オレらが守ったものなんだよな…」
「…うん。ゆかりちゃんのお父さんのビデオに残ってたとおり、ほんとに12の大型シャドウを倒せるなんて思わなかったけど…」
「私たち、やれたんだよね」
風花の言う通り、12の大型シャドウを倒した特別課外活動部は無事滅びを退けた。
12体の大型シャドウを倒した時点で全てが終わり、タルタロスと影時間は消え、それによりもたらされる滅びも同時に消えたのだという。春を迎えることは無いと告げられていたため、今あるこの時間は自分たちが勝ち取ったものとも言えるのだ。
(…本当に?)
湊はその話をする度になにか、違和感があった。いまいち実感が無いのだ。
喉に小骨がひっかかったままのような、頭に霧がかったような感覚に襲われるのだ。自分たちが影時間に戦い、12の大型シャドウを倒したことは間違いではない。だがなにか、なにか違う気がしたのだ。
ちゃり、とバッグにつけてある青い石のストラップが揺れる。これも誰から貰ったものなのか、湊は思い出せない。
奏子とお揃いで、ずっと肌身離さず大事にしていることから事故で亡くなった実の両親から貰ったものだったかと思うも、違和感が拭えない。
「もう、先に行くなんて酷いよ! 少しくらい、待ってくれてもいいじゃないか!」
「あ、綾時くん! ごめんごめん! でも、アイギスと一緒だし良かったんじゃ?」
「よくありません。綾時さんは奏子さんたちを探すと言って歩いていましたが、全て見当違いの方向で…」
後ろから走ってきた綾時とアイギスが合流する。アイギスは見当違いの方向へと行こうとする綾時を引っ張るのに疲れたのか、微妙に怒っているようだった。
「それより! 卒業パーティーだぜ卒業パーティー! 盛大に食うぜー!」
「ちょっと、主役はあくまで先輩たちなんだからね!」
そんな和やかな会話を聞きながらも、湊は例えようのない違和感に襲われ続けていた。
誰か、足りない気がする。巌戸台分寮に居て今日卒業するはずだった生徒はもうひとり居なかっただろうか。居るはずがないのに。
そんな違和感がずっと湊を責め続けていた。
主人公は好きな人を含めた世界と弟妹を救う事が出来てハッピーエンド!
めでたしめでたし!
これにて完結です。
なんてわけがないのでまだ続きます。
ちょっとした謎がもうひとつの選択ですこしだけ明らかになるかとおもいます。