君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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「ようこそ、俺の根城(パレス)へ」(12/4)

ひとまず【火産霊(ホムスビ)】は使用禁止となり、優希は次の手を見せようとまだ一行に気がついていないシャドウに向かって手を伸ばす。

その瞬間、シャドウを黒い炎のようなものが包み、そして消える。

 

【精神暴走】

 

黒い炎に包まれたシャドウはぶるりと震えたあと様子がおかしくなり、近くにいた別のシャドウへと飛びかかった。

そして実力はほぼ同じだというのにわざわざ相手の弱点を的確に狙うような行動をしつつも力でねじ伏せるようにして殲滅してしまった。

そのことに湊も奏子も他の全員も混乱する。何かの状態異常でも与えたのか。

 

「えっ、えっ、どういうこと!? 魅了とかそういう…?」

「……」

 

混乱し、優希の顔と奇妙な行動をとったシャドウを見比べる奏子に対し、湊は黙ってシャドウに目を向けていた。

魅了されているような様子はない。だが、少し動きがおかしい。知性のあるような行動をとった癖に、シャドウ自体が昂っているような、そんな気がするのだ。

 

『私の方でもこれはちょっと…よくわかりませんね……』

「さしもの山岸でもお手上げか。三上、正解を教えてくれ」

 

白旗を上げた風花の声に、美鶴もわからないので優希へと正解を教えてほしいと催促した。

先ほどの【火産霊(ホムスビ)】とは違い、今回のそれは優希へとダメージが入るものではなく。しかしなにか正体がわからず奇妙な能力のような気がしたのだ。

 

「さっきのはこう…シャドウとしての狂暴性をあげてー、ちょいちょいっと俺の命令を聞くようにしたんだ。えーっと、身体は暴走させてるんだけど、思考は俺の命令を聞く、みたいな? もし湊たちもさせたい命令があれば俺を通して言ってね。二重の伝達でちょっと面倒だけど」

「なるほど、洗脳状態に近いことをしているのか」

 

優希が答えながら操っていたシャドウにもう一度手をかざせば、シャドウは呻いた後に自分に攻撃し自滅する。

 

「エグ…いや、えぐいっしょセンパイ…」

「なんだか敵なのにシャドウが可哀想に見えてきた…」

 

ドン引きする順平と用済みとなったら自殺させるようなあまりの仕打ちにシャドウへと同情した天田の悲痛な声が聞こえる。

湊は出された答えに思考を止め、結論を伝えるために口を開いた。

 

「優希」

「なに?」

「それも禁止だから」

「え…」

 

禁止だ、と告げればショックを受けたような顔になり、すう、と優希は大きく息を吸った。

そして、

 

「ええええ!? なんで!? 便利なのに!? 無駄な戦いを避けたり敵を味方にできるんだよ!? すごい便利でしょこれ! それにやりようによっては相手の意識を全部俺に向けて俺だけ狙われるようにしたりとか出来るんだ! すっっっごく、役に立つよ!」

「ダメだって言ったらダメ。リーダー命令」

 

どうして禁止されるのかがわからない、と言いたげな優希に湊は念押しする。

デメリットも話していないだけで恐らくあるのだろう。二重伝達が優希と同じくめんどくさいというところもあるが、そんな思考が混線するようなことを不安定な兄にさせられるわけがない。囮など以ての外だ。

あと、用済みになったシャドウの処理方法も中々にひどいのでそこも含めて。

 

「そ、そんな…」

「駄目だよ、お兄ちゃん。ほら、色々と、ね?」

 

チラチラと奏子へと縋るような視線を向けるが、奏子からもやんわりと禁止され、優希は目に見えて落ち込む。

 

「だ、だって…だってさあ…いまの俺に他にできることって、あんまりないんだよ? パンタソスやポベートールがいたときみたいに、色々できるわけじゃないし…」

 

いじいじといじけだした優希はネガティブなスイッチが入ってしまったらしく目を逸らしながらぶつぶつとあまり意味のなさそうな言い訳を垂れ流している。

湊からすれば前の兄が色々出来過ぎただけであるので多少ピーキーでも受け入れるつもりでいた。が、確かにこれはピーキーすぎるなと納得してもいた。

 

「ほんとに燃やすことくらいしかできないっていうか……敵に対することばっかに力が入っちゃってサポート系統がさっぱりになっちゃってるっていうか……うぅ、役に立てなくてごめん…」

 

どうやら攻撃に能力を全振りしているらしい。集団戦をするのではなく、単独で敵に突っ込ませて殲滅させるスタイルが向いてそうだ。

しかし出来ることならそういうことはさせたくない。そんな意見が顔を見合わせた湊と奏子の中で一致した。

 

「優希はしばらく待機組ね」

「わかった…わかったよ……どうせ俺は使いにくいんだ…わかってる…伊織やコロマルと属性丸かぶりだしふたりみたいに使いやすくないし…」

 

事実上のスタメン落ちである。

もう優希──ウィッカーマンの心はベキボコ。己が使いにくいことは分かっていたが意気揚々と出した自信のある手がふたつともダメだと言われてしまうと悲しくなってしまうのは仕方ないだろう。

泣きたい気持ちを堪え、内心めちゃくちゃしょげているウィッカーマンは優希と交代してもらおうか悩んでいた。どちらかといえば優希本人の方がメンタルのふり幅が少ないからだ。この程度では愚痴を言うくらいで泣きはしない。しょげないわけではないが。

 

『あ、でも…三上先輩のこのスキル…見たことの無いものですね。どんな効果があるんですか?』

 

風花が励ますように別の話題を持ってくる。

天から垂らされた救いの糸のようなそれに優希はぱっと飛びついた。

 

「どれどれ!? なにかな!? なんでも答えるよ!」

 

かなり食い気味に食いついた優希の珍しい反応に、風花は笑いをくすりと漏らした。

 

『ええと…この【火炎サバイバ】というスキルなんですが…』

「ああ! これね! これは火炎属性の攻撃の威力を少しだけ高めてくれて、しかも体力が尽きそうになっても1度だけ踏ん張れる優れものさ。【火炎ブースター】と【食いしばり】の複合版みたいなものかな」

 

話に聞くだけはとても便利そうだ。

わざわざふたつのスキルをつける必要はなく、ひとつで事足りるのだからその分枠が空いて他のスキルをつけやすい。

珍しく無害で純粋に有用なものを持っていたなと湊が感心していれば順平が優希へと近づいてなにやら話している。

 

「センパイズリーっすよ! そんなのがあるならオレとコロマルにも教えてくださいよ!」

「覚えたい? ならこの宇宙的恐怖を孕んだウィスパーボイスで継承させてあげよう! さあ伊織、コロマル! 星々の囁き声に耳を傾けて…はい、ご一緒に! 9kv8xiyi!」

 

意味のわからない文字の羅列のような言葉を呟いた優希はニコニコと笑っていた。どうやら、順平をからかっているらしい。

それもそうだ。ペルソナのスキルの受け渡しなど言葉のみでできるわけが無いので順平の注文は優希にとって無理に等しく、嫌な顔をして一蹴せず話に乗っただけでもマシなものである。要するに、ないものねだりだ。

 

「きゅうけー……エエト、なんスかその言葉!? フツーの人間が発していい発音じゃねーでしょそれ!?」

「それはそう。…でもコロマルは覚えられたみたいだけど伊織にはまだちょっと早かったみたいだ。ごめんね、【Dリンガル】か【ジャイヴトーク】を覚えてからまた再チャレンジして欲しいかな」

「エエッ!? マジで!?」

 

順平は無理だったがコロマルは覚えることが出来た、という優希の言葉に順平は目を剥いた。後半の意味のわからないスキル名らしきものは無視をして。

自分はダメでコロマルはOKとは理不尽な、と順平は運命を呪った。

一体なんの差なのか。獣か人かの違いか!? と頭を抱えた順平に優希が眉を下げる。

 

「嘘だよ、冗談だって」

「ワン!」

「なんだよ…」

 

即座に冗談だとネタばらしした優希と「騙されたな!」と言いたげなコロマルに順平はがっくりと肩を落とした。

今日のこの優希に付き合うには、それなりに図太い神経が要りそうだ、と遠い目になる。

 

「やっぱりお兄ちゃん、なんか変なんじゃ…」

「奏子もそう思う?」

 

いつもなら絶対にしないようなテンションの高い言動に、奏子と湊の疑念が膨らむ。

先程からずっとテンションが高いままだ。いつもなら、冷静になったり静かにしている方が多いというのに、これだけ口数が多く、湊に【精神暴走】の使用を禁止された時の食い下がりようからしてもおかしいというのは何かあるのではないかと思ってしまってもおかしくない。

普通、優希はあのようにハイテンションで駄々をこねるように言ったりしない。否定された場合、素直に認めるか反論するにしてももう少し論理的で静かだ。

そしてこんな風に順平をおちょくったりしない。

 

「まあ、普段のアイツらしくはねぇよな。分かってねぇのはアイツ自身だけだろ」

 

そこで荒垣も会話に入ってくる。

違和感は他の者も感じていたらしい。順平ですら、何か優希が変だということには気がついているという。

 

それもそうだ。屋久島に行く時ですら静かだったというのにこんな時だけハイテンションというのはおかしいにも程がある。

無理をして、空元気を装っているのではないかという予想が浮かんでくる。

そして、“役に立つ”ということに固執しているようにも思えた。

 

「…お兄ちゃん、そろそろ戻ろっか」

「わかった!」

 

一応、兄が(使いやすい使いにくいはおいておいて)戦えはするということが分かった奏子はエントランスに戻ることに決めた。

そろそろ戻るか進むかしなければ強力な敵である“刈り取るもの”が現れかねない。今の優希ならそんなものは関係ないと言わんばかりに燃やしそうだが、下手をすれば殺されるのは優希の方だと奏子には思えてしまったのでそんなことをさせる訳にもいかず。

 

「風花ちゃん、ごめんね! アレよろしく!」

『わかりました』

 

風花に頼んでエントランスまで帰還できる【エスケープロード】で戻る。

 

「…戻ってきましたか。ナギサ、少しこちらへ」

「ん」

 

エントランスに戻って早々、タカヤが優希を呼べば警戒心もなく素直に寄ってくる。

その事に馴れ馴れしい犬や雛鳥のような印象を受けたが、タカヤはすぐにそのイメージを振り払った。

 

「ジン、アレを」

 

横に立つジンに短く声をかけ、タカヤは腕を組んだ。

 

「任せとき。ほら、ナギサ、口開けぇ」

「? うん」

 

あー、となんの疑いもなく口を開けた優希の口に、ジンが白い錠剤を放り込む。

 

「んぐっ!?」

 

突然、放り込まれた異物を反射的に飲み込んでしまい、優希は目を白黒させた。

せめて水くらい飲ませて欲しい、と文句を言おうとした瞬間、ぐらりと視界が傾いた。

 

「…っ……!」

 

そしてそのまま膝をつき、肩で息をしだした優希の様子に特別課外活動部の全員が身構えた。まさか、なにか良くないものを飲ませたのではないかと。

 

「…やはり」

「アンタたち、三上先輩になにしたの!?」

「黙りぃや。大したことやない」

「大したことないって…先輩は倒れそうになってるのに!?」

 

叫ぶゆかりを無視して、タカヤは優希を観察していた。

大きく肩を上げ下げしながらしていた呼吸はすぐに落ち着き、穏やかなものになる。俯いていた顔を上げた優希は少しぼんやりしているように見えた。

 

「……あれ、タカヤ…? ジンも…ああいや、そうか、そうだった。みんな、俺は大丈夫。ちょっと…糖分不足で…そう、ラムネをさ、口に突っ込んでもらったというか…いや、なんでもない…」

「………」

 

特別課外活動部への言い訳をつらつらと言いながらもどうしてタカヤが目の前に、と言わんばかりの優希の態度にタカヤは疑念を確証に変え腰を曲げて屈むようにして小声で問いかける。

 

「あなた、いまは人格がふたつあるのでは? いや、ひとつの人格がふたつにわかれていると言うべきか。そして片方は人ならざるモノ。…違いますか?」

 

タカヤの指摘に優希は顔を顰めながら答える。

 

「……当たらずとも、遠からず、かな。別に、無理やり制御剤飲まさなくたって切り替えは自然にできるからほっといてくれれば良かったのに」

 

まさか、ウィッカーマンの事がメティスだけでなくタカヤたちにもバレてしまうとは思わなかった優希は内心で舌打ちをしてはしゃいでいたウィッカーマンへの文句を言いそうになり、しかし口を噤んだ。

ウィッカーマンは自分でもあるからだ。なら、はしゃいでいたのも自分の意志なのかもしれない。そう思い直しただけだ。

6月頃の路地裏での件の時のように自分の意識とは別の言動を取っているだけで、危険ではないし本気で止めようと思えば止められる。

どうやら無理やり制御剤でウィッカーマンと切り替えられた余波で、一瞬意識がぼやけたせいでタカヤ達にはなにか勘違いされているらしい。

 

「…ナギサ、無理してないか?」

「無理はしてないよ。心配かけてごめん、イズミくん」

 

心配そうに声をかけてきたイズミを優希は謝りながらもやんわりといなす。

 

「“視て”いたチドリが不安がっていましたからね。良くないものかどうかまではわからなかったようですがナギサの負担になるのなら止めさせるべきだ、と」

「負担になんか…」

「なっているでしょうに。昨日の夜よりも顔色が悪い。無理をしたのでは」

「してない。当たり前のことをしただけだ」

「そうですか。では、そういうことにしておきましょう」

 

チドリに視られていた事に気がつかず、そしてイズミにまでなにか異様な雰囲気を感じとられてしまっていたのは優希にとって失態だった。否、ウィッカーマンとしては完全にチドリの観測はされてもどうでもいいものだったのだろう。だから、恐らく気がついていたというのに放置していた。風花のアナライズの時のように“イタズラ”をしなかった。

もしくは、構って欲しかったのか。優希にはもう1人の自分だと言うのにウィッカーマンの考えていることがわからなかった。

別に、乗っ取りたいわけでも己が主人格になりたいという訳でもなさそうなのだ。

 

どうでもいい。なんでもいい。ただ、役に立ちたい。ちょっとだけ、心配している。役に立てなくてごめんなさい。

 

そんな感情しか優希は感じ取れず、それもすぐに制御剤のせいなのか沈んでいく。

強制的に眠らされてしまったのか、うんともすんとも言わなければ気配を感じとることすら出来ない。

ウィッカーマンは悪い存在ではない。

ニャルラトホテプの化身とも呼べる存在だったが、優希という主人格がいたおかげでそこまで堕ちきることが出来なかった。ネガティヴな方に寄らないようにと常に笑顔の仮面を被り、自戒し続けていただけだ。

怒りに寄っても哀しみに寄っても、そこから先はただ堕ちるだけと知っていたから。優希自身が、その声に気がつかず、自覚していなかっただけの話で。

カダスにいた幼い優希も優希自身が必要ないと排斥したシャドウであり、このウィッカーマンも己のシャドウである。

 

そしてメティスとよく似ている。

 

捨てられたくない。置いていかれたくない。役立たずだなんて言われたくない。失望しないで。必要だって言って。俺は、悪い存在なんかじゃない。要らない存在なんかじゃない。

だから、俺を見て。否定しないで。愛して、愛して、愛して、愛して愛して愛して──────!

 

あくまでメティスと“似ている”だけで、仮面の裏にそんな激烈な感情を溜め込み、ウィッカーマンは嗤う。

主人格である優希に依存し、心のうちに眠る邪神としてそのカテゴリの中で変異することはできても優希以外の何物にもなれず自己を確立できていないウィッカーマンは優希と同じでありまた別物。

だからこそ、優希とウィッカーマンでは同調し、知識や記憶の共有が出来ても真なるところでは異なってしまう。矛盾が生じてしまう。優希自身が本心からウィッカーマンを同一の存在だと認めていない部分もあるが、ウィッカーマン自身も優希への依存をやめ、完全に同調しひとつになるという方向へと舵をとれないせいで乖離がより酷くなっていた。

酷く歪で不安定な状態。それは優希自身が気づき、覚悟しなければどうにもならないことだ。ウィッカーマンも優希も、それぞれその都合の悪い状態を見て見ぬふりで放置している。

それが、この中途半端な状態を引き起こしていた。

 

「このまま特訓とやらの説明は出来ますか。無理ならその分の穴埋めは後日してもらうだけなので気にせず帰ればよろしい」

「…大丈夫。説明くらいは普通にできるから。むしろ影時間内の方が調子は良いんだ。心配しないで」

「その言葉、信用に足るものなら良いのですが」

「……」

 

優希はタカヤからバツが悪そうに目を逸らした。

別に、その言葉が強がりだとか嘘を言っているわけではなかった。だが、その真剣な目で見つめられるのが嫌だった。それだけだ。

 

「…じゃあ、特訓についてなんだけど。みんなには特別な条件の戦闘で力をつけて貰おうかと思っててさ。とは言ってもちゃんと頑張ったら頑張った分の報酬? みたいなのは用意してるし、強さも俺なりに分けてるから、ちょっとずつ頑張っていけたらいいなって」

 

誰とも視線を合わせないようにしながらも無理やり本題に入り、優希は説明する。

 

「もちろんやるもやらないもはっきり言って自由で良いんだ。タルタロスの攻略で力をつけられるのならそれでもいいから。継続してやらなくてもいいし、気が向いたらしてくれてもいい。ほんとに、オマケ程度の事だからさ」

 

あくまでも義務ではなく参加自由である、ということと報酬が用意されているということを強調した優希はトントン、と右足のつま先で床を叩いた。

 

瞬間、塗りつぶされるようにして景色が切り替わる。

 

「!!」

「ここは…プラネタリウム…?」

 

そこは、座席の殆どないプラネタリウムだった。

青い光で彩られたそこは湊と奏子が一瞬ベルベットルームかと見間違えるほどで、中心に天体望遠鏡らしきものがあり円形の部屋のふちにだけ座席が壁に沿うように並んでいた。

そして天井には満天の星空が広がっている。

 

「ようこそ、俺の根城(パレス)へ。とは言ってもカダスのごく一部。俺が切り取る事の出来た、俺だけの領域だから安心してほしい」

「こんなところが…意外と先輩ってロマンチック…?」

 

ゆかりの言葉に照れたようにそっぽを向いた優希ははにかみながら答える。

 

「…星とか、海を見るのが実は好きなんだ。だから、かな」

「だから…あの時の三上は天文部だったのか」

 

何かに納得したらしい美鶴の小さな声には気がつかず、「この一年はほとんど見れてないけど」とは言わずに優希は説明を続けようと息を吸った。

 

「帰りたいときとか特訓にチャレンジしたいときは俺に言ってくれれば良いし、休憩したいなら椅子を自由に使ってくれていいからね。あと、体力と気力の回復がしたいときはそこの扉の中に入ってお金を払えば回復してもらえるから。価格は…ごめん、俺も引っ張ってきて機能を再現しただけだから時価かも」

「ここも金とるんスね…トホホ…いやまあ、払うのはオレっちじゃなくて奏子っちと湊だから関係ないっちゃないんだけどよ…」

 

回復に金がかかると聞いてがっくりと肩を落とした順平と、優希の“引っ張ってきた”という発言に疑問を感じた湊だったが、あのサトミタダシ薬局じゃないだけマシだろうと疑問を振り払う。

カダスのナギサがいた時に扉を開けただけで聞こえてきたあのBGMは御影町に住んでいた湊と奏子の耳と脳に嫌というほどこびりついている。兄ほどでなくともカラオケで歌えてしまうくらいには。

そんなものが蔓延した日にはここの全員がサトミタダシに洗脳されて全滅するに違いない。

 

「あー…ベルベットルームに繋げるのを忘れてた。でもあそこは俺が勝手に繋げられるようなところじゃないしアイツにココ見られるのは嫌なんだよな…でもなあ…ふたりの利便性を考えるといちいちここから出たり入ったりするよりかはここに扉用意したほうが早いだろうし……うーん…」

 

何かに悩んでいるらしく唸っている優希は真剣そのものだ。

しかし10秒ほど思案した優希はそのまま諦めたのか、よし、と声を上げた。

 

「今日はこのまま帰る? それとも、ちょっとだけどんなのが居るとか体験してく?」

「軽い言い方してるけどそれって戦うんだよな…?」

 

まるで友だちに「ちょっとうち寄ってく?」とでもいうかのように特訓をしないかと勧めてきた優希に、イズミが苦笑する。

優希の言う“基準”がどれほどのものなのか分からないが、特訓というくらいなのだから楽なものではないだろう。

 

「え、そりゃあ、戦うよ。なに言ってるのさイズミくん」

 

怪訝な顔をして何を当たり前のことを訊いてくるんだと言う優希に、イズミは内心手厳しいな、とまた苦笑する。

 

「で、どうする? 見る? あ、そうそう。コースはこれね」

 

湊は高級レストランのようなメニュー本を手渡され、中を開けば『初級 勝利報酬:レキシー人形(初回限定・以後ソーマなどのランダムな消費アイテム)』『中級 勝利報酬:首狩りスプーンなど各種装備』『上級 勝利報酬:ソードオブキングなど(ペルソナの強化アイテム)各種×10』と書かれている。

上級のソードオブキング(ペルソナの強化アイテム)など各種10個ずつ、というのは中々魅力的だな、と目をつける。うまくクリアすることができればわざわざ宝石をポロニアンモールにある“眞宵堂”で交換してもらわなくても良くなるわけだ。

ただし、難易度は易しくはないだろう。横からのぞき込んできたタカヤと奏子も難しい顔をしている。

 

「即席で作ったからちょっとまだ色々足りないところがあるんだけど、更新していって順調にいけば1月までには全部揃えられると思うから」

 

初級、などと書いてあるが対する相手の事が何も書かれていない。ヒントも何もないそのお品書きに、湊は一筋縄ではいかないと感じた。

恐らく、兄の事であるので戦闘に関して甘い手は取ってこないだろう。

 

「ここで力尽きても死にはしないから、遠慮せず、怖がらずに挑戦してくれると嬉しいかな。あ! もちろん、特訓で消耗した分はタダで回復させてもらうからね。そこはフェアじゃないと」

 

力尽きても死なない。そんなことを言うということは、殺す気で相手はかかって来るということだ。

 

「きょうは、やめとく。また今度」

「そっか。またチャレンジしたくなったら言ってね」

 

何が来るかわからない現状、ちゃんと挑戦する心構えと準備をしてから来たい、と湊は告げれば優希は特に意に介した風でもなく、タカヤ達の方へと向いた。

 

「タカヤ達は? どうする?」

「我々も遠慮しておきましょう。気が向けば、しないこともありませんがね…」

「ん、わかった」

 

タカヤの曖昧な言葉に返事を返した優希はまた、トントンと右足のつま先で床を叩いた。

すぐさま景色が黒色に塗りつぶされ、元のタルタロスのエントランスへと切り替わる。

 

「これからはここで待機してる時に俺に声をかけてくれれば好きなようにあそこへ行けるから、行きたいときは声かけてくれるとありがたいかな。あ、俺が居ないといけないから、そこだけは注意して。タカヤ達は…まあチャレンジしたくなったら影時間になる前に電話でよろしく」

 

軽く笑みの形を作り、そう告げた優希はこれ以上何も言うつもりはないようだった。

湊や奏子としても慢心や実力不足は感じていたので、渡りに船だがどんな敵が待ち受けているのか。兄に悪影響はないのか。

それだけが不安だった。

 

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