花は散れども舞う風は   作:PP

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第11話「三連星」

日の照りつけが一段と増した、7月中旬。

この日、銀が退院すると聞いた私は、そのっちと一緒に病院1階のロビーでその時を待っていた。

 

あれから何度か面会はした。

会うたびに回復しているのが、元気で明るいいつもの銀に戻りつつあるのが分かった。

でも彼女がこんな目に遭ってしまったのは、元はと言えば私のせいなのだ。

アタッカーとして前に出た2人と、後衛担当の私。

状況を把握しやすいのは、誰が見たって後者だろう。

 

私がもっと視野を広く持たないといけなかったのだ。

あの時、3体目を早く発見できていたら。

あの時、敵の動きから尻尾の薙ぎ払いを予見できていたら。

あの時、攻撃を集中して1体を素早く倒せていたら。

あの時……。

 

「わっしー、緊張してる?」

 

椅子に座って俯いている私の視界に、そのっちが入り込んだ。

 

「自分を責めないで。大丈夫」

 

膝に置いた右手に彼女の右手が重なる。その温もりは、冷え切った心をそっと包んでくれた。

 

「ミノさんは生きてる。誰も、何も悪くないんだよ」

 

温かい。本当に温かい。

その優しさに触れると、心の中にせき止めていたものが溢れてしまう。

 

そのっちは私なんかじゃ到底真似のできない、確かな強さを持っている。

その強さにこれまでも、そして今も甘えてしまった。

戦闘で困った時は、つい彼女に任せてしまう。

鷲尾須美が考えるよりずっと良い案を、ずっと早く考えつくから。

私とて、初めから全て任せてしまおうなどとは考えていない。

でもそのっちは解決してくれるのだ。受け止めてくれるのだ。

それに比べて。

 

何て弱いのだろう、私は。

 

涙腺の緩みは止まる所を知らない。

 

泣いた事はこれまでに何度もあった。

物事が思い通りにいかなかった時。

友達とケンカしてしまった時。

でも、今回ほど重い涙は初めてだと思う。

空虚なのにとてつもない重量。これが無力感というものなのだろう。

 

私には、力がない。

もっと強くならなければ。

 

 

しばらくして、涙を出し尽くした私は顔をゆっくりと上げた。

 

「そのっち、ありがとう……もう大丈夫」

「うん」

「っ……!」

 

彼女もまた、涙していた。

やっぱりそうだ。私は気づけないのだ。

 

「ごめんね……私」

「大丈夫……わっしーは何も」

 

つられて、また泣きそうになる。

けれどここは。

 

「私……もっともっと強くなる」

 

何日か前に安芸先生が、勇者システムのアップデートが正式に決定したと言っていた。

詳しい内容については、銀の退院後に改めて説明があるらしい。

ただ、大幅な強化がなされるという事は教えてもらった。

まずは、その強化された力を使いこなさなければ。

 

「みんな、私が守るから。そのっちも銀も……風馬くんもみんな」

 

彼女は一瞬目を丸くした後、何かを決意したような気合に満ちた表情に変わった。

 

「うん。私も頑張るんよ。みんなを守るわっしーは、私が守ってあげるから」

 

やっぱりこういう事を言ってくれるのだ。

 

その時、廊下の奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

「やっほー須美、園子」

「銀!!」

 

私たちはたまらず駆け出した。

家族に囲まれて、三ノ輪銀が確かにそこにいた。

 

「ミノさん、良かった……良かったよ本当に」

「おいおい、そんなに泣く事ないだろ。元気いっぱい、三ノ輪銀様のおかえりだぞ」

 

そのっちは堰を切ったように泣き出した。

それに呼応するように、私の目頭も熱くなる。

銀は両手で、私たちをそっと抱きしめる。

 

あぁ、私は銀にも甘えてしまうのだ。

でも決めたから。強くなると。

 

(だから、今だけは……今だけはこうさせて……)

 

「もう、しょうがないなぁ2人とも。よしよし」

「銀……お帰り」

「うん、ただいま。待たせちゃってごめん」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

暑い。

 

辺りにはセミの大合唱が響いているが、真夏の真昼に聞くものではない。

聞いているとますます暑くなるような気がする。耳栓を持ってくるべきだった。

 

それに、重い。

 

俺は今、”タマカワ” とかいう得体の知れないものの入った、アホみたいに重いリュックを背負って歩いている。

なるべく街路樹の影を歩けるルートを選んでいるものの、体力の消費は激しい。

汗が滝のごとく流れ落ちていく。

訓練の方がまだ楽なんじゃないだろうか。そんな考えが脳裏に浮かぶ。

 

(何でこんなものを持ってこいなんて言うかなぁ……)

 

事の発端は、父さんにかかってきた1件の電話だった。ちょっと失礼、と言って昼ご飯の手を止めてまで出た電話だったから、重要な相手だったのかもしれない。

 

俺はこの時昼ご飯を食べ終えていたし、後に用事も控えていた。

だから、さっさと皿を片付けて出て行けば良かったのだ。

だが嬉々として電話で話す父さんが珍しく、話の内容が気になって微かに聞こえる電話の声に聞き入ってしまった。

 

結論、これが間違いだった。

 

電話が終わるなり、父さんがちらとこちらを見た。マズイ、と思ったが後の祭りだ。

 

『おい。それをちょっと、光安君の家まで持って行ってくれ』

『え』

 

指差す先にはいつ用意したのか、一目で重さの分かる巨大なリュックがセットされていた。

 

『用事があるとか言ってたな。そのついでに』

『いやこれはちょっと』

『お役目に関わる事だ。お前にしか任せられん』

『えぇ……』

 

お役目と来ればやらない訳にはいかない。真剣な顔で言われればなおさらだ。

濫用厳禁の奥の手である。

 

(これがお役目ねぇ……ウソっぽいけど)

 

空は雲1つなく晴れ渡っている。

世間では快晴と言われるが、夏に限れば “快い” という表現は間違いなんじゃないだろうか?

 

そんな事を考えながら歩を進めていると、1つ目の目的地が見えてきた。

今日退院を迎える、銀のいる病院だ。

中継地点は近い。少しだけ希望が見えた。

 

 

 

タオルで汗をぬぐいながらロビーに入ると、須美・園子の2人と銀の家族らしき人が、彼女を囲んで何か話しているのが見えた。

銀は2人の肩に手を置き、しきりになだめている。

その姿を見るだけで、嬉しさが込み上げてくる。

戻ってきたのだ。生きて帰ってきたのだ。

 

だが同時に、強い疎外感を感じた。

早く退院してほしいし、退院できたらもっともっと話したい。そう思っていたはずなのに。

何だか自分は、あの輪の中に入ってはいけないような気がするのだ。

 

(はは……何やってんだ俺は)

 

3人と1人との間に、見えない壁がそそり立つ。初めての感覚だった。

どうしてこんな事を思うのかは分からない。

ただ無情にも、自分がそこに行く事で雰囲気が壊れてしまう未来は容易に想像できてしまう。

それならば。

 

(あそこは、俺が行くべき所じゃない……のか?)

 

そこまで考えが至った時、俺は自分の思考に愕然とした。

 

お前は、銀が帰ってきて嬉しくないのか?

さっきまで感じていた嬉しさは、暑さから解放される事でしかなかったのか?

銀の事なんて、実のところどうでも良かったのか?

 

違う。そんな事はないはずだ。

銀が帰ってきた事は心の底から嬉しいと思っている。

それに俺は、戦友の事をどうでも良いと思えるほど薄情な人間ではない。

 

(タイミングが良くなかっただけなんだな。きっと)

 

そうだ、タイミングが合わなかった。

間違いない。そうに決まっている。

何かのせいにしてしまえば、後は時間が解決してくれるだろう。

 

そうして俺は、元来た入り口の方に向かって歩き出した。

幸か不幸か、彼女たちはロビーの奥の方で話している。

入り口に入っただけの俺は気づかれていないと思う。

あらぬ誤解をかけられるという事案は避けられただろう。

 

またタイミングを見つけて話をすれば良いのだ。

 

でもそのためには、誰1人として戦闘不能にさせてはならない。

もう犠牲は出さない。そのためには何だってやってやる。

例えこの身が滅ぶ事になろうとも、あの光景を、あの3人を守れるのなら大した事ではない。

 

 

病院を出る。暑い。あぁ、またこれか。

鼻を伝って、1筋の流れが口に入る。

うん。しょっぱい。

 

汗は塩分を多く含んでいると聞く。

今日は、一段と塩分補給が大事になりそうだ。

 

 

 

 

それからまた休む間も無くしばらく歩き、街の外れにある鏡の家に着く。

随分と長く歩いたように思えたが、手元の時計では10分しか経っていなかった。

長く感じたのは、大方暑さとセミのせいだろう。

 

インターホンを押すと、玄関から光安が出て来た。

 

「お、ふま兄じゃん。元気してた?」

「これが元気に見えるか……おめでたいな」

「あーごめんて。上がって上がって」

 

苦行のせいか、精神が荒んでいる気がする。

少し突き放すような事を言ってしまった。

 

「あー……」

 

玄関に荷物を降ろすと、どっと疲れが出て来た。

足はもはや棒どころか石になっている。

玄関に居続けるのも難儀だが、動けと言われても動ける気がしない。

 

とそこへ、光安が彼の父親を連れて来た。

 

「お、来たネ。いらっしゃい」

「あ、こんにちは。すみません、ちょっと疲れちゃって」

「やーすまんネ。暑い中ご苦労さん。後ちょっと、って所で材料を切らしちゃってたから助かったヨ」

 

鏡のおじさんは少し変わった喋り方をする。

文の終わりを捻ったような口調なのだ。

1人称も “私” だし。

 

「これ、何かの材料なんですか?タマカワって聞いたんですけど」

「そうだヨ。玉座の “玉” に皮膚の “皮” で “玉皮” って言うのサ。ボール紙って紙でできてる」

 

(ん、紙?おかしくないか?)

 

紙がこんなに重いはずがない。

学校で500枚のプリントを運んだ事があるが、あの時だってこれほどではなかった。

 

「紙ってこんな重たいものでしたっけ?」

「あっ……これは宗徳サン、言わなかったパターンだ……」

 

おじさんは頭を掻いた。

 

「紙もたくさんあれば重くはなる。それは間違いじゃない。ただ、今回の犯人は……」

 

おじさんはリュックのファスナーを開け、中の物を取り出し始めた。始めに出て来たのは紙でできた半球状の物体。これが “玉皮” なんだろう。

 

「コイツらだヨ、多分」

「ビン!?道理で……」

 

玉皮の後に取り出されたのは大量の小ビン。その数、10個以上。

 

「まぁ気づかなかったのも無理はないヨ。中の音が外に漏れにくい、特注の仕様になっているからネ」

 

確かに、これだけの小ビンが入っていたにも関わらず、道中そんな音はしなかった。

しんどさで音を聴くどころではなかった、というのもあるが。

 

「それでこれ、何に使うんですか?」

「花火だよ、ふま兄」

「花火……花火ィ!?」

 

花火の製造工程なんぞ見た事も聞いた事もない。

こんな紙で作ってるのか。

 

「花火師……なんですか?」

「まぁネ。私のおじいさんが始めた花火作りを継いでいるだけなんだけど」

「オトン、あれ見せてもいいよな?」

「オーケー、大丈夫。ならそのついでに、この辺の物を持って行ってくれ」

「あいあいさー!ふま兄、行ける?」

「もうちょっとだけ休憩させて」

「うん。じゃあ、この辺の物先に持って行くし、その後行こう」

「ありがと」

 

2人は一連の資材を抱えて行ってしまった。一体どんなものを見せてくれるのだろうか。

俺は靴を脱いだだけで、まだ玄関に座り続けている。

ここまでは惰性で歩いてこれたが、座り込んだ瞬間に疲れがどっと出てきたのだ。

 

「ふぅ……」

「どうしたふま兄、ため息なんかついて。やっぱり疲れた?」

「まぁな」

「花火作る?」

「え?」

 

戻ってきた光安の口から想像もしないぶっ飛び提案が飛び出す。

思わず、狐につままれたような気の抜けた返事をしてしまった。

 

「俺、オトンの花火作り手伝ってるんだ。せっかくだし、ふま兄もどう、ってオトンが」

 

またとない機会である。これを逃す手はない。

興奮で疲れが吹っ飛んだ。

 

「やる!!それはやらないと損!!」

「よっしゃ!じゃあ奥においで〜」

 

案内されるがままについて行くと、1階の最奥部にアトリエのような部屋があった。

そこで光安の父親が、玉皮に黙々と黒い小粒を詰めていた。

 

「おーキタキタ。コイツにこの黒い火薬を詰めて、花火を作ってるのサ。やってみる?」

「大丈夫ですよね、爆発とかしないですよね?」

「あーするかもだけど……」

「えええええ!?」

「大丈夫、扱いさえ間違わなければ大惨事にはならないから」

「本当ですか?」

「本当本当。火花でも散らない限りは引火しな……いてぇっ!」

 

静電気を食らったらしい。父親は右手をしきりに振っている。

 

「うーん、静電気でも引火する事はあるからネ……何も起きなくて良かったヨ」

「……本当に大丈夫なんですよね?」

 

 

 

 

コツを教えてもらいながら、順々に火薬の球を詰めていく。

やる前はワクワクしていたが、予想以上の単純作業に段々と疲れが勝ってきた。

 

「うーん、ちょっと疲れたかも……」

「そっか。まぁ暑い中持って来てくれたからネ。あっ、じゃあ……」

 

部屋の隅からスケッチブックを取り出し、こう続けた。

 

「ちょっとインスピレーション不足で、花火のアイデアが浮かばないんだヨ。こんな花火が良いな、みたいなのがあればちょっと描いてみてもらえないかい」

「あー……」

 

アイデアは少し考えれば出てきた。夜空に綺麗に映えるもの。

 

「これとこれと……これをこうして……こんな感じです。どうですかね」

「お、おおお……これは……ファンタスティックなアイデアだネ!採用ッ!」

 

思い思いの光を放つ、青・紫・赤の三連星。

彼女たちなら、夜空だって明るく照らせるだろう。

 

「ありがとう!さてさて、腕が鳴るネ」

 

彼は早速、アイデアを形にする作業に取り掛かった。




わすゆは今のところ、2月中に完結予定です。

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