12月13日(日) 朝
学校に行くわけではないがきちんとした話し合いなので礼服がわりに制服を着て、寮の外で美鶴さんと待っていれば黒いリムジンがなめらかに止まる。車体がめちゃくちゃ長い。
ドラマとかでも中々見ないだろうレベルの車だ。
「……わあ」
「はあ…」
驚く自分と溜息を吐く美鶴さん。あまり目の前の車にいい感情がなさそうなその反応に自分はおや、と思った。
いや、こんなに長くて目立ついかにも高級車ですよ! と言っているような車に物怖じする気持ちはわかる。というか自分がそうだ。
けれど美鶴さんは乗り慣れているのではないのだろうか。
そんな疑問を覚えながらもすぐに運転手さんが出てきてドアを開けてくれたので座席に遠慮するように座る。座り心地がヤバい。ふわふわだし革張りのそれはぴかぴかで汚れひとつない。汚さないようにしないと、と謎に緊張する。
「これで迎えに来るのはあまり好かん、と言っていたのに…」
座席に座りながらぼそり、と呟いた美鶴さんの言葉に納得する。
どうやら美鶴さんはこの激長リムジンが嫌い、までとはいかないが苦手らしい。自分もこれで迎えに来られるとなれば恥ずかしい気がする。普段、こういうモノが道路を走っていないがために物珍しい視線を向けられるのは美鶴さんであっても恥ずかしいものがあるのだろう。
「それに……わざわざ三上と一緒の時にこれで来なくとも…」
聞こえていないと思っているのか、唇を尖らせ、小さく唸ってぶつぶつと文句を言っている美鶴さんは可愛い。
自分と一緒だからこそ、あまり目立った奇抜な車で迎えに来てほしくなかったようだ。
せめて、武治さんが乗っていた普通のリムジンで良かった、とでも思っているのかもしれない。
そんな美鶴さんから視線を外し、きょろきょろと都会に来た田舎者の如くリムジンの中を観察する。
テーブルに、小型の冷蔵庫だと思われる物体。ワイングラスにワインボトル。天井は普通の車とは違い豪華な照明がきらびやかに輝いている。うん、眩しい。
「珍しいか?」
「そりゃあまあ。初めて乗るからね」
キョロキョロと見る自分が気になったのか、美鶴さんが声をかけてきた。
こんなリムジンに乗るだなんてこと、自分のような普通の人間は一生に一度もないだろう。
「美鶴さんの方こそ……緊張してる?」
「ああ。していない、と言えば嘘になるな」
短い会話だ。
けれど、それで十分な気がした。緊張しているのは自分もだったし。
武治さんに会う。
それも普通の用事ではなく、大事な話し合いと来れば緊張しないはずがない。
「上手くいくといいな…」
「そうだね」
不安はある。けれどなるようにしかならないだろうからその不安を抑え込む。不安なのは美鶴さんもだ。だから、自分が不安がっているような顔をすべきではない。あくまでも強気で気にしていないように振る舞わなければならない。
その後は会話もなく窓の外を眺めるだけで時間が過ぎる。
リムジンはそのまま閑静な住宅街に入った。とはいえ、住宅街と言っても東京では珍しいお屋敷が並ぶいかにもな場所だ。
別世界みたいに一軒あたりの敷地が広い。その奥の奥、私道に入ってからもさらに時間をかけ、周りの屋敷よりもさらにランクが上の一段と広いお屋敷へと車は進んでいき、警備員のいる門を通り、大きな玄関の前で止まった。
そしてまた運転手さんがドアを開けてくれたので車内から出る。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お久しぶりです」
それを少しだけ藤堂さんに似た雰囲気のあるメイドさんが出迎えてくれた。ぺこり、と綺麗にお辞儀をし、そしてまた戻る。
そんなメイドさんに美鶴さんははにかむように表情を緩め、口を開く。
「ふふ、ああ…」
「──はじめまして。お嬢様の
彼女は今度はコチラに向かって美鶴さんに向けるものよりも険しい顔でお辞儀をし、自己紹介をした。
斎川さんは聞く限りどうやら美鶴さんに近しい? メイドさんらしい。そしてやはりというかなんというか、こちらに僅かな警戒心を持っているようにも思える。
「初めまして。三上優希です」
同じく頭を下げ、無難な挨拶を返しておく。飾った言葉や自分たちがどういう関係なのか、というのはここでは必要ないだろう。
「菊乃とは同い年でな。幼馴染でもある」
「へえ…」
自分たちと同じ年なのにメイドさんとはこれ如何に。いや、御側御用というのはメイドさんに使う言葉ではなかったような気がする。
いろいろ気になったが聞かない方が良いこともあるだろうと口を噤んだ。
そのまま屋敷内へと案内され、書斎まで通される。どうやら斉川さんは部屋までは入ってこないらしい。
「旦那様、お嬢様とお連れの方がいらっしゃいました」
斉川さんが扉をノックしてからそう言えば、「入れ」と短い武治さんの声がした。
「失礼します」
「お邪魔します」
部屋に入り、美鶴さんとふたりで礼をする。
「ああ」
とだけ武治さんは返し、こちらを見た。
「まず、ぶしつけだが最初に言わせてもらおう。三上くん──済まなかった」
「……」
どのことを、と訊く気にはなれない。許す気にも、なれない。けれど、
「そういう話はまた別の時にしてもらえませんか。今は、加害者や被害者といった立場の一切を無関係にして話がしたいんです。負い目を感じて甘い判断をされるのも俺としては嫌ですから」
極めて冷静にそれを遮断した。
思ったよりも自分の声は低く、冷たかった。そのことにまず驚く。
記憶を取り戻してから武治さんに会うのは初めてだからか、それとも。
「…そうだな。だが、これまでの経緯は聞いている。全てな」
「そうですか。ならアイギスの処遇や部の活動にあたっての援助やバックアップもこれまで通り、ということでいいんですね?」
自分としては特別課外活動部の活動や生活が阻害されなければどうでもいい。変わらない方が一番いい。
珍しく、頭の中でそろばんを叩くようにもしこれで不利な条件を叩きつけられた場合どうやって有利な情報を引き出そうかという計算ばかりしていた。
武治さんは美鶴さんが居る限りそんなことをする人ではないと知っているのに、何故だか信じ切れないという不信感が浮かんでしまう。
──どうも、自分らしくない。
「ああ。
武治さんが話す南条はどう考えても藤堂さんの雇い主らしい“あの”南条のことだろう。
「だが、直接的な戦いは美鶴やきみたちに任せっきりになってしまうだろう。我々はその“力”がない事に加え、別のことにいま手を焼いているところだ」
「別のこと?」
「美鶴には殆ど関わりのない事だ。心配するな」
美鶴さんが訝しむように武治さんの言葉を繰り返す。
だが、武治さんはそれを答えるつもりがないらしく美鶴さんの追及を逃れようとする。が、
「きみに、関わりのある事だ」
「──俺に?」
疑問符を浮かべる。
武治さんが手を焼いていて、自分に関係のあること。思い当たる節がないとは言えない。
「倉橋商事の株式の五分の一を相続したそうだな。そして、会長の血族ともいえる。さらに、そんな子供を知らなかったとはいえ実験体として扱っていた。そのことに加え美鶴が君と共に居るつもりだ。そのことで今、桐条内で揉めている」
「…まあ、そうでしょうね」
予想通りの答えというか。言葉通りの答えしか返せないというか。そりゃそうだという気持ちしかない。
「そして、中にはきみを誘拐しようと企てた者もいた」
「は…?」
「は!?」
美鶴さんとふたりで素っ頓狂な声を出した。
どうして自分を誘拐しようなどと思ったのか、何故その発想に至ったのか、理解に苦しむ。
自分を振っても打ち出の小槌のように金は出てきたりしない。血と吐瀉物と悪魔は出てくるかもしれないけど。おえー。
「どういうことなのですかお父様!? み、三上を誘拐!? ふざけているのですか!」
「無論、未然に防ぎはしたが諦めてはいないようだ。今、我がグループの中には幾月の裏切りによる混乱に乗じ、私の意向を無視し犯罪紛いの事をしてでも三上くんを取り込み、利用しようという輩が居る。保有している株式の多さというのもあるが、三上くんがもし倉橋の会長となり業績を上げれば我がグループの脅威以外の何物でもないからな」
「ええぇ……」
全部、予測でしかないのに誘拐計画まで立てるとかヤバすぎではないだろうか。桐条も一枚岩ではなかった、ということだ。そりゃあそうだ。幾月なんて裏切り者がのさばれるのだ。
一枚岩でなくてなんになる。
本来、どの角度から見ても桐条グループからすれば自分は目の上のたんこぶだろう。それがそうではないのはひとえに武治さんの人柄と、自分が美鶴さんの味方でありペルソナ使いだからだ。
けれど最悪闇討ちとか暗殺とかされないだろうかと心配になる。そうなればシュブ=ニグラスに対抗できなくて即滅びが来て終わりだけれども。
考えれば、素直に自分と美鶴さんがくっついた方が安泰なのだと思うのだけれど、そうはいかない何かがあるのだろう。だからこそ、こんな問題が起こるのだ。
「その上で本題に入るが──単刀直入に言おう。きみに娘をやることはできない」
「ですがお父様…!」
自らは断られたことよりも桐条のゴタゴタにドン引きしており、美鶴さんは食い下がる。
そんな重々しい空気の中、武治さんが美鶴さんの言いかけた言葉に被せるように口を開いた。
「駄目だ。いいか美鶴、何度言われようとそれだけは許可することはできん」
言い聞かせるようなその声は低く、重かった。
自分からすれば「まあ、そうだろうな」という気持ちがあるので武治さんの気持ちも分かる。
自分は、勝手に巻き込まれた桐条内のごたごたを差し引いてもかなりの問題物件だ。
まず身体以外人ではないし1月末には死ぬか消えるかする。
それがなくともあの倉橋黄盛の血縁者で、株式やら諸々を受け継いでいるために問題まみれ。
オマケにいまは病弱と言っても過言では無いし決戦の後にもし生き残れたとしても身体自体の寿命は無いに等しい。
そして言い方は悪いが庶民の出だ。上流階級のマナーもへったくれもない。
ないない尽くしのこんなやつに、誰が可愛い娘を嫁がせたいというのか。
でも、それでも。美鶴さんが1月31日までだとしてもこんな自分と居たい、と思ってくれているのなら逃げるわけにはいかない。
「なら、あの元許嫁よりもお金があって素晴らしくて、俺よりなんかよりも凄くて、美鶴さんをとても大事にして、美鶴さんが見た瞬間に俺なんかを忘れて一目惚れするような人を用意してください。それができないなら俺も引くつもりはありません」
息を吸い、そして吐く。
「認めてもらえるまで何度でも、美鶴さんとこうして話しに来ます。電話だってします。外堀だって埋めます。最悪、美鶴さんが望むなら、攫って俺だけのものにします。倉橋だろうが何だろうが、俺に利用できる手段を、なんでも使います」
なんでもしてやるぞ、という脅しのような自分の言葉を受け、武治さんが苦々しい顔のまま口を開いた。
「…諦めきれんと見える。ならば無謀な条件でもつけるか。…三上くん。きみの保有する倉橋商事の株、全てを桐条へと譲渡するならば、美鶴との事は考えないことも無い」
「えっ…」
「そんな、お父様!」
武治さんの出してきた条件に、目を見開く。
美鶴さんが悲痛な面持ちで叫ぶがこちらとしてはむしろ願ったり叶ったりというか。桐条ならそんじょそこらの有象無象には負けないだろうしそんなことをしていいのなら喜んで手放すけれども。
「──良いんですか!? 相談をするのでこの場でちょっと知り合いに電話させてもらっても?」
「あ、ああ…」
「ありがとうございます!」
食い気味に喜んで見せればそれにたじろいでいるような武治さんから許可を貰い、携帯を取り出す。話し合いの途中で電話など、いつもなら言語道断なのだけれども緊急なので許してくれるだろう。
今ちょうど許可は貰ったし。
「!?」
思考停止から回復したらしい美鶴さんがぎょっとした顔でこちらを見つめてくる。恐らく「正気か!?」とでも言いたいのだろう。
正気も正気。己は素面だ。酔ってないし血迷ってもいない。
心配させないためにニッコリと笑いかけておく。
そもそも自分は倉橋商事の会長になんてなりたくないしあんな元許嫁と繋がりたくもないし経営者なんて柄じゃない。株も増やそうかと思っていたけど増やせる自信はないしそれで全部無くしていれば意味が無い。かと言って、肥やしになるのも勿体ない。
ならば、ちゃんと運用できて力のある人の手に渡った方がもっといいに決まってる。自分の絡んだ物々しい計画が練られているのならなおさら。
それも信用のおける人で、悪いようにはしないと分かっているのなら。そしてこんなものを渡して美鶴さんと結ばれても良い、と許可が貰えるのなら安いものだ。
最悪、その倉橋の力を利用しようと思っていたがそんな事をしないで済むならその方が何倍もいい。
登録したアザミさんの電話番号を押して、電話をかける。
昨日の今日だが3コール目にアザミさんの声が聞こえてきた。
「もしもし、アザミさんですか? あの、話があって。今大丈夫ですか? …良かった。…相続した株の事なんですけど、桐条に譲渡してもいいですか? …はい。あ、わかりました。ありがとうございます。それじゃあまた」
結論はすぐに出た。
それはもうさっくりと。
アザミさんは、「アンタが渡したいなら好きにすればいいよ。桐条なら他も手出し出来ないからね」と言ってくれた。
ただ、よく考えるように、とも。
脅された訳でもないし、無理やりという訳では無いのでこちらに抵抗はない。
言い方は悪いがこんなもの、桐条に押し付けてしまえば良かったのだ。そうすれば自分も奏子も湊も、養父母も要らぬ争いに巻き込まれて困ることは無い。
「渡したら、考えてくださるんですよね? いいですよ。許可も貰えましたし、渡します。全部」
そう言い放てば武治さんは有り得ないものを見るような目で見てくる。
「正気かね…!?」
「俺には過ぎたものですし。俺が持っていて誰かを不幸にするくらいならそちらが持っていた方がよほどいいと思っただけです」
「……」
美鶴さんと同じようなぎょっとした顔をした武治さんは、黙って話を聞いてくれている。
「だって、そうでしょう? こんな死にかけの子供が持っていたとしても何の役にも立ちませんよ。俺が死ぬ前に株を手放せて、家族に迷惑がかからない上にそれで美鶴さんと一緒に居られるなら、安いものです」
むしろ面倒事を押し付けてごめんなさい、とは思っていても言わない。
欲しいと最初に言ってきたのはあちらなので、こんなことを言ったら逆に失礼だろう。
「そうか…きみの考えはわかった。だからこそ、止めておこう。済まなかった、きみを試す様なことを言って」
「お父様…」
突然、神妙な面持ちになった武治さんが頭を下げた。
こちらとしてはなにがなんだかわからない。どうして武治さんが頭を下げたのか。止めるってなにをなんだ。
「頭を上げてください! あと、よく分からないので説明が貰えればとてもありがたいんですけど…」
あわあわと慌てながらそう言えば、困ったような顔をして顔を上げた武治さんが口を開く。
「……冗談だ」
「へ?」
ぽかん、と口を開けてマヌケ面を晒す。
じょうだん。冗談。…冗談!?
つまり、からかわれていた、ということなのだろうか。
一体、何処からどこまで。
「きみの保有する株式が欲しい、と言ったことを含め、先程までの話の全て」
脳に言葉が入ってこない。いや、入ってきてはいるが理解が追いつかない。
狼狽えて、視線がきょろきょろと美鶴さんと武治さんの顔の間を往復する。
「え? え? じゃあ、俺は駄目って言うのも…」
「それも含めて、全部だ。妻の
つまり、最初からこの話し合いは結果ありきの茶番だったということなのだろうか。
自分も美鶴さんもめちゃくちゃ緊張しながらここに来たのに、すべて武治さんの掌の上だったと。
認めて貰えないとばかり思っていたので驚きしかない。ついでに自分を誘拐云々も冗談だったりしないかと思っていたがそうではなかった。残念だ。胃がキリキリしてきた。
「ただし、きみが生半可な想いで美鶴と一緒になりたいなどと言っていた時は妻との約束を反故にし許可しないつもりだった。だが先ほどの言葉を聞いて確信した。きみは自らの死後のことも、考えてしまっているのだな。
…短い間かもしれないが、最期まで美鶴を頼む。
そして、済まなかった。きみやきみの家族の人生を狂わせたことも、きみがそんなことになってしまったのも、心を壊すほどに途方もない苦しみを与えてしまったのも、全ては桐条の罪だ。あの当時は私のしたことが、美鶴の幸せを壊すかもしれない、などと思いもしなかっただろうな……孤児は孤児、身寄りはなく、美鶴に何ら関係ない存在だと…きみがもし本当に孤児だったとしても、他の誰でも、粗末に扱っても良い命など、どこにもなかったというのに」
武治さんは俺も含めた“ストレガの子供たち”のことを悔いるようにもう一度頭を下げた。
武治さんは勘違いしている。実験の後遺症で俺の寿命が少なくなったと思い込んでいる。
違う。そうではない。俺は元々死んでいて。自分は元々存在しなくて。だからこそ、消えてしまうし死んでしまうのだ。
元に戻るだけで、何も罪を感じることはない。俺に対しての後悔は必要ない。
ただ、自分としては本当に美鶴さんとこれからを歩んでいけない事だけが悔しいだけだ。
でもどうしようもない。どうしろというんだ。どうにもできないのなら、残された日々を生きるしかない。
「だが! どうしようもないことはわかっている。世の中には、どうしようもない不条理なことがある。寿命はその最たるものだ。しかし、きみには生きてほしいと私も思う。美鶴の幸せのためにも、きみ自身の幸せのためにも」
バッ、と顔を上げた武治さんが心の内を読んだような強い語気でまっすぐこちらを見ながらそう告げる。
大団円になりそうな流れだが、そうは問屋が卸さない。
武治さんの言葉で自分の中でずっと隠してきたものがここで浮かんできてしまった。
それさえなければ、このまま素直に話を終わらせられたのに。
「──…なら、謝ってください。誠意があるというのなら。頭を下げるのは、俺じゃなくて、タカヤ達や死んでいった“俺の仲間たち”にです」
横の美鶴さんから、息をのんだような音がした。
「あの時の、皆の遺体をあそこから掘り出して、孤児だったっていうのなら誰一人余すことなく果てまで探して亡くなった家族の墓に入れ、全員の名前を入れた慰霊碑を作ったり、できる限りのことをして隠すことなく表立って供養してください。皆は…みんなは! 死ぬ必要なんて無かった! 苦しんで死ぬために産まれてきたわけじゃない! 無かったことにされるために生きてきたわけじゃない!!! 実験体なら、切り刻むなり探索させるなり、なんでも俺一人で十分だっただろうに!!! どうして!!! みんな、親が居なくたって生きれる未来があったのにッ!!!」
まくし立てるように言い、最後には叫ぶ。
この望みが、桐条に大きなダメージを与えるかもしれないと分かっていても止まらなかった。
100人近いこどもを実験体に使っていたなどという非人道的なことが公になれば、桐条は立ち行かなくなる。それをわかっていて、自分は望んだのだ。
実験体だったという過去を結局は捨てられはしなかった。
俺やストレガの子供たちは知っていた。
実験体になった子供が死んだとき、子供の遺体は臭いが出ないように研究所の近くに深く穴を掘ってそこに捨て、乱雑に埋め立てられていたことを。自然覚醒した
タルタロスから必死に仲間と共に遺体を持ち帰っても大人からしたら燃やすことすら手間と費用の掛かるただの不燃ごみ扱いだ。大人から供え物すらされない。
そして当時立ち入り禁止だったその墓場とも呼べない場所は今はコンクリートで埋められて、常にだれかに踏まれている。
──許せない。
そう、許せなかった。これは、“怒り”だ。
美鶴さんに対して、憎悪はない。実験とは関係がないからだ。
でも、桐条グループは、武治さんは違う。全部ではないが知っていた。あそこでなにが起こっていたのか、知っていたのだ。
これまでは自分に記憶がなかった。封じられていた。だから気にしていなかった。
けれど全て思い出してちゃんと自分のこととして感じるようになってからは、見ないようにわざわざ蓋をしていた。
けれど、どうしても耐えられなかった。ぐつぐつと、マグマのように煮えたぎる怒りが呼吸を荒くする。
これ以上荒ぶらないように抑えつけないと美鶴さんの父である武治さんに今にも跳びかかってしまいそうだった。
荒垣くんや真田くんと、ストレガの子供たち。何が違ったというのか。自分には、違いが判らない。
どっちも大事で、どっちも孤児だ。そのはずなのに、どうして彼らは死んだのか。どうして、荒垣くんと真田くんは大事に扱われたのか。
ひとえに、ペルソナに自然覚醒できたかどうかの違いだなんて分かっている。自然覚醒できたから、大事にされた。出来なかったから、殺された。
幾月や、基本的に俺に変な薬品を投与して苦しむさまを見て笑ったり切り刻んで遊んでいたあのクソ研究者を含む研究所に勤めていた者にとっては、“
けれど、何故と思わないこともない。荒垣くんや真田くんが悪いわけではないのも分かっている。というか絶対に悪くない。たまたま比較対象になっただけだ。
「なんだと…? 掘り出す…? その話は本当か? それはどこだ…!? 今すぐ掘り返させる」
「あんた、そんなことも知らないのか!?」
侮蔑の感情が浮かぶ。違う、こんなこと、ほんとは思ってはいけないのにと思っても止まらない。
前にタカヤから世間話のようなあっさりとした語り口でマイちゃんもアキラも、他の残っていたみんなも自分の代わりに実験を受けさせられて死んだと聞かされた時、目の前が真っ暗になりそうだった。
俺がタルタロスから落ちたせいで。俺が、全てを忘れてしまったせいで苦しませてしまった。
タカヤはそうではないと言っていたけど、自分がいなくなってしまったからこそ起こったことなのだから、これは自分のせいだ。けれどアフターフォローをすべきなのは俺じゃない。人手も力も金も時間もあったはずの桐条だ。
そして、何も知らないようなそぶりをしている武治さんも関係者であるので今だけはその憎悪を向ける。
「いや、今まで気にもしなかったのか!? 責任者だったのに! 全部、知っていたはずなのに! 俺の時とは違って、許可した上でみんなを連れてこさせたのに!!! …今はホテルになってるポートアイランドの研究所跡地に空白の変な区画があるだろ! あそこのコンクリートの下だよ! みんな!!! きっと、俺が居なくなった後に死んだ…マイちゃんも…アキラも…逃げられなかった他の子供もそこに埋められてるはずだ!」
「……っ、あそこか……! 突然舗装工事をすると言った時は何かと思ったが幾月め、犠牲になった孤児の遺体は全て供養したと言っていた事さえも嘘だったか……!」
こちらの伝えた場所に心当たりがある武治さんがぎりりと歯ぎしりをする。
その口ぶりからしてどうやら幾月に騙されていたらしい。が、幾月が裏切っていたとわかった時点でそういうことも疑って然るべきなのだ。
資料だって回収しているんだろうし、そこに何か書かれていたりしなかったのだろうか。
武治さんは幾月の裏切り行為によるゴタゴタの後始末や会社経営などもあって忙しいのでそこを考慮するにしても死んでいった孤児たちのことを幾月の言葉を鵜呑みにして放置していた時点で優先順位は低かったに違いない。
そして研究所自体が更地にされ舗装された後に隠蔽のためかホテルが建ったが何の因果かその穴があった場所だけ何も建てられなかったようだ。
まあ、こちらからすればそんなもの関係ないのだけれど。
ずっと、自分には視えていた。視えていたのに無視をしていた。いや、分かっていなかった。だから、連れて帰ってしまった。引き寄せてしまった。自分のせいで皆の魂か、残留思念ともいうべきものが狂ってしまった。歪ませてしまった。
ブラックライダーとの戦いの時、意識を失った時に自分はその“救いを求める声”をただの怨嗟の声だと──良くないものだと判断してしまった。本当なら、救わなければいけなかったのに。
一緒にいかなければならなかったのに。
「アイツがわざわざ忌むべき過去の罪であるあの穴を掘り返して素直に弔う訳ないだろうが!!! あのクソ野郎は──みんなのことを俺をあそこに縛り付ける餌か何かにしか思ってなかったんだよ! 死んだら生ゴミ扱いされてポイ、だ! なんで美鶴さんや貴方をも裏切ったアイツの言うことなんか信じたんだ! なんで裏切ったと分かってすぐに調査してくれなかったんだ!」
いつもとは違い、憎悪も込めて当たり散らしてしまうくらいには10年も蓋をしたまま封じられて煮え滾るほどにどす黒く煮詰まってしまった感情はすぐには治まってくれない。殺意ではないために炎が出ない事だけが救いか。
「済まない…言い訳はせん。きみの言葉は至極真っ当な事だ」
武治さんが心底悔いるような顔を下に向けた。
千鶴さんも、彼らも、俺にとってはかけがえのない存在だった。あの地獄の中で生きるための希望だった。
千鶴さんは事故の犠牲者として遺体が回収され、桐条の墓に入ったらしいが彼らはそうではない。適当な場所に埋められ、誰からも忘れ去られたままだなんてあんまりだ。
これが八つ当たりだと分かっていても、ぶつけないとどうしようもならなかった。
それだけ、今の自分の感情はめちゃくちゃになっている。それでも、この想いはここで消火しなければいけない。これきりにしないといけない。
落ち着かせるように大きく息を吐いて頭を下げる。
「全員、見つけてあげてほしい…から、…おねがいです、おねがい、します…俺には、こうして頼むことしかできないから…」
「………」
下げた頭が酷く痛む。昂っていたものが引き、さあ、と冷めるような感覚を覚える。
それに顔を顰めながらも遅くなってごめん、と内心で声を出さずに謝る。
みんな、俺が思い出すのが遅かったせいで10年も埋められっぱなしになってしまった。唯一これを伝えられたのは俺だけだったのに。幸せに、何も知らずに生きて、苦しみさえも忘れて。
こんなの、恨まれても仕方がない。どうしてお前だけと思われても仕方がない。
ぐらり、と視界が揺れる。ブレる。
だめだ、なぜかここを彼女に“視られて”いる。
強制的にそれを断ち切ろうとするも無視できない。ぐ、と歯を食いしばる。
『──同一存在であるわたくしの何を恐れるというのです』
頭の中で響くように声が聞こえる。感情の無い、冷徹で低く、それでいて艶めかしい女の声。
これは、“彼女”の声だ。干渉を断っていたはずなのに、無理やりこちらへと言葉を投げかけてきた。
それだけで分かる。彼女は、確実に力を増していっている。
『怒り、苦しみ、悲しみ、恨み。そして置いていかれる寂しさ。わたくしとひとつになればそれら全てがなかったことになるのです。貴方の言う、“死した皆”とやらもただただ救済され、ひとつになり享楽に溺れることでしょう……さあ、もっとお見せなさい。わたくしに知らせなさい、愛憎や人というものを。そしてヒトの愚かさに絶望しきった暁にはわたくしが貴方を取り込み、生も死もない甘美なる世界をこの青き星に齎すだけです』
自分の感情の昂りに漬け込んできたのだろう。だが、要らないお世話だ。人には人のやり方がある。お前のやり方なんていらない。この程度で漬け込まれるほど、俺はお前にほだされてなんかいないし弱くないと跳ねのける。
『…そうでしょうか。ではまた、約束の日に会いましょう。どちらが正しいのか、その時に分かるはずです』
拒絶すればすんなりと引く。だが、これでわかった。彼女は話が出来ないわけではない。分かり合えないだけだ。
彼女は絶対に己が正しいと思っているからこそ余裕な態度を崩さないし、俺はそれが認められない。それだけだ。
「…大丈夫か?」
「だ、いじょうぶ…って言えれば、良いんだけど……ごめん、かなりしんどい……立ってるのも、辛い」
肩をそっと抱いてきた美鶴さんの問いに、首を横に振る。
彼女は接触してくる度にじわじわとこちらにある黄昏の羽根の生命力を削いできている。本来なら、アイギスが命や人格を獲得したように手のひらサイズの黄昏の羽根一枚でヒト一人分の一生を補えるくらいには生命力があるはずなのだ。けれど、自分の場合はそうではない。
本来なら器に留まり循環すべきそれらが身体自体が元々死んでいるために普通に生きている人によりも消耗が激しく、更にそこから1月31日までに死んで取り込めるように、死ななくともできる限り弱らせるようにシュブ=ニグラスによって接触がある度に奪われていて目減りする一方だ。抵抗してもノーリスクで回避出来なくなってきたのは自分の抗う力が12月2日より弱まっているからだ。徐々にだが確実に蝕まれている。
だから、自分は決戦の日以降ももし生き残れたとしても長くはないし殆ど動けなくなるに違いない。
鳥肌が立つ腕を擦る。
彼女に抵抗したせいで逆に体力をごっそりと持っていかれ、酷く疲れているし身体に力が入りにくい。
もうひとつ、この疲労感の原因があるとすればあまりそういうことをするのが好きではないというのに感情を昂らせて叫んだり一方的にまくし立てたからだろう。激情に駆られていたとしても慣れないことはするべきじゃない。
「話はもういいだろう。彼の要望をこちらは受け入れ、迅速に対応する。必ず、一生をかけて全員を見つけてみせる。それが私の、我々の償いというものだ。……美鶴は彼を早く休める場所に連れて行ってやれ。顔色が酷く悪い。必要があれば医者も手配しよう。わかったな?」
「はい、お父様。ありがとうございます。それと、お忙しいというのに時間をとらせてしまい申し訳ありませんでした」
「いい。…こちらのほうこそ済まなかったな、美鶴。警備は念入りにしておくから安心して休むと良い。不届き者についても私が手出しさせん」
そんな約束をしてくれた親子の会話をよそに、自分は荒い呼吸のままダラダラと脂汗を流すことしかできない。
身体が寒く、この部屋は暖房が効いていて暖かいはずなのに芯まで凍えるような感覚に陥る。
恐らく、先程よりもさらに血の気が引いていっているのだろう。
「歩けるか?」
「だい、じょうぶ。なんとか、動けるとは思う」
ゆっくりと、支えられながら部屋を出る。
視界がぼやける。ぐらぐらと揺れて足取りが覚束ない。
今自分がちゃんと床を踏めているかどうかも怪しい。
「話は聞いておりました。お嬢様、お部屋まで案内いたします」
「頼む、菊乃」
そうして斉川さんの先導による美鶴さんに連れられて、客間らしき部屋へと通される。
その時にはもう限界を迎えていて、部屋に入った瞬間に崩れ落ちるように床に座り込んだ。
顔を上げていることすらつらい。身体が重い。
今すぐ意識を手放してしまいそうだ。
「失礼します」
感情の色のない、冷静な声が聞こえ、不意にぐい、と脇を掴んで身体を持ち上げられる。
そのままベッドへと連れて行かれて、ふちに腰掛けさせようとしてくるも自分で足をふんばって口を開く。
「ここで、寝て…いいんですか?」
「勿論だ。体調が悪い時にそんな心配はしなくていい」
斉川さんに問いかければ代わりにすぐ横の椅子に座っている美鶴さんが答えてくれた。その事に安心し、流石にベッドに土足は不味いので行儀が悪いがあまり力の入らない足だけで靴を脱いでゆっくりと倒れ込むようにベッドの上に横になる。
「けほっ……ごめ、ん。せっかく、まとまりそう、だったのに。俺が……」
身体が重い。
瞼も重い。喉の奥が痒い。息が詰まる。
それでも謝罪する。話をぶった切ってあんなに吠えてしまったのは悪いことであるし、感情を昂らせ過ぎて体力を消耗し自分の体調が悪くなったのは自業自得だからだ。それでこうして心配や余計な手間をかけさせてしまったとなると申し訳ない気持ちしかない。
「良いんだ。……弔うべき犠牲者をまともに弔っていない。それもまた桐条の罪だ。きみのせいじゃない。被害者のきみがああやって怒りを感じるのはもっともだ。さ、今は寝て、身体も心も休ませるべきだ」
「……うん」
美鶴さんが愛しいものを見るような目で頭を撫でてくる。冷えた体にその温もりが丁度良くて、すぐに瞼は下がっていった。
「強くなられましたね」
優希が意識を落とした後、数分もせずに菊乃が美鶴へと微笑みかける。
彼女が久しぶりに見た美鶴はどこか吹っ切れ、迷いがなくなったようにも見えたからだ。
それは、ここで眠っている倉橋の血を引くというこの少年のおかげか。はたまた同じ寮に住む学友たちのおかげか。
「そうか? 私はいつも通りさ。むしろ今日も彼に助けられてばかりだ」
美鶴が視線を落とす。
「……私は、三上との事を認めないと仰られたお父様に何も言えなかったからな」
そして、泣きそうな顔になった。
「あんなに怒った彼を、私は初めて見たかもしれない。彼の負の部分、と言えばいいのか? ずっと、あんなものを溜め込んでいたんだなと思うと桐条の犯した罪は到底償いきれないものとも思える。更にこんなことに巻き込んでしまうなどと思ってもみなかった」
「そうでしょう。私だって、そう思いますよ」
この少年がなんなのか、菊乃は測りかねていた。美鶴に害がなければいい。それだけだったが、その美鶴自身がこんなにも1人の男性に心を砕き、心配するような表情であったり優し気で穏やかな表情をするのを菊乃は見た事がなかった。
恐らく、父である武治にも向けていない表情があるに違いない。
「ですがお嬢様。お気をつけください。ご当主はああいっておられましたが、私としてはご当主だけでかの一派を抑えきれるとは思えません。近々、ご当主の意向を無視してでも実力行使に出るやもしれませんから。……私としてもそうならないことを祈っていますが、奥様や彼がここに来ていることを見逃す輩ではありません」
そんな菊乃の言葉はこれから起こる騒動を予測するかのような不穏さを孕んでいるのだった。
空は、どんよりと曇っている。
主人公(優希)にとっての“本心から心を許せる自分の仲間”は今も昔も、死んでいった『ストレガの子供たち』だけ。
どこまで行っても主人公は原作主人公たち特別課外活動部のような光の当たる側の人間ではなく、どちらかと言えば闇に消えるストレガと共に活動しているべき存在です。
記憶がなかった際もタカヤ達と居る方が慣れていたり、記憶を思い出してからは尚更無意識に本人の内でそういう傾向が強いのはそういうところからきています。
ただそれでも特別課外活動部は守るべき弟妹と美鶴が居て、さらに真田や天田、荒垣とも仲は悪くないので『仲間』として認識はしているもののそれでも“仲間としての思い入れ”は『ストレガの子供たち』の方が強いです。
だからこそ、あんな激情を孕んだ言動になってしまいました。