花は散れども舞う風は 作:PP
あれから半年が過ぎた。
神世紀299年、3月。
神樹館の卒業式に出られたのは、アタシたちの中では1人もいなかった。
窓の向こう側では、満開の桜が風に吹かれて花吹雪を演じているのだろう。
しかしカーテンで締め切られたこの部屋からは、そんな幻想的な光景を望む事は叶わない。
「戻ったよ。園子」
カタカタ、タン。
『お帰り、ミノさん』
「今日も会ってきたけど……もうちょっと時間がかかりそうかな。それから先生に聞いたけど卒業式、やっぱりダメだって」
カタカタ、タン。
『そう……まぁしょうがないよね』
「なぁ、園子」
ベッドに座り、膝にノートパソコンを置いている彼女へと目線を移す。
「これで……良かったのかな」
カタカタカタ……タン。
『こうするしか無かったんよ。最初から、私たちに選択権なんて無かった』
園子は心ここに在らずという調子でそう言った。
いや、正確には言わせた。
その声はもう彼女のものではない。
満開システムには、何らかの身体機能を失うという “散華” と名付けられた隠し要素があり、その影響で園子は声が出なくなってしまったのだ。
それだけじゃない。
園子は、心臓の機能と右目の視力も失っている。
アタシはアタシで、鼻、腸、それに左腕が使えなくなってしまった。
そんな訳で、園子とはパソコンの音声読み上げソフトを通じて会話している。
「でも大赦には、アタシたちの事を考えてくれていた人もいたんだよな」
聞いた話では、満開システムの実装時に大反対した人がいたとか。
とてもありがたい事だと思う。
大赦の中に一方的ではない、アタシたちの味方となってくれる存在がいたのだから。
でもその人は、あの戦いの影響で起きた事故で命を落としてしまったらしい。
『うん。安芸先生がこっそり教えてくれたもんね。嬉しかったな』
「でも他の人は基本的に、アタシたちを道具としか思ってないのか……?」
園子は一瞬何かに気づいたように目線を上げたが、またすぐに曇った表情へと戻る。
「あっ……ゴメン。こんなマイナスな事言うのは良くないよな」
『しょうがないよ。短い間に、あまりにも色んな事が起こりすぎたから』
そう伝えた園子は、いつかアタシが須美にやったようのと同じように腕を肩に回してきた。
(もしここに須美がいたら、銀らしくないわよ、とか言うんだろうな)
今はその名前ではなくなってしまったその人の事を考えると、どうしてもブルーな心地になってしまう。
でも、彼女は死んだ訳じゃない。
生きてさえいればいくらでも希望はある。
『勇者は、生きなきゃならん』
いつだったか、どこかで聞いたセリフ。
それは確かに “世界を守るため” という意味だっただろう。
でも同時に ”生き延びて幸せになるため” という意味もあるのだと、そうアタシは思ってる。
「ありがと、もう大丈夫。ちょっと楽になったよ」
園子は無言で頷き、またベッドに腰掛けて会話機材を手に取る。
『良かった。火の玉ガールから火が消えたら、ただのボールになっちゃうからね』
「そ、それはちょっとよく分からないかな……アハハ……」
『うんうん。いつものミノさんが戻ってきたよ』
そんな言葉を綴る彼女は、ちょっぴり嬉しそうだった。
「あのさ……アタシたちが須美のためにできる事ってあると思う?」
『あると思うよ。でも難しいと思う。勇者システムは回収されて大赦の管理下だし、ミノさんはともかく私は基本的にこの部屋から出られない。限定的にしか動けないんだよね』
端末を大赦が持っているという事は、こちら側の都合で勇者になる事はできないという事実を意味する。
ただ、満開を繰り返して神に近しい存在となったとかで今まで以上に扱いが丁重となり、アタシと園子は大赦の最奥部に祀られている。
だからアタシたちは、大赦の中では力があるはずなのだ。
(アタシたち、大赦じゃそこそこ偉くなってるんだよな。勇者システム……イイ感じの理由をつけて脅せば、出してくれたりしないかな)
しかし万が一勇者システムが手元に戻ってくる事になっても、それは恐らく園子のものに限定される。
というのも、アタシの端末は別の勇者候補生とやらに引き継がれるらしく、既に改造が施されているためだ。
一方園子のシステムはというと、次なる勇者が暴走した時のための切り札として管理されているらしい。
そして力を持たないアタシが園子と一緒の所にいるよう言われているのは、万が一暴走が起こった場合に彼女が勇者側に肩入れしてしまうのを防ぐためと、こういう事だそうだ。
でも園子が納得するくらいの事情があれば、アタシも高確率で一緒になって反抗すると思う。
ちょっとマヌケなやり方じゃないだろうか。
「アタシが須美を探し出して、今まであった事を全部思い出してもらうのは?」
『探すのは多分できるけど、接触が難所だね。これだけ崇められてる訳だし、外に出れば監視が付くと思うんだ』
「そこは、アタシたちの…… “けんりょく” で何とかならないかな」
『どうだろうね。上手く理由を突きつけて勇者システムを手に戻す事ができれば、お偉いさんを武力で従える事はできるけど』
頭の良い園子の事だ。
やっぱりアタシが考えるくらいの事は考えてるか。
「実際に会うのは現実的じゃない、と」
『そうなっちゃうね。でもそれなら、会わなくてもできる事をしてあげるのはアリなんじゃないかな』
「例えば?」
『散華の内容を暗号化して送って、解読してもらうとか』
「その方が現実感無いなぁ……」
『冗談だけどね。ただ、やろうと思えばできるよ』
園子は片腕を上げ、力こぶを作るような格好をしてみせた。
長袖の服を着てるから、こぶができてるかどうかは分からないんだけど。
「ひえ……園子さんは敵に回さないようにします」
『後は、困ってないかどうか大赦の人に念入りにチェックしてもらって、できそうな情報収集とかがあれば手伝うとか』
「大赦の人が間に入るのはキツいなぁ……」
『……やっぱり案を出してみると、実際に会って話す方がいいような気がしてきたよ』
「となると、問題はどうやって会うのかだよな。こっちが向こうの所に行ければいいんだけど、それだとアタシだけになっちゃうし」
『じゃあ、こっちに来てもらう?』
「え、大赦に?それだと向こうが来にくいんじゃ……』
とは言ってみたものの、アタシも代案を思いついている訳じゃない。
しばらく2人で考え込んでいると、閃き女王が糸口を開いた。
『ぴっかーんと閃いた!』
「おおおビックリした〜。いきなり音量上げないでよ」
『ごめんごめん。行くだけもダメ、来てもらうだけもダメなら、両立しちゃえばいいんよ』
「え、りょう……りつ?」
『両方ともやろうって事。あのねあのね……』
園子が話した作戦は想像を遥かに上回るものだった。
神樹様を介した繋がりを使える場所にこちらから出向き、向こうもそこに呼び出す。
理屈はイマイチ分からなかったけど、経験上園子が難しい事を説明してくれる時は大抵上手くいくのだ。
賭けてみる価値はある。
「その作戦乗った。でも難しい事は分からないから、こねくしょん……?の方は頼んだ」
『任せて。それまでは、もう1人を待ちながら情報収集だね。新しく勇者になった人たちに何か聞かれても、答えられるように』
(園子のヤツ、相当張り切ってるな。アタシも、須美や風馬が戻ってきた時に笑われないように頑張らないと)
彼女はそっとノートパソコンの蓋を閉じ、力強い目線を伴う笑顔をアタシに向けた。
* * * * * *
神世紀300年、2月。
本当なら中学1年が終わりに差し掛かっているであろう寒い日に、風馬は目を覚ました。
ただし面会が許可されるまではさらに1ヶ月近くを要したため、実際に話せたのは3月に入ってからだった。
「久しぶり」
「ん……銀か。久しぶり」
「はい、これ。こんな物しか思いつかなかったけど、持ってきた」
「どうも。その辺に置いといて」
「何だよ、つれないなぁ」
どうもそっけない。
“時は人を変える” と言うが、ずっと意識の無かった人間がこうも変わるものだろうか。
病院までの道中で購入したフルーツバスケットを机に置いたアタシは、病室内に転がしてあったパイプ椅子を適当に広げて座った。
「良かったよ、とりあえず。園子も心配してた」
「園子、か……須美は?」
「須美……須美は記憶を失くしてしまってる。あの時以来、ずっと。今は東郷美森に名前が変わって、讃州中に通ってるらしい」
「そっか……そう言えばそうだったよな……ごめん」
「1年半も寝てたんだもんな。多少思い出しづらい事だってあるさ」
「1年半……そんなもんか」
「ん……?」
「何でもない。時の流れに思いを馳せてただけ」
1年半も意識が無いというのは、自分の人生が世界から1年半の間置き去りにされたという事と同じだ。
その間の事は、気にするなという方が無理だろう。
「銀」
「はいよ」
「この木偶の坊が眠りこけてた1年半の間、何があったのか教えてくれないか。話せる範囲でいいから。こっちの心の準備は問題ない」
「いいよ。じゃあまずは……」
その後は色々な事を話した。
園子の事、須美の事、満開の後遺症の事。
アタシの勇者システムが取り上げられた事に、園子とやっている情報収集の事。
また一段と大きくなった2人の弟の事や、大赦からの扱いの事まで。
でも、満開システム実装の反対者——彼の父親が、あの戦いの影響で起こった事故で亡くなってしまった事は言わなかった。
「アタシから伝えられるのはこのくらいかな。分かりにくくてゴメン」
「大丈夫、ありがとう。銀の声を聞いてると、ちゃんとこの世界に戻ってきたんだなぁって実感が出てくるから」
「どこか別の世界にでも行ってたような言い方だな」
「ん、まぁね。長い悪夢でも見てたような気分だよ」
「悪夢……か。目を覚ましたここは、悪夢よりはちょっとマシ?」
「マシ……だと思いたいけど。お前の左腕を見てると、どっちがどうだか分からなくなる」
風馬と話していて、少し気になっている事があった。
ここに来て1時間近く経つが、最初にチラと目をやって以降驚くほどに目線が合わないのだ。
今だって “お前の左腕を見てると” とか言ったけど、病室の窓の外やフルーツバスケットを見ながらそう言ったのだ。
明らかに違和感がある。
(何か隠してるのか?まさか風馬にも後遺症が?)
しかし、それとなく相手の秘密を探る技術は残念ながら持ち合わせていない。
かと言って、病み上がりのところへ単刀直入に尋ねるのも憚られる。
(不用意に突っ込んで心を閉じられちゃ、何もできなくなっちゃうし……)
この考え方は、園子の小説執筆を見学している時に教えてもらった。
小6始め頃までのアタシなら、既に「何か隠してない?」とか聞いていたと思う。
「まぁ、地獄の中にも楽しみを見出せる限りは希望があるんじゃないか」
「何でそう思うの?」
「……何となく、かな」
「そっか……」
うん、アタシにはやっぱり無理だ。
理由を聞けば話が広がるかと思ったけど、はぐらかされてはアウェー戦になる。
「面会時間、そろそろ終わりじゃないか」
「あ、そうだな。じゃあぼちぼちお暇するよ。また来る。次は園子も一緒に」
次に来る時は神官を説得して、園子も連れてこよう。
風馬はきっと、何かを隠してる。
「うん。ありがと。また」
病室を出て扉が閉まりきるその時まで、ついに彼がこちらを向く事は無かった。
これでわすゆは完結となります。
ここまで拙い文章にお付き合い下さり、ありがとうございました。
近日中に次章のストーリーも投稿する予定です。