君、死にたまふ事なかれ【本編完結】   作:月瓜里

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「全部黒こげにして燃やしちまいなッ!!!!」(12/14)

巌戸台分寮

 

「って、ことがあってさ」

 

ラウンジのソファーに座りながら、この二日間に何があったのかを大まかに話した優希はまるで世間話をするようにその話を終えた。

勿論この寮に新しく入るラビリスの紹介も兼ねているので、ラビリスや美鶴も同じ場にいる。ラビリスは素体だけの見た目から、桐条が用意したメティスの着ているものと近いクリーム色のセーターに黒いミニスカートという装いに変わっていた。一応、人前に出るのだから機械であるということがばれないように、という配慮らしい。

ラビリスを人そのものにみせる幻惑機能も搭載されているらしいが動作が不安定なためにそれを過信することはできないため、という理由からでもある。

 

そのラビリスの自己紹介から始まったその会話は優希が大まかな経緯を話し終えて終わりを迎えようとしていた。

だが、美鶴から処刑をされたところまでをはなしきった優希の話に眉を顰めていたメティスがその問題点を指摘した。

 

「それ、キスじゃなくても良かったのでは?」

「あ……あー!!!!」

 

メティスにバッサリ言われ、優希は愕然として頭を抱えた。

その通りだ。本当に、その通りだ。別にあれはキスじゃなくても良かった。胸に手を当てるとかでもよかったのだ。黄昏の羽根はそこにあるんだしそれでも十分良かったのだと思うのに、操られているのだから頭に原因の回路が仕込まれているのではと思い込んで慌てて思い付いたのがあれだったのだ。直接力を流せばそちらにいく確率が高かったというか、そういうアホアホな思考でやっただけだ。

 

「というか三上。お前はあれだけのことをそういう事があったと済ますのはどうかしてないか?」

「そう?」

 

なんでもない風を装う優希に明彦は違和感を感じた。

話を聞いていただけの明彦からしても他の人間からしても、この二日間のことは優希がこうもあっさりと語ってしまえるほどのものではないだろうと分かっていた。そもそも、語ったことが大まかすぎるし、相手がアイギスの姉妹機であるラビリスを優希個人に向けてきたことが異常だというのに優希自身はなにもおかしなことではないと思っている風なのだ。

 

「三上さん、何か…変じゃないですか? 絶対何かありましたよね? それに三上さんが狙われた理由って、ほんとに株式だけだったんですか?」

「それだけだし特に何もなかったよ。そう、何も」

 

何もなかったことを念押しのように語気を強めて言った優希は笑っている。だが、その目は笑っていない。虚ろだ。

嘘を吐いているな、と全員が思った。もしくは、話すほどのことではないと思っているのか。

縮まりかけた距離が離れていったような、そんな感覚すら覚えた。

 

「や…でも三上センパイ、目が笑ってないっスよ? それに何か…雰囲気…怖いっす……」

「ああ、」

 

順平がおずおずといった様子で違和感を指摘すれば、少し目を伏せた後に申し訳なさそうな表情になった優希が理由の断片を話す。

 

「ごめんね、ずっと昨日の夜からある人を殺したくて殺したくて、憎くて憎くて憎くて燃やしたくて堪らないから、我慢しようとしてるけど漏れちゃってるんだよね。きっと。出来るだけ早めになんとかするから」

「……は…?」

 

声と口調自体は軽いがその表情は歪だ。申し訳なさそうな顔をしているはずなのに、口の端が上がりどこか笑っている。

さらに気配は剣呑で、瞳の奥にどす黒い殺意が燻っているのがわかる。

──殺したい。憎い。

まさか、優希の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、理由を知るラビリスと美鶴以外の全員が固まる。湊と奏子、メティスも目を見開き、何があったんだと言いたげな表情になっている。

 

「ど、どうしたんですか…そんなの、普通じゃないですよ!」

 

ゆかりが堪らない、といった様子で思わず立ち上がり叫ぶ。

あんなに穏やかでゆかりが失礼なことを思っていたと知っても順平がミスをして自身が怪我をしても怒らなかった優希がこうもはっきりと殺意を滲ませるなどというのはゆかりですら見た事がない。恐らく、湊と奏子がたじろいでいることから、家族であるふたりですら見た事のない様子なのだろうとは察しがつくがそれが何故そうなっているのかが分からない。

 

「…何もなかったよ。何もなかったことにしてくれないかな? たとえ今の俺が普通じゃなかったとしても」

 

込み上げる何かを抑えるように大きく息を吐いた優希は再び何もなかったのだと主張する。何もなかったと言っておきながら何もなかったことにしてほしいなどと乞う、矛盾しているその言動に拒絶をされていると全員がわかった。

ここに居る誰にも話したくないというその頑なな対応に眉間のしわをさらに深くしたのは荒垣だ。

 

「桐条。テメエなにか知ってんだろ。何があったか言いやがれ」

 

優希が無理なら美鶴に、と訊く相手を変えた荒垣だったが美鶴はさっと優希の目を見た後に首を横に振ってから口を開いた。

 

「すまないが…私の口からは語ることはできない。身内の恥と言えばそれまでだが、今回の件は例え皆が相手だとしても詳細をおいそれと話せるようなものではない。それほどまでに、彼らがしたことは許しがたい事だ」

「…そうかよ」

 

頼みの綱だった美鶴ですら話せない、と言い出したことに荒垣は諦めた。ここまで話せない、と口を揃えて言うということはまともなことではないのだろう。

そして言わないのではなく、言ってしまえば感情が再燃し、優希自身が抑えられなくなると言っているも同義だった。

 

「皆が知る権利があるのはわかっている。だが、今回のことだけは諦めてくれないか? 優希自身が、その理由すらも“無かったことにしたい”と言っている。それが全てなんだ」

 

申し訳なさそうな顔をして俯く美鶴にこれ以上追及することができないという空気が蔓延し、微妙な雰囲気になる。ここまで空気が悪化したのはカダスでの選択の時か屋久島に行く前にゆかりが美鶴に突っかかって以来だろう。

優希自身はそんな空気を分かっていないのか、ただ美鶴に謝らせてしまったという事実しか目がいっておらず、眉を寄せたまま視線を逸らした。

 

「…美鶴さんや武治さんは何も悪くないんだ。ただ俺が甘えてて、みんなに話すべきことを話せないだけなんだけどさ、話したり思い出したりすると今まで大丈夫だったいろんなことを許せなくなりそうで駄目だから」

「……」

 

それきり、その場は沈黙に包まれた。

“今まで大丈夫だったいろんなことを許せなくなる”。その言葉で全員が何があったかを大まかに察したのだ。

恐らく実験絡みのことだろうということを。だからこそ、余計に訊けなくなってしまった。

傷口を無理やり触り血を流させようなどと思うものはこの場に居なかった。

 

流石の湊と奏子も実験体時代の兄の話というのは伝え聞きであり、本人の口からは聞いたことがない。

こんなに兄が殺意と憎悪を滲ませる場面も、ふたりは一度も見た事がなかった。

正直言って優希は誰かを殺すとは言いつつも結局本気になれずあまり殺意もないやわな対応ばかりする物だと思っていたのだ。こんな風に本気で殺意を滲ませ怒っている──否、憎悪している様子というのは絶対に起こりえないとふたりは思っていたのだ。ありえないということがあり得ないというのに。

ここに居る誰もが、かつてアリスという悪魔の少女を殺した時の優希の様子を見た事が無いためにその片鱗を知ることが無かった。

あの時、誰かが居れば。誰かが僅かでもそれを見ていれば。大切な者を害され、我慢の限界を迎えた時の優希の怒りを目の当たりにしていればこの異様な状況に説明がついたのかもしれないが誰かの目に留まったのは今回が初めてだ。勿論、今は優希の内にいるアリスやモコイは知っている。知ってはいるが対外的な接触の手段が無いために何も言えていないだけだ。

 

「あれ、そういえば美鶴さん…俺のこと三上じゃなくて優希って…」

「今か!? 今更なのか!?」

「ええ!? それに気づくんちょい遅ない!?」

 

しかしそんな空気にした本人にも関わらず突然気配を一変させ、いま気がつきましたという顔で優希は違和感に気がついた。

そのことに明彦とラビリスはツッコむ。双方分かっていてその呼び方になっていたのかと思えばそうではなかったというのだから驚きしかない。

 

「昨日の夜からずっと下の名前で呼んでいたんだぞ…? わ、私の決意は一体…」

 

何故気がついていなかったのか。心外だ、という顔で美鶴は落ち込む。

折角頑張って一歩踏み出し名前で呼んでみたというのに、対する優希の反応があっさりだと思うところがあるというものだ。

もしくはそんなことにすら気がつかないほどに切羽詰まっていたのか。

正常とは言い難い精神状況ならそれもあり得るだろうなと美鶴は納得しかけ、しかしやっぱり納得することが出来なかった。

 

「ご、ごめん…昨日の夜から呼んでくれてたのに全く気がついてないなんて…そりゃ俺、処刑されるよね……乙女心分かってないよね…」

「いや…あれはそういう訳……でもあるのか…?」

 

どんどん語気とテンションが下がっていきしょぼくれ、しゅんとした優希は先程までの殺意を引っ込めたのか意識を切りかえたのかは分からないが落ち込んでいることを除けば普通そうに見えた。

美鶴は美鶴で優希の解釈が微妙に違った為か首を傾げている。

 

「てか、下の名前で呼んでもらってるのに気がつかないって相当じゃないですか…? 美鶴先輩可哀想…」

「で、でも…ゆかりちゃん、三上先輩だって大変だったんだし…そういうこともあるんじゃないかな…?」

 

そんな2人──主に優希をだが──見てゆかりがドン引きし、風花が擁護しているのかしていないのかよく分からないフォローをした。

それに確かに、と相槌を打ったのは奏子だ。

 

「お兄ちゃん、いつもならそういうとこ気がついたりするもんね…特に美鶴先輩のなら。…無茶しちゃだめだよ?」

「ああ…うん。気をつける」

 

じぃ、と見つめてくる奏子に対し、苦笑して頷いた優希の目は殺意が滲んではいなかったがどこかぼんやりしている。

いつもとは違い、奏子は違和感の正体が何も見えずこの切り替わりの速さはなんなのだろうと訝しむことしか出来ない。

優希自身が意図的にしている訳では無いようにも思え、体調が悪いのかと思ったからこそ無茶はするなと口癖のようになってしまったそれを告げたがどうにもこれは優希が無茶をしないという事だけで済むものでは無いような気がしてきたのだ。

 

「お兄ちゃん、なんか変だよ? もう休んだらどう? 色々あって疲れてるんでしょ?」

 

奏子は、自分で用意したらしいホットミルクの入ったマグカップの中をぼんやりと見つめている優希にそう声をかける。

 

「……」

「お兄ちゃん?」

 

反応が無い。

目は開いているのにそのまま眠ってしまっているような。

それとも、疲れていてよく聞こえていないのか。奏子には判断できなかったがどちらにせよこれだけぼんやりしているということは部屋に帰って休まなければいけない状況には違いない。

 

「お兄ちゃん! 聞こえてる?」

「な、なに!? うわあ!?!?」

 

奏子の大声に驚いて立ち上がり、しかし足をもつれさせてガタンと椅子から転げ落ちるようにして床へと倒れこんだ優希は額を打ったのかそこを摩っている。マグカップも同時に落としたらしく床に転がっているが割れていないのが幸いか。

 

「だ、大丈夫!? じゃないか…お兄ちゃん、疲れてるみたいだしすっごくぼんやりしてるからもう休んだら? って言ったの!」

「……そうする。ごめんみんな、おやすみ」

「うん。おやすみなさい」

 

マグカップを持ち直し、立ち上がった優希は一度キッチンのシンクにマグカップを置きに行ってから部屋へと戻っていった。

 

「思ったより疲れているみたいだな」

「私たちだって昨日の夜あんなことがあってテストに集中できたかっていわれるとそうでもないし…美鶴先輩は大丈夫でした?」

 

去っていく優希の後姿を見た明彦のつぶやきに、奏子がテストの結果を恐ろしく思いながらも美鶴へと話題を振る。

期末試験初日だった今日、優希と美鶴は高寺の起こした事件の後始末のために夕方まで帰ってこれなかったのだ。

話し合いは昼に終わっていたが優希が英恵に別れを告げたり菊野から美鶴に説教じみた心配の言葉があったりラビリスについての引継ぎ作業など色々あったが為にそこまでずれ込んでしまい、試験を受けることができなかった。

しかしそこらの事情は桐条から学園の方に連絡が行ったらしく、後日追試ということで対応が済んでいるらしいということだけが美鶴の知ることだ。

問題はない。それだけで終わらせていいものか、先は言わなかったことを本人が居ぬ間に言うべきなのか。美鶴は悩んでいた。

 

「…ああ、大丈夫だ。それよりもラビリスがここで生活することになるのだが…皆、彼女もここに来たばかりだったアイギスと同様外の世界のことをあまり知らない。優しくしてやってくれないか?」

「そりゃあ、言われなくとも! なんてったってアイちゃんのおねーさんだろ? ここにきてカワイコちゃんが二人も増えるってサイコー!…ン、待てよ? …妹ちゃんもラビっちもあれか…三上センパイ絡みだっけか……」

 

美鶴の頼みに即答した順平はしかし、最近加入したアイギスの姉妹であるふたりがどうやって加入したのかその経緯を思い出せばどうにも優希絡みであったために苦い顔になる。

メティスはどちらかといえばアイギスや湊と奏子のため、といった様子であるのでアイギスと優先順位はほぼほぼ同じに見えるのだが、順平から見ても十分メティスと優希は馴れ馴れしい間柄のようにも見えたのだ。

 

(でもなんつーか、桐条センパイに向けてるときみたいなカンジではねーよなあ)

 

首をかしげながらも順平は何か違和感を感じ思考するがその答えがわからずすぐに忘れてしまおうと霧散させる。

ラビリスにしたって確かに優希に対しすごく慣れているように見え優希もラビリスに対し昨夜が初対面だとは思えない程距離が近かったが、やはり美鶴に向けるそれとは違うように見えた。どちらかといえばメティスやラビリスに対しては湊や奏子といった弟妹に向けるようなものといえばいいのか。

それがどんな感情なのかはわからないが順平は明らかに優希はメティスとラビリスの二人には親愛以上のものを抱くつもりも下心も何もないように見えた。

むしろ、家族のように思っているような。そんな雰囲気だけは感じた。

 

「私はラビ姉さんとは違って優希さん絡みではないというか…いえ、そうといわれればそうなんですけど。私は姉さんや奏子さん、湊さんを守るのが主目的で、彼に対しては約束を果たしに来ただけです。その約束も奏子さんと湊さんと結んだものではありますが」

 

ラビリスのことをアイギスと分けて“ラビ姉さん”と呼ぶことにしたらしいメティスは順平の呟きに聡く反応してそれを否定する。

 

「有里達と…? どういうことだ。アイギスのようにお前もこいつらと以前にも会ったことがあるということか?」

 

メティスのそんな言葉に明彦が眉を顰める。たしかに時系列がおかしい。

メティスが目覚めたと自己申告したのは12月2日。それ以前に約束はできないはずである。だというのにいつ、どこで約束などというものをしたのか。奏子と湊にとってもメティスとそんな約束をした覚えはないために二人で首を傾げた。

 

「覚えていなくてもいいんです。覚えていない方がいいんです。()()()()、思い出す必要すらないんです。それに優希さんが死を選ばなかった『今』の方が大事だから」

 

途端に不機嫌そうな顔になったメティスは誰に言うでもなく、わざと感情を押し殺した声で独り言のようにそう言葉を吐き出した。

まるで優希が一度死を選んでしまったとでもいうかのようなその口ぶりに、何があったのだと聞きたい気持ちを持った者は居たがあまりのメティスの剣幕に誰も問えなかった。

 

「…それより、ラビ姉さんは私や姉さんと同じ部屋だって話ですけど…ある程度自己メンテや修復ができる私はともかくラビ姉さん用のメンテナンス機器まで入るとなるとあの部屋歩く場所がなくなりますし床が抜けたりしません? 私としてはその方が心配なんですけど」

 

要するに、流石に三人がいるにはあの部屋は狭くないか? とメティスは問うているのだ。

確かにそうだが美鶴にすら部屋問題はどうすることもできない。なにか、三人が()()()()()()()()()()()()何とかやりくりできようもあるが、と頭を悩ませるも解決策は浮かばない。

 

「そういえば、今は理事長室って使われてないですよね? あらかた部屋の中のものは桐条の人たちが持って行ってほとんど空ですし…あそこを綺麗にしてラビリスちゃんかメティスちゃんの部屋にする、というのはどうでしょうか?」

 

風花が思い出したように今は使われていない三階の理事長室を使えばいいと提案する。

11月に幾月が謀反を起こした後、その部屋の中身は押し寄せた桐条の者によって回収されてほぼ空き部屋状態になっていたのだ。

あの部屋ならそこそこの広さがあり、一人生活するくらいなら平気だ。

問題は、一階まで遠いのといちいち作戦室を通らないといけないというところだが。

 

「あの部屋についてはもう自由に使ってくれていいと言われているので大丈夫だが…」

 

言い淀む。流石にアイギスは無理としても二人のうち誰か一人だけ、というのを勝手に決めるわけにもいかず美鶴ははっきりとそうしようとは言えなかったのだ。

だが、そんな美鶴を見てメティスが口を開いた。

 

「それなら、言い出しっぺの私がそこに移動しますよ。だって、私は特にメンテナンスに機材を必要としませんし。…姉さんたちと離れるのはちょっと、寂しい…けど」

「メティス…なにも無理して部屋を分けなくてもいいの。私は大丈夫だし、姉さんさえよければ三人で、ね?」

「でも…三人は流石にきついですよ…? 姉さんたちが私みたいにメンテナンスを必要としないのなら、いけるかもしれませんけど…」

 

しゅん、と寂しげな顔になったメティスにアイギスが無理はしなくていいと伝えるがそれでもメティスはラビリスの分の機材が運ばれてきたときのことを考えると部屋を分けた方がいいという意見を変えることはできないようだった。

 

メティスとしてもラビリスという“姉”がいるのは情報として知っていたがまさか桐条の人間によってこんな早くに目覚めさせられ、特別課外活動部に入部までしてしまうとは思わなかったのだ。

メティスが居たからか。それとも、優希が居たせいたのか。

恐らくは後者であろう”本来ならありえないこと”に対しメティスは恨みも後悔もないがペルソナを持たない姉を普通のシャドウではない強大な存在と戦わせていいものなのかと奏子や湊のような心配をするはめになってしまっていることに気が付いていない。

そんな悩みに頭を悩ませているメティスを部屋割りで悩んでいると思い込んだラビリスが声を上げた。

 

「待ちぃなメティス! そんな寂しい思い、妹にさせられるわけないやろ? それにウチがお姉ちゃんなんやしウチが来たせいで妹二人の部屋が狭くなるんなら別の部屋に行くんはウチのほうや。大丈夫。お姉ちゃんやからな!」

 

ラビリスは妹であるというアイギスとメティスを初対面であるというのに即、受け入れていた。

優希と記憶と感情の共有を果たし大体の情報を持っていたおかげでおおまかな人となりを知っていたから、というのも大きいがやはりラビリスは他の姉妹機たちと共に生活し、わずかでも心を通じ合わせた経験があることから殺し合わなくてもいい姉妹、という存在に無条件で守らねばというお姉さん風を吹かせたかったのだ。

そもそも、拒絶する理由もなかったといえばそうなのだがラビリスが戦うことに決めたのもアイギスとメティスの存在あってのことだ。もし、二人が居なければ恐らくラビリスは戦うことにまだ恐怖していただろう。

 

「ちゅうわけで面倒やけど機材の運搬、その理事長室ってとこにお願いできますやろか?」

「大丈夫だ。だが本当にいいのか? 折角姉妹三人で過ごせるかもしれないんだぞ?」

「いやあ、別に部屋が離れてるって言うても建物自体は同じですし。それくらいウチにとってはなんでもないです。それよりも妹に寂しい思いさせる方がウチは嫌やから…」

 

ラビリスの言葉の途中で、ぶつん、と寮内の電気が落ち、急に回りが暗くなる。

 

「あ、もう影時間かあ。話し込んでたから忘れちゃってたや」

 

なんともない風に奏子が周りを見ながらそう呟く。いつも通り影時間になっただけ。それだけなのでみな動揺は全くない。

 

「湊、どうするの? 今日はお兄ちゃんも疲れて寝てるだろうしラビリスちゃんも寮に来た初日だし、タルタロスは行かないよね?」

「うん。今日はやめとこう。明日も試験あるし…みんなもう寝ようよ」

 

今日は戦いに行かない、と決めた湊は立ち上がり、自分も部屋に帰ろうとする。

 

「あ、ちょっと待ってください…何か反応が…! うそ、近い!?」

「グルル…!」

 

突然叫んだ風花の言葉に影時間ではあるが完全に気を緩ませていた一同に衝撃が走る。

コロマルも玄関の方を向いて唸り、警戒心をあらわにしている。

 

「なんだ? イレギュラーシャドウか?」

「はい。恐らくは…! もう寮の手前まで来て…三上先輩、起きてきたんですか?」

 

完全に気が緩んでいたために召喚器はあるが武器を持っていないためにアイギスたち三姉妹とコロマル以外の全員が召喚器に手をかけた状態で身構え、シャドウの接近を知らせる風花の視線が階段へと向く。そこから静かに不機嫌そうに眉を寄せた優希が降りてきた。

 

「……」

 

優希は黙ったまま、玄関へと視線を向けるとずんずんと歩いていく。

 

「え、三上さん! 危ないですよ! 今、外にシャドウが──」

 

天田が危険だと警告するが視線は天田の方を向かず、相変わらず玄関へと向いている。それどころか、

 

「チッ、うっせえなあ…ガキは黙ってな」

「へ!? いま、なんて!?」

 

舌打ちが飛んでくるというありえない状況に思考を停止する。天田は一度だって優希からそんな暴言を吐かれたことはなかった。ましてや、舌打ちなど。

 

「まさかお兄ちゃん…反抗期!? ついに来たの!?」

「いや、あれは反抗期で済ましてええもんなん…?」

「絶対に違うと思う」

 

奏子が優希の言動を反抗期だと判断しようとしたがラビリスと湊からすれば反抗期のようには到底見えず、絶対に違うだろ、という顔をする。

対する優希は玄関の扉の前まで来ると乱暴に片足で扉を蹴り開けた。

 

「危ない? 誰に向かって言ってるんだよ! どいつもこいつも()()()の邪魔しやがって…この…!」

 

目の前には獣のようなシャドウがいる。だが、優希は物怖じするどころか怒りを滲ませた。

だがその口調と一人称はまるで優希のものではなく乱暴な少女のようなものであり、明らかに普通ではないことだけはその声が聞こえた者たちにわからせるには十分だった。いったい、眠っている間に何があったというのか。そんな疑問を湊が覚えた瞬間に優希が大きく息を吸い、とびかかってきたシャドウに向かって吼えた。

 

「ざッけんじゃ…! ねぇええええ───ッ!!!!!!」

 

叫んだ優希の身体が黒い炎を纏い、その姿を変える。

炎が消え、見えたのは優希よりも低い身長に見るからに女のような身体つき。

ざんばらな青みがかった長い銀髪にラビリスと瓜二つの顔。優希と同じ月光館学園の男子制服を着てはいるがかなり着崩されており、胸の下まで大きくボタンの開けられたブラウスの胸元からは形の整った肌色のバストが覗いている。

痴女とも呼べる格好であったがその顔には歪んだ怒りの表情が浮かんでおり、姿勢を獣のように低くしてシャドウを睨み付けていた。

 

「しゃらくせぇんだよ!!! 来い! ()()()()ァッ! “ファラリス”!」

 

ラビリスに似た少女がこれまた瓜二つの声で叫ぶ。

赤い光と力の奔流と共に炎が渦巻き、現れたのは炎の身体をした雄牛の頭を持つ巨人。全身全てが燃え盛る炎で構成されており、見た目だけでも暑苦しい。実際にパチパチと火の粉が弾けて舞っている。

 

「全部黒こげにして燃やしちまいなッ!!!!」

 

雄牛の巨人(ファラリス)はその剛腕で炎を練り上げる。そして躊躇なくシャドウへと圧縮した炎の塊を放った。

 

【地獄の業火】

 

その炎は一瞬でシャドウを焼き尽くし、跡形もなく消滅させる。

塵と消えたシャドウには最早興味をなくしたのか目もくれず、その少女は身体をのけぞらせると大きく口を開けて高笑いしだした。

 

「フゥ──、アッハハハハハハ! ホンット最高! やっと表に出られた実感ってやつを得たわ!!! アタシってば、小指の先程度には“宿主サマ”に感謝しなきゃねぇ!」

 

その少女の顔には抑えきれない狂気が浮かんでいた。

 

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