花は散れども舞う風は 作:PP
「はー、暑くなって来たわね」
「5月も折り返し。まさに初夏という感じですね」
「私、これ以上暑くなったら溶けちゃうよ〜」
「友奈さん、アイスじゃないんですから……」
朝の天気予報曰く、今日の最高気温は26度らしい。
まだ真夏の暑さには程遠いものの、最近の昼間は額に汗がにじむ事もある。
今回は麗がいない事もあり、さすがに冷や汗をかく事は無いだろうけど。
夏の足音が大きくなるにつれて、樹も少しずつ勇者部に馴染んできた。
「そういえば、もう半年以上アイスなんて食べてないよ〜。久しぶりに食べたくなってきちゃった」
「友奈ちゃんがそう言うと、何だか私も氷菓が食べたくなってきたわ」
「今日は久々にアイス買って帰ろっか」
時刻はまだ午前11時。
既に十分暖かいが、真昼に向けて気温はもっと上がるだろう。
そんな、夏に片足だけ突っ込んだような日にこなす依頼は。
「あ!!キタキタ!!」
約束の場所に着くなり、依頼人はけたたましい声を上げた。
「いや〜ホント助かるよ!」
「まぁ、同じクラスのよしみってやつよ。アンタの所も大変ね」
「まさか、部員4人中3人が熱でダウンしちゃうなんてね。ブチョー様の助けが無かったらウチは終わりだったわ」
「普段そんな呼び方してないでしょーが。持ち上げても何も出ないわよ。それにアンタも一応部長でしょう?」
「あっははー、バレたか」
「あの、あなたが新聞部の部長さんですか?」
「そうよ。今日だけ、ちょこっと力を分けてくれると助かる!」
依頼主は私と同じクラスで2つ前の座席に座っている、新聞部の部長。
地域の雑誌に掲載する学校紹介の記事作りを手伝って欲しい、という内容だった。
期限が近いのに部員が立て続けに体調を崩し、急遽依頼を出したのだとか。
頼まれたのは、学校内の写真撮影と記事のレイアウト考案。
「写真の方は割と誰でもできそうね」
「となると、レイアウトを誰がやるのかだけど……」
「東郷さん、そういうの得意じゃない?前も勇者部のホームページ作ってくれてたし!」
「東郷、いけそう?」
「はい。ご用命とあらば」
「よし。じゃあ、残ったアタシたちで写真を撮ってきましょ」
役回りが決まった所で、依頼人を呼び出す。
「お、決まった?」
「うん。レイアウトは東郷に任せて、アタシたち3人は写真班に回るわ」
「上手く言えないんですけど……東郷さん、そういう所のセンスは抜群なんですよ!」
「ホント?心強いなぁ、ありがとう!これで新聞部も百人力よ!」
「写真はどこを撮ってきたら良い?適当に選んだら良いかしら?」
「あーちょっと待って!リストが確か……この辺に」
彼女はカバンの中をガサゴソと
「これ、お願いしたい場所のリスト。ちょっと多いかもだけど大丈夫?」
カシャッ。
「4つ目クリア!写真の腕良いわね、樹」
「そんな事ないよ。ただ普通に撮ってるだけだし……」
「でも、普通に思える写真も案外撮るの難しかったりするのよ?」
「うーん、どうなんだろう……」
「ごめん、余計な事言っちゃったかもね。でも良い写真撮れてる。これは本当よ」
「それなら……良かった」
一瞬曇った樹の顔が、またすぐにパアッと明るくなった。
もう12年くらい一緒にいるけど、今でも時々突き刺すような事を言ってしまう。
それも大体、口にしてしまった後で気づくのだ。
もっと完璧な姉にならなくちゃいけない。
「次は、多目的室。すぐ横の部屋だっけ?」
「アタリ!教室の位置も覚えてきたわね〜。さすが、アタシの妹なだけあるわ」
「もう、すぐそういう事言うんだから」
そう言いながら照れる樹も可愛い。
妹ってどうしてこんなに可愛いのかしら。
樹のためなら何だってできる自信がある。
カシャッ。
「よーし、5つ目も終わり!順調順調〜♪」
「お姉ちゃん、次どこだっけ?」
「次は……グラウンドね。場所は分かる?」
「今いる2階じゃないのは分かるんだけど……ちょっと怪しいかも」
「分かった。一緒に行こっか」
「うん」
吹奏楽部の拠点・音楽室を後に、屋外グラウンドへと向かう。
その道中、スマホにメッセージの着信があった。
「あっ、誰から?」
「友奈から。どうしたのかしら……あら大変」
「何、緊急事態!?」
「そんな大層なもんじゃないわよ」
「そうなの……?」
「スマホの電源が切れかかってるらしいの」
「あ、でもそれは確かに大変かも」
「しょうがない。一旦合流しなきゃね」
* * * * * *
ヤバい!ホントにヤバいよ!
バッテリーが残り……2%!
夕べ、スマホを充電し忘れたんだ。
きっとそうに違いない。
昨日は金曜日だったし、今日も集合は10時半だったし、ちょっと遅くまで起きてても大丈夫かな〜なんて思ってたんだ。
それで日付が変わる頃までプロレスの試合なんか観てたから……。
今バーテックスが攻めてきたら私どうするの?
このまま素手で?
相手が人なら投げ飛ばせば何とかなるけど、バーテックスなんか投げられない。
どうしよう、どうしよう……。
「あ、友奈」
「風先輩、ごめんなさい!!どうしたら……!!」
「大丈夫、落ち着きなさい。私の貸したげるから。これ、使って」
焦る私に、風先輩は何を責めるでもなくスマホを貸してくれた。
「スミマセン、ありがとうございます……気をつけます……」
「大丈夫よ。ところで、写真の進み具合はどう?」
「8枚は撮りました。リストにあるのは全部で15箇所だったので、半分は終わってます!」
「何ィ!?負けてられない、行くわよ樹!!」
途端に、風先輩が猛スピードで走り出す。
「あああ待ってよお姉ちゃん!?」
それを遅れながら追いかける樹ちゃん、大変だ。
廊下の突き当たりにある階段を降りていく2人を見送りながら、自分の事を考える。
私の方はと言えば、ひとまず窮地は脱した。
後は続きの写真を撮りつつ、バーテックスの侵攻が無い事を祈るのみ。
(神樹様……どうか私たちをお護り下さい)
撮るべき場所は残り7つ。
そこさえ終えれば、何とかなる。
結城友奈は、多分助かりました!
「14番目も終わり!後1つ!」
バレー部の練習真っ最中の体育館内部を撮り、残すは1箇所。
ラストはいつも通る、学校の正門。
さっき風先輩が大急ぎで走り去ったのは、多分進みが良くなかったんだと思う。
向こうはあの後、順調に進んでるのかな。
でもまぁ大丈夫だよね。
風先輩と樹ちゃん、無敵のコンビネーションだし。
「よし、ここから……こんな感じかな?」
正門を出て、前の道路を渡って反対側へ行く。
新聞部長さん曰く、少し斜めの方向から撮るのがコツらしい。
「このアングルなら……」
カシャッ。
「あー……」
構図こそ良かったものの、明るすぎたせいで目がチカチカしそうな写真になってしまった。
5月の昼下がりは馬鹿にできない。
こういう時は逆光補正の機能を調整すればいいんだっけ。
「どれかな……逆光……逆光……あった!」
そのマークはスマホの画面右上に表示されていた。
けれどもそれを押そうとした時、ちょうど同じタイミングで上から何かの通知が出てきた。
私は間違えて、通知の方を押してしまった。
「あっ、あっ……これ見ない方が良いやつだよね……」
画面には “送信者” と “件名” のリストがたくさん表示されている。
タップした通知はメールだったらしい。
「早くカメラに戻さないと」
そう言ってアプリを落とそうとした矢先、私の目はとんでもないものを捉えてしまった。
「これって……どういう……?」
このメールは何なのか。
事態が飲み込めない。
書いてある事は分かる。
風先輩のスマホだから、きっと風先輩宛のメールだ。
でも■■だなんて……どうして?
風先輩も麗ちゃんも……一体何が?
分からない。何もかも分からない。
送信者は大赦。
そして件名は——
「そ、そうだ。勇者部五箇条、悩んだら、相だ、ん……誰に?」
そこが問題だ。
こんな事、誰に相談すれば良いのか。
誰になら、相談できるのか。
風先輩にはとてもじゃないけど言えない。
樹ちゃんは、お姉さんの事で余計な心配してほしくないし。
東郷さんも、風先輩とこの間ちょっと揉めちゃったばかりだし。
じゃあ麗ちゃんに聞いてみる?
でもこんな事を張本人に言っちゃったら、それこそ取り返しのつかない事になる可能性もある。
かと言って隠し事は良くないし……。
「どうしよう……」
その時、突然電話がかかってきた。
発信者は…… “樹”。
「もしもし」
『もしもし、友奈?写真どう?』
「あ、後少しです。正門だけ撮れば終わります!」
『オッケー。こっちは先に部室戻ってるから、何かあったら連絡して』
「は、はい。分かりました」
『ん……友奈大丈夫?何かあった?』
「いえ、何でもないです。ちょっと、カラスに頭を小突かれちゃって」
『えぇ!そんなの一大事じゃない!最近のカラスには不届きなやつがいるのね。この私が、直々に成敗してくれる!』
『お、お姉ちゃん落ち着いて。魔王が出てるよ……』
電話の向こうで微かに聞こえる、樹ちゃんの諌め声。
2人の絡みを聞いてると少し落ち着くかも。
『でもホントにそれだけ?』
ビクッ。
爪先から胸、頭へと、全身を寒気が走り抜けた。
風先輩さすが、鋭い。
でもこれだけは言う訳にはいかない。
隠したい訳じゃないんです。
今はまだその時じゃないだけで。
「ホントにそれだけです!後は大丈夫です!」
『なら良いんだけど。カラスに気をつけて写真撮るのよ。じゃ、待ってるから』
「はい!失礼します」
電話が切れると、途端に肩がズンと重くなった。
誰にも言えない、私だけの秘密。
聞こえは良いけど、実態はどうしようもないモヤモヤだ。
でもしばらくの間は、このモヤモヤと付き合っていかなければならない。
だって私は、勇者なんだから。
* * * * * *
讃州中から歩く事30分。
アイスを求めてアタシたちが辿り着いたのは、カトレーゼという洋菓子屋さんだった。
各々が選んだアイスを購入し、そこから犬吠埼家のアパートへと向かう。
イートインが無かったためにどこでアイスを食べるのかという話になり、うちに友奈と東郷も来る事になったのだ。
ついでにその後のまかない付き。
樹は「そんなの聞いてないよ〜片付いてないのに〜」なんて言ってたけど、いつも十分片付いてるし大丈夫だと思う。
「よいしょ。さ、入って入って〜」
「「お邪魔します!!」」
「車椅子だと家の中入りにくいかも。リビングまで東郷を運んで行こうかしら」
「それなら任せてください!行くよ、東郷さん!」
「え、行くってどう……あっ」
友奈が単独で東郷をお姫様抱っこし、リビングまで姫様をお連れしてしまった。
友奈って案外力強いのね。
そりゃ、パンチ1つであれだけの威力出せるのも納得だわ。
「東郷さん、どの辺がいい?」
「今の位置にずっといたいわ、友奈ちゃん!!」
「東郷先輩、それだと友奈さんが疲れちゃいますよ……」
「ええっ!?私のせいで友奈ちゃんが疲れてしまうなんて言語道断!!友奈ちゃんどこでも良いから私を下ろして今すぐ早く!!」
「はぁ……これさえ無ければ東郷は完璧な大和撫子なんだけど……」
だけどその抜けっぷりも含めて東郷の魅力なのだ。
それに彼女をこうしたのは友奈みたいなもんだし。
入学当初は硬くて硬くて、もう扱いづらかったの何の。
「よし、じゃあ先にアイス食べてて。夜ご飯の用意して来るから」
「あっ、私も手伝います!」
「いーの、こういうのは家の
「ありがとうございます!楽しみにしてますね!」
「ふふ、友奈は人をやる気にさせる天才ね。さぁ、腕が鳴るわよ!」
しかし人数が予定の倍に増えたので、何を作ろうか考え直しだ。
アイデアを探しにネットの海に向かおうとして、スマホを手に取ったその時。
1通のメールが届いた通知の履歴が画面に表示された。
送り主は大赦。
「はぁ……」
思わずため息が漏れる。
大赦からの連絡は大抵、ろくな事が書かれていない。
はてさて、今回のメールは……。
送信者:大赦
件名:緑野麗の監視について
先日勇者部と接触した、緑野麗の処遇が決まりましたのでお知らせします。
彼女は讃州中に転校し、勇者部の正式な部員となる事に決定しました。
彼女が転校を希望した事、また急遽実施された勇者適正の検査にて大変良好な値が得られた事から、かような対応を取る運びとなりました。
結論を言えば、彼女には勇者として戦ってもらうという事です。
つきましては、勇者を導く立場のあなたに、彼女の動向を監視するお役目を担ってもらいます。
ただし、近く大赦からもう1人勇者を派遣しますので、その者と共同で監視にあたっていただく事とします。
この勇者の詳細は、彼女の勇者システムの最終調整が終わり次第、追って連絡します。
先んじて連絡したように、緑野麗は大赦指定の要注意人物です。
今回は勇者の戦力増強を優先し、彼女を参戦させます。
しかし本来、彼女の勇者としての活動を放任する事には、非常に大きなリスクがあります。
その事を肝に命じ、引き続きお役目に励みなさい。
楽しい時間に水を差す事。
大赦の大得意な事だ。
アタシには、麗はそんな悪人には見えない。
個性的で人と距離を縮めるのは少し苦手だけど、ボランティアに精力的で人のために率先して動く事ができる。
ちょっと友奈に似た所があるかもしれない。
そんな彼女が要注意人物?
しかも、前に送られてきたメールには “要注意人物(警戒レベル5)” とあった。
警戒レベルがどんな基準で付けられているのかは想像もつかないが、決して低いレベルでないという事は容易に分かる。
なぜ、麗に対してそんなに毛を逆立てるのかは分からない。
聞いても教えてくれなかった。
最初から大赦がそこまで話すとも思えないけど。
「まぁあの子が悪い事考えなきゃ、何も問題ないんだけどね」
「お姉ちゃん、大丈夫?何か手伝おっか?」
「うっ、い、樹はホントにゆっくりしてていいから……」
「大丈夫だって!私もう中学生だよ?」
「うーん……じゃあ、そこに醤油と小麦粉と水を用意してるから、混ぜといてもらっていい?」
「分かった!」
樹は料理が苦手だけど、混ぜるだけなら大丈夫でしょ。
間違える要素ないし。
それよりも麗の事だ。
大赦は彼女の何を恐れているのだろう。
実は超人的な凄いチカラがあります、とか?
バーテックスを素手で倒せます、とか?
実は大赦の機密情報を盗み出したスパイです、とか?
……ダメだ。こんなんじゃ、東郷にドラマの見過ぎですよ〜って煽られるだけ。
何?一体何なの?
「お姉ちゃん、できたよ!」
「お、ありがと樹。じゃあこれをお鍋に入れて……」
後はソーセージやら野菜やらを入れて蓋をしておけば良い。
超・超・超簡易版ポトフ。
ちょっと簡単すぎるかもしれないけど、量は作りやすい。
「にしても、何か妙に香ばしいのは気のせいかしら……?」
気のせいじゃなかった。
食べる段になって発覚した事だが、樹に混ぜものを頼んだ際、色的に醤油が足りない気がして独断で足したんだとか。
幸い今回は多少味が濃いだけで済んだけど、もっと酷い時だってある。
樹にも、そろそろちゃんと料理教えなきゃ。