興味を持って頂けると嬉しく思います。
――こうして、三つの平行世界の仲間から力を得た英雄は、巨悪にその一撃を振り下ろしたのだ!
……。
…………。
英雄の物語。
とある冒険者が、多くの守護者たちに認められ、救世の英雄となっていく
最近流行りだした、童話の物語。
本当にあったことを脚色しているらしいけれど。
そんな英雄が居るのなら……。
どうして、私達の〈世界〉は救われていないのだろう。
肩を揺すられ、ヘルは目を覚ました。煤けた蒼い髪が頬を撫でた。
「おい、ヘル。起きろ。迎えがおいでなすった」
嗄れた声でそう語りかけてきたのは、戦地からヘルを遠ざけてくれた老兵だった。この戦火の大地で、彼ほど歳を重ねたものはそう多く残ってはいないだろう。
ヘルは幌付きの騎車の中で、何時しか眠ってしまっていたようだ。敵から隠れて移動するため、悪路を疾走する二足歩行の蜥蜴の引く騎車であったが、ヘルは熟睡してしまったようだった。
(敵に隠れながら移動を続けて一週間……。無理もない)
老兵はひとりごちた。
老兵ゲンマは、戦場で幾多の勲功をあげた英傑だったが、数年前に利き脚を失って隠居していた。
前線が陥落し、唯一の砦だった〈ウェストフォート〉へ敵が雪崩れ込み、ゲンマは戦えない者たちを携えて移動していたのだった。
「足をやられていなければなぁ、儂も奪還に行ったものを。……そら、あれに乗って行くんだ」
「……浮いてる」
悔やむように言って彼が指差したのは、宙に浮いた大きな木の根に
「〈
「……うん」
この世界では採れなくなって久しいが、根が空に浮かぶ性質のある材木で出来た簡素な船であった。
「着くまでは、一緒に行ってやるがな。着いたら一人で〈エミル世界〉へ行くんだぞ」
彼はそう言って、ヘルの頭に手をおいて二度叩いた。
ヘル達がいるこの世界は、小世界群のひとつ〈ドミニオン世界〉であった。他に二つの平行世界があり、地理地形は似通っているが、住んでいる人間や動植物は別種なのだった。
悪魔のような尻尾と被膜に覆われた羽が生えているドミニオン族の屈強な戦士に先導され、ヘルは飛空船に乗り込こんだ。同族の戦士の背中は頼もしかったが、何処か悲しげだった。
船の上まで上がると、東風が強く吹いていた。風をうけて靡く煤けた長い髪が、ヘルには鬱陶しく感じられた。
改めて体を見回してみれば、支給されたボロ服もあちこちが煤けている。
「はぁ……」
ヘルは溜息を零して、紅く焼けた大地を船の縁から覗き込んだ。
――ドミニオン世界。
この世界に生きる有翼の人々は、世界の大きな割合を
一時期は劣勢を覆し、敵に奪われた中枢を奪還するほど盛り返した。
しかし、どういう
「全く、どうなっていやがるんだ……。ここのところ勝ち戦だってんで、商機だって聞いたから飛び込んだって言うのに。死にたくなかったら商品を格安で寄越せだなんて、ふざけやがって」
「あんさんも間が悪かったなぁ……。ちぃっと前までは皆儲かっとったよ。隣の世界からわざわざ来たのに、残念だったな」
ヘルは物思いに耽っていたとこに思い至り船に視線を戻すと、いつの間にやら老兵とタイタニア族の少女が杯を手に語り合っていた。
――タイタニア族。
ドミニオンと同じ有翼の人種だが、頭上に輪があり、羽毛の様な羽が生え、寿命が総じて長い。
この少女に見える
「何の慰めにもナンねぇよ。ドミニオンの爺さん……」
「オラ飲め飲め。嫌なことはぜ~んぶ、飲んで忘れちまえ」
「飲むのはいいけどよぉ、爺さんが咥えてんのわっちの商品だからな?」
そこかしこで、慰め合いや嗚咽を漏らす声が聞こえる。
敗戦の雰囲気だった。
ヘルは、未だ十分な修練を積んでおらず、後方支援部隊で先人からの教導を受け始めた矢先の出来事だった。
守衛の兵士や老兵に助けて貰わなければ、既にこの世に居なかっただろう。
3名いた同期は無事だろうか……、ヘルは再び思案に耽った。
脱出したウエストフォートからさらに西、軍艦島へ向かって航路は順調に進んだ。
島からは、天の果てまで一本の影が引かれていた。
ヘルは目を凝らしてみたが、先端は見通せなかった。
次第に島影だったものがはっきりと見え、着き場の様子が伺えた。
孤島に天高く伸びる塔があり、麓にキャンプができているようだった。ヘルが目を凝らしてキャンプを見ようとしていると、空が光った。
「……光った?」
『DEMだっ!!』
「なにっ!?」
「馬鹿な空の上だぞ!」
再び閃光が走り、兵士達の声が轟いた。
ヘルが慌てて背後を振り替えると、遠くに黒い影が揺らめいているのが見えた。
目を凝らして見れば、夕日に照らされ両手両足を広げた鳥のように見えた。
ウェストフォートを脱出したとき、瓦礫に鎮座していた鳥形の巨大な兵器だった。
「戦略兵器。アルマダだ!」
「飛んでやがる……」
「馬鹿な……。前線が陥落したのか……」
影が大きくなるに連れて、場が騒然となった。
「近づいてくる! 終わりだ!!」
「うろたえるな! 塔までは何分だ!」
「あと5分であります!」
一回り大きい体格のドミニオンの男が、怒鳴り声で兵士に問いかけ、兵士が即応した。
おそらく隊長格の兵士だろう。
「非戦闘員を一箇所に集めろ!支援魔法隊は船への障壁魔法準備!!」
『はっ!!』
兵士と非戦闘員が入り混じり、小さな体のヘルは人混みにもみくちゃされたまま装甲の厚い建屋まで追いやられた。
装甲の僅かな隙間から周辺の様子を窺うことができ、その中に老兵の姿を見つけた。
老兵も、ドミニオン兵の混成部隊の中へ戻った様子だった。
アルマダは船の姿を完全に捉えるところまで接近すると、空中に静止し羽を大きく広げ始めた。まるで空間が黒い影で侵食されていくように翼が広がっていく。
「何をする気だ……、支援魔法隊! 急げよ、やつはなにかする気だ!!」
【【【
数人の熟達の魔法使い達が障壁魔法を同時に唱え、キンっと甲高い音で空間が包まれた。船全体を覆うように障壁が張られたようだった。
ヘルには、羽を広げることを止めた戦略兵器アルマダが、そのまま止まっているかに思えた。
しかし、その予想とは裏腹に、アルマダの前に光が集まり徐々に大きくなっていった。
「舵を切って射線からできるだけ逸れろ!」
「おいおい、ウエストフォートの〈羅生門〉にぶちかましたやつをここで打つつもりかよ……。なんだってこの小さな船にそんなものを……」
羅生門とは、ウェストフォートにあるシェルターの巨大な門であった。先の戦闘で、アルマダの放った熱線により破壊されていた。
大柄のドミニオンの声が空気を震わせたが、ヘルには老兵のつぶやきが何故か聞こえた。
「そうか! おい、船を逸らせるな!!」
「爺さん、昔は偉かったかもしれねぇが今は従ってくれ!!」
老兵が大柄な男に掴み掛かりながら怒鳴った。
「違う! 彼奴等の狙いだ!」
「狙いはこの船だろうが!」
「奴ら平行世界への門をここから破壊するつもりだ!」
「なっ……、糞っ!」
大柄な男は、自身の頭を殴り付けた。
逃げることばかり考えていた自分を叱咤したのだ。
「エスメラ! 転移魔法で非戦闘員達を軍艦島のシェルターに送れ!! もう届くはずだっ!」
「はっ!」
覚悟が座った声で男が指示をした。
エスメラと呼ばれた赤い長髪の女兵士が、ヘルたちの方へ駆け寄ってきた。顔は鉄仮面に覆われており、分からなかった。
「エスメラと申します。これよりあなた方を島側へ送ります。少し距離がありますから、転移酔があるかもしれません」
高い声で申し訳なさそうにエスメラは言った。
年の頃はヘルと同じくらいに思えた。エスメラが詠唱を開始すると、〈新生魔法〉特有の光る魔方陣が現れ、対象を照らした。
【
そう彼女が唱え、空間が輝いたとき、手元に持っていた童話の本が震えた気がした。
光が収まり、ヘルは周りを確認したが風景は何も変わっていなかった。
きょとんとした顔をしたヘルだけが残されていた。
「え? あれ。どうして」
一人だけ残されたヘルを見たエスメラは、動揺しているようだった。
その時、船が大きく振動し陽光に照らされ周囲が明るくなった。
ヘルは振動で弾き飛ばされ、壁際にうつ伏せとなった。
船がアルマダの前へ急旋回したようだった。
「帆の出力を最大まで上げろ!! 障壁魔法を船の前へ最大展開!!」
大柄な男の指示を受けた支援魔法隊が、再び詠唱を開始した。
直後、アルマダの上部から砲弾のように高速で打ち出された影が、弧を描いて船に着弾した。
しかし、船への衝撃は殆どなかった。
影は砲弾ではなく、青白く光る剣を構えた少年の形をした人型
「――させない」
「うわっ」
「ぐえっ」
支援魔法隊の詠唱を見た人型DEMはそう呟き、魔法隊の一部を一瞬で蹴散らした。人型DEMの姿が突然ぶれた瞬間の出来事だった。残心をとるかのごとく白い長髪が背中へと戻った。
「ッシ!」
利き脚を失ったと思わせない老兵が、神速の居合いで飛び込み、人型DEMへ切り込んで鍔迫り合いへ持ち込んだ。
人型DEMに吹き飛ばされた魔法隊の一部は、壁に体の一部がめり込んでいる。
「でぇぇぇぇえぇぇイ!」
「……」
大柄の男が背負っていた大剣を人型DEMへと袈裟斬りで叩きつけたが、人型DEMは空中へ体を捻り回避した。
老兵は、横薙ぎの切り返しを空中で体勢が整う前の人型DEMへとぶつけた。
重い金属をぶつけ合った音が聞こえ、人型DEMが数メートル弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた人型DEMは、その体が空中でブレると老兵の背後に突然移動した。
「貴様は厄介だな」
「なにっ!?」
老兵の背後に突き出された剣へ、大柄の男が大剣を差し込んだ。
「ジィエッ!」
剣が擦り上げられ、火花が散った。しかし、大剣の刀身半分までDEMの剣が食い込み、大柄な男は剣を持ち上げた姿勢のまま人型DEMに蹴り飛ばされた。
遅れて両断された剣が重たい金属音を立てて落ちた。
あの青白い剣は、相当な切れ味なのだろう。
ヘルは起き上がり、老兵と人型DEMが切り結ぶのをじっと見ていた。
その背後にはアルマダの前に収束している破壊の光があり、人が入り乱れた黒い動きは出来の悪い影絵を見ているようだった。
ヘルは本を両手に抱き、〈英雄〉へ思いを馳せた。
もし世の中に、そんな存在がいるのなら――助けて――、と。
無慈悲にも、その瞬間にアルマダの光が撃ち放たれ、空間を割り裂く白けた音が一瞬で近づき閃光で満たされた。
音が先だったのか、光が先だったのかヘルには判断がつかなかった。
「私がこれの、こんな使い方をすることになるとはな」
全てが白く満たされるとき、大人びた女性の声が聞こえた気がした。
更新頻度は緩めになりそうです。
お気軽に読んでいただければ幸いです。