花は散れども舞う風は 作:PP
初めてのお役目から一夜。俺は授業を受ける傍ら、昨日の戦闘を思い返していた。
(三ノ輪が水に飲まれたのまでは覚えてる。問題はその後…どうやって勝ったんだ?)
後で乃木に聞いた所では、人が変わった様に猛然とラッシュを食らわせていたらしい。そのおかげで隙ができて勝てた、とも言っていた。
(文字通り「人」が変わった……?)
人格が変わっていれば、記憶が無くなる事もあるかもしれない。一応筋の通った考えではある。
(でも、そんなのフィクションの世界でしか見聞きした事ないしな)
「えーと、じゃあ京極君」
「…はい?」
「この問題はどうなる?」
「え…2ですか?」
「おーその通り、さすが。答えは2です。大事な問題だから、分からなかった人はよく見直しておいてねー」
危なかった。話を全く聞いていなかった所に突然当てられるのは心臓に悪い。限られた時間での暗算と勘でとりあえずやり過ごしたが、間違えたらどうしようかと思った。隣の安芸先生も厳しいらしいが、うちの伊予島先生も負けず劣らずなのだ。もしさっき話を聞いていなかったのがバレていたら、今頃俺の頭にチョークのミサイルが炸裂していただろう。
(一旦考えるのはやめよう。チョークが死因になるくらいなら、バーテックスに食われた方がまだマシだわ)
その後は1日、余計な事を考えずに授業に集中した。
* * * * * *
「で、イネスって何だ?」
「えっ、お前イネス知らないのかよ!?」
「いや名前は聞いた事あるんだけど…何せうちの家、外出規制が厳しいからさ。そういうお楽しみ系の施設に行った事無いんだよ」
「おっと…これは人生の半分…いや8割…いやいや100%を損しているっ!!ここはイネスマイスター、三ノ輪銀様の活躍のしどころだな!」
「人生100%損したら俺死ぬじゃねぇか」
「ははは、それはそうだな」
「いや否定をしろ否定を!」
「こーら銀、からかわないの。京極君が困るでしょう」
「ごめん、悪い悪い。でもそれ程のモノがイネスにはあるって事だよ」
今日は放課後に祝勝会をやろうという事で、「イネス」なる施設に4人で向かっている。鷲尾も初めて行くらしく、どこか緊張の漂う横顔が見える。乃木は1回行った事があるらしい。
「そういや鷲尾はいつから三ノ輪の呼び方変えたんだ?前は三ノ輪さんって言ってたような」
「あ〜それはね〜、お役目の次の日に『もっと仲良くプロジェクト』をやってからなんよ〜」
「もっと…仲良く…プロジェクト……?」
「連携を高めるために、もっと仲良くなろうぜって事!その時に3人で呼び方を考えたんだ」
「あーそうだったのか。いいじゃん」
「いいでしょ〜。ふまにゃん」
「…ん?何それ?」
乃木にじっと見つめられるが、心当たりは全く無い。透き通る様な純粋な瞳を見て気まずくなった俺は、三ノ輪に助けを求めた。
「三ノ輪、ふまにゃんって何だ?ゆるキャラ?」
「アタシも最初はゆるキャラかと思ったよ。でも……」
「でも?」
「あなた以外誰がいるというのでしょう〜?」
三ノ輪が上手く誤魔化そうとしていた所に、いきなり爆弾を投下する乃木。
「いや俺かよ!何だそのセンス!つーか『にゃん』はどこから来た!?」
「ふふ〜ん」
「やめろ!今すぐやめろ!それはダメだ絶対に何があっても」
「ふまにゃん照れるとそんな反応するんだ〜。メモメモ」
「書くんじゃない!!ええい認めん、認めんぞ俺は!!」
何だ。何なんだこれは。きっと悪い夢か何かに違いない。
「わ、鷲尾…助けてくれ」
「……ふ…ふまにゃん」
「あああああ!!」
「安心しな、アタシはこれまで通り風馬って呼ぶからさ。だからアタシの事は銀って呼んでほしいな」
「全然呼ぶ!ありがてぇ…神は俺を見捨てなかった……!」
「ミノさんズルーい!私も園子って呼ばれたーいー!ふまにゃんはやめないけど」
「いやそこは普通やめるとこだろ」
「わ、私はやっぱりやめとこうかな。その…普通に風馬君って呼べばいいかなって」
「え〜わっしーまで?語感はいいと思うんだけどな〜」
鷲尾は顔を真っ赤にしていたが、焦っていたこちらとしてはそんな所にまで気を回す余裕は無かった。結局、全員下の名前で呼ぶ事にしたが、ふまにゃん呼びは制止しきれなかった。
「お!見えてきた!あれがアタシの城、イネスだっ!!」
「城って…まあでもそこまで間違ってもないか。さぞかし広いんだろうな」
「大きい…四国にこんな場所があったなんて」
「ヘイお2人さん。外見だけでびっくりしてるようじゃ、中に入ったら心臓止まっちゃうぜ」
「…ふふ」
銀は大げさに胸に手を当て、苦しそうな表情を浮かべてみせる。それを見てかすかに笑う須美。もう緊張はすっかりほぐれたらしい。
(もっと仲良しプロジェクト、か。安直なネーミングの割に悪くないな……)
その後は銀の案内で、イネスのあちこちのフロアを歩き回った。家電量販店から青果市場、ゲームセンターに映画館まで。あまりの機能の多さに、俺と須美は驚嘆の声を連発していた。
「で、最後はここだ。イネスと言ったらやっぱりフードコートなんだよなぁ」
「ジェラート美味しいんだよ〜?食べて帰ろ〜??」
「へぇーそうなんだ…っていうか園子は圧がすごいから一旦落ち着いてほしいかな」
「そうだぞ園子。お前がジェラート食べたいだけなのは分かったから。今日は皆疲れただろうし、帰ろうぜ」
「ふ〜ん。私は、ミノさんがジェラートを食べて帰るためにあえて最後にここに来たって知ってるんだけどな〜」
「あちゃー、バレてましたか。という訳で食べて帰ろう!」
「手のひら返し早っ…でもせっかくだし食べてみたいな。須美はどうす…須美?」
「ジェラート…横文字のお菓子…これは御国を守るために必要な試練なのかしら……?」
須美は、さっきまでのリラックスモードはどこへやら、どこか思いつめた表情でブツブツ1人事を呟いている。
「いやでもここは…団結を深めるためだもの、やるしかないわ!鷲尾須美、御国を守るため、西洋の菓子に一大勝負を挑んで参ります!」
「おーい須美。生きてるかー」
「私は生きているわ!この国を守るために今を、今を生きているのよ!!」
「あー、これ時間の解決を待たないとどうしようもないやつだ。とりあえず注文しに行こう」
「須美ってあんなヤツだったのか…もっとガチガチの真面目キャラかと思ってたわ」
「よこもじ?...に触れるとああなるんだよ。普段からあんな感じな訳じゃないのは風馬も分かってると思うけど」
「分かってる。さすがに初対面があれだったら話は違ったかもしれんけどな」
そうこうしているうちに注文と受け取りが済み、適当に席を探して4人で座った。
「う〜んやっぱりこれに限る、しょうゆ豆!しょうゆ豆は最強!!」
「本当に美味いのかそれ?」
「アタシはどの味よりも好きなんだよなぁ。園子には不評だったけど」
一瞬目から光が消えた園子を見て何となく察した。好き嫌いが大きく分かれる味なんだろう。一方須美はと言えば、相変わらず1人で唸っている。
「こ…この味…和菓子には無い甘みと冷たさの調和……!反則級よこんなの……!」
「あちらさんはまだ時間かかりそうだな」
「そうだな。あ、風馬、しょうゆ豆試してみる?」
「え、いいのか?」
「もちろん!最高の味、しょうゆ豆を布教するのに手間は惜しまないぜ」
「それじゃあお言葉に甘えて。よいしょ」
スプーンで銀のしょうゆ豆ジェラートをすくい、口に運ぶ。
「ん…これ、いけるぞ!?美味い!」
「だろ?風馬はアタシの事分かってくれるか?」
「分かる。確かにこれはクセになるな。次来た時これにしよ」
「ふまにゃん、またミノさんの方に付いちゃった〜。こうなったら……」
園子が須美に近寄って、何やら耳打ちしている。
「……」
「えっ!?そそそそのっち、何言って」
「……」
「そ、そんな事したら私」
「……」
「それは確かにそうなんだけど…でもそれとこれとは」
「……」
「うーん…でもやっぱりダメよそれは」
「ダメ〜?え〜」
残念そうな園子と、焦りを隠しきれていない須美。園子は何をけしかけようとしたのだろうか。
「園子、お前須美に何て言ったんだ?」
「秘密〜」
「えぇ…悪口でも吹き込まれてなきゃいいけど」
ジェラートを食べきった後は特に変わった事も無く、4人でイネスを後にした。帰りの道中、須美に吹き込んだ内容を園子に聞こうとしたが、「それはね〜恋する乙女のロマンなんよ〜」と言って教えてくれなかった。
* * * * * *
(疲れた……)
帰ってすぐ、自室に鞄を置いて床に座り込んだ。時計を見ると、午後7時を少し回った時刻を指していた。
(意外と長居してたのね…あっという間だったわ)
楽しかった事は楽しかった。銀が勧めてくれたジェラートは美味しかったし、無愛想な印象のあった風馬君の意外な一面も見れたし。ただ、最後にまさかあんな事を言われるとは夢にも思わず———それを疲れの原因と疑うには十分だった。
(風馬君にあーんすれば洋菓子に葛藤しなくていいし、風馬君も喜んでくれて一石二鳥だなんて......。そのっちがロマンとか言ってとんでもない事を口にするものだから)
場面を想像し、1人で赤面する。
(でもこんな事を考えられるのも、何事も無く平和な毎日を過ごせているおかげね。これからもこの平和が続くために、一層訓練に励まなくては……!)
だが翌日、早くも平和を壊す事件が起こる。
「銀が来ないわね……」
「わっしー、ふまにゃんも連絡つかないんよ〜」
今日は4人で合同訓練をする事になっていたが、まだ2人しか来ていない。既に集合時刻の午前10時を5分過ぎている。
「大事な合同訓練の日に、一体何をやっているのかしら。確認しておきたい事は少なくないのだけれど……」
「う〜ん、2人で先にやっちゃう〜?」
「そうね、時間の無駄は良くないし…とりあえず簡単な型の練習までは済ませてしまいましょう」
アップのメニューをこなしつつ、待つ事30分。ついに2人が現れた。
「ごっめんお待たせー!ホントにごめん」
「遅いわよ、銀。それに風馬君も」
「いや申し訳ない。これはその…かくかくしかじかで」
どうやら話によると、見知らぬおばあさんの荷物持ちを手伝ったり、小学校低学年の子の喧嘩を仲裁したりと色々大変だったらしい。
「俺に言わせりゃ、銀はトラブル体質だな」
「何て言うか…困ってる人を見ると放っておけないんだよ」
「ミノさん優しいんだね〜」
「まあそれなら仕方が無いけど...2人とも、今度から何かあった時は連絡して。心配するから」
「あいあいさー!」
「了解。悪かった」
結局、当初予定されていた訓練内容は40分程遅れて実施された。各自の武器演習から模擬戦、作戦会議まで。常人では2〜3日かかるのではないか、と思われる内容を淡々とこなしていく。全てを終えたのは夕方6時頃だった。
「あー。疲れたー」
「随分とお疲れだな」
「そりゃあ、7時間もぶっ続けで訓練なんかしたら疲れるに決まってるっしょ。お昼休憩1時間を抜いても6時間だぜ。何で風馬はそんなに余裕なんだ?」
「小学校に上がる前からずっと薙刀やってきたしな。1日中、朝から晩まで修練漬けだったのなんかザラだったし」
「ほえー恐れ入ります」
銀の見事なジャンピング土下座が決まる。
「やめてくれ…結局何だかんだ言って男女差があるしな」
「まあね。血には勝てないって事で」
「血と言えば、そのっちも平気そうだけど」
「そんな事無いよわっしー。明日絶対筋肉痛だよ〜」
「お前その笑顔でそれ言うか?」
「ホントだって〜。ふまにゃん信じてくれないの?悲しいなぁ〜ううぅ……」
「いや信じない訳じゃないけど…何かこう信じがたいというか」
「風馬君、それは信じられないって言うのと同じよ」
「そうですよねごめんなさいすみませんでした」
「ふふ…はははは!!」
「おい銀、何がおかしかったよ」
「いやー、こんな冗談が言えてるのって幸せだなって。こういうのを守るために、アタシたちはお役目やってるんだってふと思ってさ。そしたら今のが急に面白く思えてきたんだ」
「おいおい、明日死ぬみたいな言い方やめろよ……」
彼女らが守るのは、ありふれた日常。一見すると当たり前にあるように思われるが、実はかけがえのない存在。この時はまだ、自身の選択によってそれがガラリと変貌する事など誰も予期し得なかった。
伊予島先生......そういう事です。ハイ。
次回、VS天秤座。