君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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黒い男(5/27~5/30)

5/27(水) 夜

 

「やあ、三上君。1人で晩御飯かい?」

(げ…)「ええ、まぁ」

 

モコイさんは先に部屋に帰り、夜の食事を一人でとっていたところを、入口から入ってきた幾月が目ざとく見つけ話しかけられた。失敗した、ラウンジで食うんじゃなかった。

じろじろとみられるのは随分と居心地が悪く、そっけない返事を返してたい焼きをほおばった。

 

「男子高校生というものがまさかたい焼き一個で済ませているわけないよね?」

「そのまさかですよ。今日は甘いものが急に食べたくなって、それでです」

 

そう返事を返せば幾月は心配そうな顔で寄ってくる。

 

「それはそれは…妙だね。以前の君なら甘いものと言ってもケーキワンホールくらいはぺろりと食べていたんじゃないかな? それだけだなんて急に減りすぎてる」

(チッ…)

「腕の怪我もあることだし、どこか具合が悪いんじゃないのかい?」

 

目ざとい奴。と内心で舌打ちする。

こういうところがあるから幾月という人間は面倒なのだ。じろじろとまるで実験動物(モルモット)を見るかのような視線で舐めまわしてくる。

気持ち悪い。

 

「心配には及びません。 今日は帰ってくるまでに買い食いとかいろいろしてたんで晩御飯とは言っても夜食レベルの軽食にしようと思っていたんです」

「おや、君はこの寮に来てすぐの頃に夜食と言ってラーメンを二杯食べていたような気が… 僕の気のせいならいいけれど」

 

ああいえばこういう。

こちらが感知していないことまで引き出しから出してくるこの男の事は本当に苦手だ。

しかしそれなら相手の言葉に乗らせてもらって気のせいという事で済ませて貰おうじゃないかという気になった。

最後の一口であるたいやきのしっぽを口に放り込んで包み紙をクシャリと丸めて席を立った。

 

「さぁ…気のせいじゃないんですかね? ごちそうさまでした。それじゃあ俺はこれで」

 

ラウンジのゴミ箱に丸めた紙を捨てることも忘れずにやる。

しつこく聞いて来たり聞かれないと答えなかったり深追いをしない幾月の性格はこういう時にありがたい。

あいつは特に闇の皇子(笑)の計画をばらしたりそれを察したような行動をとらない限り直接的な危害を加えてくるタイプではないので放置でいい。個人的に嫌いだし。触れたいとすら思わない。近づかれると蕁麻疹が出そうになる。

 

そのままドアを開け、外に出る。

今日ぐらいは深夜徘徊ならぬ夜徘徊しても怒られないだろう。

そもそも怪我をしていても夜徘徊もとい外出は許可されているのだが、あんまり出回りすぎても心配されてしまうので出ていなかった。

しかし!今日は緊急事態(幾月と同じ空気をこれ以上吸いたくないという理由)なのでこれくらいは許してほしい。

 

(あ…モコイさんを部屋に置いてきてしまった…)

 

発作的に飛び出したためモコイさんの居る自室に寄るのを忘れていた。

まあでも一、二時間くらいしか出歩かないだろうし…と気楽に考えながら駅へと向かった。

 

 

 

 

クラブ エスカペイド

 

ポロニアンモールにあるクラブに遊びに来た。

厳密には遊びに来たのではなく、ボーっとしに来たというべきか。

この絶妙にうるさい感じとぴかぴか光るライトで幾月によるスリップ精神ダメージを何とか上塗りしてごまかそうという魂胆だ。

正直、CDショップによってCDの視聴でもしていた方がよっぽど気が紛れるのだけれども今日はなんだかここの方がいい気がしたのだ。

壁にもたれかかってボーっとする。

クラブの音楽は騒がしいが嫌いじゃない。ただ、個人的にはピアノだったりバイオリンだったりを使う静かな曲が好きなだけで。

それを考えるとベルベットルームの謎のBGMは中々にいい曲だと思う。すごく落ち着く。

 

なんて考えていたらサングラスにスーツの男がカクテルグラスを片手にこちらに寄って来た。

いかにもやり手そうな男だ。ボディーガードとか社長とかやってそうな感じでもある。

 

「きみは高校生かい?」

「……はい、そうですけど」

 

そんな“いかにも”な男が自分になんの用なのだろうか。

 

「そうか…夜も更けてきたことだ。未成年がこんなところにいるのはあまり感心しないな。親御さんが帰りを心配していないかな?」

 

普通に非行少年じゃないか確かめられているだけかもしれない。

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと嫌なことがあって気晴らしに来ているだけなので気が済んだらすぐ帰ります」

「そうか、ではその“嫌なこと”を私に聞かせてはくれないか? 私もね、ここへは気晴らしに来ているんだ」

 

ナチュラルに壁際の椅子に座りかかった男はどうやら自分から離れるつもりはないらしい。

まあ大した事でもないので適当にオブラートに包んでから(にかわ)にも包んで話せばいいか、と結論付けて口を開く。

 

「よくうちに来る親戚に苦手な方がいて、その人の対応に疲れたから…ですかね…」

「…ふむ」

「大したことないんですよほんとに。よく言うギャグは寒いしとんだ狸野郎とは思いますけど、まあ見かけはいい人なので…」

 

何かを思案するようにカクテルグラスを持っていない方の手を顎に当てる男。

何か変なことを言ったのだろうかと首を傾げる。

 

「きみは、その親戚の人を信用していないのだな。それどころか、嘘までついている」

「なっ…」

「まず、苦手な人は親戚じゃないだろう? そして大したことないというのも嘘だ。違うかね?」

 

なんでそこまでわかるんだ。

この男は何者なんだ。

 

「…まあ、冗談だがね。あてずっぽうの何の根拠もない男の戯言だ。そうだろう?」

「…うーん」

 

どうでしょうね、とごまかす。

正直こんなクラブであっただけの男性にごまかしを見破られるとは思っていなかった。

もしかしなくてもこの人も自分の苦手なタイプでは?と思い始める。

一度関係をもてばずるずると引き摺られそうな、呑み込まれそうな気配がする。

 

「そうだ。代わりに私の話も聞いてもらえるかな? 高校生くん」

「まあ、いいですけど…」

 

ゆっくりと、カクテルグラスを飲み干す男にどうせ帰っても幾月がラウンジでお出迎えしてくるんだもんな…と思い出し頷く。

 

「私はね、昔事業で大きな失敗をしたんだ。これでもかつては会社の社長をやっていてね」

 

どこの会社かは秘密だ。と大人っぽく笑う男になぜか親近感を感じた。

 

「その時に高校生というモノを侮ってはいけないとよく学んだよ。彼らの行動力は世界をも救い、変えてしまう」

 

何か事業でアドバイスを貰ったりしていたのだろうか。それとも、高校生に天才起業家がいて、事業の邪魔をされたとか、競合相手になってしまったとか、そんな感じなのだろうか。

 

「あの頃の私は青かった。そして無謀だった。万能感に支配されていたともいうな…」

 

苦い思い出なのだろうか。懐かしむような声色と、悔しそうな口元がそれを物語っていた。

 

「しかし私はそれを間違っていたとは思わない」

 

男はその苦い思い出を、呑み込んだ。

 

「人間は善と悪、光と影を決めたがる生き物だ。世間ではよく正義や光が良いものだとされているだろう?」

「そうですね…」

 

日曜朝からやってる特撮ドラマ『フェザーマン』とか特にそうですね、とは言わない。

言ってしまったらなんだか自分がそれを観ているような印象を持たれてしまいそうに感じたからだ。

 

「だがね、私は思う。光には光の役割があるように、影には影なりの役割があると」

 

確かに、フェザーマンは正義だけれども悪役がいないと成り立たない。まさか、今はこの人は執筆家でもしているのだろうか。

それならこの妙に聞き入る感じの語りにも合点が行く。

 

「確かに、そういうのは大事ですよね。表裏一体、でしたっけ。“光ある限り闇もまた消えぬ”とか」

「ああ、そうだ。光ある限り、闇とは切って離せない」

 

面白そうにふふ、と笑う男は酷く上機嫌だ。

 

「今は何か物書きでもされてるんですか?」

「物書き…ふむ、そうだね、そういうことにしてくれ」

 

問いかけるとどちら付かずなあまりはっきりしない答えが返ってくる。自分も割とぼんやりとした答えを返しているのでそこはお相子さまだろう。

 

「光はもちろんなくてはならないものだ。だが闇も受け入れねばならんのだよ、少年。清いだけでは影に勝つことはできない。()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを受け入れたうえであがき続けろ」

 

まるでこちらの状況を読んでいるようなその言葉に、なぜか背中を押された感じがした。

 

「…と、らしくもないうんちくを語ったが君にはあまり必要そうには見えないな。むしろ君は…私とよく似ている。きみもそう思わないか」

「はぁ…」

 

じっと見つめてくるサングラス越しの瞳が、闇をも吸い込む漆黒のように見えてたじろぐ。

本当はそんなことはないのだ。自分がこの男のえも知れない威圧感に押されているだけで。

 

「さて、そろそろ深夜に差し掛かろうとしているんじゃないかね? きみはそろそろ帰るべき場所に帰った方がいい。夜の道は人ならざるものが出るという」

 

立ち上がった男は綺麗な足取りで壁際から離れる。もしかして、この人も影時間の事を知っているのか、それとも噂程度の話しとしてこちらを子供と見立てて脅してきているのか。

どちらかと言えば後者なのだろう。シャドウの研究をしていたとされる桐条のエルゴ研にこんな人がいたという記憶はないし話にも聞いたことがない。過去に在籍したことのある人なのかもしれないがそれともまた違う気がするのだ。

 

「そうだな…私は毎週水曜日の夜にここにいる。また会いたければくるといい。私としても、きみにとても興味があるのでね…一度きりというのは惜しい限りだ。また楽しいお喋りでもしようじゃないか」

 

手を出される。握手をしようということなのだろうか。

 

「はい、また」

 

差し出された手を握る。黒い手袋越しにしっかりと握られ、一瞬びっくりしたがすぐさまその手は離された。

男は満足したような雰囲気でそのままクラブの奥へと消えていった。

…帰れと言われたからには追う気にはならない。

 

その日は素直に帰ることにした。

 

(あ、あの人の名前聞き忘れた)

 

とりあえず黒スーツの人で良いかな、と考える。全身ブラック物書きおじさんとかはさすがに失礼過ぎるし。

中のシャツとネクタイまで黒だったのである意味全身黒ずくめのオシャレな人だった。

もしかして靴下やパンツも…?と考えたがさすがにそれは無いと思いたいし見たくもないので考えるのをやめた。

でもあの人ならパジャマも真っ黒にしてそう…

 

そういえばなんで暗いクラブの中でサングラスをしてたんだろうか。ライトが明るいのが苦手だったんだろうか。

 

 

 

 

5/30(土) 朝

月光館学園 正門前

 

「ねぇ、ちょっと聞いた? 二年の…」

「聞いた聞いた! 今朝、ここに倒れてたんでしょ? 家出とかだったらいいけど、ちょっとヤバイ匂いするよねー」

 

珍しく湊と奏子と歩いて登校していると女子生徒の話が聞こえてくる。

自分は小耳に入れるだけだが湊はちらりと一瞥し、奏子はガッツリ顔を向けてその話を聞いているようだった。

あと一週間ほどで次の大型シャドウが出る日にちになってしまう。

残念ながら左腕の調子はあと少し、といった感じだ。前回の大型シャドウの時の真田くんと同じ状況ともいえるので今回は大人しく待機しておくことにする。

 

戦力としては本当に申し分ないくらいに出来上がっている。『女帝(エンプレス)』と『皇帝(エンペラー)』相手でも十分やっていけるだろう。

というかこれ俺要らないよね?という状況をまざまざと見せつけられているので正直少し自信がなくなってきている。まあ確かに自分は湊や奏子のような“ワイルド”じゃないし…戦闘センスもあんまりよくないし皆の補助とかもうまくないしどちらかといえばワンマンタイプなので1人で突っ走ってやってしまうところが本当にダメダメなのは分かってる。

 

ほんとうはもう少し協調性をあげたいし頼ってほしかったりするのだけれど、どうしてかなぜか何の因果か、いつもみんなに頼りっぱなしになってしまうのはどうにかしたい。

装備の事もナイフじゃなくてもう少し長物に変えたい気持ちもある。剣もいいし槍でもいいし三節棍も悪くないと思う。

とにかくこの小さい武器から変えたい。片手で扱えるし持ち運びに不便はしないが、たまには別のものを持ってみたいのが男のサガってやつだと思う。

 

(復帰したら交番に行って品ぞろえを覗くか1人でタルタロスにでも登るかな…)

 

湊か奏子と一緒に交番に行くのは無しで。なんだか少し恥ずかしいのだ。

ばったり会うときはノーカンで。

一番現実的なのは1人で交番に行くことだろう。タルタロスに隠れて潜って装備を新調して怪しまれても困る。それかもしくは1人の時の装備と皆で潜るときの装備を使い分けるか。

その方が武器によって戦法も変えられるしいいかも。

 

(出来ればモコイさんと相性のいい装備がいいな)

 

さっそく考えなくては、と予鈴を聞きながら校門をくぐった。

 

 

 

 

放課後

 

結局モコイさん本人と要相談、という事で帰ろうと正門をくぐった時に奏子もちょうど帰るところだったのか声をかけられた。

 

「あ! お兄ちゃん、帰り?」

「そうだよ。奏子も?」

「うん! あ、そうだ…帰りに“小豆あらい”に寄ろっ! ……話したいことがあるの」

 

話しはじめは明るかったというのに、最後の方は暗く低い声になった奏子に眉をひそめて最悪の事態を想定する。

 

「わかった。行こう」

 

頷くと、肩に乗ったモコイさんがこっそりと耳打ちしてくる。

 

「ネ…どこか食べにいくの?」

「うん、モコイさんにもこっそりあげるから楽しみにしててね」

「ヤッタネ」

 

こちらもこっそりと小さな声で返せば嬉しそうにガッツポーズをするモコイさん。

最近の楽しみはモコイさんに食事を食べさせることになっているような気がする…と思いながら、悪魔に肥満とかあるのかな…となんとなく心配になった。

 

 

 

 

巌戸台駅前商店街

小豆あらい

 

「それでね、話って言うのは…お兄ちゃんも知ってるよね、校門で倒れてたって生徒の話」

「まあ、三年でも噂になってたしね」

 

あんみつをスプーンでかき混ぜながら、奏子が暗い顔で話し出す。

 

「その倒れてた子がさ…私のクラスの子なんだよね、しかも」

 

──風花ちゃんを虐めてた子の1人だった。

そう告げた奏子は思いつめたような顔をしていた。

 

「偶然ならいいんだけど、この前から風花ちゃんも欠席してるし…気になっちゃって」

「そうか…」

 

ここで自分から奏子にかけられる言葉は持ち合わせていない。

ただごまかしの言葉をかけることしかできないのだ。

 

「まだ関係あるかどうかはわからないし、噂どおり家出かもしれないだろ? あまり思いつめない方がいいよ、噂半分に聞いておこう」

「うん…」

「もしそうだとしても準備は要るし動くなら情報が出そろってからのほうがいい。でしょ?」

「それはそうかも…」

 

それっぽい話で何とかごまかす。我ながら酷い兄だと思う。

他の誰かならいい答えを奏子にあげられたのだろうか。わからない。

もしかしたら美鶴さんなら的確にアドバイスしてくれたのかもしれないが自分にはわからない。

 

…わからないことだらけで本当に情けない。

 

「…とにかく! 今は甘いものを食べて精をつけよう。何事も心の元気が大事だしね」

「それは賛成! よーっし! たべるぞー!」

 

何とか一時的だけでも元気づけることが出来たようだ。

ほっと胸をなでおろして、膝に座らせたモコイさんにお汁粉を食べさせた。

ちなみに奏子はあのあと二回あんみつをお代わりしたあとに湊と一緒に夜ご飯をしっかり食べていた。

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