君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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【殺す】分岐の蛇足部分です。
すっきり終わらない。終わらせられない。


「忘れたままでこのまま生きるんですか?」(3/5´-???)

2010年3月5日(金)昼

巌戸台分寮

 

「おかえりなさい」

 

自室へと帰った湊を待ち受けていたのは、ベッドに腰掛ける見知らぬ少女だった。

赤い蝶のようなバイザーに、暗い藍色の髪。そしてアイギスとは違う漆黒のボディ。

機械の乙女であることは確かだが、そんな存在を湊は見たことがなかった。

 

「誰?」

「私はメティス。あなたが覚えている違和感の正体。それを私は知っています」

 

端的に自己紹介をした少女──メティスは不機嫌そうな表情を変えずにそう告げた。

そして、立ち上がる。

 

「来て」

 

有無を言わせずに部屋を出て、向かったのはすぐそこ。

向かいにある使われていない空き部屋だった。

メティスは懐からひとつ目のヒトデのようなキャラクター──デカラビアのストラップがついた鍵を取り出し、それを回した。

鍵は本当にその部屋の鍵だったらしくすんなりと鍵穴に入り、部屋のロックを開けた。

メティスがなんの躊躇もなくそのドアのノブをひねり、開ける。

 

「──!?」

 

湊は驚いた。空き部屋なのだから何も無い、と言われていたはずの部屋が、空き部屋ではなく生活感の溢れる誰かの部屋だったのだから。

つい先程まで誰かが居たのではないかと思わせるほどの生活感に、空き部屋だという情報が噛み合わず混乱する。

 

『───、──見るな。見ないで、すべて忘れて、そのまま』

「……彼の目論見は外れて、完全な消去はされなかった。ぜんぶなかったことにはならなかった。それは、忘れることを選んだ奏子さんとは違って、あなたは()()()()()()覚えていることを選択したからです」

 

懐かしい匂いがした。聞いたことのあるような声がした。

しかし湊はメティスの言っていることが分からなかった。

自分は何を忘れている? なにを、無かったことにしようとした?

いまのは、誰の声だ? 疑問が次々と浮かんでは消える。

 

「時間が無いから、さっさと思い出してください。…違和感を抱えたままでいいのなら、私は止めませんけど。 あなた達2人とも、彼と()()()やつらと取引をしていたことも、忘れたままでこのまま生きるんですか?」

「それは一体…」

 

わからない。目の前の少女の言っていることが。

自分と奏子がだれと取引をしたというのか。なにを忘れているというのか。

 

「彼だけじゃなく、あなたたちふたりも勝負(ゲーム)主役(プレイヤー)だったんですよ。今回、彼の勝利条件は満たされた。でもあなたたちは負けてしまった。3()()()()()()()()()()()()()()()()()んです。誰かひとりでも欠けていては意味が無いんです。…私の言っていること、わかります?」

「わからない」

 

首を横に振る。

なにもわからない。覚えがない。メティスの言う“彼”がこの部屋の主で、自分たちに関係があることだけはわかる。

だが、ゲームだの負けただのということが突拍子も無さすぎて何も思い出せないのだ。

ふ、とベッドを見れば誰かが寝ている。寝ているのだが、その顔に白い布が被せられている。まるで、死体にそうするように。

 

「ようやく気がついたんですか。これは()が己の存在を賭けて逃がし、私が掬いあげることの出来た彼のほんの一欠片です。そしてあなたたちふたりのもっている、触媒を通して辛うじて形になったものでもあります。この部屋だって、本当は酷く不安定で“アカシックレコード”による世界の修正の波間に消えてしまいそうなのをなんとか安定化させているんです。要するに、縛りつけて無理やり認知させてるんですよ。あれだけ消えたいと願っていた彼の残滓を」

 

メティスは自嘲気味に笑った。その笑い方が誰かに似ているようで湊はやはり思い出せない。

 

「やっぱり、強烈な記憶の修正とプロテクトがかかってる? …彼も、面倒なことをしますね……よりによって湊さんにこんな呪いじみた事をしますか。それとも、覚えていられるのが怖かった…?」

 

思案気味のメティスは湊から目を離している。

対する湊はベッドに静かに横たわる誰かから目を離せない。息をしていないのか、その胸は動いていない。身動ぎすらしない。

なんとなく、気になり顔にかかっている白い布をとろうとして躊躇する。

伸ばしたはいいものの、布に触れる前に手が動かなくなるのだ。

 

「めくって下さい」

『お願いだ。見ないで。思い出さないでくれ』

 

メティスが催促する。

手は、動かない。これを見てはいけないと本能が拒絶する。見るなと拒絶する誰かの声がする。

 

「あなたが見ないといけないんです!あなたの手で、それが誰なのか、顔を確認してください。……お願い、ですから」

 

懇願するメティスの声は泣きそうなくらいに震えていた。

それでも手は、動かない。

 

「みなと…?」

 

不意に、後ろから声が聞こえてきた。

振り向けば、奏子が部屋へと入ってきていて、混乱するようにベッドの上の誰かとメティスを見比べている。

 

「……」

 

何かを覚悟したようなメティスがゆっくりとドアへと向かい、バタンとその扉を閉じた。

 

「奏子さんまで来てしまったのなら、もう後戻りはできません。揃ってしまったのならもう見るしか、無いんです」

「あなたは誰!? そこで寝てるのは……動か、ないのは……ぁ……ああ…っ、やだ……思い出したくない!」

 

ベッドの上の誰かを見た奏子は取り乱し頭を抱える。そして、嫌だというかのように頭を振った。

 

「私はメティス。アイギスの妹です。……奏子さん、落ち着いて。大丈夫」

 

優しくメティスは奏子を抱きしめ、落ち着かせるように背中をゆっくりと叩く。

 

「奏子さんは少なからず彼の影響を受けています。だからこそ、本来見えない感情や残留思念といったものを捉えやすくなっている。いま、取り乱しているのも感じやすいからこそです。いっそ記憶を封じて思い出を奪ってしまうなら、そこも持って行ってしまえばよかったのに…」

 

メティスが怒ったように低い声で誰かに──否、ベッドの上の人物に文句を吐いた。どうやら、メティスはかなりご立腹らしい。

 

「何度も言うように、時間がもう無いんです。確かにあなたたちふたりと世界は救われたかもしれません。彼の望み通り、このままでもいいかもしれません。けれど、それではダメなんです。また同じことの繰り返しになってしまうんです。だから、」

 

湊の手が、ようやく動いた。

同じことの繰り返し。その言葉に既視感があったからだ。

違和感が最大にまで膨らみ、止められなくなる。

ガンガンと警鐘を鳴らす頭を無視して、湊はその白い布を剥ぎ取った。己によく似た、血の気の無い白い顔がそこにはあった。

知っている。湊はこの顔を知っている。

 

「!!!」

 

瞬間、濁流のように記憶が流れ込み、何度も何度もその死に顔を見るはめになった。ただし、シチュエーションは全て別だ。

ぐるぐると頭をかき混ぜられるような感覚と、頭にかかっていたモヤが晴れ、どこかスっとしたような感覚を覚えて湊は泣き笑いのような表情を浮かべた。浮かんだのは、怒り。壮絶な怒りだ。

 

「…全て、思い出せましたか?」

 

数十秒、それとも数分か。

しばらく黙っていたメティスは奏子を抱きしめながら湊へと問いかける。

それに頷いて湊は小さく口を開いた。

 

「優希…」

 

ベッドで寝ていたのは、仲間や自分たちに何も伝えず嘘を吐き、勝手に消えてしまったひと。薄情で、けれど誰よりも自分たちの幸せを願った兄だと思い出した。

 

「あ……あ……ああっ……嘘つき…お兄ちゃんの嘘つき! ばかぁ! うあああああああああああぁぁぁん!!!」

 

奏子も顔を直視してしまったのか、大きく目を見開いたあとに息をひゅ、と吸って叫び、大粒の涙を流しながらしゃくりあげている。

それを見たメティスはバツが悪そうに目を逸らした。

 

「……彼は、わざとニャルラトホテプ()を演じてた。だから色んなことを知っていたし、語れた。本当はガラじゃないのに。確かに彼は、ニャルラトホテプ(シャドウ)でしたけど…それは身体を動かしていた力がそれ由来なだけで、本質は別だったのに。当てつけ、だったのかな…」

「いつから、優希は…」

「人で無くなってしまったのか、ですか? 身体で言えば最初から。彼は人ではありませんでした。……生まれた時から、あなたたちのお兄さんは…有里渚という人間は死んでいたんです。それを、ニャルラトホテプが目をつけた」

 

メティスは語る。

 

「手始めに、ニャルラトホテプはあなたたちのおじいさんである倉橋黄盛を唆しました。そして、反魂の術を使わせ、それに乗じて赤子の身体を再び動かすために己の化身へと変えさせました。…くだらない実験のために。けれど、魂だけはあいつでもどうしようもなくて、本来の優希さんの──…渚さんの欠けてしまって不完全な魂ともうひとりの砕けた魂を混沌で繋ぐことによってひとつの魂として植え付けたんです。そうしないと身体はすぐに死んでしまうから」

 

湊と奏子は信じられなかった。

兄が、最初から人ではなく、誰かとの混じり物(キメラ)だと言うことに。

しかし綾時だって元はと言えばシャドウだ。どうして、兄だけが『そうじゃない』だなんて言えるのか。

湊はいまさらになってそのことに気がつき、顔を顰めた。

 

「その後は──…ふたりの知っている通り。優希さんはデスの器にされて、けれど親和性がありすぎた。同じ全人類のシャドウという存在だったからこそ、デスという性質を受け入れられた。代わりにその性質そのものが器を侵食してしまった。混じってしまった。彼は死の宣告者になる資格を得てしまっていたんです。優希さんが『前回』と『今回』、死の宣告者になったのはそのせいでもあります。もちろん、ならなかった時の方が圧倒的に多かったと思いますけど…優希さんは1度取り込んでしまっていたから…もうどうしようもなかったんです」

 

メティスの言っていることが湊と奏子にはなんとなくは理解出来た。優希もヒュプノスやファルロスと同じだったと言うだけだ。

 

「そうして、どうしようも無くなってしまったことに気がついた優希さんはひとりでぜんぶ持って行ってしまうことにしたんです。サイアクですよね。私の…誰の話も聞かないで、辛い気持ちに蓋をして、バカです。バカなんです。彼は」

 

口調は怒ったようなものだが、その声は酷く悲しげで、表情も泣きそうな顔のままだ。

ふと、落ち着いてきた奏子は疑問に思った。どうしてこの、メティスというこれまであった事の無い少女が兄のことをこんなにも詳しく知っているのか。なぜ、ここに居るのか。

 

「あの、メティス…ちゃん? どうしてお兄ちゃんの事、そんなに詳しいの?」

「メティスで大丈夫ですよ、奏子さん。私が彼について詳しいのは、私が彼と深い繋がりがあるから。私は、メティスという対シャドウ兵器であり、ニュクスでもあるんです」

「!!?」

 

突然のカミングアウトに湊と奏子は衝撃を受ける。

メティスであり、ニュクスでもある。その言葉は混乱をもたらすのに十分だった。ニュクスと言えば、倒すべき敵であり、滅びそのものだ。

そんな存在がどうして機械の乙女の姿を取っているのか。

 

「ええと、話すと長くなってしまうので端的にですけど。私、自分の身体()に戻れなくなってしまったんです。あの、(ニュクス)が戻ったらもちろんこの星の全ての生命は死に絶えてしまうのでもう戻るつもりは無いんですけど! えと…その、恥ずかしながら別の問題があって、その身体を別の存在にとられてしまって…はい…だから“本来のメティス()”と利害が一致してこの姿をとらせてもらってるんです」

 

しょんぼりと意気消沈したメティスはいたたまれないような雰囲気を醸し出している。別の存在に身体を取られてしまったから、メティスの姿を取っているということに疑問はない。だが、それでは説明がつかないことがある。

 

「なら、どうして死の宣告者(ニュクス・アバター)がニュクスの精神そのものの代わりになれるの? だって、きみがニュクス本人なんでしょ?」

「……そのままの意味です。ニュクス・アバターは化身。私という本来の精神の代わりに人類が用意した代わりの呼び水。ニュクスという器の形に合えば、なんでもなれる。大事なのは内包されている(滅び)、そのものですから。それに…私は飛び散ってしまったニュクスの精神のごく一部。核の部分の分霊(わけみたま)みたいなものなんです」

 

複雑そうな表情をしたメティスはそのまま深く息を吐いた。

 

「優希さんはその、私の本来の身体を奪った存在がこの星に滅びを撒き散らす前に消そうとした。死の宣告者ということは私とも、それとも深い繋がりができてしまう。そこを優希さんは利用した。全ての繋がりを利用して、あなたたちに自身を倒させた。そうすれば、滅びは人類によって退けられたという『認知』が作用しますから」

「だから、僕らはいま無事に今日を迎えられた?」

「はい。本来、あなたたちはニュクスを…滅びを封印して死ぬ予定でした。奏子さんは覚えてないと思いますけど…それを優希さんが捻じ曲げ、己の存在と引き換えにそれらしい形に整えた。……でも、それじゃダメなんです」

 

目を伏せる。そしてメティスは何かを決意したような表情をして、もう一度口を開いた。

 

「いまならまだ、やり直せます。ただし、巻き戻せるのは1度だけ。あの選択の直前までです。しかもおふたりは今日の──ううん。優希さんを殺すか、殺さないかを選ぶ所までの記憶全てを失います。もちろん、私と話したことも。知ったことも、すべて。それでも良いのなら……それでも、優希さんを取り戻せる可能性に賭けてくれるのなら、私は全力で皆さんの手伝いをします。だから、お願い。

ひとこと、言ってくれるだけでいいの。

 

──“戻りたい”って。

 

そうすればきっと……時を操る神器(聖杯)は──…優希さんは応えてくれる。僅かなその欠片で願いを汲み取ってくれるはず」

 

そっと、ベッドの脇へと歩み寄ったメティスは目を閉じたままの優希の頬に手を添えた。

動かない、ただの物と化したそれが目を覚ますことは無い。それもそうだ。これはここに投影された虚像(イミテーション)であり、本当の死体ではない。

 

「………」

 

湊と奏子の間に、言葉は必要無かった。

ただ、顔を見合わせるだけでお互いの考えが何となくわかる。

それは双子ゆえか。それとも()()()()()()()()()()()()()がゆえか。

 

そうして、湊と奏子は口を開いた。

 

 

 

 


 

 

満月が輝く夜空を背景にしたムーンライトブリッジの上。そこで優希と特別課外活動部は相対していた。双方ボロボロで、息を切らしている。

先ほどまで感情の全てをぶつけ合うほどの激戦がここで繰り広げられていた。しかし、

 

「俺は…」

 

カラン、と優希の手にあったロンギヌスが落ちる。

 

「……強がるのは、もうやめる。独りでやろうとするのももうやめる。みんなを、頼ろうと思う。だから、連れて帰って…くれないかな…」

 

ぎこちなく微笑んだ優希に、特別活動部の面々はほっと胸をなでおろした。

戦意は完全に無くなっているようだった。

 

「これで一件落着、でありますね!」

「ワン!」

「いや、一時はどうなるかと思ったぜ!なあ、湊! 奏子っち!」

「全くだよ。ほんとに優希は手のかかる兄なんだから」

「でも、お兄ちゃんが帰ってくるって言ってくれて嬉しいよ! 滅びをどうするかとか、色々あるけど、それでも!」

「三上さん、僕じゃ頼りにならないかもしれませんけど、僕は貴方に恩を返せてませんでしたから。…帰ってくるって言うのは素直に嬉しいです。問題は山積みですけどね」

「三上、てめえ独りで抱え込みやがって…オレらはそんなに頼りねぇか?まあ、帰ってくるってんなら答えは保留にしといてやる」

「ああ、そうだなシンジ。三上、帰ったら覚悟しておけよ。俺たちで1から10まで全部聞いてやるからな」

「三上…私は、きみが嫌と言っても連れて帰る……そう決めたからな、今更嫌だと言ったら処刑だからな…!」

 

全員の言葉を聞いて、優希は泣き笑いのような表情になる。その心の内は、安堵か、それとも。

 

「…みんな、」

 

優希が立ち上がる。もう、敵ではないし相対するような場所にいる必要はないからだ。

そして、歩み寄ろうとした。

 

「あ……」

 

目を見開く。

ぐらぐらとした視線の先には、自らの胸から突き出るロンギヌスの穂先が。

 

「な……!」

 

それは、誰の声だったのか。

分からない。小さなつぶやきのようなそれが止まっていた時を再び動かしたかのようにゆっくりと優希がスローモーションのように倒れていく様をまざまざと見せつける。

なんの抵抗もなく倒れる身体。

ゴッ、と頭をうちつけた優希がせき込み、口からは血が垂れる。

 

「きゃあああ!」

「三上さんっ!」

「お兄ちゃん!!!!」

 

悲鳴のような奏子の声が響く。

倒れた優希の後ろに、誰か立っている。

返り血に染まったその人物は──

 

「──幾月…!?」

「やあ、特別活動部の面々。元気にしてたかい?」

 

幾月修司その人だった。

しかし幾月はタルタロスの天文台から落ちて死んだはずだ。死人は甦らない。だと言うのになぜ、ここにいるのだろうか。

そんなことは誰にも分らなかった。

 

「君たちには2度も感謝するとは思わなかったよ。本当に、実にいい働きをしてくれる」

「幾月…貴様、死んだはずでは…!」

「ああ、そうだね。私は天文台から落ちて死んだね。でもね、“本物の私”も10年以上前に既に死んでいるから関係はないよね」

「は…?」

 

美鶴は幾月の言葉の意味がわからなかった。いま、幾月は『本物の私』と言わなかっただろうか。

 

「お前は…誰だ…!?」

「君たちの疑問は尤もだと思うよ。実際、僕も天文台から落ちて1度死ぬまで気がつかなかったんだ」

 

ゾワゾワと、得体の知れない悪寒が背筋を走る。

 

「僕はね、化身の1人だよ。ニャルラトホテプという存在の、ね」

 

開いた幾月の瞳は黄金に輝いていた。

 

「ここでこうして無様に滅びをどうにかしようと耐えている彼も、僕と同じ化身のひとりだ。どうしようもできないほどに愚かな人形ともいうね」

「がはっ…!?」

 

心底、忌々しいと言った表情で優希の身体を蹴りつける幾月の背後で、黒い触手が蠢いていた。

 

「無駄なことを。抵抗しているようだけれど、ロンギヌスで刺され、予言が成就されたうえで器が破壊されたんだから、もう滅びは避けられない。とはいえ、ちょっと変更を入れたから予定とは少し違うけどね」

「何を言って……ぅ……」

 

幾月に食いかかった美鶴を皮切りに、ぱたぱたと抵抗も出来ずに特別課外活動部のメンバーが倒れていく。

その原因は、空から迫ってきた“滅び”だ。

 

全員がそれに倒れ伏すまでにそう時間はかからなかった。しかしニャルラトホテプという存在に死はない。なぜなら、彼が死ぬ時は別のナニカに取り込まれる時、もしくは全ての生き物が死に絶え光と闇という物がなくなった時だからだ。

その様子を見た幾月は、満足そうにほくそ笑む。

 

「…これでやっと、あの忌々しいペルソナ使いどもに阻まれた『こちら側の破壊』が達成される!もう止めることなどできない! ヤツらは見ていないだろうが、わけもわからず後継によって達成されるのはさぞかし悔しいことだろうな!ハハハハハ!」

 

それはもう、幾月では無かった。

ニャルラトホテプの化身と名乗った幾月は高笑いをする。

 

「ああ、できることなら『あちら側』の周防達哉の目の前でこれを壊してやって1度は救った世界を滅ぼされる絶望を味あわせても良かったが…特別課外活動部の面々でも十分に愉快だ…そうは思わないか? フィレモン」

 

幾月──ニャルラトホテプの声に答えるものは誰もいない。

ただ、ガラスの割れるような音と共にまるで滅びの間を縫うように金色の蝶が1羽飛び立っただけだ。

 

 

 

 

 

暗闇の中、血の気の無い肌の色をした銀髪の女は紅い目を歪ませて嗤う。

 

「愚かな。焦り、熟す前に器を壊したとて、最早ニュクスを食らい取り込んだ滅びの権化たるわたくしの目覚めは止めらぬというのに。たかがひとつの星に住まうもののシャドウごときがいくら愚計を講じても無意味ですよ。──ですが、その無駄な足掻きを多少は評価し、取り込むのはやめにしましょう。我が半身の願いの為に()()()()、待って差し上げましょう。

 

……命拾いしましたね、“ニャルラトホテプ(とるに足らない塵芥)”」

 

くすくすと、楽しそうに。ひどく愉快そうに。

 

「エレボス。ええ、わかっています。わたくしの可愛い子。もうしばらくだけ、辛抱していてくださいね…この星のすべての生命共々すぐに“産みなおし”て差し上げますから…」

 

おぞましいとしか形容できない巨大な黒山羊を慈母のような微笑みで撫で、女はまた嗤う。うしろでは似つかわしくないぐちゅぐちゅと粘液のような水がねばつく音がしている。

その女の目はほの暗く、とてつもない執着心が滲んでいた。

 

「そのためには、必要なのです。わたくしの半身が。何としてでも、取り戻さねばなりません。だから、()()()()。完全に目覚めるまで、待ちましょう…」

 




主人公が選びとった選択肢も表面上は救えたように見えて結局はバッドエンド直行です。
“滅び”は目覚めないにしろニャルラトホテプとの勝負に負けた“ふたり”は何かしら害され、絡めとられる運命でした。

本来ならメティスの言っていた通りアカシックレコードによる世界の修正により、そこに部屋はなく、三上家にも“三上優希”という存在はおらず、ふたりはたまたま引き取られた、ということになっていたはずでした。もちろん、“有里渚”も生まれてきてはいません。
あるべき正しい姿に戻されただけです。
しかし理由を知る誰かさんが「ふたりまでもが奴とのゲームに負けるだなんて認めない」と存在意義をかけてまでメティスの元へ逃げたおかげか、ギリギリ『時を操る神器』の欠片が残り、セーブデータのロードよろしく選択直前まで巻き戻せることに。
やったぜ。(よくない)

次回は選ばなかった方の選択肢。ある意味この話の続きになります。
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