君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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「今からやることに恋愛感情は一切含まれておりません!」(12/13)

帰りが遅い美鶴と優希を心配しつつ、ふたりが帰って来るまではタルタロスへは行かないと決めた特別課外活動部は寮で待機することにしていた。

そんな中、作戦室の機械をたまたま触っていた風花の元にメティスが現れる。

 

「メティスちゃん、どうしたの?」

「あの、変なんです」

 

困ったように風花にそう告げたメティスにどこか調子が悪いのか、と風花は焦る。

 

「どこか、具合でも悪いの?」

「いえ、変なのは私ではなく。この寮の周りです」

「え? どういうこと?」

「それが…」

 

言いにくそうにしながらも、メティスは語り出す。

朝から敵意に近い、僅かな悪感情を持った人間がうろついており、それが先程一気に数を増したという。それは、この寮を囲むように配置されているかのごとく、綺麗に並んでいるのだ、と。

メティスはただの機械ではなく半分シャドウであり、その辺の感知もしようと思えばできる。今回、たまたまその敵意をキャッチし本格的に探ってみれば似たような気配を持つ人間が規則的な間隔で何人かいたまでのことだ。

彼らの意図まではなにもわからない。

 

「そんな…まさか。誰かが私たちを狙って? でもこの寮にはシャドウが来た時のための防犯設備があるから人相手でもそれを使えば……あれ?」

 

ちょうど手元で弄っていた機械で寮の防犯・警備システムを確認しようとした風花がそのシステムが切られていることに気がつく。それも、この端末でのオンオフというレベルではなく、根本のシステムからシャットダウンの命令が下されたようなのだ。

 

「うそ、どうして…!」

 

頼みの綱である警備システムが無効化され、メティスの言うことが本当ならこの寮を狙う相当手の込んだことをする敵意をもった連中がいるということになる。

わざわざ警備システムという関係者しか知らないものを切ってきた、ということは相手はこちらを知り尽くしている可能性すらあるのだ。

 

「……恐らくこの手口からしてこれをしたのは桐条でしょう。美鶴さんと優希さんが居ない時にこんなことをする相手の目的はわかりませんが、来ますよ。相手が敵意を僅かにでも持ってる以上、戦闘の準備をすべきだと迅速に姉さんや皆さんに伝えなきゃ──」

 

メティスが険しい顔をして身構えた瞬間、窓ガラスが割られるようなけたたましい音が寮内に響くのだった。

 

 

 

 

もさもさと、椅子に座りながらスコーンを優希は口にほおばる。

ずっと眠っていたので昼食と夕食を食べていなかった優希は英恵と談笑しながらその味に舌鼓を打った。

とはいえ、夕食代わりにならないため優希は少し物足りなさを感じていたがそれでも英恵の口から聞く自分の知らない美鶴の話は優希の心を満たすには十分すぎるほどだった。

 

「美鶴ってば、幼い頃は外にある大きな柿の木に登ってはしゃぐのが好きでね。今の様子からは全然結びつかないでしょうけど、あの子、意外とやんちゃさんなのよ」

「美鶴さんが、木登り…確かに全然イメージわかないです」

 

笑う。

2時間ほど前に高寺が帰ってすぐは微妙な空気だったが、警戒しきっている優希をみた英恵が疲れているのだから休憩でも、と他のメイドにティーセットを持ってこさせたのがこのお茶会の始まりだ。

英恵はメイドにお茶を淹れさせることはせず、自分で蒸らし、自分でティーカップに紅茶を注いで砂糖を入れてスプーンでくるくるとかき混ぜると口をつける前に優希の分も淹れて渡す。

その後は無くなれば部屋に備え付けてあったケトルでお湯を沸かしては飲み、英恵がお茶請けの菓子を補充させたりと色々やっていた。

 

「美鶴さん達、遅いですね…話が長引いてるんでしょうか」

 

もう寝てもいい時間だというのに美鶴たちは帰ってこない。一体何の話をしているのか。

あまりにも遅いため今から車で送ってもらったとしても影時間になってしまうだろう。

このままでは間違いなく泊まりになるのでは、と優希は僅かに眉を顰める。

 

「そうねえ…こんなに遅くなるなんて、滅多にないのだけれど…何かあったのかしら……武治さん、今日に限って私にこんな指輪なんてプレゼントしてきたものだから……」

 

英恵も心配そうに顔を陰らせながら指にはめられた小ぶりの指輪を撫でた。

たまたま心配になり話題に出しただけであり、優希としてはそんな顔をさせたくて言ったわけではなかった。

 

「や、あの、それ、おしゃれですね! …それにほんとに話が長引いてるだけかもしれませんし! 美鶴さんも武治さんに会うのが久しぶりだし、時間も忘れて親子の会話に花を咲かせてるんですよ! きっと!」

 

なのでしょぼくれたような暗い空気を払拭しようと、優希は空元気に近い表情と声で英恵を励ます。

 

「むしろ俺はもっと美鶴さんや英恵さん、武治さんの話が聞きたいです! 武治さんの話とか特に! 俺、あの人のことあんまり知らないままで苦手になってるので…ちょっとずつ、知っていきたいんです。なんで、あんなことをしたのかなとか…いえ、美鶴さんが大事だからこそ、ああしたってこととか、自分のしたことにすごく悩んでてちゃんと償おうとしてくれてるので悪い人じゃないのはわかってるんですけど、どうしても、まっすぐ見れなくて。許せなくて…」

 

明るくしようと努めた優希だったが、武治のことになると段々語気が弱くなっていく。

複雑なのだろう。そう英恵は感じ取った。美鶴のことを思えば武治の行動の理由はわかる。だが、被害者としての立場に立つならば、武治のしたことを許せず憎く思ってしまうのだろう。

視線を下に下げてしまった優希に、英恵はかける言葉を持ち合わせていない。謝るのも、何か違う気がしたのだ。

しばらく考え、ようやっと口を開く。

 

「そうね…なら、これから知っていきましょ。貴方がうちに来てくれるのなら、あの人について知る機会はたくさんあるはずよ」

「そう、ですね…はい。きっと」

 

僅かにはにかんだ優希は英恵から見てとても素直だった。

まず邪気がない。普通、英恵に取り入ろうだとか武治に取り入ろうだとかするか、持つものの大きさに物怖じするはずなのだ。だが、優希にはそれがない。多少の遠慮はあるものの武治にも英恵にもおべっかもなにもないなんら変わりない普通の態度をとっている。

言いにくいだろう己の気持ちもはっきりと伝えてくる。そこで英恵は理解した。美鶴はこの少年のそういうところに惹かれたのだ。

色眼鏡で美鶴のことを見るわけではない、異常であるにも関わらず傍目はごく普通の少年を。

英恵が聞いた彼の幼い頃にあった数年間の生育環境やここに至るまでの経緯ははっきり言って異常だ。だというのに不気味なくらいこの少年はまっすぐ育っている。

無差別に憎悪をぶつけるわけでもなく、怒るときには怒り、悲しむときには悲しむ。そして無関係の人は巻き込まないようにしている。

自分や他人に全く興味がないというわけでもない。

本来なら歪んで然るべきそれが、英恵はこの少年からは少しも感じ取れなかった。

 

「あれ、」

 

最後のスコーンに手を伸ばそうとした優希が不意にその手を止める。そしておもむろに立ち上がると廊下に繋がる部屋の扉を見つめた。

 

「……」

「どうしたのかしら? なにか、気になる事でもある?」

 

この部屋は防音性が高い。窓以外から滅多に外の音など聞こえるはずがないのだ。だというのに、じっと廊下の方向を優希は見ている。

 

「なにか、音がしたような。…すみません、英恵さん。俺の後ろに」

 

警戒心を一気に露わにした優希が英恵を立たせ、後ろに庇うようにした。瞬間、扉が吹き飛びそうな勢いで開いた。

否、蹴破られたのだ。

 

「!」

 

そして入ってきたのは物々しく武装をした男たちだった。外にはメイドや武治が用意した護衛がついていたはずだ。だというのにこの者たちはそれらをどうしたというのか。嫌な予感がした。

 

「なんです!? あなた方は…!」

 

この部屋に似つかわしくないその攻撃的な装いは英恵からしても不届き者にほかならず、テロリストかと身構える。

 

「奥様、抵抗なさらなければ悪いようには致しません。ただし、逃亡・抵抗された場合は発砲・武力行使も許可されております」

「これは武治さんの命令なのではないのでしょう。貴方がたは、一体誰の差し金で動いているのです?」

 

平坦な声でそう告げられた英恵はそれでも負けなかった。問い返すが何の返事もない。

ふ、とその男のバッジに目がいき、英恵ははっとした。殆ど桐条の運営に携わっていない英恵だが、それには見覚えがある。

 

「まさか…貴方がたはうちの私設部隊の……どうして…!」

「…桐条の…?」

 

英恵の言葉に優希の顔が僅かに顰められる。

桐条の私設部隊。それは人だけでなくシャドウを相手にする訓練も積まされており半ば軍隊じみているものだ。

そして武治直轄であるはずのその部隊がどうしてこの部屋なんかを襲撃したのか。英恵には訳が分からないようだった。

 

(いや、まさか。そんなことは……)

 

優希は嫌な予感をひしひしと感じていた。

数時間前に部屋に来た高寺がこの件の首謀者なのだとしたら。武治や美鶴は既に同じような状況になっているに違いない。そして狙いは恐らく自分だ。だが、そうだとしてここに英恵を置いていくわけにもいかなければやすやすと言う通りにするわけにもいかない。そこまでの信頼も信用も優希には彼ら桐条の私設部隊に抱いてはいなかった。

英恵であっても恐らく隙を見せれば害される。そんな、野生動物のような警戒心が優希の内を占める。武治の方は美鶴が居るために影時間まで時間稼ぎが出来れば何とかなる。出来れば合流を目指したいところだが、英恵を庇いながら廊下に出るのは狭すぎて分が悪い。

ならば、と英恵を見る。

 

「すみません、ちょっと刺激的なので口を閉じて目をつぶっててください!」

「なにを…っ」

「ここから逃げます!」

 

一瞬で抱え上げ、横抱きにして庇うようにしながら後ろを向き、窓へと身体を突っ込んだ。

力を使い、ガラスと木を一瞬で燃やし、溶かして英恵に傷がつかないようにして三階分の高さから英恵を抱えたまま外へと躍り出た。

 

「逃がすな! 撃て!」

 

そんな声が聞こえた瞬間、落下していく優希の頭上すれすれを夥しい量の弾丸が通り過ぎた。

サブマシンガンでも撃っているのか。馬鹿じゃないのか。あんなものヒトに向けていいもんじゃないだろ、と優希は悪態をつきながら着地する。とんだ曲芸だ。意味が分からない。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ…それより、貴方の方こそ怪我はない?」

「俺は大丈夫です。それより、安全な場所──は、なさそうですね。しばらく走りますけど、出来るだけ美鶴さん達との合流もしくはここから逃げることを目的に俺は動きます。英恵さんは掴まってるだけでいいので、舌を噛まないように。俺が守りますから」

 

一瞬で思考を回し、この場において逃げ場はないと悟った優希はなるべく広く合流しやすい場所へ動くことに決めた。

上着を脱ぎ、冷えるだろうと英恵に被せる。薄いがないよりかはマシだ。

 

外に出たはいいが優希はここの地理に詳しくない。舌を噛むので喋るな、と言ってしまったので英恵の協力は仰げないだろう。そして近い場所にある林に入れば合流以前に迷うこと待ったなしなので無しとなり、正門を目指すことにした。

屋敷の玄関から直線的にルートとれるそこならば広く、場合によっては屋敷の中でやり合うよりもやりやすいだろう。そして屋敷の中から出てきた美鶴たちとも合流しやすい。

安直だが、優希にはそのくらいしか思いつかなかった。

 

本音を言うなれば、広い場所の方が人的・物的被害を考えずに暴れやすいというのが正直なところだが。

 

走りつつもこちらを探す私設部隊の隊員と鉢合わせしそうになってはやりすごし、見つかれば迫る弾丸を燃やしてドロップキックで気絶させるという行き当たりばったりなことをやらかしまくった優希はついに、屋敷前の広場までたどり着くことができた。

解放感に少しだけ心が支配されるがそんなものを覚えたのは一瞬。目の前に広がる光景を見た優希は溜息を吐いた。

 

「いや、なんだこれ…あーもおおおおおお…嫌になる…うぎぎぎぎ…」

 

頭を抱えたくなりながらも優希は英恵を落とすわけにはいかないと踏ん張る。

そんな優希の腕の中で英恵は申し訳なさそうな顔をした。

 

「これなら東の離れの方に行った方が良かったかもしれないわね…案内できなくてごめんなさい…」

 

離れの方ならば、もしかすれば警戒が薄かったかもしれない。そう思った英恵は落ち込むしかなかったのだ。

 

「や…謝らなくてもいいですよ。黙っててって言ってたのは俺の方ですし…」

 

目の前に広がる光景。それは正門を塞ぐように陣取っている私設部隊員たちだ。

 

「引き返す…わけにはいかないよなあ……」

 

腹を括るしかない。

優希は覚悟を決めた。もう戦闘は避けられない。相手が強情にも戦うしかないというのなら、こちらもそれを返すしかないのだ。

大きく息を吐いて顔を引き締めた優希は広場へと出る。

正面の私設部隊の近くに居るのは高寺だ。さも、指揮者だとでも言わんばかりにそこに居る。そのことに嫌な予感が当たってしまったのだと優希は気がついた。やはり高寺は優希にとって敵だった。

 

「随分と暴れてくれたようですね」

 

高寺は不機嫌さを隠すことなく優希を睨み付けた。

部屋から逃げられたあげく、巡回させていた部隊員を気絶させられまくっていれば、不機嫌にもなるというものだ。

 

「ご理解いただけないのが悪いんですよ。おかげでこちらもこんな騒ぎを起こしてまでとらなくてもいい手段をとらざるを得なかった」

 

意味が分からない、と優希は口には出さなかったが顔に出した。それもそうだろう。こんな軍隊じみた集団を、自分一人を何とかするために持ち出すなんて正気の沙汰ではない。

 

「どうやら、立場を解っていないご様子。我々がここにだけ部隊を送っているとお思いですか?」

「…は? どういう…」

 

戸惑った優希に、高寺は思い通りにことは進んでいると確信する。必要な言葉は最低限で良い。

 

「──巌戸台分寮」

 

優希の目が、大きく見開かれた。

生活をしている寮の名前を出したということは、そこに部隊を寄越したと言っているも同義。湊と奏子に同じような奴らが迫っていると考えると優希に対する挑発行為に他ならなかった。

 

「お前…それがどういうことなのか、わかって言ってるのか……!」

「わかっているからこそ、言っているのですよ。我々は、桐条の非合法な部分そのものな貴方をこのまま出すわけにはいかないのです」

「……」

 

睨み付ける。

脅されたとしてもどちらも引けない。優希はここで捕まるわけにはいかず、高寺はここで優希を留めて要求を認めてもらうまで止まれない。

 

「……嫌だと、言ったら」

「出来る限りの事をするまでです」

「そうですか」

 

ほんの数時間前にした会話と同じやりとりをし、ゆっくりと優希は英恵を地面に降ろす。

 

そして身構えた。後ろにはだれもいない。わざわざまわってきているような気配もしない。

この時ばかりは私設部隊が英恵に何もしないことを祈るしかなかった。

陽炎のような人肌程度の温度を持つ炎を英恵の近くに纏わせ、最低限の護りをしておく。

 

「だめよ、流石に危険だわ…!」

「でも、待てませんから」

 

英恵に止められるも、優希は笑うだけでやめるそぶりを見せない。そして前へと向いてその表情を真剣なものへと変えた。そして、駆けだした。

 

「──全員叩きのめして押し通らせてもらうッ!」

 

高寺を含む全員を動けなくしてから美鶴と合流し、さっさと寮へと行かなければならない。

距離はわからないがいくしかないという決意を優希は固めていた。

 

「本当によろしいのですか」

「ああ。やれ。ただし頭や胴体は狙うな。あくまでも手足だけを狙って行動を止めろ」

 

突っ込んできた優希に対し、発砲してもいいのかという戸惑いを見せた隊員に高寺は無慈悲にも許可を出した。手足でも撃たれればいくら元ペルソナ使いであろうとも止まるだろうという安直な、それでいてまっとうな考えだった。

その答えを聞いた隊員達は戸惑いなくそれぞれの銃を構える。

 

しかし、優希は止まらなかった。

銃弾が飛ぶ。それが届く前に燃え尽きる。手近にいた隊員に強烈な蹴りを叩き込んだ優希は手で銃身を持ち一瞬でそれを溶かした。

その光景を見たものは正気を疑っただろう。金属でできた銃身が、手で握っただけで溶けるはずがない。だというのにそれは真っ赤に溶け、地面へと落ちて冷えて固まっていく。

 

「どういうことだ…! おい、ペルソナ反応は…!」

「しません! 全くありません!」

 

高寺が機械を弄っていた隊員に聞くも、困惑したように首を横に振られる。

それもそうだ。影時間でもないのにペルソナが扱えるなど、滅多にない。それに目の前の少年はペルソナが崩壊し、戦えなくなったとの報告を受けていた。ならば反応はないに決まっている。

しかし目の前の状況と報告がかけ離れており高寺は困惑を隠せない。ブラフだったのか。それにしては、寮でじっとしていることが多かったと聞く。タルタロスの探索の際にも、待機組だという情報も得ていた高寺は疑問しか浮かばなかった。

 

「ああこれ、貰うね。殺しはしないよ。たぶん」

 

また一人、無力化した優希はその隊員が持っていた拳銃を手に持つ。召喚器ではなく本当に実弾──それも対シャドウ戦闘用の特殊弾の入った物を、手慣れた様子で扱った。

まず、中に入っていた銃弾をマガジンごと取り出して握り締めれば一瞬稲妻が走る。そしてそのままそれを拳銃の中に戻す。

 

「初めて再現して“造った”けど効果がきつすぎて一日くらい動けなかったらごめんなさい。本来、普通の人に向ける用じゃないらしいし、これ」

 

何を言っているのか誰にも理解できなかった。だが『ニヤリ』と笑った優希はそのまま隊員へとその銃口を向け、戸惑いもなく発砲する。

撃たれた隊員の一人が抵抗もなくその場にバタンと倒れ、痙攣し始めた。口から泡を噴いているように見えるのは気のせいだろうか。

 

「悪魔用の緊縛弾だから耐性の無い人間に撃つもんじゃないな。やめだ、やめ」

 

じきに震えは止まるだろうし瞬間的なものなので死にはしないだろう、と判断した優希は造った弾を拳銃ごと溶かし、ただの金属の塊にしてしまった。そしてそれを丸めると地面へとぞんざいに投げ捨てる。ヒトに向けるには危険すぎたので没、というわけだ。

 

「銃なんて、ガラじゃないもの使うからダメなのかなあ。あ、そうだ」

 

数人の特殊部隊員を何の手品を使ったのかわからないが徒手で無力化し、なるべく長物を選んで奪った優希はそれらを溶かし、ひとつの棒のような物体へと作り替える。そして浮かび上がったのは黒い銃身からつくられたとは思えないほどに白い刃だった。

 

「うん。やっぱり俺はこっちだ」

 

持ち手すらない歪な即席の刀モドキをひゅん、と振るい優希は嗤う。

 

「あと何人だっけ、ひいふうみい…10人くらいか」

 

残りの人数を数えた優希はその刀モドキを構えて走り出す。

当然、それを無視できない隊員たちは銃を構え、発砲した。だが結果は何度やっても同じだ。優希自身にたどり着く前に無力化され、無くなる。

何人かは拳やナイフなどといった物理的な攻撃でなんとかしようとしたが、拳はさっと避けられナイフは銃と同じように溶かされ使い物にならなくなった。

そんな空いた横っ腹や首元の防護服の隙を縫うかのように刀モドキか強力な蹴りが叩きつけられ意識を刈り取られる。

 

高寺から見て優希はただの高校生だというのに、あまりにも対人戦に慣れているようにも思えた。人とやり合うときの間合いを全てわかっているのだ。そして常に先読みでもしているかのように相手に合わせて動くため、相手からすればやりにくいことこの上ない。

実験体時代に対人用の訓練を積んでいたという話は聞いていない。幾月の残した資料にも記述がなかった。なら、この戦闘スキルは天性のものか。いや、と高寺は頭を振る。なにか、違う気がした。

 

「戦えない人を除けばあとは貴方だけですね。高寺さん」

 

軽々しく、それも無傷で優希は全員を伸してしまった。その頃にはもう影時間へと突入していたがそんなことは関係ない。この場に居る全員が人工的にしろ自然にしろ、この場に適応している。

実のところ現代兵器は優希ととても相性が悪い。銃弾程度なら炎で一瞬で溶かしてしまえるために、相手をするなら同じく悪魔かペルソナ使い、もしくは機械の乙女ではならなかったのだ。

 

そして高寺はその配慮を怠っていた。

 

──わけではなかった。

 

「“五式・ラビリス”を出せ。奥の手だったが仕方ない」

 

苦々しく思いながらも残っている技師に伝える。高寺にとって切りたくない切り札であったが、それを切らねば勝負に負けるとなれば切らざるをえない。

ここまでとは正直思ってもみなかった。病人でペルソナ使いですらない少年になにができるのだと。だが、異能は失われていなかった。ペルソナとはまた違うようにも思えるが、異能は異能。忌むべきものだ。

 

技師が何かコンソールのようなものを操作する。

その瞬間、コンテナが開き中から一人の少女が矢の如く飛びだし優希へと肉薄し、その手に持った戦斧を叩きつけた。

 

「!」

 

咄嗟に刀モドキで受け止めたがあまりの馬鹿力に押し負けそうになり優希の顔が歪む。

青みがかった銀髪を振り乱しながら襲い掛かってきた相手の顔を見れば、紅い虚ろな目が見つめ返してくる。

その目に光はない。だが、メティスやアイギスとよく似たその顔、なにも着ていない素体そのものな機械の身体に優希は顔を顰めた。

高寺は、姉か妹かはわからないがアイギスやメティスと同じ機械の乙女を優希を止めるためだけに用意したのだ。

それも、人に襲い掛かったあげく何もしゃべらず虚ろな表情を浮かべていることから自我を奪っているというのは想像に難くないことだった。

 

(クソ野郎…)

 

優希は高寺を睨み付けた。

自我を奪われ、無理やり戦わせられる。アイギスだって傷ついていたというのに、幾月のやったことと同じ仕打ちをアイギスの姉妹にまでするのかと怒りと憎悪が湧いた。瞬間、

 

「う…ウチは……兵器で……あんたは……誰、なん…? ひと…? それとも、」

 

うわ言のように機械の乙女──ラビリスは小さく呟く。そのことに優希は一層、この子には自我があるのだと確信した。自我があるのに無理やり。

そんなこと到底、許せることではない。段々、優希は己が冷静でいられなくなってきているような気がした。

 

「……」

「ぐ…っ!」

 

そのままラビリスはまた黙り込んでしまう。それでも、力は一向に緩まない。それどころかこちらを押しつぶそうと力をさらに込めてきているようだった。

そんなラビリスを同じくらいの馬鹿力で蹴り飛ばし、優希は跳ねながら一旦距離をとる。

相手は巨大な戦斧を所持。オルギアの有無は──分からない。

先ほどこの少女が喋っていた言葉に妙な訛りがある。そう、ジンやアザミのようなものに近いそれだ。

まあ、今そこは関係ないだろう。彼女は操られているので被害者だ。破壊なんてできるわけがない。かといって、負けるわけにもいかない。ジレンマのようなものを抱えた優希はどうすれば一番いいのかばかりを考えていた。

 

高寺の幸運だったところは優希が機械の乙女という存在に弱いところだ。

その生まれの理由や扱い自体に仲間意識のようなものを感じているのか押しが弱く、傷つけることができない。ようは、理由にもよるが敵対した場合に本気で相手をすることができない。それも、操られているのならば。

いまのラビリスは、優希にとって一番苦手な存在ともいえた。

 

そのラビリスは虚ろな目のまま、再び迫ってきて優希の持っている刀モドキや手足をなぜか集中的に狙ってくる。

その巨大な戦斧で押しつぶされてしまえば武器はともかく手足は粉砕骨折どころではない。

だがそれは裏を返せば絶対に頭や首、胴体を狙って来ないということだ。ラビリスはそれらを避けている。命令を受けたわけでもないのに、嫌がるかのように無理やり戦斧の矛先を逸らすような動きを何度も見せている。無理やりなその挙動はラビリスの機体自身に負担を与えギシギシとした擦れるような音を発させるには十分だった。

 

「っ、」

 

それらをすべて紙一重で避けたり刀モドキで受け流し直撃しないように動きながら、優希は解決の糸口を探す。

壊すわけにはいかない。どこかのパーツを破損させていいというわけでもない。

よく動きを観察し、隙を見つけなければと集中する。

 

「みんな、ええと……あれ………みんなって、だれやろか……シロ…? …いぬ……海…」

 

また、まただ。

虚ろな目のままうわ言のように言葉を吐き出したラビリスは一瞬だけ悲哀のような感情のこもった目をするもすぐに虚ろな目に戻る。なにか、思考をぐちゃぐちゃにされたようなラビリスから放たれる単語を優希は細かい傷を負いながらも一言一句聞き逃さないように気をつけた。

 

「命令…敵……破壊…勝つ…ウチは、勝たな、あかん…ウチが壊した…024や…みんなの……ためにも、負ける、わけには……ちゃう…ウチ、は…逃げな……外に…」

 

そこで、ピタリとラビリスは動きを止める。が、それも一瞬ですぐに黙りまた猛攻を仕掛けてくる。

 

「きみは、一体…何をされてきたんだ…」

 

優希は問いかける。答えがないというのはわかっていても問わずにはいられなかった。

ラビリスの言葉を繋ぎ合わせ、勝手な想像で補完するならば、ラビリス自身が壊したと言っている“みんな”は姉妹機なのではないのだろうか。

優希は桐条の内情や計画を全て知っているわけではない。だからこそ、アイギスのような対シャドウ兵器はたしかに兵器として生み出されはしたものの、それなりにまともな扱いをされてきたのだと思っていたのだ。

機械は機械だが、今のアイギスに対する特別課外活動部のような。そんな扱いなのでは、と。

だが、深く考えてみればそんなわけがない。アイギスは身体が機械で紛うことなき兵器であって桐条での扱いも兵器としてだ。桐条や研究所の人間からヒトとして扱われているわけではなかった。

 

ならば、彼女は。アイギスの妹ではなく、試作機か姉に当たる子なのではないか。

命令。壊した。機体番号のような名前。みんな。負ける。勝つ。

バラバラなそれらを自分の都合のいい並びに並び替えるとしたら、彼女は命令を受けて姉妹殺しでもさせられていたのではないのだろうか。それが嫌になって逃げたくなって──逃げられたかどうかはわからないが何らかの事情で封印され、今まで表沙汰になっていなかったのではないだろうか。

そしてここに投入されたというのは桐条に内密で高寺が彼女を持ち出し、制御回路をとりつけられた、ということだろう。

ラビリスが振るう戦斧を避けながら、優希は思考を回す。自我は混濁しているようにも見えるが若干残っているようだ。完璧に死んでしまっているわけではない。

なら、時間切れになる前に話しかけ続けてなんとか綻びを見つけるしかないのだと優希は思い立つ。

 

「きみの…えっと、名前を教えてくれないか! できればでいいんだ!」

「……」

 

反応はない。虚ろな目のままだ。

 

「ああと、なら、シロって名前について!」

「し、ろ……」

 

動きは止まらないが僅かに反応があった。

 

「…024…しあわせ……会いに、いかな……」

「会いに…? きみは、誰かを探しているのか…?」

「探す……ウチの…」

 

分からない。何も知らない優希はわからない。だが、彼女を傷つけさせないためにもこの会話にもならない物を止めるわけにはいかない。

 

一方、高寺は優希に動きを止めるような傷をなにひとつつけられないラビリスに対し苛つきを隠せない。だが、そんなラビリスに言葉をかけ、会話をしようとしている優希にも苛ついていた。

無駄なことを。どうやってもアレの自我が戻ることはない。それほどに強力な調整を行っているのだ。もう二度と、暴走しないように。

 

「ウチはいま、しあわせ…? みんなを壊して…こんどは、ヒトを殺そうとしてるのに、これが、しあわせ…? …ううん…こんなの、しあわせと、ちゃう…っ!」

 

しかしそんな高寺の思いとは裏腹に急にはっきりとした感情の色を滲ませながら喋り出したラビリスはガシャン、と戦斧を落としてしまう。力なくだらりと頭と腕を降ろし数秒沈黙してからしゃがみ込んで頭を抱えだした。

 

「もう戦いたない…いやや…もう、嫌や……だれか、だれか、たすけて……」

「なんだ…? ラビリスの様子が……」

 

高寺は戦斧を落として呻き始めたラビリスの違和感を感じ取り表情を顰めた。調整は完ぺきだったはずだ。

対シャドウ戦闘が目的ではなかったために全力を出す必要もなく、殆どの自我を封印し、命令通りに動くただの機械としてだけ使えば、何ら問題はなかったはずだった。

だというのにここに来て戦闘を止めたどころか言葉を話し出したのだ。封じていた自我が解放されつつある。

動かしてしまった今、それを再調整するわけにもいかず、高寺は奥歯を噛みしめた。あれらは、会わせてはならなかったのだといまさら失敗に気がついた。

 

逆に、ラビリスのその声を聞いてしまった優希はわなわなと震え始めた。

助けてという悲鳴のようなその言葉は、実験体だったころに優希が何度も叫んでいた言葉だ。あの地獄の中で、ヒーローのような誰かにしてほしかったことだ。

そしていま一番彼女の口から聞きたかった言葉でもあった。

 

誰かがそれを求めるのなら。

過去の自分がしてもらえなかったことをその求める誰かに代わりにしてあげるだけだ。

 

苦しむラビリスをまっすぐに見た優希はそのまま口を開いた。迷っていたが決意は固まった。

 

「いいよ。俺は、きみを助ける。助けてみせる」

 

多少、強引な方法をとるが仕方ないと優希は割り切る。下手をすれば共倒れになるかもしれないし初めて行うやり方なので通用するかだなんて分からない。あと、その他もろもろの戸惑う理由があるがそんなものかなぐり捨てなければ彼女は救われない。

自分の些細な心的ダメージと彼女。どちらを優先すべきかだなんて優希にはわかりきっていた。

 

今からやることに恋愛感情は一切含まれておりません!!! すぅーはあー…よし!」

 

自分に言い聞かせるようにそう叫んだ優希はラビリスの顔を両手で優しく持つと上へと向かせる。

 

 

 

そして──迷いなくその唇に自分の唇を重ねた。

 




初キッスです。
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