12月4日(金) 夕方
その日の朝、姉であるアイギスと共に学校へ行く! と駄々をこねたメティスだったが、美鶴とアイギスに説得されて通学は諦めたのだった。
通学するにしてもその手続きや準備が出来ていないどころか、メティスは臨時でアイギスの部屋にいるだけであり、正式な扱いがまだ何も決まっていないからだ。
一応、仲間として受け入れてはいるしメティス自身も最初から仲間だったかのように振舞っているが優希以外の面々はメティスと出会ってまだ1日しか経過していない。その1日が濃かったというのは置いておいて。
そんなこんなで学校で授業を受けるのは一旦諦め、アイギスの登下校に着いていくだけでメティスは我慢することにしたのだった。
もちろん、その機械の体を隠すために諸々の装備は外し、白いブラウスを着て、その上に黒い長袖セーター。赤いタータンチェックのスカート、その下にストッキングを履いて、だ。
ちなみに胸で揺れているリボンはアイギスのものの予備をつけている。
その時のメティスは心底嬉しそうに、「姉さんとお揃い…!」とはしゃいでおり、これにはアイギスやメティスの着替えを手伝っていた風花もほだされニコニコと笑みを浮かべてその微笑ましい光景を見つめていた。
「昨日でかなりわかったと思うんですけど、優希さんってホント矛盾してるんですよね。姉さんもあの人にもっと怒ってもいいんですよ!」
下校途中。
アイギスの迎えに来たメティスは周りからの好奇心丸出しの視線を無視しながらアイギスとの話に熱中する。
今のメティスの視界にはアイギスと湊、そして奏子しか映っていない。
「それは…わたしはまだ、優希さんのことをどうしたいのか…よく分からないから…」
表情を曇らせ、目を逸らしたアイギスにメティスはきょとんとした顔をした。
「分からない、というのは殺すか、殺さないか、ですか?」
「…ええ」
「べつに、難しいことでもないと思いますよ。姉さんの好きなようにすればいいんです。優希さんは実際に敵であり味方でもあるんですから」
そこまで言ったメティスは悩むような表情になって、小さく俯いてまた顔をあげた。
「ええと、こういうのは違うか。…とにかく、優希さんは敵の力を内包した味方と言いますか! 複雑な立場であることには変わりません。私だって…そうなる可能性があった。優希さんは私とは違って、姉さんから殺意を向けられることを割り切ってるみたいに見えましたけど…実は内心めちゃくちゃ落ち込んでましたよ」
「あー…やっぱりあれ落ち込んでたんだ…お兄ちゃん、結構溜め込んじゃうタイプだからなあ」
落ち込んでいる、という言葉に奏子が反応する。
奏子は微妙に、修学旅行の時にアイギスへ向ける兄の視線が変な事には気がついていた。敵意ではなく、なんとなしにアイギスに縋るような、泣きそうな目を向けてている時があったのだ。
そしてアイギスもまた、いつも通りに接していたつもりだったのだろうが、奏子や湊が優希に近づくと優希に対し睨みつけるように見ていたことに奏子は気がついていた。
なにかあったのかとは思っていたが、アイギスが違和感を感じていた時期と合致し、奏子も納得せざるを得なかったのだ。
「優希さんが……でも…」
「姉さんのそれは与えられた命令もありますけど、最終的には姉さんがどうするか決めるしかないの。姉さんはもう、ただの機械じゃないんだから。命令を無視するも従うも、姉さんの心のままにすればいいんです。ただ、今の優希さんを殺しても何も解決しないことだけは言っておきますね」
「わたしの、心のままに…」
メティスの言葉を反芻したアイギスは何かに悩んでいるようで、そこから言葉を発さなくなる。
そんなアイギスを置いておくことにしたのか、メティスはまた口を開いた。
「さっきの優希さんが矛盾してるって話なんですけど。なんなんですかね、彼。自分のことをふたりの兄じゃないって言うのに、けれど兄であることをやめられない。三上優希ではあるけれど、有里渚でもあって、それでも明確に己と有里渚という存在を分けている。機械であることを悩んでいた姉さん以上に自己の認識がめちゃくちゃなんですよね。私たちと違ってちゃんと肉の器を持ってるくせに……ねえ、なにか解決案ありません?」
「それ、僕らが聞きたいくらいなんだけど」
むくれるメティスに困ったように湊が返事を返す。
解決案を知りたいのは湊たちの方だ。
よくこれまで兄は兄で居られたな、と思うも、これまでは優希は“三上優希であり奏子と湊の兄”でしかなく、有里渚であるという事実を知らなかったのだ。
それが今回、様々なことを知ったり思い出したりした結果、乖離がより酷くなったのではないかと湊は捉えていた。
本来は確立されるべきアイデンティティの喪失というべきか。それとも目的と自身の存在が相反しているせいなのか。
優希の認識が矛盾しているのではなく、優希が認知している己の存在自体が矛盾そのものなのだ。
有里渚としては被害者で、けれど『時を操る神器』やニャルラトホテプの化身としては加害者だと本人は思い込んでいる。
そこで優希は三上優希や有里渚であり、人間で被害者だと言い張ればいい所を何故か自分は人外で、加害者なのだと受け入れようとしてしまう。優希のことを人間扱いしていないのは優希自身もだった。
そこをどうにかしない限り優希は曖昧な存在なままだろう。三上優希というひとりの人間にあらず、しかし振り切って神などにはなれない中途半端な存在。
自分を保つという行為自体が優希にとっては綱渡りをしているようなもの。
だからこそ、何かあればすぐに揺らいでしまうのだ。
「お兄ちゃんに、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだよって言っても不思議な顔されちゃいそうなんだよね…こう、伝わって欲しい肝心なところがどうしてもお兄ちゃんに伝わらないって言うか…」
「そこ。優希は意図してなのか天然なのか分からないけど僕らのそういう気持ちに対してだけはすごく鈍感になるよね」
これまでの経験や、生まれを考えると仕方ないと思えてしまうのは確かだが、6年ほどはちゃんと産みの両親に愛されてすごし、その後も三上家に引き取られ養父母からも愛されてきた。決して、愛情に鈍感だということは無いはずだ。
だというのにあんな風に好意を悪い意味ではないが疑って否定したり、自虐的になりがちなのはなぜなのか。
自分たちがそうでないからこそ、そこが湊にはよくわからなかった。
兄は他人の好意が己を騙そうとしているものだとは微塵も思っていない。ただ、なぜ自分に向けられるのかが分かっていないようにみえるのだ。
「優希さんの事は置いておきましょう。考えたって優希さん自身にもわからないことが他人の私たちにわかるはずがないんですから、無駄の極みです。そんなことより! あれは噂に聞くたこ焼き屋では!? あ、あの、あの! 姉さん、私、あれが食べてみたいです!」
アイギスの制服の袖をひっぱり、メティスが目をキラキラとさせながら空いた片方の手でたこ焼き屋“オクトパシー”を指さした。
メティスはまだ財布や自由に使える金を持っておらず、たこ焼きが買えない。だからこそ姉であるアイギスの袖を引っ張り催促した。
「たこ焼きを…? 大丈夫なの?」
アイギスが心配そうにメティスへと確認する。
この球体関節を持ち姿だけなら旧型そっくりな妹に、飲食を可能とする機能はついているのかという不安があったのだ。朝食や昼食を摂っているようには見えなかったため、尚更。
それが無ければ故障の原因になってしまう。来て早々妹が故障してしまうなどアイギスは見たくない。
「ご心配なく! ちゃんと食べ物を消化してエネルギーにすることは可能ですよ。そこら辺はしっかり調整済みです! 固形物、液体、果てはマガツヒやマグネタイト由来の物質までパーフェクトです! コロッケのレプリカだって食べられちゃいます!」
ふふん、と得意げにしながらもメティスは何で調整しているか、とはあえて言わなかった。
そもそもシャドウでありアイギスのシャドウであり認知上の存在でしかないメティスは、封鎖されている寮の地下に幾月が雑に放り込み放棄されていた旧型のボディである本体をニュクスの力で色々と“造り替え”たのだ。
統合され、協力したニュクスの精神は親切心からかこまめにそちらの情報もとってきてはメティスへと還元していたので身体は最新型と同等もしくはそれ以上の性能になっている。
少々、
「なら良いんだけど…メティス、何かあったらすぐ私に言ってね」
「はい!」
出会ってすぐだがすっかりメティスの事を“妹”だと認識しているアイギスは他の人間に見せない家族に向けるような慈愛の顔を見せている。
そんなアイギスを見ながら湊は良い変化だと微笑み、奏子も同じくメティスとアイギスという可愛らしい姉妹を微笑みながら見つめるのだった。
「えっ、これ…たこ焼きのレプリカ……じゃないですよね…これが本物のたこ焼き…? なにかいま、動きませんでした…?」
夜
巌戸台分寮
「なんかさ。目が、見えないんだ」
「え?」
唐突に、夕食時に優希からそう告げられた美鶴は思わず言葉が理解できずに箸を止めてしまった。
湊たちは帰宅途中からそのままで、メティスの要望により外で晩御飯を食べるためにワックに行っていて運良く居ない。天田は先に食べ終えてしまってラウンジにあるテレビの前でコロマルと遊んでいてこの話を聞いていない。ゆかりと風花は既に食べ終え部屋に戻ってしまっているし、順平は今日、チドリのいる朝倉医院で食事をしている。荒垣は荒垣で洗い物に熱中しているのか水の流れる音しか聞こえてこない。
ここにいるのはゆっくりと食事をしていた優希と美鶴、そして走り込みで食事をとるのが遅くなった明彦だけだった。
「すまない、もう一度言ってくれないか?」
美鶴が聞き返せば優希はバツが悪そうな顔をして、参ったと言わんばかりに唸る。
「あー…なんていうか、急に目が悪くなったみたいで、文字がぼやけて読めないんだ」
目が悪くなった。文字が読めない。
ふたつの言葉をそのままの意味として受け入れて、しかしちゃんと頭に入ってこず美鶴は混乱した。
「だから誰か良い眼鏡屋さん知らないかな~って、一応、こういうことになっちゃったっていう報告も兼ねてるけど」
そんな美鶴のことなど露知らず、優希は言葉を続ける。
本人は大したことがないと思っているのか語る口調は呑気なままだ。
一方美鶴は病院に行って検査を受けさせた方がいいのではないかという気持ちがグルグルと回っていた。急激に目が悪くなる、ということは余程の事がない限りないだろう。となると、目以外の場所も悪くなっているのではないか。嫌な予想が美鶴の頭を占領する。
「三上、それは大丈夫なのか?」
「ん。大丈夫。ぼやけて文字がよく読めないだけで他はちゃんと見えてるから。それにぼやけてる文字も見ようと思えば目を凝らせば微妙に見えるし…だから眼鏡屋さんで眼鏡作ろうかなって。コンタクトでもいいけど目に物を入れるのはなんか怖くてさあ…」
心配する明彦に優希はまたのほほんと返事を返した。
どうやら、コンタクトは苦手らしい。
しかし明彦にとって訊きたかったことはそれではなく、体調は大丈夫なのか、ということだった。はっきり言わなければ優希には伝わらないと明彦は言い直すことにした。
「そういうことじゃなくてだな…体調はどうだ」
「んー…はっきり言って微妙。可もなく不可もなく。日常生活をする分にはこのまま放っておいても大丈夫、だと思うけど勉強できなくなるのは困るから…」
確かに文字が見えないというのは致命的だろうな、と明彦もそこだけは同意した。
そして優希が自身の体調を強がらずに微妙だと表現したことにも少なからず驚いていた。
いつもなら高熱が出た時以外は誤魔化したりなんてことないと言う優希が微妙だとはっきり申告してきたというのはどんな風の吹き回しなのか。
「なら、今日はタルタロスに行くのはやめておくか? 昨日の今日でもあるからな。俺からでも有里に言っておこう」
善意から明彦がそう告げれば、優希はまたバツの悪そうな顔をして首を横に振った。
「戦えないほどではないというか…その、なんとなくずっと怠いだけなんだ。だからこれまでに比べたらほんと大したこと、ないんだけどさ……ええと、こういう甘えたこと、言ってみたくなって。だから、くだらないなって思ったら無視してくれても構わないから」
「くだらなくはないな」
一刀両断する。
甘えたこと、というが明彦からすればそれは伝えられるべき事柄であり、甘えでも何でもない。
相手の様子をこまめに訊く癖に自分からは誰にも言おうとしなかった優希に、明彦は「ようやくスタートラインといったところか」と内心でため息を吐いた。
明彦としても優希の様子は9月以降から心配だったのだ。いくら明彦の幼馴染である荒垣が気をつかおうとも、のらりくらりと優希は逃げていた。明彦との距離もただの同級生ではなく気の合う仲間、くらいにはなっていたがそれでもだ。
だがここに来て優希から一方的な理解ではなく相互理解としてその距離を詰めようと努力して歩み寄ってくるというのはなにか、良い兆しではないかと思えたのだ。
「明彦の言う通りだ。…とにかく眼鏡屋は評判のいい所を家の者に探させておくから明日の放課後にでも私と見に行こう。他にも何かあったら細かく伝えてくれ。いいな?」
「…うん。ありがとう、美鶴さん」
ようやく思考から復帰した美鶴が優希を見つめて即座に予定を入れれば、優希もまんざらではなさそうにはにかみながら頷いた。
が、次の瞬間爆弾発言を落とすこととなる。
「そういえば、これってデートの約束になるのかな…」
「!?!?!?」
飲もうとした水を美鶴が吹き出してしまいそうになったのは言うまでもない。
影時間
タルタロス
朝倉医院から直接来たストレガと順平に合流した特別課外活動部はロビーで各々好きな場所に陣取りながら優希が話し出すのを待っていた。
「──ということで、今日はタルタロスの探索じゃなくて一応特訓の内容がどういうものなのかの説明と、俺がどこまでやれるかっていうのの確認をお願いしたくて」
そう告げた優希は武器を何も持っていない。どうやって戦うのか、という疑問を抑えて湊は口を開いた。
「なら、確認としてタルタロス内には入るってことだよね?」
「そう。一応いちばん耐久力のある敵がいいからみんなが進んでるところがいいんだけど…」
みんなが進んでるところ、と言われて湊はどこまで行ったかを思い出す。
行けるところまではつき進んでいるので──
「なら、今は200階あたり…“焦炎の庭ハラバ”の後半かな」
「うわ、登るスピード結構早いな。みんなすごく頑張ったんだね。もちろん、湊と奏子は特に」
伝えれば褒められ、湊は満更でもなかった。大体この頃は兄が死んでいるか普通に参加しているかのどちらかだったので認められることはあれど褒められるのは初めてだったのだ。
「それじゃあ、転送装置でも使って飛んじゃおうか。タカヤ達はどうする? 見る?」
「遠慮しておきます。興味深くはありますが……さすがにこの人数では」
要するに特別課外活動部に混じってぞろぞろと団体行動は嫌だ、とタカヤは告げた。
あくまでも
少人数なら構わないといいたげなタカヤに優希は頷く。
「ん、わかった。しばらくしたら帰ってくるから待っててくれるとありがたいかな」
「ええ。待たなければここに来た意味がない」
そうして、ユノを展開した風花を置いて転送装置を起動した優希達の姿は消えていった。
202階 焦炎の庭ハラバ
全体的に赤く、虹色の明かりのようなものが照らしサイケデリックなそこに優希達は足を踏み入れた。
かなり視界情報としては最悪だ。
優希も暗い、赤い、見にくいという感想しか抱けない。
さあシャドウを探すぞと歩き回れば最初の頃のように全く居ないという訳でもなく、優希から逃げるということも無く普通に徘徊しており、そこだけは綾時の杞憂だった。
視界に一行を入れたシャドウは飛びかかるようにして襲いかかってくる。
しかし優希はそんな事を気にもとめず、皆に告げる。
「じゃあまず、ひとつめから」
ちり、と優希の顔の横で小さな炎が揺らめいた。
【
瞬間、それは一気に膨張し、灼熱とも呼べる業火が叩きつけるように一帯へと降り注ぐ。
瞬く間に勢いを増し、優希の周りでごうごうと燃え盛っている。水があれば瞬時に蒸発し、鉄があれば溶け、木があれば炭化させるようなその高熱の中で、優希はひとり嗤う。
「あはははは! 燃えろ! 燃えろ! 燃えろ!」
高笑いし、シャドウを焼き尽くす姿は異常だ。これまでの理性的な戦い方とは大違いかつ、その異様なハイテンションは優希らしくない。
周りや己を鑑みず、ひたすらにシャドウを燃やし続けている。敵味方の区別がついているだけ幸いか。
「ペルソナを使っていない…!?」
まず、ペルソナを使用していない状態で異能を扱ったことに全員が驚く。本当に人であることをやめてしまったのか、と思うも、美鶴はすぐにその考えを振り払った。もしかしたら、見えていなかっただけかもしれない、と。
「先輩のキャラ変わってません!? あんなのでしたっけ!? てか先輩、なんかダメージ喰らって…」
ふと、熱源である優希の傍から離れたゆかりが優希自身も自傷ダメージのようなものを食らっていることに気がつく。
そして奏子もまた、機敏にもカダスのナギサが言っていたウィッカーマンのやり方に近いものを今の優希から感じ取っていた。
己を燃やしても敵を殲滅することに全てを懸けているような、そんな姿にしか見えないのだ。
『確かに、ゆかりちゃんの言う通り、あの特殊な技を使っている間、三上先輩も傷を負い続けてるみたいで、これは止めた方がいいと思います』
「でもよ、オレたちにあんなのになったセンパイを止められると思うか…? ヒィ…アレってたしか炎は無効のやつと吸収してくるやつだろ…? マジで耐性貫通してんじゃん…」
為す術もなく焼き尽くされていくシャドウ──恒久の砂時計と破壊のマリア──を見た順平が顔を青くする。
もしあれがこちらに降り注いだらひとたまりもないだろうし、順平にはあの炎の嵐の中に飛び込んでいく勇気はなかった。
そんな順平を見かねてか、優希を止めるためか、コロマルが炎を怖がらずに飛び込んでいく。そして、
「ワンワン!」
呼びかけるように吠える。それに続いて奏子も大声で叫んだ。
「お兄ちゃん、ストップ!」
「わかった!」
コロマルと奏子、2人の制止に笑うのをやめて幼子のように元気よく返事をした優希はピタリと炎を止める。
延焼していた炎はすぐに消え、先程までの猛烈な熱気もなりを潜めていた。シャドウも跡形も消えて無くなっている。
確かにこれは強力だ。だが、自傷ダメージが入るとなれば止めざるを得なかった。
「みんなの役に立ちたくて予定より火力五割り増しにしてみたんだけど、どうかなぁ?」
ニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら優希が振り返り駆け寄ってくる。その身体の肌が見えるところは所々軽い火傷になっていて痛々しい。
そんな優希を見た奏子は頷きつつも使用は制限させなければと感じてその旨を伝える。
「そ、そうなんだ! 威力はもうバッチリ! でもそれ、お兄ちゃんも燃えちゃうから、強い敵以外には使っちゃダメだからね! 禁止!」
「? なんで? 燃やすのが俺の仕事だよ?」
「…?」
“燃やすのが俺の仕事”。その言葉に、違和感を覚える。
どこかで、似たような言葉を聞いたような。
「もしかして…あなたは…お兄ちゃんじゃない?」
今、表に出ているのは兄ではなくあのカダスにいたウィッカーマンと名乗った認知上の優希なのではないか、という意味で奏子が優希を問い詰めるも、優希はきょとんと目を丸くして驚いた。
「へ? 何言ってるんだ…? 俺はふたりの兄だよ! ……、…兄だよな…? …え、もしかして俺、兄じゃないのか!?」
途中から眉を下げ、おろおろと混乱しだした優希は酷く不安げだ。
まさか奏子からそんな事を言われるとは全く思っていなかった為か、かなりショックだったようだ。
「そ、それとも偽物だとか疑ってる…? よし、それじゃあ信じて貰えるよう、小学生の頃の奏子の可愛い話をしよう! 夏に怖いビデオを見た日があって寝れなくなった奏子が俺に──「ストップ! やっぱりお兄ちゃんに間違いないです! 私の勘違い!」…えっと、やめとく?」
「うん…その話はしないで。恥ずかしい、から」
「わかった」
恥ずかしい過去を暴露されそうになり、奏子は目の前の優希がちゃんといつもの優希であることを確認できた。別にウィッカーマンでも奏子は気にしないが、ただ確かめたかっただけなのだ。
そのついでとして恥ずかしい話を暴露されてしまっては荒垣にからかわれてしまいそうだと奏子は顔を赤くした。
「なんか、気になるっつーか。奏子っちの恥ずかしい話って珍しくね? ネ、荒垣サン」
優希の話の続きが気になるのか、そっと順平は荒垣にそう耳打ちした。
奏子の恥ずかしい話というのは滅多に聞かないものであるし、順平としても気になるものだった。
もちろん、聞きたい恥ずかしい話にも度はあるが優希が語るものはそこまで心に傷を負うような類のものでは無いだろうという謎の信用から、順平は興味津々なのだった。
「あ? まあ、気にならねぇっていやあ嘘になるけどよ。奏子が聞かれたくねえってんなら無理には聞かねえよ」
「あー…荒垣サンそいういタイプっスよね。三上センパイも奏子っちから言うなって言われたら黙ってそうだし…こりゃ聞けそうにないか」
それはそうだ、と荒垣の返事に納得した順平は即座に諦めた。
双子の片割れである湊から聞くというのも手だが、湊は優希以上にこういうことを語らず、己の中で大事な思い出としてしまいがちなので聞けないだろうなという順平なりの予測だ。
『あれ…?』
火傷もあり、継続して優希の状態をアナライズしていた風花は首を傾げる。
(ここ…アルカナ名が外神…? …クトゥ……)『あっ…』
何かを読み取ろうとして、しかしそのアナライズは完璧にはされなかった。
突然アナライズ結果が全て真っ黒に塗りつぶされたかと思ったら、一瞬でいつもの優希のデータと同じものに戻ったのだ。
まるで、誰かが風花がそのデータを見たのだと知ってそうしたかのように。風花のことをからかうような、タチの悪いイタズラのようにも思えた。
(見間違い…?)
再び風花は首を傾げるも、もうアナライズ結果が変わることはなく。
そんな不思議そうにしている風花の声を聞いていたメティスが優希へと近寄り小声で話しかける。
「
「あ、バレた? 奏子は誤魔化せたのになあー…まだ
小声でにししとイタズラが成功した子供のように笑った優希はすぐにその表情を拗ねたような顔に変えた。
「…あの時離れたくなくて、あの本体気取りの化身サマにムカついたから変異してやったんだ。ヤツのだーいっきらいな存在にさ。今は、別物だよ。ざまあないったらありゃしない」
「大嫌いって…まさか、もしかして、あなた、生ける──」
「ストップ、ストップ! しーっ、秘密だよ。ネタばらしは面白くないって」
なにか名前を言いかけたメティスを小声のまま、優希は止める。
優希は軽く言っているが、ウィッカーマンごときが人の身に収まっているとはいえ完全に独立した外なる神に昇華し、変異するなどというのは滅多なことではないどころかほぼ有り得ない。
いくらその素質や土壌があったとしても、凄まじい量の条件が重ならなければなれない存在だ。
そして優希とは同一であるがまた別の存在としてそこにいるという
ウィッカーマンと優希は同じでありながらそれぞれ器の中で分かたれたままなのだ。
メティスなりに認識するならば、ウィッカーマンを内包する三上優希という所か。
「てか、
「あとはバルドルとコイツの上司な肉団子だけだったし、食ってみたかったなー」などと呟いてまたイタズラっ子の様に凶暴に笑った優希にメティスはジト目を向けた。一体どこの世界の事例を見ているのか。そしてさらに別のものに変異しようとしてないだろうか、と。
ただ、ニャルラトホテプはあの時完全にウィッカーマンも奪えたと思っていたのだろう。だが、そうではなかったということだ。だからこそ黄昏の羽根で蘇生することが出来たということか。
「食ったって…他の神性を喰らうのはかなりのリスクがあったんじゃ。デヴァ・マーラはどうしたんですか。あんな強大な存在をあなたが喰らえるとはとうてい思えないんですけど」
メティスの中にいるニュクスからしても、他の神を喰らうなど並大抵のことではないしデヴァ・マーラはただの使役される存在に留まる程の器ではないと思っていたのだ。スケールダウンせずに単独で顕現していればニュクスとタメを張れるレベルの死の権化だろうと感じていたところだった。
むしろ、なぜあんな存在が洗脳されていた時の優希の力として協力していたのかすらニュクスにとってはわからなかったのだ。
本来なら、呼びかけにすら応じない存在であり、下手をすれば宿主や世界自体が破滅へと向かわされたり殺されてもおかしくはない。そしてウィッカーマンという化身のなり損ないにも等しい弱小な存在ごときが喰らおうなどとすれば一瞬で消されて終わりだろう。だというのに主人格はこのウィッカーマンであり、優希でもあるのだ。そこが疑問に思えた。
「うん。
「そうですか…」
優希からの返事を聞いて、もうメティスとしてもニュクスとしても思考するのを諦めた。
イザ・ベルはともかくベルゼブブですら最高位の悪魔であるのに、そこをねじ伏せ、その後は素直にウィッカーマンに吸収されたという天魔の思惑がわからなかった。
気まぐれか。なにかあったのか。返事がない相手の思考など、考えるだけ無駄だ。
【
・敵全体に耐性以上の防御相性を無視した火炎属性の“物理攻撃力”の値を参照した魔法ダメージを特大の威力で与える。
発動したターンの後、毎ターン行動不可になる代わりに自身に体力の10%分の防御不可ダメージを、敵に対し同じく防御相性を無視した中程度の威力の火炎属性ダメージを与える。(任意でストップさせることが可能)
・ヒノカグツチの別表記名