花は散れども舞う風は   作:PP

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のわゆ待ちの皆様、大変長らくお待たせ致しました。
のわゆ編、始動です。


第1話「再生」

「ん……」

 

開いた障子の隙間から差し込む日光が目をくすぐり、夢うつつだった自分を現実へと引き戻す。

眼前にあるは、見るからに高価な木張りの天井。

この光景にも随分と慣れたものだ。

人類に残された安住の地、四国へとやってきて3年。

京極の宗家には男子の後継がいないらしく、自分は養子としてここで過ごしてきた。

 

「ご起床なさいましたか」

「はい。おはようございます、聡美さん」

 

布団に下半身を突っ込んだまま、ひとまず上体を起こして答える。

開いた障子の向こうから朝のそよ風と共に部屋へと入ってきたのは、宗家の1人娘、聡美さん。

同じ14歳であるはずなのに “さん付け” で敬語なのは、彼女が妙に大人びているのが理由だ。

冷静沈着で気が利き、おまけに頭もよく回る。

そして何より真面目なのだ。

 

「相変わらずお早いですのね」

「そう言うあなたの方が早起きではありませんか?」

「少しでも長くこちらの生活を楽しみたいと思うと、早く目が覚めてしまったんです。今日は大社に戻らなければなりませんので」

「そういう事でしたか。大変ですね、巫女さんも」

「いえ、もう慣れてしまいました。月に数日はこうして休暇も頂ける事ですし」

「慣れ……ですか」

「慣れって怖いんですよ?滝行だったり祝詞の暗誦だったり、初めはしんどいと思っていた事も当たり前にこなせるようになってしまうんです。まるで、ロボットにでもなってしまったかのように」

 

そう言って笑う彼女の顔には、底知れない何かがある。

10人いれば9人は聡美さんを美人と評価するだろう。

しかし、その笑顔は微笑としか言いようのない淡いもの。

その頭で何を考えているのか、その目に何が見えているのか。

ある意味、彼女こそロボットなのではないかと思う。

 

「確かに、ロボットには感情がないと言われますしね。ただ、勉強だけは逆にロボット状態でやりたいなぁと……」

「高平さんは、勉強はお嫌いですか?」

「嫌いじゃないんですけどね、面倒なんですよ。あんな沢山の宿題なんかね、やれば良いってもんじゃないと思うんですけど」

「あまりに多すぎると、誰でも億劫になりますよね。分かりますよ」

 

聡美さんが人の話を否定する所は見た事がない。

意見するにしても、必ず1度受け止めるのだ。

臆せず何でも話せるような気がするのは、それが理由なのかもしれない。

 

「後は教科によって先生が違うせいで、授業のやり方も違ってくる所も好きじゃないですね。人によって速かったり遅かったり、宿題の出し方も違ったり。同じ先生がやってくれたらなぁ……」

「実は」

 

聡美さんが顔を覗き込んできた。

目を合わせ、釘を刺すように言う。

 

「巫女にも授業がありましてね?私たちの授業は、全てある1人が担当して下さっているんです」

「はぁ」

「その先生が、自分と相性の良い人であれば問題ないでしょう。でもそうでなかったら……?」

「う、毎日が、最悪……」

「ご明察。利点と欠点、物事には必ず両方の側面があるものですよ」

「むぐ……参りました。精進します」

「ただ、お気持ちは分かりますよ。私も、つい3ヶ月前までは普通の中学生でしたから」

 

聞くところによると、大社付きの巫女さんは総勢30名程度らしい。

その中でも1番遅く大社に入ったのが聡美さんなのだとか。

彼女には勇者を見出した実績はない。

一応神託は受け取る事ができるものの、大社の巫女の中では平均以下の能力だと聞いている。

それなら、なぜ彼女にお呼びがかかったのだろうか?

とある家の発言力を抑えるためらしいと風の噂で聞いた事があるが、真相は定かでない。

 

「今はもう普通じゃなくなっちゃいましたかね」

「えぇ、それはもう。リーダー格の人と先生とに目を付けられないか、毎日ビクビクしながら過ごしていますよ」

「それって結構ヤバいんじゃ」

「冗談です、そこまで恐れてませんよ。これでも上手くやってる自負はありますから」

 

そしてまた、軽く微笑む。

この謎に満ちた笑顔があればこそ、”上手くやる” 事ができるのだろう。

 

「ではそろそろ広間の方へ行きますね。後でゆっくりいらっしゃって」

「はい。また」

 

書道道具を持って出て行く聡美さんを見送り、部屋を見渡す。

床の間には “画竜点睛” と書かれた立派な掛け軸がかかっている。

力強さを感じさせつつも上品さを兼ね備えるその字は去年、中学校への進学時に聡美さんが書いたものだ。

 

「画竜点睛……役者が揃っても仕上げなしには完成しない、か」

 

掛け軸の下には1振りの薙刀が、台座の上に横たえられている。

それに目を移した時、薙刀と目が合ったような感覚に襲われた。

感覚のままに布団を出て立ち上がり、床の間の方へと歩いていく。

そして屈み込み、何の違和感も抱かず薙刀に触れた。

 

パリッ。

 

静電気が走ったらしい。

触れた瞬間、ほんの少し痛みを感じた。

驚いて、薙刀から手を離してしまった。

だが目線は離れない。

 

「イッタ……」

 

もう1度手を伸ばす。

今度は電気が走る事もなく、がっしりとそれを掴む事ができた。

 

「これは……」

 

薙刀なんぞ、これまで1度たりとも振るった事はない。

なのに、今ならなぜだか扱い方が分かるような気がする。

道場があるのかは知らないが、あるなら道場破りでもできそうだ。

 

「でもこれ……誰かに見られたらどんな誤解を生むか」

 

さっきは近くで話し声もしていた。

誰かが一部始終を目撃していてもおかしくない。

 

「戻すか」

 

薙刀を戻すため、元置いてあった場所へ歩いていく。

畳のミシ、ミシ、という音が部屋に響く。

そういえば今は、人の声はおろか雀のさえずりすらも聞こえない。

何とも不気味だ。

ただ幸いにも障子の隙間から見える人は、こちらの方を見ている様子はない。

微動だにしていないし、もうしばらくこちらを向く事もないだろう。

……ん?

 

「動いてない……風もない……これじゃあ、まるで時間が止まって……」

 

刹那、視界一帯が強烈な光に包まれた。

 

 

 

 

 

* * * * * *

 

 

 

 

 

光が収まると、そこには先程までいた家の中とは似付かない景色が広がっていた。

橙、黄色、青に緑。

色とりどりの樹木の根っこのようなものが、そこかしこに張り巡らされている。

その中に、唯一薙刀以外何も持たず、ただ立つ自分。

半袖短パンの寝巻きという薙刀と対立するような服装のせいで、側から見れば大層アンバランスな格好になってしまっている。

 

「これ……ヤバいかもね」

 

出来たドラマや小説なんかだったら落ち着いて、だとか状況整理を、だとか言ったり考えたりするのだろうが、自分にはとてもそんな芸当はできない。

まずそもそも落ち着けない。

 

「どうなってんだよ」

 

その時、自分の目は “それ” に敏感になっていた。

“それ” が彼方に点々と見え始めた時、自分が何をするべきなのか判った。

 

「おいおい……逃げろ逃げろ逃げろ……!」

 

踵を返し、走り出す。

根を伝って下へ下へ。

視認されなければ生き延びられるチャンスは拡大するだろう。

とすると、巨大な根っこの下で潜伏するのは有効と考えられる。

どれだけ降りたか、ビル4階分くらいの高さを降りた所でへたと座り込んだ。

恐怖と束の間の安心とで、頭がおかしくなりそうだ。

 

「アイツら、もう2度と見たくなかったのに」

「ん、アンタも飛ばされたんか?」

「!!!」

 

反射的に声のした方を向くと、そこには同年代と見られる男子が1人佇んでいた。

 

「誰、です?」

「ワシは秋末(あきすえ)。秋末幸助(こうすけ)っちゅうもんや。アンタは?」

 

同年代っぽいのに1人称が “ワシ” なのが引っかかったが、今は素性を探るのが先決だ。

 

「京極、高平、と申す者ですが」

「京極……京極ってあの京極かいな。すんごいお人と()うたもんや」

「ここ、どこなんです?何かご存じでないですか?」

「知らん。なーんも知らんし分からん。辺りがバーっと明るくなって、気づいたらこれや」

「そうでしたか……僕も同じですよ」

 

絡みは強烈だったが、何か情報がある訳ではなかった。

この人も自分と似たような境遇なのかもしれない。

 

「とりあえず、3年前に来おったあのバケモンからは逃げといた方が良さそうやな」

「あぁ、秋末さんも見た事あるんですか」

「秋末さんやなんて……幸助とかで構へん。アンタ、見たところ中学生やろ?」

「そうですけど」

「ワシも言うて変わらん。この春中3になったばっかのもんや」

「いや……それ、中学生がする格好じゃないような……」

 

それは大層奇妙な姿だった。

たまに見る大社の神官に似た格好で、袴を着こなし、右肩に古ぼけた銃剣を担いでいる。

中学生どころか大人の神職でもしないような、何ともアンバランスな格好である。

ただ流石に烏帽子までは付けておらず、短く切った髪が端正に整えられている。

 

「しゃーない、実家が神官やっとるんや。せやけど、武器交換してその薙刀を貸してもうた方が、この装束には合うかもしらんな」

「そうしたら僕は寝巻きで銃剣を構える事になりますね」

「おもろいなそれ。状況は全然おもろないけど」

 

全くその通りだ。

異空間(?)に飛ばされたかと思えば、相対するは3年前のトラウマ。

ただただ嘆くより他にない。

 

「それ、撃てるんですか?」

「撃てる。3年前までは先の大戦の遺物に過ぎんかったけどな」

「あの時、何かあったんですか?」

「別に、特別何かがあった訳じゃない。ただあの時な、連中が空から落ちてきた時を境に、急に機能するようになったんや」

「不思議ですね」

「不思議や。リロードにしても、銃身のレバーをちょいと弄るだけで勝手に装填してくれる。どっから弾が出てきとんのか、さっぱり分からん」

「それって、ひょっとして撃った事あるんですか?」

「あぁ、あの白いデカブツをちょいとな。それも3年前の話や。あの時はもう終わったー、と思ったが、ダメ元で引き金を引いてみたら、何でかあちらさんの方が弾け飛んだっちゅうわけや。アンタは?戦闘経験はあんのか?」

「無いです。薙刀なんか触ったのも、今日が初めてで」

「そうか。まぁ戦いなんてしないに越した事はあらへん。文字通り命がけやしな」

 

1つ間違えれば命は無い。

逃避行にしろ戦闘にしろ、無力な人類は常に劣勢だ。

 

「しかし、何をどうしたら元の世界に戻れるんですかね」

「トリガーが何か分かりゃ、糸口が見つかるかもしれんけどな」

「ひょっとして、化け物を全部倒すか何かしないと帰れない、とか」

「ん……どやろな。こんな樹木100%の所に来てしまうくらいやし、否定はできん」

 

なんてこった。

アレと戦えって言うのか。

 

「でも、あれこれ悩んでられるのも今のうちやで」

 

上に目をやる彼に倣って天を見上げると、化け物たちがかなり近い所にまで降りてきていた。

こちらに顔が向いている個体は見当たらないため完全にバレてはいないのだろうが、危険が迫っている事に変わりはない。

 

「もうちょい奥の方へ行こか」

「分かりました」

「ここまで奴らが来とる以上、迎撃のつもりはしといた方がええ。カバーはするけど、アンタを守り切れる保証はできんからな」

 

そう言いながら走り出した彼に続き、自分も着いて行く。

とんでもない展開になってしまった。

とはいえ、無意味に喰い殺されるよりはずっとマシだ。

そう、ちょうどこんな口の中で砕かれるよりは——

 

ダァン!

 

「気をつけろ、奴ら気づきおった!」

 

目の前に開けられた大口に危うく突進してしまう所だった。

口の主は彼に撃たれたらしく、衝撃で傾いた後は爆発四散した。

 

「来るぞ!」

 

ダン、ダン、ダン!

 

彼は本格的に戦闘を始めたようだ。

発砲音が連続して響く。

生きるためには、もうやるしかない。

戦うか、さもなくば死だ。

 

「おおぉぉっ!!」

 

上から喰らいに来る白粘土に対し、一閃、二閃。

斬られた敵は3年前に見たのと同じように真っ二つとなり、そして消え去った。

 

「いける……!」

 

そのまま走り、勢いのままに続けて斬る、斬る、斬る。

大半は初撃で霧消。

中には耐えたものもいたが、2回目を食らうと失せていた。

 

「大丈夫かそっちは?」

「大丈夫です!意外といけますよこれ!」

 

先刻までのまごつきは何処へやら、今は自信以外何もなかった。

自信。良く言えばそうなろうが、悪く言えばそれは “傲慢” “驕り” だった。

初めが上手くいったとしても、多くの場合ビギナーズラックに過ぎないのだ。

幸運が切れる瞬間は突然訪れる。

 

「!?おい後ろ!!」

「……!!」

 

いつの間にか前と上の2方向だけに視界が限定されており、後方にまで気がいっていなかった。

前を斬ったその流れで後ろに斬撃を放とうとするが、間に合わない。

大き過ぎる歯に身体が噛みちぎられる方が早かった。

……という事になっていただろう。

比較対象が2つだけであれば。

しかしもう1つ、さらに早いものがあった。

 

「一般人に手を出すとは……恥を知れ」

 

その刀筋。

 

「私の側にいろ」

 

対象の切れ方。

 

「はああぁぁっ!!」

 

その声。

 

「貴様ら……受けるべき報いがまた1つ増えたな」

 

大量の敵を前に善戦する彼女は、間違いなく3年前のあの少女だった。

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