君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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「悪い癖ですよ」(12/3)

“産みなおし”をするのが人類が願った結果かつ、それが滅びの目的だと衝撃的なことを聞かされた面々はそのスケールの大きさから黙り込んでしまう。

 

「しかし、あなたが男神の相とやらを持っていればそれは目覚めないはずでは? 片方しかなければ目的を達成出来ず、手出しをしてこないと先程言っていたでしょう」

 

タカヤは冷静に分析し、感じた疑問を優希へと問いかける。

しかし優希は首を横に振る。

 

「俺が抑えてられるうちはそれでもいい。俺が完全に独立した男神になってしまっても、それはそれでいい。けど、俺がその男神の相を手放してしまえば終わりだし、時間が経てば経つほど彼女は強行手段に出ようとする。受け取る前に拒絶したとかならともかく、既に受け取ってしまった願いを妨害されたりして叶えられないっていうのはカミサマにとってはかなりクるんだよ。それこそ存在定義が揺らぐくらいには」

 

少し、同情するような曖昧な表情で僅かに自嘲するような笑みを浮かべた優希は己の表情に気がついていないのだろう。

そのまま、言葉を続ける。

 

「だから、モル…ヒュプノスが提示した期日までは律儀に彼女は待ってくれるだろうけどそれを過ぎれば無理やりにでも“産みなおし”を行うと思うよ。何らかの手段でマガツヒ(リソース)を蓄えて直接この星に降りてきて、俺を力技で飲み込もうとするくらいには」

「その期日っていうものが、1月31日ってこと?」

 

天田が現実感のなさそうな声でボヤいたその言葉に優希は頷き、また口を開く。

 

「そう。その日になれば彼女は必ず実力行使にでる。逆に言えば、ヒトもその日にならないと彼女を退けることが出来ないんだ。俺はまた、別だけど」

 

そこで湊と奏子から視線を外し、もぞもぞと両手の指を組んでは離す。

優希は少し言いにくそうにして、けれど息を吸って口を開いた。

 

「…彼女を期日前までに殺すことが出来る方法があるにはあるんだ。それは、俺が“カズムの深淵”にいる状態で自分の意志で死ぬ事。自殺は、可能なんだ。昨日、やろうとしたことは後者にあたる」

 

そんな優希の言葉に、誰かが息を飲む様な音が聞こえた。

風花はゆらゆらと優希を見やり、悲痛な顔をして息を吸った。

 

「だから、先輩は…あんなことを言って有里くんやみんなに殺されようと…」

「……うん。それしかないって、思ってたから。ほんとなら、最初にカダスに入った時点で俺は全部抱えて消えているべきだったんだ。それが一番、丸く収まる形だった」

「でも、そうはならなかった。私たちが…お兄ちゃんを探しに行ったから…ナギサちゃんが言ってたことって、そういう事だったんだね。だから、“カダスはお兄ちゃんが自分で死ぬための場所”って変な表現をしたんだ…」

 

奏子は納得した。

あのカダスのナギサの意味深な言葉も、どっちつかずな態度も、本当に優希の意志を優先した結果だったのだと。

カダスのナギサとて、全てを知っていた訳では無いのだろう。だが、彼女とパンの大神こそが恐らく──優希がシュブ=ニグラスから奪った男神の相だということに奏子だけは気がついた。察することが出来てしまった。

彼女らはなにかがあって、“カダスのナギサ”と“パンの大神”という存在に分離した。元は、男神たるシュブ=ニグラスであり、またノーデンスという旧き神だったのだろう。

 

もしくは、身勝手な人の認知によってノーデンスとパンの大神という神が結びつけられた結果に生まれてしまった二者か。

どちらにせよ、今はいないに等しい。

 

「いまの俺は、半身であり少なからず彼女と繋がっている状態だ。もちろん、見られたくないから無理やり覗かれなければ見られないようには、してるけど。だから、その繋がりをもって消すことが出来る。共に消えることが出来るんだ」

 

湊は湊で、ニャルラトホテプが特別課外活動部全員にゲームと称し、持ちかけてきた『三上優希を無事にカダスから連れて帰る』という条件が昨日カズムの深淵から連れて帰るという所まで継続していたことに気がついた。

なにもニャルラトホテプは今、とは言っていなかったのだ。そして、連れて帰る存在は“三上優希”であって他の存在ではない。もし優希がパンの大神に呑まれ、変異してしまって優希でなくなってしまったら。もし、ニャルラトホテプがそこで優希を殺していれば。もし、メティスが綾時を頼ってきていなければ。それもゲームに負けたという事になる。

さらに言えば“カズムの深淵”で説得に失敗していたら。優希が途中で気が変わり湊達に殺されようなどと考えずに1人で消えてしまっていたら。

ゾッとした。

恐らく、カダスのナギサが語ったように全て忘れてのうのうと日々を過ごしていたことだろう。兄がいたことも、救われたのも全て忘れて。

それこそが優希(あに)の願いだということは分かっている。平和になれば己の存在は要らないのだとどこかでも思っているのも知っている。だが、それは湊と奏子の願いではない。

むしろ真逆のものだ。

 

「それでも、期日までに解決できなかった場合。倒せなくて、どうしようも、出来なかった場合。……俺は、全身全霊を懸けて彼女ごと俺を終わらない時間に閉じ込める。ずっとずっと終わらない繰り返しに閉じ込め目覚めそうになったらまた巻き戻して、俺と彼女の両方を燃やし続けて、彼女が消えるまで永遠に繰り返す輪廻の輪に閉じ込めるから」

 

決意を秘めた瞳で優希は告げる。

終わらない繰り返しに閉じ込める。その言葉は、湊と奏子、そしてメティスにとって到底認められることではなかった。

 

「優希さん、あなたはそれがなにを意味するのか分かってるんですか!? それって……なにも、何も変わってないじゃないですか! 魂を使ってニュクスを眠らせることと、終わらない繰り返しにシュブ=ニグラスを閉じ込めること。そのふたつは結局、同じ意味でしょう!?」

 

そう。何も変わっていない。

刺し違えることも、封印をすることも、閉じ込めることも。誰かの犠牲が出るということには何ら変わりないのだ。

しかし優希はさらに表情をきつくした。

 

「俺がやらないで誰がやるって言うんだ! この力を持った俺が! 元凶とも言うべき俺が! 責任を取らないでどうするんだ! これぐらいのこと、して当然だろう!? 力を得てしまったと言うだけで…責任をとるべきじゃない、巻き込まれただけの湊と奏子や他の誰かに尻拭いをさせる方が嫌だ! だから俺は譲らない…! これだけは、絶対に譲らないッ!!!」

「っ…」

 

最後には立ち上がり、叫ぶようにしてメティスへと反論した優希は昂っているのかふーふーと肩で息をしながらよろめき、椅子になだれ込むように座って己の前髪をくしゃりと掴んだ。

 

「…運命だったんだ。だから、これでいい」

 

泣きそうな顔で笑った優希の声は先程荒らげたような大きなものではなく、小さく、静かだった。

 

「きっと、こうなることを俺自身が選んだから、なにも、問題なんて…」

「だから、諦めるって言うのか?」

 

諦めるような優希の言葉に、荒垣が睨みつけながら噛みつくように問いかける。

 

「てめぇは…奏子や有里を救いてぇと思ってその運命とやらを覆そうとしてんだろうが! だったら、てめえの運命くらいてめえで覆してみろよ! なに諦めてんだ! 何度だって繰り返しゃいい! そのためなら俺らはいくらでも協力してやる! もう燃やすもんがねえってんなら俺らの記憶をまた使えば良いだろうが! 話じゃ、最初はそうしてたんだろ!? なら、今更罪悪感がある訳でもねぇだろ!」

「……俺の運命を覆すためなら、いくらでも協力するって、ほんと?」

「……あ?」

 

怒鳴り散らした荒垣の言葉に反して、優希の言葉は先程と同じ静かなままだった。

しかし、その顔には獰猛な表情が浮かんでいる。

 

「言ったよね? いま」

「…あ、ああ…」

 

念押しをされ、気圧された荒垣は先程まで怒り狂っていた気持ちが急激に凪いでいくような感覚に襲われた。

なにか、嫌な言質をとられたような気がして、冷や汗をかく。

 

「みんなも、協力してくれるんだよな?」

 

さらに念押しをするように優希は周りを見回した。

 

「ああ」

「エーット、事にもよるっスけど…」

「だよね…でも、私たちに出来そうなことなら…世界の命運がかかってるんだし」

「僕らは別に。殺してとか以外ならなんでも」

「勿論だ」

「僕も…頼み事の内容によりますけど。大丈夫です」

「わ、私も天田くんに同じく…」

「ワン!」

「危険じゃなけりゃな」

「当然」

 

様々な答えを聞いて満足げに笑みを浮かべた優希はぱちんと1度手を叩いたあとに口を開いた。

 

「よし。ならきっと大丈夫。じゃあこれからはタルタロスを踏破しつつそれとは別に特訓を始めようか」

「…は……?」

「…え…?」

 

ぽかん、とほぼ全員が間抜けな顔をして口を開いた。

 

「と、特訓…?」

 

天田が訳が分からない、と言いたげに首を傾げる。

何故に突然特訓などという言葉が出てきたのか。優希の頭まで明彦のような脳筋になってしまったのか。

まったくもって運命を覆すことと特訓が結びつかず、はてなが浮かんでは消える。

 

「カダスの一部はいま俺の根城(パレス)なんだ。ニャルラトホテプにも手出し出来ないしある程度は自由にできる場所だから、そこに出入りするくらいならほぼノーリスクで出来る。それを悪用…じゃなかった。応用して特別訓練でもしようかなって。影時間内ならいくらそこにいても時間は進まないからさ」

「なんスかそれ…つか、いま悪用ってセンパイ言わなかったか?」

 

優希の発言に思うところがあったのか、順平が指摘すれば、いい笑顔の優希がそちらを向いて人差し指を立てた。

 

「おっ、伊織。早速俺の実験台になりたいのかな? 俺も自分の力を意識的に使うのは慣れが必要だし…手始めに時間を30秒ほど巻き戻してあげようか?」

「イイエ! オレっちはなにも聞いてません! ハイ!」

「よろしい。なら巻き戻さなくてもいいか」

 

無理やり順平を黙らせて失言を無かったことにした強引さに、「ヒョ……」と順平は恐怖のあまり短く息を吐いた。

ここまで知ってしまえばその脅し文句が洒落では無いのだ。本気と書いてマジと読むくらいには、優希は本気だったようにも見えた。いや、そんなくだらないことに力を使ってもいいのかという疑問が順平や他の面々の中にもあったがそれを指摘すればまたいい笑顔を向けられるに違いないと口を噤んだ。

先程までの悲壮さをまるで感じさせない優希のくるくると変わる表情に、奏子はなんとなく優希が無理をしているのだと気がついた。兄は、精神的に無理をしている時ほど露骨に笑っている。

 

「お兄ちゃん…」

「大丈夫。俺は大丈夫だから。きっと、なんとかなる」

 

心配そうな視線を向け、呼びかけただけなのに奏子の意図を読んだのか優希に優しく一蹴されてしまう。

なにがなんとかなるのか。なにが、大丈夫なのか。兄は何も具体的に言わない。

わざと言葉を省いている。言わないことによって、相手に都合のいい解釈をさせて安心させようとしている。

 

「……今思ったんだけどさ、食べきっちゃった美味しいご飯とか賞味期限切れた食べ物の時間を巻き戻せたら便利なんじゃ…」

「ダメです」

 

話題を逸らすようにとてつもなく有用だがくだらない力の使い道を見つけてしまいそうになった優希をアイギスが即座に窘める。

さすがにそんなくだらないことにいちいち力を使っていたら無駄使いにも程がある。

桐条鴻悦もまさか時を操る神器としての力を食い物云々というくだらないことに使われるとは思ってもみなかっただろう。作成時の『時の流れを操作し、障害も、例外も、全て起こる前に除ける。未来を意のままにする』というコンセプトとは微妙にズレていてかけ離れている。

 

「うーん、やっぱりダメか…」

「姉さんの言う通りダメに決まってるじゃないですか。力を自由に使えると分かったら自分のリスクを考えずにポンポン無駄使いし出すのは優希さんの悪い癖です」

 

ボヤいた優希をジト目で見て、メティスは咎めるように呟いた。

その内心は手のかかるヒト、という感情でしかない。

 

「失礼な。常に全力って言って欲しいんだけど?」

「イヤです」

「ぐぬぬ…」

 

一刀両断され、優希は次の言葉を言うことが出来なかった。

メティスが優希に対し遠慮のない対応をするのはどちらかと言えば親近感を感じるからこそだ。

メティスは姉であるアイギスを救おうとして。優希は弟妹である湊と奏子を救おうとして。

それぞれ行動したことに変わりはない。

そして姉でも仲間でもなく、『目的を同じとするのならば絶対に裏切らないであろう頼れる同士』という意味でメティスは優希へと心を許しているに過ぎない。アイギスを傷つけようものならメティスは容赦なく優希と敵対する。あくまで優先順位は一番がアイギスで、そのアイギスが大事な奏子と湊の方が上である。

ニュクスとしては我が子のような、被害者に対するもののような、不思議な感覚があるのは確かだが、それも優希という存在の生まれが生まれなので仕方ないのだろうとメティスは思っている。

 

逆に優希自身も、メティスに対しモコイやタカヤ達と同じくらい馴れ馴れしい態度をとっている。というよりかは何も仮面を被っていない、“三上優希”としての素をさらけ出していると言っても過言ではない。

その付き合いはつい最近からであるが、ある意味全てを共有し、思考も何もかも筒抜けという関係のおかげで同じく親近感を感じてしまって自然とその態度になっているに等しい。要するに、無意識にメティスには心を許しているようなものだった。

逆をいうなれば奏子と湊にはまだ“兄として”、美鶴には結ばれたとはいえ“仲間として”の仮面を被ったままということだ。

別に悪いことではない。だが、それが弊害を起こすとこもある。

 

湊としての理想は、兄が兄の仮面を取って9月のように素で笑ってくれることなのだが、それも難しいのだろうというのは分かっていた。

 

優希はふ、と朝倉たちを見て口を開く。

 

「特訓は──朝倉先生たちはしなくてもいいかな。というより、もしよければ朝倉先生たちには裏方を頼みたいんです」

「あ? 裏方?」

「恐らく、ニュクス教はこれからも活動を続けていくと思います。教主が居なくてももう彼らはニャルラトホテプにとっては傀儡同然ですから。決戦の日、ニュクスを取り込んだシュブ=ニグラスの増大した影響で、少なくとも港区の住民は全員影時間を認知することが出来る、と思うんです。その時にニュクス教の奴らが暴れたりもし悪魔化した場合の対処をお願いします」

「そういうことか」

 

優希は懸念していた。

ニャルラトホテプがわざわざタカヤ達の代理でニュクス教の教主と神父に化身である、自分と神取を割り当てたのはなにか意図があったからなのでは無いか、と。

下手をすれば珠閒瑠市で噂を蔓延させた時のように同じことを宗教という手段をつかってしようとしているのではないかという心配もあった。だからこそ、悪魔が出てくるかもしれない案件には、そちらに詳しく場数を踏んでいる大人組に行ってもらった方がいいだろうという考えだ。

 

「任せとけ。人員もきっちり集めといてやる。な、ナオリン?」

「…ブンヤはそういう所だけいつも俺任せだよな」

「いや、だってよ、オレよりオマエが呼んだ方がみんな集まるだろ。よっ、この人間万誘引力!」

 

苦笑する尚也をからかう朝倉はイタズラっ子のような表情をしていた。

朝倉的には一介の医者となった己よりも南条の調査員をしている尚也に頼んだ方がそれらしい理由づけができるから、という理由がちゃんとある。

もちろん、戦いたくないと思うメンバーもいるだろうと予測はできるのでそれはそれだ。

もうみんなそれなりに大人になり、家庭を築いている人間の方が多い。

事件の後はなにごともない日常をすごすのが人としては当たり前で、奇特なのは常に悪魔絡みの仕事をしている朝倉や南条の調査員をしている尚也たちの方だ。

 

「…わかったよ。しょうがないな」

「よっしゃ! まあ、ナオリンには“はがくれ”のラーメンくらいは奢ってやるからそれで手打ちってことにしてくれ」

「えーっ、朝倉くんずるい! 私には?」

「もちろん園村にも奢るに決まってんだろうが! オマエら二人一組でセットなんだからよ」

「やった!」

 

喜ぶ麻希を見ながら、朝倉は小さく息を吐く。

 

「つーことでだ。しっかりやらせて貰うぜ。後は…悪魔絡みならライドウのガキでも呼び出してパシればいいか…いや、あの若作りババアや鳴海の姉さんにドヤされたかねーしどうすっかな…」

 

困ったようにブツブツと呟く朝倉の愚痴は他の人間には聞こえない。聞こえても意味のよく分からないものだった。

 

「と、言うことで、これから特訓もするから特別課外活動部のみんなとストレガのみんなはタルタロスに予定を合わせて来てくれるとありがたいかな。てか、なんだかいちいち分けて言うのも面倒だなあ…」

 

優希が朝倉と同じく困ったようにボヤき、困ったようにストレガを見た。

 

「なんやねん。そないにこっち見よってからに…」

「いや、特別課外活動部となかよしこよしは感情的に嫌かなって…」

 

ジンがその視線に気がついて問いかけるも、優希は曖昧に苦笑いして視線を逸らす。

 

「まあ…ワシは……正直な所そこの桐条以外は別にどうてことない。なかよしこよしは流石に無理やけどな。むしろそこの伊織とか暑くるしうてケッタイやけど最近はチドリに対しては悪うないんちゃうかと思うんや。荒垣かてワシらと取引しとった仲やし、ある意味同じ境遇って言えばそうかもしれんし」

 

順平のことを評価したジンは満更でもなさそうだったが、協調性があるというわけでもなく。特別課外活動部と馴れ合うつもりは無いとはっきりと言い張った。

 

「じゃあ、イズミくんは…」

「俺は協力出来るならなんでもいいよ。朝倉先生も戦うんだし、(けん)くんがいるからってのもあるけど」

 

イズミはイズミで天田という知り合いがいるからと二つ返事で頷いて笑みを浮かべる。次にチドリに問いかけようとした優希が口を開く前に、チドリが先に口を開いた。

 

「私はパス。そこの人達の中で順平以外の人間には興味無いもの。私が好きなのは順平だけ。それ以外は…気が向いたら話すくらいはする、かも…しれないけど…」

 

照れて尻すぼみになっていくチドリの言葉は最後には聞こえなくなる。

 

「私も遠慮しておきます。協力はしますが馴れ合いなど結構。ただ、なにかそちらと我々をまとめて呼ぶ呼称でもつけたいのならご自由に。こういう場合のナギサの名づけのセンスは壊滅的ですし絶対にこちらは名乗りませんが」

「うっ…」

 

見透かすようなタカヤの目に射抜かれ、優希はたじろいだ。とはいえ、ネーミングセンスが壊滅的なのは本当のことであるし、ろくなものにならないだろうなというのは本人もわかっての事だった。

しかしそんな優希を疑いの目で見たジンは少し確認してみようという気を気まぐれで起こした。

 

「ナギサ…なんか浮かんどんのやろ? ほら、ちょっと候補言うてみい…ワシは怒らんから」

「エッ……じゃあ……“ニュクス討伐隊”…とか………」

ダッッッッッサ!!!! なんなんやそのクソダサいネーミング! 討伐隊って…フェザーマンとちゃうねんで! しかも倒すんはニュクスやのうてシュブ=ニグラス言うやつやろがい! 倒す目標間違えてどーすんねん!」

「はい…そうです……で、でもさあ…わかりやすい方がいいかなって…」

「阿呆! わかりやすいのはええけどダサすぎるわこんなん! しかも人違いならぬ神違いやないか!」

 

優希はとりあえずかつての特別課外活動部の名前を遠慮がちに挙げてみたがジンのマシンガンのような鋭いツッコミの前に敗北してしまう。

哀れニュクス討伐隊。

確かに名づけられたとしてもっぱらこれまでの“特別課外活動部”という呼び方の方が使いやすく、ほとんど誰も自称することがなかった団体名であるので、そう名付けた意味はあったのかと優希ですら疑問を覚えるものだったがニュクスへと立ち向かうという決意の証としてはばっちりであったし、そんなに否定されるのも可哀想だろうと内心哀れんだ。ダサいという評価も妥当であると思ってもいるが。

 

「……、…いやこれナギサに任せたらアカンわ。どうするんやタカヤ…」

「知りませんよそんなこと…」

 

優希のネーミングセンスに絶望したジンがタカヤに助け舟を頼むも、タカヤは諦めきっているのか素知らぬ顔で逃げようとする。

そんなふたりのやり取りを見ながら、優希はオリジナリティ溢れるとんでもなくダサい名前を出さなくて良かった、とほっと胸をなで下ろしていた。畜生ここに極まれりである。

 

「名前なんて、これまで通りで良いんじゃない。どうせ何も変わらないわよ」

 

チドリが冷めた目で優希を見ながらそう告げる。

特別課外活動部とストレガ、ふたつを纏めた呼称が欲しいというのは優希のわがままであるし、ダサくなるくらいなら別につけなくてもいいかという意見ももっともだ。

ついでにいえば特に名乗る相手がいないので考える必要すらもないというか。

 

一方、湊と奏子の中では“愚者”コミュのマスターと共に、“審判”のコミュが生まれていた。

 

──汝、“審判”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん。

 

頭の中に不思議な声が響き教えられる。その括りは、“運命へと反旗を翻した者たち”。

変えられない結末と抗いようのない死の運命を乗り越えようとしている者たちとの確かな絆の芽生え。

あくまでストレガや朝倉達は協力してくれているという形であり、仲間では無いためにそのような名前になったのだろう。

そして、もうひとつ。

 

──Rank UP!

 

XⅪ “原型(アーキタイプ)

三上優希 Rank4→Rank5

 

“原型”のペルソナを生み出す力が増幅された!

 

「っ!」

 

はっきりと表示されるようになった数字とアルカナの名前に、湊は一瞬たじろいだ。

また、数字とアルカナが変わっている。隣の奏子を見れば、奏子も僅かにその表情を変えていた。

 

「…? ふたりとも、どうかした?」

 

目ざとく表情の変化に気がついたらしい優希が訝しんで訊いてくる。

そんな優希に対し、湊と奏子は首を横に振った。

 

「なんでもない」

「ほんとだよ。湊の言う通り。なんでもないの。でも、ちょっと…えへへ、嬉しいこと、かなあ」

 

既に“シヴァ・マハーデーヴァ”という新たなペルソナを得ている奏子は繋がりが失われていないことを再確認できてはにかむ。

 

「嬉しいことなら詳しく聞かなくてもいいか。…変な事じゃなくて良かったよ」

 

軽く流した優希は立ち上がる。

結局名前はこのまま、纏めて別の名前をつけずにいつも通りでいくことにしたらしい。

湊や奏子としても兄の名づけが壊滅的なのはわかっているのでヘンな名前にならなくて良かった、とほっと胸をなでおろすしかなかった。下手をすれば“なかよくし隊”とかそこら辺の幾月も失笑するほどのクソダサネーミングにされていただろう。

審判のコミュ名がそんなクソダサネーミングにされた日にはランクアップするたびに笑いを堪えなくてはならなくなる。

 

「話はたぶん、これくらいかな。カダスへ行ったりとかはまた明日以降にしようか。……先生、ありがとうございました」

 

朝倉の方へ身体を向け優希はもう一度頭を下げる。

その「ありがとう」の言葉の意図を朝倉は何となく察していた。

この言葉は話を聞いてくれての「ありがとう」ではなく、「これまでありがとうございました」の意味だ。

これではもう、朝倉が何を言おうとも優希は止まらないだろう。入院などして身体を休ませる、ということをしないかもしれない。

日常そのままの生活を送り、限界でも入院などをせずに決戦の日まで全力疾走するつもりなのだ。

僅かに朝倉は顔をしかめるも、今更指摘したところで意味がないと分かって最低限の言葉だけで留めることにした。

 

「いいか、どうしようもなくなっちまってもな、死ぬことは考えるんじゃねえぞ。しがみついて生きることだけ考えとけ」

「勿論です。俺は…シュブ=ニグラスを倒すまで、消えるわけにも死ぬわけにもいきませんから」

「そ…いや、いいか…」

 

いい笑顔で答えた優希に対し、そういうことじゃねーんだよなあ、と朝倉は言いかけて、やめた。

こういうことは朝倉の役割ではなく、もっと優希の近くにいる人間が教えてくれることだろう。それでも無理だった場合は諦めるほかないが。

バカは死んでも治らない、というのはこういうタイプの人間も言うのだ、と朝倉は諦めた。

 

 

 

 

 

朝倉達とストレガ、そして綾時と朔間が去った後、各々が自室へと帰ろうとしたときに湊は優希を呼び止めた。

 

「なに?」

「ちょっと確認したいことがあって。僕の部屋か優希の部屋で話したいんだけど」

「わかった。いいよ」

 

不思議そうな顔をしつつも快諾した優希を連れて、湊は自室へと向かう。

自室に着き、部屋の電気をつけ、そして鍵を閉める。カーテンも閉めて、ベッドの横に立つ。

 

「しんどかったらベッドに座ってもいいから」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

少し恥ずかし気にはにかんだ優希はそのままベッドへと腰かけて珍しく部屋の鍵をかけた湊の行動に疑問を覚えているようで、扉の方を見つめている。

湊はそんな優希を見ながらも、本題に入ることにした。

 

「…優希は、12月31日に消えたりしない?」

「ああ、なるほどね」

 

湊の心配事の内容が分かった優希は頷く。

『これまで』の死の宣告者となった綾時と同じように、12月31日に消えてしまわないかが心配だったのだろう、と察することができたのだ。

 

「いや、それは大丈夫。俺は死の宣告者ではあるけど、動かすのにニャルラトホテプの化身としての力が必要だったってだけで、肉体は──たぶん、恐らく、だけどまだ純粋な人間だよ。だから消える必要がないんだ。消えるときは、シュブ=ニグラスに取り込まれた時か、俺という存在がなくなるときだよ」

 

「さっき話した通り、もちろん魂はヒトじゃないんだけどね」と優希は付け足して自嘲気味に笑った。

 

「ああでも、変わった事ならできる」

 

そう愉快そうに呟いた優希が立ち上がる。そして揺らめき、その姿を変える。

ボロ布に、獣の頭骨。そして鎖。湊の記憶にある、デスそのものだった。

 

「っ!!!」

「──とは言ってもこれは幻覚みたいなものなんだけど」

 

すぐにまた蜃気楼のように揺らいで姿がもとの優希のものに戻る。

デスそのものな見た目に必然的に『かつて』の綾時のように殺す選択を提案されるのではないかと嫌な考えが浮かんで、湊はバクバクと撥ねる心臓を落ち着かせることに必死になっていた。

 

「びっ…くりした…冗談きついから…それ」

「あ…ごめん。トラウマだったよね。そこは俺の考えが浅すぎた。本当にごめん。でも実際の俺の姿があんなのになってるわけじゃないんだ。あくまで、俺の身体は人間で、この姿に変わりはない。湊にそう見えるよう、自分の『認知』を弄っただけ」

 

湊が青い顔をした原因が10年前の事故のトラウマのせいだと勘違いした優希が罪悪感を感じたのか目に見えて落ち込みつつ謝罪する。

湊としてはそちらはどうでもいい──わけではないが、主な原因はそちらではないためジト目で見つめるだけに留めておいた。

それに対し、優希は申し訳なさそうにしつつもその空気を変えるためか湊の視覚情報を更新しようと変な気を遣っているのか、口を開いた。

 

「ええと──他にはこんな姿にもなれる」

 

また、優希の姿が揺らぎ、月光館学園の女子用の制服を着た少女の姿になる。

大きなふたつの三つ編みに、ぱっちりとした金の目。そしてメガネ。その姿はカダスで見た“ナギサ(ノーデンス)”そのものだった。そんな“カダスのナギサ”の姿をした優希は見せつけるように両腕を横に広げてくるりと一回転し、スカートの裾をふわりと広げた。

 

「やっほー! ナギサちゃんだよ! ね、ビックリした? これも『認知』の応用なんだ。自分に“カダスのナギサ”であるっていう『刷り込み』をして姿と思考を変えてるの! ニュクス教の教主の時も同じ原理だよ! これも()()()()()()曖昧な存在だからこそ、可能なんだ。どう? すごいでしょ!」

 

声と仕草もそのままカダスのナギサになった優希が話す。まるで本物がその場にいるような擬態度に湊はあんぐりと口を開けた。

 

「ただ、多用しすぎると自分が誰だかわからなくなるから使うのはほどほどにって感じなんだけどさ」

 

そして姿と声が元に戻る。

一方、湊は危機感を覚えていた。兄の話によるならば、湊と奏子の兄だと自分を認識せず何者でもない曖昧な存在だと思っているのは、かなり不味い事なのではないのだろうか、と。

否、ギリギリ“ふたりの兄である”という認識を持っているからこそ、優希は自我を保てているのではないかという嫌な予感すらする。それすら放棄されたら兄は己がなにかわからなくなり、帰ってこれなくなるだろう。

まさに、本当の意味で千の貌をもつ、何者でもない化け物(ニャルラトホテプ)になってしまうということだ。もしかするとそれ以下か。

 

「てか、見せたのは良いけど使い道がないんだよねこれ。戦闘能力が変わるかと言われたら素の俺のままだし」

 

呑気にくだらないことを悩んでいる優希には悪いが、そんな力、使わなくていいと湊は言いたかった。

と、いうよりも時を操る力とやらもこの擬態能力も、優希の心身を損ねたり、魂を使うのなら一回たりとも使ってほしくないのが本音だ。

メティスの言う通り兄は力を得たらくだらないことにも必要だと感じた場合リスクを考えずに使う節がある、ということをこの数分で嫌というほど湊は実感できた。

どんな力を得ようがヒトをやめようが、得た分以上に己の身を切り、使おうとする。そこが危うすぎるのだ。兄は。

 

「あとは…えへへ、明日の楽しみってことで。俺もちゃんと戦えるとこ、見せないとだし」

 

奏子によく似た笑みを浮かべながら、優希は照れたように首に手を回して己の髪を弄る。おそらく、今のは照れ隠しだろうな、と湊は頭の隅でぼんやりと考えた。

しかしどんな代償を支払うような力を使うというのか。湊は気が気でなかった。

優希の事なので一回一回は“宇宙”のアルカナを使うよりかはマシだが、長期的に見ればそれよりも重い代償を支払うことになるのではないか、とか。

そもそもが兄の力の出所がわからないため知り様がないというのもあるが、そんな不透明な出所の力を使ってほしくないというのが本音だ。

 

「戦うのは良いけど…変なデメリットとかはないよね?」

「…たぶん」

 

あからさまに目を逸らした優希に、湊は頭を抱える。

そんな湊を見た優希は慌てて弁解しようと口を開いた。

 

「あっ、違うんだ! デメリットがある力とかを使うんじゃなくて…その、恥ずかしながら俺自身でもよくわかってない戦い方とかが出てきてるから、そういうのを確かめてからっていうか……絶対デメリットがあるって力とかを無理して使おうっていうんじゃないからね!」

 

怪しい。

しかしぶっつけ本番や行き当たりばったりが多い兄にしては珍しくちゃんと確認してから行動に移そうとしているらしくそこだけは僅かに湊の安心できるポイントだった。

 

「じゃあ、明日。やるとしてもちゃんと確かめてから戦いに出よう。これ、リーダー命令ね」

「う…わかってるって。そこはちゃんと、さ。周りも巻き込みたくないし」

 

どんな戦法をとろうというのか。兄の『巻き込みたくない』発言にそこそこ威力か規模がデカいんだろうなアタリをつけた湊は遠い目をした。もしくは慣れていないためにカバーをされて下手に怪我人を出したくないか。おそらくは後者だろうが前者である可能性もなくはない。

 

この時の湊は知る由もなかったのだ。優希(あに)が戦闘になった途端、豹変してしまうことなど。

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