ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
超初心なグラスちゃん概念
+いつもと少しキャラが違う黄金世代

いつもご清覧、感想、お気に入り等ありがとうございます
今年の書き納めでございます



純情乙女グラスワンダー

「……不潔!不潔です!」

 

 がやがやとした昼時のカフェテリアの一角、顔を真っ赤にして箸を振るう少女が一人。

 普段は淑女然と振る舞っている彼女──グラスワンダーは珍しくも大声で品の無い行動を取っていた。それもこれも全部目の前のルームメイトのせいだと自分に言い聞かせながら。

 

「キスは良くても、し、舌を入れるだなんて…!」

 

 気になるところそこなんだ。と面白がって茶々を入れるセイウンスカイなぞ眼中に無い。今の彼女の不倶戴天(ふぐたいてん)の敵は、目の前で困った顔をしながらデスソースを垂らしたフライを頬張っているのだから。

 

「その、お付き合いを始めたんだから、フレンチキスくらいするものだと思いマスよ…?」

「私たちはまだ学生ですよ!?」

 

 がばりと机の上に乗り出すのが一人。勢いに気圧(けお)されて目一杯体を引くのが一人。

 昼時で色めき立つカフェテリアに、それを注視する外野はいない。

 

「確かに私だって意中の殿方とキスをすることに憧れはあります。それ以上のことだって興味が無いとは言いません。でも私たちは学生。そんな私たちがちょっと火遊びに(きょう)じれば場合によっては相手の方が逮捕されてしまいます。特に私たちは一廉(ひとかど)の競争ウマ娘、GⅠウマ娘なのです。トゥインクルシリーズの顔役であり、アイドルとしての役回りも私たちは(にな)っているのです。ゆえに常に模範たる行動を普段から心がけ───」

「いやでも、グラスちゃん。愛を確かめ合いたくなるのは年齢も立場も関係なくない?私だってキスぐらいしてるよ?」

 

──え?ツルちゃん?

 

 ツルマルツヨシからの思わぬ横槍にグラスワンダーの動きが止まる。

 油の切れた機械のような動きで振り向き、信じられないものを見る目で裏切り者(ツヨシ)を凝視。一方のツルマルツヨシはなんとも言えない表情のまま固まっている。

 

「ベロチューで抑えてる辺り偉いと思うけどなぁ」

 

 そこに追い討ちを仕掛けるのがタイミングを見計らっていたトリックスターだ。

 

「少なくとも私はトレーナーさんと一緒にいてガマンできなかったなぁ。それにフラワーも巻き込んじゃったし」

 

 すらすらと秘すべき事柄が並べられていく。そこにあるのは同期へのある種の信頼。情緒がおかしくなっているグラスワンダーにもそれくらいは理解できる。

 だけど、今まで隠していた秘密を(つまび)らかにする理由が分からない。セイウンスカイらしくない。動機が理解できない。

 ただ、直感的に糾弾しようと息を吸うのに合わせてセイウンスカイが出鼻を挫く。

 

「まあ、最近ようやく三人で仲良くできるようになってきたから、みんなには"私の"恋人たちを教えても大丈夫かなって思ってね?」

 

 グラスワンダーには理解できない。いや、言葉の裏、暗喩の意味は十分に読み取っている。私のものに手を出すなということも、大人の階段を一段飛ばしで登っているということも。

 グラスワンダーは理解したくない。親しい友人が成人男性と幼い後輩の二人を同時に(たぶら)かしていることを。それを彼女が主導しているということを。

 

(ガマンできなかったということはセイちゃんから?フラワーちゃんを巻き込んじゃったとはどういう状況なの?三人で仲良く、は言葉通りの意味?)

 

 ぐるぐると疑念が頭の内側を回り、混乱が体の中に広がっていく。それでも言いたいことがひとつ。

 

「……二股は不純ですっ!!」

「それは否定できないかなぁ」

 

 にゃははと苦笑混じりに笑ったセイウンスカイは言いたいことを言い終わったらしく、ゆったりと食事を再開する。

 追求しようと息を入れ……少し冷静になり……ゆっくりと吐き出す。

 

(わざとらしく色恋の話題をセイちゃんが振ってきた時点で彼女の術中。それに乗る必要はない)

 

 ならばとエルコンドルパサーからもセイウンスカイ、ツルマルツヨシからも視線を外す。

 きょとんとした表情で箸を進めるスペシャルウィークを通り過ぎ、我関せずを決め込んでいる最後の一人に狙いを絞る。

 

「キングちゃんはどう思いますか?!」

 

 先ほど取り戻した冷静さは何処へ行ったのだろうか。

 

「当人たちが納得してるなら問題ないんじゃないかしら」

 

 そして、あまりにも気の無いキングヘイローの即答に肩透かしを食らう。

 

──うそでしょ、キングちゃん。一流を(こころざ)すあなたは絶対に仲間だと思っていたのに。

 

「不純異性交遊を見逃していいんですか!?」

「他人の恋路を邪魔して蹴られる方が私は嫌よ」

 

 勝手に落胆しているグラスワンダーであったが、あまりにも冷めているキングヘイローの言葉に今再び少しだけの冷静さを取り戻す。

 確かに他人の恋愛に横から難癖を付けているとも言える。

 言えるが自分たちのようなトゥインクルシリーズ現役での恋愛は、どちらかと言うと倫理観の問題なのでは?とどうにも()に落ちない。

 

「キスも性交渉も愛情表現でもあって、それを不潔だとか不純だとか断じるのは少し狭量(きょうりょう)ではなくて?」

「……それは……そう、かも、しれませんが」

 

 それに、と淡々とキングヘイローが続ける。

 

「バレなきゃいいのよ。体面を気にするなら、誰にも、ね?」

 

 透き通るような微笑を浮かべるキングヘイロー。

 思わず怒りすら忘れて見惚れるグラスワンダー。

 キングヘイローが(まと)う色香は学生のそれではなく、グラスワンダーは怒りではなく焦りを覚える。

 

(も、もしかして、私一人だけ…?学生らしく貞淑(ていしゅく)に学業とレースだけに熱を上げているのは私だけ?)

 

 みんなは年相応に青春を謳歌(おうか)しているのに、レースだけに心血を注いでいるのは自分だけ?

 

「ス、スペちゃんは、大丈夫ですよね?女性のトレーナーさんですし、大丈夫ですよね?」

 

 願うように、祈るように、(すが)るようにスペシャルウィークに言葉足らずに問う。

 

「ごめんね、グラスちゃん。私、故郷に彼氏が居るの」

 

 そして、裏切られた。

 

「えっとね、小さいころから仲良しの男の子でね。実は将来の約束もしてて、トレセン学園への転入前にしばらく会えないし、じゃあしちゃおっかって──」

「そこまでデース!!」

「……スペちゃんって大人なんだね」

「彼氏とか将来の約束とかはファンの前でしちゃダメだよ?」

「スペさんは放っておくと自分から全部バラしそうね……」

 

 周りの友人が何かを言ってる。

 ぐらぐらと地面が揺れてる。

 ああ、きっとこれは悪い夢なんだと、グラスワンダーは意識を手放した。

 

 

 


 

 

 

「ト、トレーナーさんは、学生の恋愛について、どう思いますか…?」

 

 予想通り面倒なことになったと男は保健室の天井を見つめていた。

 グラスワンダーが倒れたと聞いた時点で嫌な予感はしていた。最近の様子からして体調を崩すような予兆は無かった。加えて、彼女自身が体調管理には気を遣う方だ。

 事故にあったのではないのならば、精神的な問題であると予測するのが妥当だろう。

 そして、このような慎重に触れるべき話題の時に男が取る行動は決まっている。

 

「学生なんだし度を越えない恋愛なら青春の思い出になって良いんじゃないかな。あくまで僕の意見だけどね?」

 

 察しの悪い振りをして、当たり障りのない答えを返すのだ。

 彼女が何に悩んでいるかを知っているがゆえに。そして彼女の為人(ひととなり)を知っているがゆえに。

 ゆえに──

 

「で、では、もし仮に、万一、私が、あなたをお慕いしているとしたら、どう思いますか…?」

 

──グラスワンダーらしからぬ軽薄な発言に、男は察しの悪い設定すら忘れて天を(あお)いだ。

 

 そんなことは()うに知っている。時折飛んで来る熱い視線。用向きもなくトレーナー室に居座る放課後。隠れて男のジャケットを着る趣味。

 それらを勘違いだと断ずるほど男は鈍感ではない。

 

 だからこそ男は返答に(きゅう)していた。当たり障りのない少しばかり担当ウマ娘を肯定する普段の設定は使えない。

 普段の彼女の良識を持った大人のような意見を彼女が持っている前提の全肯定であって、今のような冷静さを欠いた子供の彼女を肯定するのは指導者として容認できなかった。

 ただ、

 

「グラス、落ち着いて、ゆっくり深呼吸しよう」

 

 男は逃げた。

 遠回りな告白を断固として断るのを無粋だとは思った。

 思ったのだが、かと言って、それとなく(さと)すような文言は男の語彙にはなかった。

 

「ご、ごまかさないでください。わ、私があなたのことを好いていること、知っているのでしょう…?」

 

 そしてこの自分の退路ごと男の退路を断つグラスワンダーである。

 

「い、いつもお出掛けの時はデ、デートだと思って、おしゃれしてるんです」

「グラス」

「し、下着もかわいいのを選んでるんです。き、期待するのは悪いことではないので」

「グラスワンダー」

「こ、子どもの名前も幾つか考えているんです。引退してすぐにでも──」

「お前」

 

 ぴくりとグラスワンダーの体が震える。

 (おび)えや驚きではなく、珍しい呼び方に対する興奮だろうと男は判断する。

 

「深呼吸しろ。反論は許さん」

 

 隠しきれない興奮と普段通りの深呼吸を確認し、ようやく男はため息を吐く。

 なぜこんな()()()()()ことに心を砕かねばならぬのだと。どうして()()をくだらない出来事にしないのかと。

 ひとつ息を入れ、男は刮目する。

 

「グラスワンダー」

「……はい!」

 

 陽気に揺れる尻尾を男は(つと)めて視界から外す。

 

「お前からの好意は受け取った。だが、返答はしない」

「……えっ」

「返事が欲しいなら、せめて大学を出て俺と対等な大人になって酒でも持って来い」

 

 彼にしては珍しい露悪的な笑みで締めくくられた言葉に、(しお)れた花のようだったグラスワンダーの背筋が伸びる。

 

「俺の出来る最大限の譲歩だ。理解したか?」

「……はい!」

「よし。……じゃあ、落ち着いたみたいだし、僕は一足先にトレーナー室に戻ってるね」

「はい。お騒がせ致しました」

 

 ひらひらと手を振って男は部屋を出た。一層熱い視線を背中に感じていることに気付かない振りをしながら。

 

 

 


 

 

 

「好きです」

「グラス?」

「独り言です」

 

 翌日、男は途方に暮れていた。

 

「気付いたんです。返事が無くても良いんだと」

「グラスワンダー」

「大切なのは気持ちを伝えることですから」

 

 吹っ切れたのか、余計な性癖に目覚めたのか、隙あらば告白してくる担当ウマ娘(グラスワンダー)が誕生していたのだ。

 

「お慕いしています。形振(なりふ)り構わずに──」

「お前」

「はいっ!」

 

 ぱたぱたと彼女の耳が揺れていることを一度は無視しようとして、結局は彼女と視線を合わせようとして視界の真ん中へ。

 

如何(いか)なる罰であろうと受ける覚悟をしております」

「……ウォーミングアップに追加で外周一周して来い」

「はい♪」

 

 ゆらゆらと陽気に揺れる尻尾を見送り、男は文字通り頭を抱えた。

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