12月7日(月) 放課後
来週から期末試験だ。とはいえ、勉強が出来ているかといえば──あまりできていない。
はちゃめちゃな予定や自分が起こしたごたごたに加え、皆に対し“滅び”について話してしまったせいか、全体的に関係者は集中力に欠けている試験になるだろう。あと朔間くんと綾時くんは初めての試験でもある。朔間くんは真面目に勉強しているので問題はなさそうなんだけど、綾時くんがとても怪しい。とはいえ同じ寮では無いのでこちらに来ない限りは何も出来ないのもまた確かだ。結果が恐ろしい。いや、信じてあげたいのはやまやまなんだけれどもあの遊びようとつるんでるメンバーがメンバーなので信ぴょう性に欠ける。湊と奏子から生まれたようなものなので地頭は良い方だと思うのだけれど。あれ? それを考えるとあまり賢くない俺を元にしている朔間くんは賢くないってことにな……やめておこう…似ない所だってあるはずだ。きっと。
閑話休題。
パッと見た総評で言えば希望を捨ててはいないし絶望はしていないが、やはりいつも通りというわけにはいかず皆動揺している感じでもある。
それもそうだ。いきなりあんな大量の情報を寄越され、「じゃあいつも通りにいこう」などと出来るわけがない。
ただ、身体を動かした方が嫌なことを考えなくて済むだの考えがまとまるだのというそれぞれの意見のおかげか戦意は衰えていなかったのであの後二回ほどタルタロスへと潜った。
けれどしばらく待機と言われた通り、自分は前線メンバーから外されている。しかも、カダスにすら行く素振りがない。
わざとそういう話を自分の前ですることを避けられているような、そんな感じがするのだ。
とはいえ、戦いに関すること以外では湊と奏子が変ということもなく、昨日は山岸と交流がてらクッキーを焼いたらちゃんと食べてくれたし(一応、山岸がオリジナリティ溢れる味付けだけはしないよう気をつけておいた。奏子とのコミュニケーションによって彼女はレシピ通りの分量で作ったり味見をすればちゃんと作れることが発覚した)、会話に違和感があるというわけでもない。
奏子が姿違いの“シヴァ”のペルソナを使っていたのには驚いたが、ペルソナは個人の持つイメージで同じ神格を元にしていても姿が変わる場合がある。コロマルのケルベロスと悪魔のケルベロスの姿が違うのが分かりやすいと思う。
コロマルの中のケルベロスはあのような姿で、大衆にとっての悪魔としてのケルベロスはまた別の白い獅子のような姿なのだ。たまに、伝承通りのような三つ首の個体もいるが基本的にはひとつの首しかない。
何故なんだろうか、と思って調べてみても困ったような犬の鳴き声しか返ってこない。
バウ! ワウ!バウ! ワウ! バウ! ワウ!といった感じで。なんだか無性に
行く余裕がないので行かないけど。
ただ、話を戻すと能力の殆どが使いにくいからこそ湊と奏子は自分のことを使いあぐねているのだろう。
【
他にも【カーマ・シラーストラ】はそもそも強力すぎて“深層モナド”以外では皆の戦闘経験を積むという目標とは離れてしまうし、今の自分が使うには力が大きすぎて一気に消耗してしまう。下手をすれば魔力だけでは足りずに生命力まで持っていかれるかもしれない。
そうなれば、本末転倒だ。今身体の内にある黄昏の羽根にある生命力が尽きたら死んでしまう。
その黄昏の羽根もだいぶん身体に慣れてきているのか3日に目を覚ましたた時ほど奏子や湊の気配を機敏に感じとれるということは無い。近づいたらなんだか胸がぽかぽかして安心するくらいだ。
中身は人外だが身体まで完全に悪魔や神といった存在になったわけじゃない。ニャルラトホテプから与えられていた化身としての力は抜けていて、そこだけはヒトのものであり
身体だけの話に限れば半魔にすら至っていない、ちょっとした魔法が使えるニンゲン程度。
アザミさんによれば探せば
他にも、神通力として魔法を使えるニンゲンがいたり、何も降ろしていない生身で悪魔もびっくりな戦いをするニンゲンがそこそこいるとか。…世界って、広いなあ。
そこまで考えて、どうしてカダスへ行くことには忌避感があるような対応をされてしまうのかに思考は移った。
雰囲気が暗いとかだろうか。ベルベットルームと繋がってないから不便だとか。それとも、景品に旨みがないとか。BGMとかかけたほうが良いんだろうか。
割とありえる話な気がしてきた。人は景品や報酬に旨みがないとやっていけない生き物だ。となると、チョイスに魅力がなく微妙だった可能性がある。
なんでだ。
レキシー人形などは喉から手が出るほど欲しいイマドキの女子高生が喜ぶお宝アイテムじゃなかったのか。なんかクラスメイトがそういう話をしていたから奏子あたりが喜ぶかなと思って用意したのにイマイチ食いつきが悪かったのは…もしかして、人気じゃないからだった…?
自分は可愛いと思うんだけどな。テディベアの姿そっくりのバグみたいで。
けども奏子のキモカワセンサーにひっかからなかったということはそういうことなのだ。きっと。
なら、金のマーラさまフィギュアとかどうだろうか。いや、やめよう。別の意味であんなのが女子高生の部屋に置かれるとかダメだ。湊の部屋に置いてあっても大変なことになる。却下だ却下。
「もし、」
となると他に魅力的な景品が自分には考えつかない。
「もしもーし。聞こえてらっしゃいますでしょうか」
「…?」
誰かに声をかけられたような気がしたが、幻聴な気がする。
「もしや
「……」
クッソ煽ってくる青いワンピースの女性の事なんて見えてない見えてない。うん、見えてない。
「こういう場合は筆談するのが良いと。できれば、しわしわのダンボール板にマジックペンで“みかん”と書くのが習わしとか」
「それどこの習わしなのさ…」
耐え切れずにツッコんでしまった。
ああ、このエキセントリックエレベーターガールには関わらないようにしようと思っていたのに、どうしてこう、絡まれてしまうのか。
湊に電話でもして引き取ってもらおうか。うん、その方がきっといい。そうしよう。
「ようやくお気づきになられましたか? 私、かれこれ5分ほど貴方様に語り掛けておりまして…おや、携帯電話を取り出して…どうされたのでしょうか」
「もしもし湊? ごめん、なんか目の前に真っ青なじゃじゃ馬エキセントリックエレベーターガールが居るんだけど引き取りに来てくれない? え? やだ? 俺が連れて帰ってあげるの? いや責任もって引き取りに来てよ湊のでしょ……俺にはベルベットルームの扉見えないんだからさ…」
目の前をちょろちょろとするエリザベスは無視だ。
どうせ湊に会いに飛びだして来たんだろうから湊に電話して引き取ってもらえばいいと思っていたが、湊はいま別の──友達と食事中らしい。で、エリザベスの相手が出来ないから連れて帰ってあげて、ということらしい。
無理なんですけども。自分がベルベットルームの扉を触れることはおろか見ることができない、ということを知らない筈はない。
いや、何となくは察している。湊はエリザベスの事を憎からず思っているが、自分と一緒で面倒なのだ。
弟であるテオドアにくらべ、エリザベスに付き合うと時間が溶ける。否、テオドアが比較的マシ、というだけであるけれど。
「あの? 何故、湊様に電話を? そして何故私を無視されるのか。これは七不思議のひとつに入れることもやぶさかではありません」
「はあ…? ポロニアンモール? 一番近いのがそこ? ええ…学校行くのと変わんないじゃん……もう電車降りてて寮に近いんだけど…」
「わたくし、何かいたしましたでしょうか…やったことと言えばもうじきクリスマスですので我が主の鼻にプチトマトを刺しただけ。…赤鼻のトナカイ、でございますね」
落ち込んでいる、というよりかは罪を自白しているエリザベスは放置しつつ湊と通話を続ける。
湊はのらりくらりとエリザベスを迎えに行くことを拒否している。自分も、正直関わり合いたくない。特に、今の自分は。
「んー…わかったよ。彼女が満足するまで付き合えばいいんだな。帰りにお豆腐とバナナ買ってきて。ドーナツの材料にするから。それでチャラってことで。あ、買うのは木綿ね」
結局、自分が折れることにした。
これ以上電話を続けるのは湊とお友だちにも悪いしなによりも電話代がかかる。エリザベスの事で電話代を無駄にするのはなんだか癪にも思えたからだ。
「……はあ、エリザベス…送ってく」
仕方なしにそう告げれば、意外だ、という顔をされる。
「話がまとまったようですね。ですが、今日の目的は湊様ではありません。そして奏子様でもない。…貴方様です。空虚のお方」
「…は?」
告げられた言葉に絶句する。
あのエリザベスが、わざわざ自分に?
どういうことなのだろうか。というか空虚っていうのやめてほしい。地味に傷つくからその言葉。
これだからベルベットルームの住人と関わるのは嫌なんだ。自分がニャルラトホテプの化身という立場にあったせいかもしれないが、本当に相性が悪い。
黙示録の四騎士の試練があり、そこでようやくマーガレットには忌避感を感じなくなったというだけで苦手意識はまだある。
「少々、お話いたしませんか。“共犯者様”」
「……!」
共犯者。
その言葉の意味するところがわからない。エリザベスは別にニャルラトホテプの化身とかそういうサイドの存在ではないはずだ。ましてや、主であるイゴールやその上司であるフィレモンを裏切る理由がない。
こういう言葉を使うからにはなにか、自分と共通点があるはずだ。…たぶん。
エリザベスのいつもの言い間違いだとは思いたくない。もしそうなら身構えて意味を勘ぐろうとしている自分はアホだ。
「そう身構えずとも。私と貴方様…そして弟、テオドアは共犯者、でございますから。いまそう決めましたが」
「ええ…」
どうやら思い付きで決めたらしい。こんなトンチキな姉に巻き込まれてテオドアも可哀想だ。知らないうちに共犯者とやらにされているのだから。
「いえ、最初は私と弟だけでございましたよ。巻き込まれたのは、貴方です」
首を傾げる。つまり、テオドアはこのことを知っていて、何も知らないのは自分だけになる。
なんのことだろうか。それとも、これから巻き込まれるのか。
マーガレット関連だけは絶対に嫌だ。命が何個あっても足りないから。
「ご安心を。そのようなことはございません。姉、マーガレットには秘密、でございます」
「ならいいけど…というかナチュラルに思考読むのやめてくんない?」
「これはこれは失礼を。では私、心の裏の裏を読むことに致します。ヘーイ、コックリさんー」
頭痛くなってきた。湊が毎回毎回これを相手にしてるのかと思うとなんだか労った方がいい気がしてきた。これは大変だ。
「とても唐突に本題に入るのですが。私、扉の楔になりました湊様をお救いするという目的がありまして絶賛職務を放棄し家出中…にございました。あの憎きエレボスも何度かコテンパンにしておりまして、紆余曲折大波乱な冒険を経てついに愚者のアルカナに目覚め壮大で素晴らしい私の旅路やそれはもうエクセレントなダンス大会などが始まっ───る予定だったのです。『かつて』は」
よくわからないが、ションボリとうなだれるエリザベスの口ぶりからすると未来のことを言っているらしい。
湊と奏子がニュクスを封印した、その後。『かつて』ともいう。
その話によればエリザベスは全部ほっぽり出してベルベットルームから家出して愚者のアルカナに目覚めたのだという。
知らなかった。
「それを貴方様が湊様と奏子様を救うために空気を読まずに時など諸々を何度も何度も性懲りもなく巻き戻してくださいやがりましたので。全てチャラです…というわけでもなく。得たものは私の胸の中でだいじーに暖められています。コンビニのお弁当のように。こちら温めますでしょうかー?」
「いいや。要らない。てかそれ、俺に対する文句…?」
「いいえ、その逆。感謝をしております」
いけしゃあしゃあとそう言うが、そうは思えない口調だ。顔も少し不満げであるし、おそらくエリザベスは文句を言いに来たのだろう。
「ですので、私なにか貴方様にお力添えをしようかと思いましてお声掛けさせていただきました次第にございます。湊様と奏子様を救う──…それは私どもの願いでもありますので」
そんなことを言われても、力を司る者がやれることと言えばペルソナ使いの旅路をほんの少しだけ手助けするくらいであるし、一緒に戦ってくれというのもルールに反することだろう。ぱっと考えが浮かばない。
そのまま、商店街の方へと引き返して歩く。
「にしても、中も外も多少お変わりになられましたね。以前のヒモなしエクストリームバンジーをしそうな開封して2日経ったおせんべいのようなシケた顔よりかはいくらか好感が持てましょう」
しげしげと顔を見つめてきたエリザベスが突然そんなことを言う。
エリザベスはエリザベスでマーガレットとはまた違った毒舌の持ち主であるので自分のことを貶しているのは何となくわかる。
「きみ、俺のこと嫌いなんじゃ…」
「そんなことはございません。オホホ。全てが無事に終わった暁には、貴方様もクラブ・ベルベットにお呼び立てして念願の“ダンス・パーティー!”などをしとうございます。踊れるものがなければドジョウ掬いでも構いませんよ。私、笑いませんので」
「やっぱ嫌いでしょ俺のこと」
絶対にエリザベスはこちらを嫌っている。もしくは、少なからず憎く思っているのではないだろうか。
「滅相もございません。計画を台無しにされたことをほんのちょーっぴり根に持っているだけでございます」
「ああそう…」
やっぱりこちらが時を巻き戻したことを根に持っているらしい。それもそうだ。折角これからだ、となっていたのに突然全部巻き戻されれば誰だって怒る。エリザベスの反応が正しいのだ。
「ただ、そのおかげで私どもが湊様と奏子様を救うまたとないチャンスが出来たのも事実。私、全身全霊でご奉仕! いたしますので! ついでにテオも奉仕させますので! さあ! 願いを言うのです!」
「って言われてもなあ……あ、」
思いついた。
わざわざ頼みに行くのは嫌だったがもうこの際自分の感情は置いておいて、エリザベスに頼んでカダスにベルベットルームへ行く扉をブッ立てて貰えばいいんじゃないんだろうか。こう、脇に抱えて持ってきてもらってバーンと突き立てるように。
カダスへ行くのは自分の許可がいるが、それでもまあエリザベスやテオドアくらいなら邪気はないしフィレモンと親しいというわけではなさそうだ。テオドアは職務に忠実そうだが奏子のことを思ってエリザベスと職務放棄してしまったようなのでなんというか、やる時はやる子なのだろう。一応、奏子が懇意にしているということなのでノーカウントということにしておこう。
何かあれば速攻でカダスから叩き出すけども。
エリザベスはむしろ、湊の為だけに仕事をほっぽって勝手に家出したりじゃじゃ馬すぎてイゴールですら扱えていないのだから頼む相手としてはちょうどいいのでは。共犯者、とエリザベスも言っている通り自分たちは共犯者という対等な立場なら、の話だが。
というか、ここまでしてくれている…いるのか? まあしてくれていると仮定して、そんなエリザベスに湊は責任をもって相手をするべきだと思うのだ。色々と。いや、既にしているんだろうけども。
恐らく様々なことを解決出来て湊が救われたたとしてもこの子はきっとベルベットルームを出ていくだろう。そして湊の傍にでも居るんじゃないだろうか。その時、ちゃんと傍に置いておいてあげたらなと思う。いや、心配は無用か。湊だし。あの湊だし。うんうん。
「…じゃあ、ベルベットルームとプライベートな空間を繋げることって出来る? なるべく、アクセス元が分からないように。秘密裏で」
「と、言いますと? なにかメイビーワケありなご様子」
「……あまり、きみの主や更にその上の上司に見られたくない俺だけの場所があるから。奏子や湊と親しいきみやテオドアを、
暗に、湊と奏子を裏切るなよ、という意味も込めておく。
俺を裏切るということはそういうことになる。と思う。たぶん。
それはエリザベスも、無理やり引っ張られるであろうテオドアも望んではいないだろう。
それに自分たちは共犯者だと言うのなら、これくらいのことはして貰わないと困る。
「…少し、考えさせてくださいませ。もちろん、その場所に我々二人も行ってよろしいので?」
「構わないよ。きみたちのふたりだけなら居て構わない。なんなら、邪魔したり害さえ与えなければ何してもいい。寛いでもいいし、俺と一緒にみんなの特訓メニューを考えてくれるのもありだ」
「なんと。特訓…!」
途端に、エリザベスの目が輝いた。鼻息荒く、鼻先がつきそうなほどの距離まで顔をぐい、と寄せてくる。
「よろしいのですか!? ああ、私、胸が高まります! 湊様や奏子様にどんな特訓──いえ、試練をご用意するのか! まさにドキがムネムネ、でございます! いますぐにでも繋げましょう! いえ、繋げてみせます! 主を脅してでも!」
そして、ぐわしと腕を掴んできた。少し考えさせてくれと言ったばかりだったのに、特訓──いや、戦闘の気配をチラつかせた途端にこれだ。即決にも程がある。
あとイゴールを脅すのはやめたげてほしい。あの人今頃ストレスで胃潰瘍になっていないだろうか。もしかして、禿げているのはストレスからだった…?
とはいえ、
「え、ちょ、まっ…今!?」
「もちろんでございます! 善は急げ、ということわざがありますよう、全速力、超特急で急ぐべきです!」
ふんふん、と鼻息を荒くしたまま、エリザベスは興奮気味に見当違いの方向へとこちらを引っ張る。
「あの、エリザベス。……ベス! ちょっと! そっちじゃないしこっちで移動はしなくてもいいから!」
興奮してトリップしていたので、エリザベスのことを普通に呼んでも動かなさそうだったので愛称を叫べばようやく止まった。
「まあ。そうだったのですね。それをもっと早く伝えてくださればよろしかったものを…」
「いや、そういうこと言う前にエリザベスが俺の腕掴んで引っ張ったんじゃんか…」
げんなりする。湊以上にマイペースガールだ。この子は。
けれど──なんだろうか。嫌いではない。気がするようになった。案外、悪くは無い。
「…? どうかされましたか? なにやらとても楽しげなご様子」
「そうかな、もしそう見えるのなら、きみがそれだけ素敵だってことだ」
笑いかければエリザベスは目を見開いた。そして、震えながら口を開く。
「──驚きました…貴方様がそんな言葉を吐くなどとは到底思えず…私、心臓が止まってしまうかと。いえ、これは恋のトキメキではなく、ゾッとするような衝撃……精神的ショック、という意味ですが」
「喧嘩売ってる? ねぇ、喧嘩売ってるよねそれ?」
「売ってますが」
前言撤回。やっぱ無し。相容れない。
「いい度胸じゃん。じゃあ今からでも招待してあげるさ! 俺の
「おおー! ぱちぱちぱち。私、とても楽しみです」
売られた喧嘩は買うものだと誰かが言っていた。
力を使う。一瞬で周りが塗りつぶされ、景色が変わった。
「なるほど。ここが貴方様の領域──いえ、パレスですね。なんともまあ、ベルベットルームに近い雰囲気で。ですが、ベルベットルームでは無い。不思議なものです」
感心した風にエリザベスは周りを見回す。別にここはベルベットルームのように全て青で統一されている訳では無い。
部屋全体の雰囲気が青いと言うだけで小物は色とりどりであるし、椅子はダークなワインレッド色のビロード生地で出来ているし扉の色だって普通の暗い木の色だ。
「ではまず、扉の設置から、でございますね。ダイナミックに失礼致しまーす!」
ドン! と虚空からベルベットルームの真っ青なドアを取り出したエリザベスはそのままそこに立てた。
もっと光ったりして幻想的にドアが現れる様子を多少なりとも期待してた節があるからマジで自分の予想通りブッ立てるとは思ってもみなかった。感動も驚きもなにもありゃしない。
普通だ。普通。
ぱんぱん、と両手を叩いて埃を払う仕草をしたエリザベスはこちらへと向き直った。
「これでここからいつでもベルベットルームへと行けます。……では、始めましょうか」
ギラギラと、肉食獣のような目をしたエリザベスと視線がかち合う。
「望むところだ」
そうして、火蓋は切って落とされた。
「はははは! 踊れエリザベス! 死の
「あ、ワンツーワンツー。ドロー! ペルソナカード! にございます」
「いててててててて!? いやごめん調子乗ってすみませ…あっつぅい! あつぅい! さむぅい! さむぅい!」
「三上様は少々貧弱でいらっしゃいますね…いえ、
「ひぃ、ひぃ……げほっ、むり、しんじゃう」
「オーホホホ! これしきのこと、乗り越えられなくて何になりますか! あ、そーれ! 今は立ち向かわねばいけない時。大事な所がどうなってもよろしいのですかー!?」
「あっ、やだ、だめ、だから! それ、デリケートだからああ! そんなっ、風に…さ、触るなあ! 本当に折れ…あっ」
「あっ………やっちまいましたにございます」
「直して」
「はい…」
そのあとはもう色々あった。
主にエリザベスとガチンコバトルをしたりそれに負けたり吐血したり謎の扱きを受けたり景品にしようとしていた黄金でできたゴールデンご立派ァ! 様のフィギュアの車の部分についてる刃の1本をテンション爆上げなエリザベスにボキッと折られたり。
あれ、金を溶かして作ったマジ物の黄金製だし成形するのめちゃくちゃ拘ったし細かくツルツルになるようにヤスリがけまでしたのに。暇を持て余したウィッカーマンが。
でもまあちょうどいいのでエリザベスにあげてもいいのかもしれな……よくない。なんだかあげるのは良くないという思いが急に浮かんできた。こんどはかっこいいデヴァ・マーラの黄金像でも作ろう! 普通にインドで売ってるお土産みたいになりそうだけど。
もしくはポベートールのおっきいぬいぐるみとかどうだろうか! こっちは結構需要ありそう。うんうん、これなら奏子にも喜んで貰えそうだし、さっそく暇になったら取り掛かろう!
………。
いま、意識が混線していた気がする。途中からウィッカーマンの
「本日はとても充実しておりました…湊様に案内されて外の世界へ行くことは何事にも代え難いものですが、たまにはこういうことも新鮮でよろしい」
「俺はなんかめちゃくちゃに疲れたけどね…」
「それは貴方様が弱いからです。特訓すべきは貴方様の方では?」
「…言えてるかも」
はあ、とため息を吐く。
エリザベスに殆ど歯が立たなかった。
今の自分が相性的に偏り過ぎているとは言えども、弱体化もしているのではないかという疑念が浮かんでくる。
まあ、1ヶ月も戦っていなければそりゃあ衰えると言わざるを得ないが、それにしたって弱すぎた。
「今の貴方様は無理矢理ご自分をペルソナ使いという枠に押し込めようとする方向に気がいっているご様子。無意識に手加減しているのでしょう。だから気がそぞろで威力も弱い、と私は分析いたしました。ですが完全な悪魔に身を堕とすことは貴方様の望みではないと来れば…仕方ありませんね」
確かに、エリザベスの言う通り自分は力をセーブしている。死なない為でもあるし、死なせない為でもあるからだ。
全力で行ったとしてもワイルドでは無いのでエリザベスに対し応用が効くかと言われれば効かないし、正直手詰まりだ。
「ご安心を。私も時間はかかりましたがワイルドに目覚めることが出来ました。即ち貴方様にも、可能性はあるのです。長い間あのおふたりの近くに居た、空虚の貴方ならば」
エリザベスは諭すように、真剣にこちらへと語る。
これは、助言だ。とても大事な助言。
「あとは、貴方様が貴方様だと自己を確立し、“いのちの答え”を見つける旅路に出る覚悟をするだけにございます」
「覚悟…」
「今の貴方様は言うなれば1度死した旅人。死から再起し、世界──もしくは宇宙を経て悪魔ではなく愚者にならねばならぬのです」
ふわり、とエリザベスがその手に死神のアルカナのカードを浮かばせる。しかしすぐにそれを消してパタンと魔術書──ペルソナ全書を閉じた。
「それはそれとして。しばらく私はここに居てもよろしいのでしょうか。是非とも、是非と・も! 湊様と奏子様が来た時はお呼び立てください、ませー! 超特急で参りますので!」
「はいはいわかった。わかったから迫らないで。ステイステイ。鼻息荒くしないで。落ち着いて」
なんだかベルベットルームへと繋がなくともエリザベスがいるのなら事足りたのでは無いかという疑問が浮かんだ。
いや、確かペルソナの合体はイゴールが居なければ出来ないとかなんとか聞いたような……ん…? ジュスカロ…? ラヴェンツァ…? クソファッキン聖杯ヤルオ…? 処刑…? うっ、あたまが。
なんか不安定な未来の電波を受信したようなそんな気がした。それもこれもエンリルとノーデンスとウィッカーマンのせいだ。いや、この場所のせいか。責任転嫁してごめん。
というかジュスカロってなんだ。何かの暗号か。あと誰だ自分をクソファッキンって呼んだの。善良な聖杯を自負しているし自分はヤルオとかって名前じゃない。3文字って所しかあってないじゃん。
ラヴェンツァ、は確かマーガレットが言っていた末妹の名前だった気がする。いや、ラザニアだったかもしれない。とにかく、そんな感じの噛みそうな名前だ。
「…おや、どうかなさいましたか?」
顔を顰めて長い間黙っていた自分を心配してか、エリザベスが顔を覗き込んでくる。
「なんでもない。ちょっと電波を受信しただけ」
「それはそれは、大丈夫なのですか? 主に頭が」
ド直球で失礼な事を言ってくるエリザベスにはもう慣れた。慣れざるを得なかった。傷ついてる方が無駄だ。
「俺も自分のことそう思ってるよ。頭おかしいんじゃないのバーカ!」
「私、突然狂われた殿方の対応は初めてに近いものがございますので、こちらの方法をとらせていただきます。当て身ッ!」
「ぐふっ!?」
なんかもう、色々と理不尽だ。
こんなハチャメチャエキセントリックエレベーターガールなんて、二度と相手しないぞと自分は固く誓った。
後日
「じゃーん! ついに! エリザベスの協力によりここにベルベットルームへの扉を実装しました! 利便性アップ! フーゥ!」
「いえーい、にございます!」
「ね、見てよこれ! ちゃんとここに置いてあるんだよ! 凄くない!?」
交渉に交渉を重ね、「戦わないから! 個人的に来て欲しいだけだから!」「先っちょだけ! ドアノブの先っちょだけでいいから見て!」と説き伏せて(ここでかつてモコイさんに教えて貰っていた【おねだり】の交渉スキルがとても役に立った)ようやくカダスへと再入場してくれた湊と奏子に対しこちらはエリザベスとふたりでバシバシと扉を叩きながら満を持して紹介すれば、ぎょっとしたような顔をした湊が口を開いた。
「優希さ、ベルベットルームの扉見えないんじゃなかったの? この前電話で言ってたでしょ」
「あ」
…設置してもらった時は気がつかなかったけど、確かになんで今の自分は扉が見えてるんだ?