花は散れども舞う風は 作:PP
真っ暗とも真っ白ともつかない、灰色の中途半端な世界。気づけばアタシは1人でそこにいた。
いや、正確には浮いていた。勇者装束を着て。
(うーんどうしちゃったんだろアタシ……)
家はおろか建物、鉄道、山も川も無い。見渡す限り、果ての果てまで同じ景色が続いている。
いつからここにいるのか?そもそもここはどこなのか?何もかも分からない。ここに来る前に何があったのかさえ、よく思い出せない。
「おい、そこのお前」
「え?あ…えぇ!?」
声のした方を見ると、紫がかった人影があった。さっきまで誰もいなかったんだけどな。
「こんな所に来る物好きなやつなんて、お前しかおらんだろ」
「は、はぁ…」
「あーイカン、ちょっと素を出しすぎたかもな。スマンスマン」
そう言って人影は頭をかいた。人影は全身紫で、身体の輪郭は認識できるが顔や服までは分からない。コイツに髪ってあるんだろうか?
「あなたどんなキャラなんですか…ってか誰ですか!?」
「あーアレだよアレ。その…たまに風馬の体を借りて何やかんやしてるアレ。会った事あるっしょ」
「いや…無い、ですね」
「そんな訳あるか!俺はちゃんと喋ったぞお前と!」
心当たりは無い訳じゃない。ただ、それは須美と園子から聞いた話で知ってるだけで、アタシ自身は喋ってないと思うんだ。
「実は、ここに来る直前の記憶があんまり無くって。そのせいで覚えてないだけかもしれないです」
「あーそうか…ならしょうがないか…いやまぁ…こっちから勝手に喋りかけただけだしなしょうがないよね……」
妙にテンションが高かった先程までとは一転、今度は凹んでしまった。まったく忙しい人だ。
悪い人じゃないのは分かるんだけど。
「それであの、聞きたいんですけど」
「ん?」
「ここって一体どこなんですか?」
「俺の家」
「は?」
「ってのは冗談だ。まぁ嘘はついてないが」
真剣な質問に冗談で返されると心臓に悪い。
「勘弁して下さいよ…」
「悪いな。ただ、これは良くない知らせになる。言えばショックを受けるかもしれない。それでも聞きたいなら、聞く覚悟がお前にあるんなら、今度こそ俺はありのままを話す」
人影の声が引き締まる。どうも状況はシリアスらしい。
でも、聞かない訳にはいかないっしょ。帰らなきゃだし。
須美、園子に風馬。弟たち、家族。クラスの友達に安芸先生。皆みんな、待ってるだろうし。
「大丈夫です、聞かせて下さい。つまりどういう事なんです?」
「手っ取り早く言えば、死に切れないやつの墓場だ」
墓場。亡くなった人が入る場所。そこに自分がいるというのは——
「それって…アタシは」
「言葉通りなら、な。大事なのはこの後だ」
人影は、間髪をいれず続ける。
「記憶が吹っ飛んでるみたいだから一応言っておくが、お前はバーテックスと戦って死にかけた。だからここに来ちまった。だがお前は死んではならんし、死に切れずこんな所を彷徨う亡霊になってもならん。だから俺もここへ来た」
戦闘で死にかけた。そうだ。そうだった。
「でもそれは…まだ…帰れるんですよね」
「そういう事さね」
帰れる。その事実1つで力が湧いてくる。
死にかけた、というのはまだ死んでいないという事でもある。
それに、約束したんだ。またね、って。
「どうしたらいいんですか」
「帰りたい、と強く願うだけでいい」
「願う…」
「ん。まぁでも今の食いつき方を見てると大丈夫だと思うけどな」
目を閉じれば、みんなの顔が浮かんでくる。会いたい。帰りたい。こんな所に長居はできない。
「強いな、お前は」
「アタシが…ですか?」
「俺はここに来た時、誰かのために戻ろうなんて思えなかった。ただ、俺を殺したやつへの復讐だけを考えてたんだな。だから帰れなくなった。でもお前はそうじゃない」
「そりゃあ、待ってくれてる人がいますから。人を待たせてるのに自分だけリタイアだなんてできませんよ」
ズッ友、という言葉を聞いた事がある。何でも、永遠の親友の事を言うのだとか。アタシたちの絆もまた永遠だと思ってるし、思うからこそ——帰らなければならない。
「良い心持ちだな。俺もそう思えてりゃどんなに……」
そう答えたソイツは、どこか遠くに思いを馳せている様な…そんな風に見えた。
話の中に少し気になった所があったので、聞いてみる事にした。
「あの…殺されたんですか。あなたは」
「まぁな。少しばかり調子に乗りすぎた」
「バーテックス。知ってましたよね」
「まったくどうしてこう…君のような勘のいい勇者は嫌いだよ」
やっぱり。
「俺もお前と同じで特攻型だったからな。突っ込みすぎてこの有様さ」
「あーちょっと耳が痛いですね」
「要するに気をつけろってこったな」
人影は穏やかな口調で続けた。
「もう、来るなよ」
「もちろんですよ。死ぬために生きてる訳じゃないですし。生きるためなんで!」
俄かに、天高くから一筋の光が差す。
「お迎えだな。もちろん良い方の」
「そうですね、何だか帰れそうな気がします……あの」
「言い残した事でもあったか?」
「その、一緒に…帰りませんか?」
人影は乾いた笑いの後に、こう答えた。
「気持ちはありがたいけど、残念ながら叶わない。受け皿が無いからな」
「受け皿、ですか」
「トドのつまり、俺は死んでいてお前は死んでない。それだけの違いさ」
「あ、そっか…」
余計な事を聞いてしまった気がする。
「そう気を落とすな。勇者は…生きなきゃならん。俺みたくなっちゃイカンのだよ」
「はい。生きますよ、アタシは」
「その意気だの。まぁ頑張りなされ」
「...何かまたキャラ変してません?」
「うるせぇ帰れ!今すぐ!可及的速やかに!」
「ひぇーごめんなさーい!!」
「っはは、そのまま真っ直ぐ帰るんだぜ」
「はい!ありがとうございました!」
体が光にどんどん近づいていく。
お役目を必ずやり遂げる。そしてアタシは、何があっても生き延びる!
* * * * * *
2人だけの戦いから1週間。ふまにゃんが目を覚ましたと聞いて、私たちは病室へすっ飛んで行った。
「お邪魔しま〜す」
「おーこんちは」
ベッドで横になった彼は、機械に繋がれていた。まだ全開とはいかないのだろう。
心なしか、少し声が枯れている気がする。
「その…元気?」
「まぁね。さすがにまだ本調子じゃないけど」
「はぁ、良かった〜」
「とにかく起きてくれて良かったわ」
「心配かけてごめんな」
そして、改まった口調でこう続けた。
「聞きたい事がいくつかあるんだ。分かる範囲でいいから教えてくれないか?」
「うん。私たちも聞きたい話があるし、情報交換といこ〜」
最初の質問はミノさんの事だった。私たちは知る限りの事を話した。
人の変わったふまにゃんが銀を助けてくれた事。彼がそのままバーテックスを追い払ってくれた事。ミノさんはまだ目を覚ましていないけど、容態は安定している事。
「大丈夫だよな…アイツの事だし」
「うん。信じて待ってよ〜」
もう1つ彼が尋ねてきたのは、鬼夜叉と名乗った謎の人格についてだった。どうも聞くところ、あれは “人格” ではなく別の何からしい。となると、”精霊” の説が有力だろうか。
「精霊、なぁ。2人は何か知ってる?」
「あの…人?が言ってた他には聞いていないわ」
「うん。これはまだよく分からないね〜」
「でもあの人、勇者システムを知っていた…ひょっとして関係が?」
「あるかもな。あるいは記憶を覗き見できるのか」
「考えたんだけど、それは無いかな〜。私たちの名前を知らない風だったし」
「うーん……」
結局この日も、謎の人格の正体に関する結論は出なかった。
「調べてみるしか無さそうね」
「うん〜。乃木家の総力を挙げて調べ尽くすんよ〜!」
「いや大丈夫かこれ。大赦に消されるとか無いよな?」
「勇者を消せる訳ないんよ。大丈夫大丈夫〜」
「これは…将来大物になるな」
「まさか何も考えてない、なんて事は無いわよねそのっち」
「あ、あれれ〜?バレてた〜」
「はぁ、まったくもう……あっ」
わっしーがスマホを取り出す。マナーモードだから音は鳴らないけど、多分メールか何かが届いたんだろう。
「ねぇ銀が……銀が目を覚ましたって」
「え、わっしー本当?」
「本当よそのっち」
「俺も行…っちゃダメだよなさすがに」
そう言って彼は、体に繋がったチューブを引っ張りながら少しおどけてみせた。
「頼むわ」
「うん。行ってくるね」
病室を出て、ミノさんのいる部屋へと向かう。部屋が近づくにつれて、周りの様子もだんだん慌ただしくなっていく。
お医者さん?看護師さん?誰も彼も聞いた事の無い単語を口にしながら、そこらを忙しく歩き回っている。それにつられて、私たちの足もどんどん速くなる。ミノさんの所へ着いた頃には「廊下を走るな」と怒られそうな速度になっていたけど、多分そんな事は誰も気にしていない。
「!…鷲尾さん、乃木さん」
「先生、銀は」
「この向こう側よ」
そう言って、先生はガラス窓で隔たれた部屋の中へと目をやった。
広い部屋だ。私たちがいた2人部屋を1人で使っている様な状態。
中央で寝ている銀に、お医者さんが何か話しかけているのが見える。
「ついさっき目が覚めたのよ。お医者様は奇跡だ、って」
「奇跡……」
「中、入れるんですか?」
「まだダメ。意識が戻ったばかりで安定してないから、検査をした後ならって事みたい」
「…また、前みたいに戻れるんでしょうか?」
「今はまだ、何とも言えないわね」
「そう…ですよね」
「でも、三ノ輪さんは奇跡を起こしてみせた。彼女の生命力はずば抜けていると思う」
ミノさんがたくましい人なのは、私もよく知っている。
明るくて真っ直ぐで。弟思いで優しくて。仲間のためなら多少の無茶も厭わない、強い人。
その剛健さ無くしては、ここまでやってくる事はできなかった。
「三ノ輪さんなら……」
それきり、先生が言葉を発する事は無かった。
精霊の事を聞くのは、また今度にしよう。