ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
仮題:『差し切り体勢』グラスワンダー

タイトル変えるべきか悩みましたが、アンケートの時のまま上げます


ラブ◯テルまでの直線は短いぞ!

ラブ◯テルまでの直線は短いぞ!果たして説得は間に合うか?

 

思考を放棄し始めた頭の一部が、そんなふざけた実況を始める。

実際に通りを少し行ったところにあるラブ◯までの距離は目測で1ハロン…200メートルに少し足りないくらいだろう。

絶対に、そこに辿り着いてはならない。

 

「さあ、トレーナーさん?行きましょうか」

 

俺の左手をしっかりと恋人繋ぎで握りしめた栗毛の愛バが『不退転』を宣告する。

その目は重賞レースに出走する時のように燃えあがっており、逃がす気は毛頭ないことをハッキリと物語っていた。

 

「待て!グラス!ダメだ!」

 

どうしてこうなった。

 

 

 

ーーー事の発端はおよそ十八時間程(さかのぼ)る。

 

 

 


 

 

 

「デート?」

「はい。私の直近のレースは三ヶ月ほど先ですし、チームの他の子たちのレースも一月(ひとつき)は先です。最近、(こん)を詰め過ぎてはいませんか?息抜きも大事ですよ」

 

グラスはピコピコと耳を(せわ)しなく動かしながら、一息にそこまで言い切った。

 

最近のこういう仕草の時は、大抵何か面倒なこと……十中八九、俺を手篭(てご)めにする作戦を(たくら)んでいる時だ。

 

 

 

グラスの同期組、スペやセイにエルが彼女らの担当トレーナーと付き合い始め、焦ったグラスは大和撫子らしく淑女然としていることをやめた。

レースの時と同じく『不退転』を掲げた彼女は、スキンシップに始まり、料理や色仕掛け等、俺を落とそうと何度も仕掛けてきた。

 

その結果、前々からグラスのことが好きだった俺は落とされ、グラスと交際を始めることになってしまった。

 

ただ、今までに恋人らしいことは何一つ行っていない。

『デート』という名の『お出掛け』でさえ以前と変わらず蹄鉄を見に行ったり、お茶をするくらいで、手を繋ぐことすらしていない。

 

これは別に俺達二人が初心(うぶ)だったり奥手だったからではない。

グラスが卒業するまでは我慢してくれという俺の説得によるものだ。彼女が納得してくれたとは微塵(みじん)も思っていないが。

 

最初の三年間を無事に終えたグラスは、今や春秋グランプリを制したことで有名なウマ娘だ。

デートはまだ誤魔化しようがあるが、手なんか繋いでるところを写真に撮られでもしたら、あることないこと書かれるのは『火を見るより明らか』だ。

 

俺だって手くらい繋ぎたいが、俺のせいでグラスの経歴に傷でも付いてみろ。一生後悔する自信があるぞ。

そういう訳でグラスには申し訳ないのだが、恋人らしいことは一切行っていない。

 

閑話休題。

 

 

 

そういう訳で何度もグラスに(せま)られた経験から、笑顔と言う名のポーカーフェイスに(いろど)られたグラスの心の内が、なんとなく耳や尻尾の動きから読めるようになってきたのだ。

 

その経験則から言うと、ピコピコと耳が落ち着きなく動いていることから何か策を仕掛けているのだろう。

 

「先にデートプランを聞いても?」

「もちろん、いいですよ」

 

あっさり話す訳ないだろうという読みは外れた。

が、俺にとっては好都合だ。

グラスの語る内容から、どんな作戦で来るか推察さえできれば、面倒事は避けれる。

 

ニコニコと微笑むグラスは、自分の(かばん)からルーズリーフを一枚とシャーペンを一本取り出し、サラサラと文字を書きながら語り始める。

 

ルーズリーフ使うんだなノート派だと思ってたなどと、どうでもいいことを考えたことを付け加えておく。

 

「待ち合わせは九時頃、学園の正門前ということにしておきましょう」

 

〈九時 正門前〉と紙面の上側に書かれる。

少々遅めの時間だが、そんなところだろうか。

 

……いや、九時を『遅い時間』と思うのは職業に引っ張られている気もする。

 

「まずは近くのショッピングモールへと買い物に行こうと思っています。新しい蹄鉄と流行りのお洋服を見たいですから」

 

すぐ下に〈ショッピングモール 蹄鉄、洋服を見る〉と追加される。

確かに蹄鉄は擦り減っていたはずだし、グラスだって年頃の女性だ。洋服に興味があっても何もおかしくはない。

 

「お昼ご飯なんですが、実は気になる和菓子屋さんを見つけていまして、その付近で何か食べてから和菓子を見て、場合によっては和菓子も頂こうと思っています。それでもよろしいでしょうか?」

「問題ないよ」

 

一も二も無く(うなず)く。

〈お昼休憩 和菓子屋さんの近くで食べる〉と付け加えられる。

俺も和菓子は好きだし、グラスが気になるお店は俺も気になる。

お昼を摂るお店が見つかるかが心配ではあるが、行き当たりばったりも一興だろう。

 

「お昼が終わったら、月並みですが、水族館に行こうと思っています」

「まあ、定番ではあるよね」

 

〈水族館 目一杯楽しむ〉

目一杯楽しむというところに、大人びた彼女の子供らしさを感じて胸の内が暖かくなる。

交際している相手とは言え、年齢が年齢だ。

子供らしく振る舞ってくれた方が、こちらとしても嬉しい。

 

「デートプランは以上です。最後に、私を寮まで送っていただけると嬉しいのですが」

「それくらいお安い御用だよ」

 

〈寮まで送ってもらう〉と締めくくられる。

彼女の保護者としてもパートナーとしても、それくらいのことは(もと)よりするつもりだった。

むしろ途中で別れて帰るなんて考えても見なかった。

 

付け加えるとするなら、グラスが一緒に俺の家までやって来てそのまま外泊とか、俺が一人で帰る後ろをつけてきて玄関が開いたところにグラスが飛び込んで来るとか。

そんな一日の終わりが頭の中に浮かんでいたのだが、それを言う必要は全くないだろう。

『口は災いの元』だ。

 

クルリとルーズリーフが反転し、こちらへと差し出される。

改めてデートプランを確認するが、

 

〈九時 正門前〉

〈ショッピングモール 蹄鉄、洋服を見る〉

〈お昼休憩 和菓子屋さんの近くで食べる〉

〈水族館 目一杯楽しむ〉

〈寮まで送ってもらう〉

 

何も変なところはない。

俺の考えすぎだったのだろうか?

最近のグラスのイメージに引っ張られて、あらぬ誤解をかけてしまったのだろうか?

 

まあ、この段階では気付かなかっただけで誤解でもなんでもなかった訳だが。

 

「どうでしょうか…?」

 

いつもより覇気のない、有り(てい)に言えば、不安そうな声がかけられる。

 

余計なことを考えていたせいで、思っているより時間を掛けてしまったようだ。

眉を八の字にして、上目遣いにこちらを(うかが)う俺の恋人は、いつもの柔らかな笑みとはまた違う可愛らしさで、ひどく魅力的だった。

 

「大丈夫だよ。これで行こう」

 

心拍数が急激に上昇し、語彙力が急激に低下する中、なんとかそれだけは絞り出した。

 

パァッと花開くようにグラスは満面の笑みになり、珍しく頬を赤らめながら子供っぽく楽しげに何か話していたのだが、ずっと彼女に見惚れていたせいで何を喋ったかなんてまるで記憶になかった。

 

 

 


 

 

 

明くる日の九時十分前、トレセン学園の正門前。

快晴の空の下、涼しい朝だが太陽が真上に昇る頃にはジンワリと汗ばみそうな陽気だ。

 

「あら、お待たせしてしまいましたか?」

「いや、今来たとこだよ」

 

後ろからかけられた聞き馴染みのある声に、振り向きながら答え、絶句する。

 

「いかがでしょうか?こういう衣装が好みだと聞いたのですが」

 

股下のほとんどない黒のホットパンツに、おへそと(ひじ)が見える白のシャツ、ラフに白いソックスと黒いスニーカーを履いた恋人がそこには居た。

 

しっかり隠していた俺の好みがバレてることも驚きだが、まさか普段清楚な大和撫子として振る舞っているグラスが、ほぼ対極に位置するコーディネートでやって来るなんて夢にも思わなかった。

 

だから、俺が何も言わずにグラスの健康的な太ももやら、可愛らしいおへそやら、ほっそりとした腕やらを凝視しているのは何もおかしいことじゃない。うん。

 

「あの、何か言ってくださると嬉しいのですが……」

 

恥ずかしそうに体をひねりながらのグラスの言葉にようやく我に返る。

 

「あっ、えーっと……ごめん、見惚れてた」

「あら、それはありがとうございます♪」

 

咄嗟(とっさ)に出てきた言葉は誉め言葉でもなんでもない飾り気のないありのままの事実でしかなかったが、グラスには誉め言葉として受け取られたようで優雅でお(しと)やかな一礼が返ってきた。

 

ラフ過ぎる格好とのギャップが凄くて、俺の中の感情が凄く凄いことになっている。

 

「では早速ですが行きましょうか」

「ああ、行こうか」

 

なんとかグチャグチャになった情緒を内に秘めておくことに成功し、冷静に返事を返して俺達はデートに出発した。

 

 

 


 

 

 

「中々に有意義な時間でしたねー」

 

そう言うグラスの肩からは少し膨らんだ鞄が下がっている。

 

「蹄鉄も服も色々買ったからな」

 

そう言う俺の肩にも膨らんだ鞄が下がっている。

 

蹄鉄やグラスの服はともかく、俺の服まで買うことになるとは思わなかった。

ただ、時折服を選びながらお尻をこちらに突き出してくるのには困った。

十中八九意図的なんだろうが、目のやり場に困るし、ただでさえお尻が強調されるような服を着てるんだから、他の人に見られるのも嫌だからやめて欲しい。

 

「で、気になる和菓子屋ってのはどこにあるんだ?」

 

意識を現実に戻す。

日の高い中、それなりに歩いているため少し汗ばんできた。

 

「もうすぐですよ。そこの角を曲がったら見えてきます」

「わかった」

 

少し進んで角を曲がり大通りから()れると、遠目にでもわかる和風のお店が視界に入った。

あれが(くだん)の和菓子屋さんとやらだろう。

ここからでもお店の前に並ぶ行列が確認できる。

 

「結構並んでるな」

「先にお昼をいただく予定にして正解かもしれませんね」

「で、どこで食べようか?」

 

辺りを見渡してみるが、個人経営っぽい定食屋さんが幾つかあるばかりだ。

 

それに対する答えとして、手を引かれた。

 

「グラス?」

 

指を絡めてくる愛バに困惑しながらもグラスの方に向き直ると、そこにはレース出走前のような真剣な面持ちのグラスワンダーがいた。

 

「トレーナーさん、ごめんなさい。一つ嘘をつきました。食べるところは既に決めてあります」

「……どこかな?」

 

……最近のこういう表情の時は、大抵何か仕掛けてくる時だ。

嫌な汗が背筋を伝っていく。

 

「あそこにある建物に行こうと思っています」

 

彼女が指差す先にはお城のようなとよく形容される建物が一棟。

見間違えかと思い何度も確認するが、それ以外の建物を指しているようには見えない。

 

「あの場所で汗を流した後、あなたと昼食をいただこうと思っています」

 

冗談のような台詞(せりふ)を真面目な口調でグラスは言い切る。

それと同時に握られた手に力が(こも)る。

 

ラブ◯テルまでの直線は短いぞ!果たして説得は間に合うか?

 

思考を放棄し始めた頭の一部が、そんなふざけた実況を始める。

実際に通りを少し行ったところにあるラブ◯までの距離は目測で1ハロン…200メートルに少し足りないくらいだろう。

絶対に、そこに辿り着いてはならない。

 

「さあ、トレーナーさん?行きましょうか」

 

俺の左手をしっかりと恋人繋ぎで握りしめた栗毛の愛バが『不退転』を宣告する。

その目は重賞レースに出走する時のように燃えあがっており、逃がす気は毛頭ないことをハッキリと物語っていた。

 

「待て!グラス!ダメだ!」

 

必死に頭を動かして回避する方法を考える。

手を振り(ほど)こうにも、当然力負けしているためどうにもならない。

もちろん足を踏ん張ったところでガリガリと音を立てながら引きずられるだけだ。

 

どうにか説得するしかない。

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。今日は何を言われても諦める気はありませんから」

 

ーーーその一言に望みは断たれ、抵抗虚しくホテルに連れ込まれるのだった。

 

 

 


 

 

 

シャワーの音が響き渡る室内。

グラスが見ていない今なら逃げることもできる。

 

だが、果たしてそれは正解なのだろうか?

 

今回の一件で痛感させられたが、彼女が本気を出せば俺の意思なんか容易(たやす)く踏みにじることができるのだ。

今から逃げ出して、この場は(しの)げたとしても、夜逃げでもしない限り明日も明後日もグラスとは顔を合わせることになる。

結局、根本的な解決にはなっていない。

 

それよりはいっそのことグラスを受け入れてしまった方が誰も傷付かなくて良いのではないか?

 

そんな悪魔の(ささや)きが頭の中にへばりついて離れない。

 

「上がりましたー♪トレーナーさんもシャワーを浴びてきたらいかがですか?」

 

その声にハッとして顔を上げると、しっとりと濡れた栗毛にホカホカと湯気を上げるグラスがいた。

着崩してはいるが、朝から着ているシャツとホットパンツ姿で少しだけ安心する。

 

それにしてもシャワーか。

確かに汗を流しには行きたいが、グラスが乱入してくる可能性もある。

それ以外にも服を隠されたりとかも考えられる。

ハッキリ言って、(みずか)ら罠に飛び込むようなものだ。入る訳にはいくまい。

 

そんな逡巡(しゅんじゅん)を見て取ったのだろう。

グラスが俺の前まで来て、柔らかい口調で話始めた。

 

「トレーナーさん。ここまで力尽くで連れて来ておいて難ですが、私は力で無理矢理する気は一切ありません。やはり愛する殿方とは合意の上で愛し合いたいですから、最後の一線だけはあなたに(ゆだ)ねます」

 

綺麗な笑顔で話を締めたグラスは、俺の手に手を重ねながら俺の横へと腰掛ける。

 

「グラス、やっぱり「ここには私達しか居ませんよ?だから、何をしてもいいんですよ?」

 

甘く囁かれる誘惑が耳朶(じだ)を震わせる。

太ももに手が添えられ、暖かい体が寄りかかってきて、熱い吐息が頬にかかる。

 

「………………いや、ダメだ」

 

このまま雰囲気に流されてしまいたい欲に後ろ髪を引かれながらも、残った理性でなんとか否定の言葉を告げる。

 

ここで流されたら後はズブズブと沼に沈むように、なし崩し的に欲望に溺れることになるだろう。

グラスのためにも俺のためにも、それだけは避けたい。

 

「……トレーナーさん。昼食を待つ間にシャワーを浴びてきませんか?私はトレーナーさんの汗の匂いも好きですけど、ベタついて不快ではありませんか?」

「……覗いたり入って来たりしないよな?」

「もちろんしませんよ」

 

ニコニコと俺の腕を抱きながら答えるグラスの言葉がどこまで信用できるかは謎だったが、スンスンと鼻を鳴らして臭いを嗅がれ始めた時に腹は決まった。

流石にそれは恥ずかしい。

 

立ち上がるのと同時に離れていく(ぬく)もりに、言い様のない寂しさを覚え、足取り重く浴室へと向かった。

 

 

 

その後は、シャワーを浴びてる間に服が消えたり(グラスが顔に押し当てて臭いを嗅いでた)、昼食をあーんで食べさせられたり(めちゃくちゃ恥ずかしかった)、隙あらば密着してきたり(女性らしい柔らかさが感じられて色々とヤバかった)して時間ギリギリまで粘られたが、なんとか何事もなくホテルを出ることができたのだった。

 

 

 


 

 

 

「ケ?!」

「ん?」

 

ホテルを出て最初に耳に入ったのは、何度も聞いたことのある馴染み深い声だった。

 

「あらまあ」

「えっと、その、エルは何も見てません!」

「えっ、グラスとそのトレーナー…?」

「先に言うけど何もなかったからな!」

 

俺達が出てきたところを三度見しているエルのトレーナーの機先を制する。

一方でエルは赤い頬のまま、耳を手で押さえてそっぽを向いている。

……グラスはいつも通りの笑顔のままだ。

 

「……本当に何もなかったのか?」

「何もなかった!だよな、グラス?」

「そうですねー。そういうことにしておきます」

 

わざと含みを持たされたグラスの言葉に、ようやく彼女の作戦を理解する。

俺がどう行動しようとグラスの作戦通りだったのだろう。

ここでラブ○から出てくる俺達を目撃させるのが真の目的だったんだ。

 

「トレーナーさん!早くスイーツ!スイーツを食べに行きましょう!」

「エールー?もう少しくらいお話してもいいでしょう?」

 

エルの指差す先には俺達が目指していた和菓子屋さんがある。

つまり、今日のお昼過ぎにエル達二人をあのお店に誘導してあったのだろう。

ここまでタイミング良く出会ってしまったのは、俺にとってはあまりにも不運だ。

 

「なあ、グラスのトレーナーよ。もういっそのこと諦めた方が楽だと思うぞ?」

 

珍しく思案げな表情で声を潜めてエルのトレーナーが心配してくれる。

 

……俺もそう思う。

なんかもう疲れた。

大人とか指導者とか子供とか学生とか、俺のプライドとかグラスの未来とか、そんなもの全部(なげう)って何も考えずに欲望に溺れたい。

 

……それができないから疲れてるんだけども。

 

 

 

 

 

そこから和菓子屋さん、水族館とダブルデートになったのだが、残念ながら既に疲れ切っていて何を食べたか何を見たのかすら曖昧になってしまうのだった。

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