花は散れども舞う風は   作:PP

24 / 27
第6話「踏み出す者、踏み出せない者」

夏に片足踏み入れた、6月の昼下がり。

小洒落た喫茶店の扉を入り、窓際の席に目をやる。

彼女は既にそこにいた。

 

「随分と早いわね。言ってた時間までまだ30分もあるのに」

「そりゃあ、緊張しますから。先に着いてゆっくりコーヒーでも頂こうかと思っていたのですが」

「あら、邪魔しちゃったかしら。ごめんね」

「別に大丈夫ですよ。そんな事気にしませんし」

 

そんな会話をしつつ、彼女の向かいの席に腰掛ける。

 

「コーヒー飲むのね。中学生にしちゃ珍しくない?」

「そうなんですかね?私は世間様の相場があまり分かっていないので何とも……」

 

彼女は張り切るでもなく、しかし気を抜くでもなく。

そんな様子である。

白のワンピースと垂れるロングの黒髪とのコントラストが美しい。

 

「にしても、流石に風さんに “2人で話がある” って言われたら……ちょっと緊張しますよ」

「麗、アンタそんな事言って。お正月のマラソン大会の時の威勢を忘れたとは言わせないわよ」

「あ、アレは知らない人が相手だったからで。勇者部の鬼部長様ともなれば話がまた変わって」

「誰が鬼部長よ!女子力部長と呼びなさい女子力部長と!」

「すみません!参りました!」

 

参った麗の元に、1杯のコーヒーが運ばれてくる。

ウエイターはガラスの音一つ立てない丁重な仕草でカップを置いた。

 

「すみません、まだ来られないと思って先に頼んでまして……。風さんも何か?」

 

彼女はそう言ってドリンクメニューを差し出すが、それ以上に気になる事がある。

コーヒー豆をそのまま液体にしたかのような深みのある香りが、湯気とともに嗅覚を柔らかく刺激してくる。

 

「麗……この時期なのにホットコーヒー飲むのね……」

「緊張した時は、冷たいのより温かいのの方が落ち着くんですよ」

「でももう半分夏みたいなもんでしょ?そこは関係無いの?」

「関係、無い。ですね」

 

決めゼリフのように言う麗。

吹き出しそうになるのを慌ててこらえた。

 

「最近どう?転校しての学校生活とか、部活とか」

「ぼちぼちですね。楽しくやらせてもらってますよ」

「夏凜の事は大丈夫そう?前の戦闘でちょっと揉めてたから」

「まだ何とも言えません。ただ、昨日の1件でちょっと見直しましたかね」

「ふーん。詳しく聞いてもいいかしら」

 

それから麗は、夏凜がツンデレと思われる事、最初は馬が合わないと思った事、昨日を境に弱みが見えた気がして評価が変わった事などを話してくれた。

 

「私も似たような事は考えてたわ。からかい甲斐のありそうな子だってね」

「ふふ、からかいですか。でも三好さん、大赦直属って言ってましたよね?ぞんざいな扱いをしたら大赦に何されるか……」

「大丈夫よ。スキンシップの範囲内でやるから」

「それが時々怖いんですよ……特に勇者部の皆さん方は」

「怖い……ね。逆よ。逆」

「逆?」

「あそこまでのひねくれ方してるのよ。こっちもそれなりの強さで対応しなきゃ牙城は崩せないわ」

「なるほどですね」

 

それから紅茶とサンドイッチを注文し、色々な事を話した。

樹の事、友奈と東郷の事。勉強の事、勇者部の活動の事。

樹海に大赦、バーテックスの事。

どの話からも、彼女が精力的に毎日を過ごしている事が感じられた。

やはり、大赦にマークされている要注意人物とは思えない。

そのうち話題は、麗の家の事へと移った。

 

「麗の家ってどの辺なんだっけ?」

「学校の辺りからちょっと川を上った所ですね」

「お、ひょっとして友奈とか東郷の家の辺?」

「もう少し上流です。学校から歩いて20分くらい、と言えば分かりやすいですかね?」

「うーん、まぁ何となく想像はつくわ。今は1人暮らしだって言ってたっけ?」

 

その問いに、麗の眼が泳いだ。

 

「はい。と言っても、生きていく上での必要最低限しかできませんけど。家事にせよ料理にせよ」

「十分よ。偉いと思うわ」

 

恐らく、この辺りに何か秘密がある。

 

「うーん……って事は、詫間の方から引っ越してきたのよね。ご両親は詫間に残られて、って感じなのかしら」

「いえ、両親はその……どこに行ったのか分からなくて。私が小さい頃に失踪したって聞いてます」

「あっ……そう……」

 

途端に空気が重くなる。

隠していると感じたのはこの事だったのか。

自分の洞察力の低さを悔やんだ。

 

「ゴメンね……気を悪くさせるような事聞いちゃって」

「全然、全くもって大丈夫ですよ。いつかはちゃんとお話ししなきゃと思ってたので」

 

彼女の浮かべた微笑が、私をほんの少しだけ救ってくれた。

 

「それに失礼ながら、風さんのお(うち)も近い所があるんじゃないですか?」

「ハァ……麗には敵わないわ。まぁそんな所。にしてもよく勘づいたわね」

「樹ちゃんの様子を見てたら大体分かりますよ。後は、私自身が “そういう出来事” の経験者ってのもあるとは思いますけど」

 

そう言うと、麗はカップに残っていたコーヒーを飲み干した。

湯気はもう立っていない。

 

「すみません。何だか湿っぽくなっちゃって」

「大丈夫よ。こっちこそゴメン。でも、麗の事を知れて良かったわ」

「私もです。もし良かったら……なんですけど、またお話できませんか?」

「えぇ、もちろんいいわよ。でもその前に」

 

店内のBGMが消え、一帯が静寂に包まれている。

麗の手には既にスマホが握られていた。

 

「はい。さっさと終わらせましょう!」

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「お姉ちゃん、こっちこっち!」

「樹、東郷も!遅れてゴメン!」

「夏凜ちゃんが先に前線に出てます!友奈ちゃんも後から行ってくれたんですけど」

「あちゃー、またか……」

「私も行きます。敵は4体、こちらが2人では不利です!」

「OK、こっちも加勢するわよ!東郷、後ろは任せる!」

「お任せ下さい。必ずや任務を完遂してみせます!」

 

敵は4体。

2体だった前回から一気に倍に増えた。

3回の侵攻で勝てない事を悟り、増援したのかもしれない。

 

「風さん!敵は射手座・魚座・天秤座・双子座の4体です!」

「ありがと!じゃあ作戦を伝えるわ!」

 

麗から言われた名前と視覚情報とから、急造ではあるが作戦を組み立てた。

スマホを取り出し、全員に向けて発信する。

 

「友奈と夏凜は、今相手してる天秤座をやって!樹は双子座、脚が速いからワイヤーで転かせつつ絡め取るのがいいかも!魚座は麗に任せる!奥にいるのはアタシが行くわ!」

『『『了解!!!』』』

 

夏凜は強い、友奈も格闘技にハマってるだけあって生半可な強さじゃない。

樹は少し心配だけど、東郷がサポートしてくれれば恐らく大丈夫。

麗に魚座を任せたのは半分賭けだ。

前回の戦闘を見る限り、多分大丈夫だと思うのだけど。

 

「任せた分、アタシもやるわよ!」

 

大剣を構えて突進。

徐々に増すスピードに重さを乗せ、強烈な一撃を見舞うつもりだった。

だが先に相手が動く。

 

「ん?口を開けた……」

 

開いた射手座の口から大量の赤い矢が射出される。

 

『風先輩を狙ってます!気をつけて下さい!』

「そうみたいね!」

 

ここはバリアに任せて突っ切るしかない。

 

「頼むわよ、犬神!」

 

勇者部の面々がバリアのお世話になっていたのは見てきたが、自分で使うのは初めてだ。

祈るような気持ちに、剣を握る手にも力が入る。

そして、矢の雨が降り注ぐ。

 

「くっ、こんのおおおおぉぉぉぉ!!」

 

威力は見た目以上らしい。

バリアに守られているとは言え、重厚な衝撃が上から覆い被さってくる。

しかしそれに呼応するように、1つ2つとゲージが溜まる。

あえてこのまま攻撃を受け続けて満開を発動するのも1手だ。

だがそれでは加勢に行くのが遅れてしまう。

 

「一撃、食らええええぇぇぇぇ!!」

 

大剣を居合の如く構え直し、最後の間合いに入る。

とその時、不意に雨が降り止んだ。

バーテックスの第2の口が開き、黄色に光る長い矢が装填される。

 

「狙ってる向きが違う……東郷!?」

 

遠距離には遠距離で。

東郷へのアンチ作戦と言わんばかりのやり口である。

 

「させるかあぁ!!」

 

スピードと重量の乗った大剣をアッパースイング気味に振るい上げる。

こちらの攻撃、相手の攻撃、どちらが早かったかは分からない。

ただ確かなのは、勢い全部乗せアタックによって射手座の身体がほぼ真っ2つになっている事だ。

 

「もう、ひとーーーーーつっ!!」

 

跳躍し、切れかかっている部分に追い斬撃を加える。

射手座はたまらず、2つに割れながら墜落した。

 

「封印開始!」

 

傍目には瀕死にも見える射手座をさらにもう1殴りし、気合いで御霊を吐き出させる。

出るなり、御霊は高速で身体の周辺を旋回し始めるが——

 

「これだけなら簡単だわ。必殺、回転斬り!」

 

自身の身体を軸に、回転しながら大剣を振り回す。

シンプルだが、相手の行動もシンプルなので問題ない。

御霊は回るスピードが仇となり、逆回転する大剣に高速で衝突・飛散した。

後方を見やると、友奈と夏凜の相手していた天秤座も終わったらしい。

残るは魚座・双子座の2体。

この分だと今回も勝てそうだ。

 

「まずは半分。今日もいけそうね……」

『お姉ちゃん……東郷先輩が!!』

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

「友奈と夏凜は、今相手してる天秤座をやって!樹は双子座、脚が速いからワイヤーで転かせつつ絡め取るのがいいかも!魚座は麗に任せる!奥にいるのはアタシが行くわ!」

 

風さんは1番奥の射手座の所へ突っ込んでいった。

ゆっちゃんと三好さんは早くも封印を始めている。

世界最速の2足歩行生物(?)に対しては、樹ちゃんがワイヤーを放っている。

 

「で、私の担当は……コレですか」

 

魚座と言うが、本家の魚には程遠いビジュアルである。

地中を潜行している点だけ、辛うじて魚ポイントかもしれない。

 

「とりあえず出てきてもらわないとね」

 

上方の根に飛び移り、潜行位置に向かって2、3発試し撃ち。

相手はこちらの位置を認識したのか、頭部をむくりと持ち上げた。

 

「よしきた!その首、頂きますよ!」

 

高台から飛び降りながら、銃剣の切っ先を敵に向ける。

銃剣による銃撃の威力は、東郷さんの両手銃には程遠い。

だからダメージを与えるには剣部分を使った方が良いのだ。

だがバーテックスも一筋縄ではいかない。

黒い有毒ガスの様なものを吹き出した。

 

「バリアの存在をご存じで?」

 

デフォルメ版八咫烏が現れ、薄い膜を作り出す。

バリアは衝撃こそ貫通するものの、直接的には相手の攻撃に触れない仕様である。

黒煙の中を突っ切り、斬撃一閃。

決まるはずだった。

 

「いない……逃げた?」

 

立ち昇るガス煙の中を探すが、見つかるはずもない。

視界の悪さに一旦退避しようと脚に力を込めたその時、魚が足元からド派手に登場。

宙に身体が投げ出される。

何が起こったのか理解できなかった。

そして、理解するまでの時間も与えられなかった。

 

「うわっ……ああぁ!!」

 

気づけば私は、神樹の根の最下層に横たわっていた。

状況を整理しながらゆっくりと立ち上がるが、身体が思うように動かない。

武器もどこかへ行ってしまった。

身体が宙に浮いたのは、足元から打ち上げられたから。

その後、おまけで殴られでもしたのだろう。

やはりバーテックスの戦闘力は人間のそれをとうに超えている。

 

「バリアが無きゃ……死んでましたよね……」

『麗ちゃん、大丈夫?』

 

そこへ東郷さんから通信が入る。

 

「何とか。バリアで守ってもらったおかげかな」

『良かった。天秤座はもう終わりかけだから、麗ちゃんは魚座を追いかけてもらって大丈夫よ。双子座がなかなか厄介だから、ちょっと手伝ってほしいのだけど』

「分かった。すぐ行くよ」

『ありがとう。頼んドン……ザ……ザザ……』

「東郷さん?もしもし?」

 

爆音と共に東郷さんとの通信が途切れた。

そして悪い予感に追い討ちをかける様に、樹ちゃんの悲痛な声が電話口から聞こえてくる。

 

『お姉ちゃん……東郷先輩が!!』

 

まずい事になった。

樹ちゃんが錯乱している。

レーダーはまだ双子座と魚座を感知しているから、倒した訳ではない。

もし仮に東郷さんが一時的に戦闘不能に陥ったとすると——

 

「世界が終わる!」

 

辛うじて動くようになった身体を使役し、双子座の元へと急ぐ。

レーダーを見るに、未だ高速移動を続けている様だ。

しかし魚座の放つガスに視界が妨害されるせいで、双子座をなかなか視認できない。

 

「風さんは最前線、ゆっちゃんと三好さんも私より前にいる。今動けるメンバーで何とかできるのは私だけ」

 

勇者アプリを操作し、武器を再度呼び出す。

何とかここから追いつけないものだろうか。

もう1つ、後1歩、力になれないだろうか。

 

「私しか……いないんだっ!!」

 

人はこんな事を言う。

奇跡を信じよ、と。

されど人はこうも言う。

奇跡など起こるはずが無い、と。

しかし、当の本人にとってはそんなのどうでも良い事なのだ。

ただ何かのために一生懸命になっている、それだけを考える。

その結果生み出される極限の結果を、周りの人間が奇跡だとかそうでないとか後出しジャンケンで議論しているに過ぎない。

 

「できるかできないかじゃない、やるんだっ!!」

 

八咫烏が現れ、白く光る。

それは私の中へ流れ込んできた後、背中にブースターの様なモノを発生させた。

半機械、半生物の黒い翼が装着され、緑白の勇者装束に所々黒い線が走る。

あたかも別次元から迷い込んだ異邦人かの様な、奇妙な様相である。

しかしそんな事はお構いなしに、私はブースターを起動した。

身体にGがかかると共に、急激にスピードが上がる。

 

「……」

 

感じた事のない高揚感と緊張感。

食いしばる歯に一層の力がこもる。

ブースターと共に現れ出た漆黒の銃剣を手に、双子座との距離を詰めてゆく。

武器は先に使っていたものより少し短く、太くなっている。

恐らく射程距離を犠牲にし、威力を上げたものだろう。

1発、煙の中に弾を撃ち込む。

煙が四散し、着弾地点の辺りの視界が改善される。

が、奴はいない。

煙の散り方を見ると、弾の方はかなり威力がありそうだ。

もう1発。

今度は見つけた。

まだ奴は走り続けている。

神樹本体まで残り1km少しと言ったところか。

一撃で仕留めるために至近距離まで近づきたいが、時間差で本体に到達されたら終わり。

私と双子座、どちらが目標物に早く近づけるか。

ある意味チキンレースかもしれない。

近づく。

 

「……」

 

また近づく。

 

「……」

 

さらに近づく。

 

「……」

 

私の勝ちだ。

 

「吹っ飛べええええぇぇぇぇ!!!!」

 

頭上から渾身の1弾をぶっ放す。

双子座は走り続けている。

走り続けながら、頭部から虹色の光を出す。

そして、砂と消えていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

地上に降り立つと、翼は失せ装束は戻り、銃剣も元の形へと姿を変えた。

全く奇跡の様な時間だった。

見上げると、そこには巨大な神樹。

世界崩壊のカウントダウンはどうにか止められた。

が、まだ樹海化は戻らない。

 

「勇者ああああパーーーーーーンチ!!!!」

「お前の相手は、この三好夏凜だああぁぁ!!!!」

 

神樹と逆の方向には、魚座にパンチをお見舞いするゆっちゃんと三好さん。

それと別に、樹ちゃんを励ましながら東郷さんを起こしている風さん。

状況は確かに終盤、だがまだ終わっていない。

 

「最後の1踏ん張り、もうちょっとだけ頑張らなきゃ!」

 

再度相見える魚座。

先程と異なるのは、人数が3倍となっている事。

これなら負ける気がしない。

 

「吐き出せ、御霊ぁ!!」

 

ズブリ。

勢い任せて、刺した銃剣。

この感覚。

やっぱりそうだ。

覚えている。

私は “切った” んじゃなかった。

あの時、私は “刺した” のだ。

え、あの時?

あの時っていつの事?

それが思い出せない。

けど、この手には確かに赤い鮮血がベッタリと付いていて——

 

「あ……あぁ、あ……」

「麗ちゃん、大丈夫!?」

「いや……違う、違うの……」

「夏凜ちゃん、封印お願い!」

「ちょ、友奈!人遣いが荒いわよ、全く……封印開始っ!!」

 

ゆっちゃんが私の所へ来てくれた。

三好さんがバーテックスに剣を突き刺し、御霊を出させる。

戦いは終わりだ。

安心感が心を包む。

けれど、包まれる心は恐怖でいっぱいだ。

何だろう。

矛盾で心が潰れてしまいそう。

 

「麗ちゃん、大丈夫……?」

 

あぁ、ゆっちゃんはこんなにも私の事を気にかけてくれるのに。

私はただ、震えて立ち尽くす事しかできないなんて。

 

「待たせてゴメン!皆、大丈夫?……麗?」

「麗ちゃん……大丈夫だよ。私が側にいるから……」

 

風さんまで来てくれた。

何とまぁ、情けない。

情けない私。

所詮、奇跡は奇跡でしかなかったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。