花は散れども舞う風は   作:PP

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第2話「想定外」

「またここ……」

「大丈夫よ、樹。昨日みたいにやれば問題ないから」

 

姉は妹を優しく撫でた。

場所が樹海でなければ、微笑ましい日常の1コマとして片付けられたかもしれない。

 

「部長さんは怖くないんですか?」

「怖くないって言ったら嘘になるかな。でも」

 

力を込めて、彼女は言う。

 

「アタシが気合入れなくて、誰が入れるのよ」

「気合、ですか」

「そう。女子力とも言うわ」

「お姉ちゃん、それただの体育会系なんじゃ……」

 

縮み上がりながらも姉へのツッコミは忘れない。

これが姉妹の絆というやつだろうか。

 

「いーの。アタシが女子力って言えばそれは女子力!」

「なるほど……女子力とは奥の深いものですね」

 

この人なら何だって女子力1つで解決してしまうだろう。

勉強も運動も……未知の事態すら。

 

「敵は2体。牡牛座と蠍座」

 

一転、部長さんの視線は樹海の端の方へと向いた。

見る先には確かに、牡牛の角と蠍の針を思わせる奇妙なブツがいた。

その姿は視界の中で少しずつ大きさを増している。

 

「麗、先に言っておくわ」

「はい?」

「私は勇者部部長として、アンタに戦う義務を負わせるつもりはない。昨日は戦ってもらう事になるかもなんて言ったけど、怖かったら別に逃げてもいいから。オッケー?」

 

そうか。そうだった。

私は緊急事態に陥った場合、戦力としてバトルに参加しなければならない可能性があるのだ。

ある程度説明を受けている分昨日よりも不安要素は少ないが、それでも解消するには至らない。

 

「ありがとうございます。考えておきます」

「うん。樹海にいる時は、例のアプリを使えば大抵の事はできるから。時間ないし、とりあえずこれだけ」

「はい」

「じゃあ、一旦……他の2人と合流しなくちゃね」

 

一瞬、間が空いた。

東郷さんの事だろう。

 

「うん」

 

樹ちゃんも腹を括ったらしい。

少し体が震えているものの、目に力が宿ったのが分かる。

私も覚悟を決めておいた方が良いかもしれない。

 

 

 

 

けれども先に動いたのはバーテックスの方だった。

さすが、敵ながら先手必勝をしっかりと心得てらっしゃる。

ウイルスから生まれたやつらに思考能力があるのか知らないけど。

 

「お姉ちゃん、これ!」

「っ、速度が上がった!?やってくれるわね!」

 

先頭を切って走っていた風さんは後ろを振り返って続けた。

 

「アタシだけ先に行くわ!」

「私も行くよ、お姉ちゃん!」

「分かった、頼りにしてるわよ!麗は2人の所に行って!」

「はい!気をつけて!」

 

いきなり戦う事もできないので、とりあえず従っておく。

それに何と言っても怖い。

樹ちゃんだって、風さんがいるからああやって戦いに赴く事ができるのだろう。

1人で行けと言われて行ける人は、今のところ風さんか結城さんだけだと思う。

 

「あれ……東郷さん?」

「あ、麗ちゃん……」

「やっぱり。そうなるよね……」

 

2人が “いた” 所に私が辿り着いたのは、既に結城さんが行ってしまった後だった。

1人取り残された少女の表情は哀しさと不安に満ちている。

 

「大丈夫、私はここにいるから。結城さんの代わりにはなれないかもしれないけど、東郷さんは1人じゃないよ」

「ありがとう……あっ!」

「うっ……何これ、気持ち悪い……!」

 

この世のものとは思えない、筆舌に尽くしがたい程の不協和音が樹海に響き渡る。

前線を見るに、どうも音の主はバーテックスらしい。

前で戦っている3人は大音量で聞かされているのだろう。

いかに奇跡の力を手にしているとは言え、無事では済まない。

そうなれば隙だらけになってしまうのは自明な訳で。

 

「……!!」

 

蠍座が尻尾を叩いて何かを打ち上げ、落ちてきたそれを再び尻尾で()いだ。

 

「友奈ちゃん!!」

 

ターゲットにされたのは結城さんだった。

彼女の周りに桜色の丸いシルエットが見える。

あれはバリアだろうか?

だとしてもかなりのダメージを負っているはずだ。

常人なら少なくとも瀕死にはなる。

 

「……」

 

言葉が出ない。

これが戦うという事なのか。

 

「……!!」

 

彼女を地面に叩きつけた蠍は、なおもその尻尾の先を突き刺そうと攻撃を繰り返している。

地面に力なく倒れる彼女をバリアらしきものが守ってはいるが、いつまで保つか分からない。

それが破られた時、結城さんはどうなる?

奇跡的に生き残る?

勇者の力があるから?

バリアが実は全く壊れない優れもの?

だがそんな希望的観測を一切捨てれば、そこに待つものは?

 

血。

 

腹から溢れる血。

 

血が出れば、

 

人は弱る、

 

そして死ぬ。

 

死ぬのだ。

 

死。

 

待つものは、死。

 

だって、1度見たでしょう?

 

「違う」

 

忘れようったって無駄だよ。

 

「違うって」

 

あれは、紛れもなくあなたがやった事。

 

「だから」

 

ほら、その証拠に。

 

「違うんだって」

 

あなたの手にベッタリとついた紅黒いそれは何——?

 

「私じゃなああああああああああいいいいいいい!!!!!」

 

 

 

 

夢だ。

これは悪い夢。

昔よく見たんだよね。

でも夢は醒めない。

そう、これはまごう事なき現実。

手がベッタリとしているのも現実。

いや。もちろんただの手汗だ。

怪我した訳でもないのに、手が真紅に染まる事なんかありえない。

動悸が激しい。

一旦落ち着け、私。

あなたは結城さんの代わりに東郷さんの側にいなくちゃいけないんだ。

何があろうとも冷静沈着で、彼女の不安を軽減しなくちゃいけないんだ。

 

「ね、ねぇ……あれ?」

 

そのはずだったのに。

 

「東郷、さん、は……?」

 

東郷さんがいない。

まさか。

結城さんから、バリアを持たないこっちに狙いを変えた?

私が使い物にならなかったうちに?

そんな事。

取り返しのつかない事。

悪い想像は常に悪い方向へと加速する。

 

「何て……事……?」

 

ようやく、背中を見続けてきた勇者部と関係ができたのに。

仲間を見殺しにしてしまうなんて。

しかも一瞬とは言え、それを悪い夢の一部として片付けようとした。

酷い。最低。極悪人だ。

私はもう勇者部にはいられないだろう。

否、いて良い訳がない。

 

「また……居場所が……?」

 

こめかみに熱いものを感じた。

 

「は……ははは……あはははは……!」

 

大粒の涙と自嘲の笑い。

側から見れば夢破れて崩れ落ちた者にしか見えないだろう。

だが何も間違ってなどいない。

 

「私は……役目を果たせなかったのだか」

 

ズガン!

 

「ら……?」

 

金属同士がぶつかるような音を聞いた。

それは私を “現実” から現実へと引き戻す。

前方に、勇者部員たちのいる箇所から7色の光が空に昇っていくのが見える。

そして。

 

「東郷さんは……戦っていた……?」

 

隣にいなかった東郷さんは仕留められた訳じゃない。

戦うため、前に出ていたのだ。

 

「そっかぁ……そうだったんだ……」

 

全ては悪い夢。

今見ている光景に反する事は、真実ではなかったのだ。

 

「悪い想像の癖……治さなきゃね……」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「皆、大丈夫?」

「風先輩、私、酷い事を……」

「アンタは悪くないわ……黙っててごめんね」

「でも」

「東郷の狙撃、とっても心強かった。これから一緒に戦ってくれる?」

「……はい!」

 

東郷さんの1件はこれで解決と言ったところか。

良かった、一安心。

 

「私も、東郷さんがいてくれると力が出るよ〜」

「あの時は無我夢中だったから……でも、これからは初めから行ける。改めてよろしくね、友奈ちゃん」

「こちらこそー!」

「実はお姉ちゃん、東郷さんの事でずっと悩んでたんですよ。どうして謝ろうかって」

「ちょっと樹!それは言わないお約束じゃない!」

 

こうした一枚岩の勇者部を見ていると、どうも私だけが浮いているんじゃないかという気がしてくる。

居場所を手放したくはない。

けど、お門違いなのは相手に悪い。

やっぱり私、いない方が良いのかな。

 

「どーしーたのっ?」

「うわあっ!!」

「ああっ、ごめんごめん!ちょっと何か考え込んでるのかなーって思って」

「ううん……大丈夫。ありがとう」

「勇者部五箇条1つ。悩んだら相談、よ」

「東郷、さん……」

 

確か前にもこんな事があったっけ。

あの時はうどんツアーで散々な目にあったけど。

違うとすれば、東郷さんの目つきが怖い事。

あ、友奈ちゃんの好意を無下にしたら私が許さないわよ、ですよね分かります分かります。

分かりますから止めてくださいお願いしますホント。

 

「あのね……私、本当にここにいて良いのかな、って。戦えないし、気の利いた事も言えないし。ただいるだけの置物と変わらない気がして、それならいっそいない方が」

「そんな事ない。麗ちゃんはいてくれるだけで良いんだよ。だって、友達なんだから」

「ありがとう、でも友達だなんて理由に」

「なるのよ。それが」

「東郷さん……?」

「さっき樹海で2人っきりになった時、敬語なしで自然に話しかけてくれたでしょう?私、嬉しかった。麗ちゃんが心を開いてくれた気がして。やっと友達になれたんだ、って」

「……」

「私たちは、ただ勇者部を通じて知り合っただけの協力者じゃない。友達なんだよ!」

「結城さん……」

 

協力者じゃない。友達。

そんな事を、心を込めて言ってもらったのは初めてだ。

心の中の黒い霧がさーっと晴れていく気がした。

 

「友達……本当に?」

「本当に!本当に本当だよ?」

 

なぜだろう、結城さんの言葉には。

 

「じゃあもうちょっとだけ、一緒にいさせてもらっても良い、かな……」

「もっちろん!これから、もっともっと色んな事しようね!」

 

とてつもなく深い安心感が宿っている。

 

「あと、普通に下の名前で読んでくれたら嬉しいんだけどな〜♪」

 

距離の詰め方には、やっぱり安心できない部分があるけれど。

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