マックイーンを初めて自宅に上げるお話
マックイーンとおうちデート
「俺の家に行きたい?」
「はい。いわゆる『おうちデート』と言うものをしてみたいです」
宝塚記念で勝利を収め、次の目標の京都大賞典まで間もあるので、『しばらくオフにしよう』と担当ウマ娘のメジロマックイーンに告げたところ、思いもよらない返事が返ってきた。
マックイーンとは去年のURAファイナルズが終わってから、正式にお付き合いをしている。
だから、『デートに行こう』と言われるのは想定していたが、彼女の好きなスイーツ巡りや、スポーツ観戦ではなく、なぜ俺の自宅なのだろうか。
俺の怪訝な顔を見て取ったのか、マックイーンが話を続ける。
「トレーナーさんのご自宅でしたら、他の方々の目を気にする必要もありませんので、落ち着いて休日を過ごせますわ」
確かに『ターフの名優』メジロマックイーンは、どこに行っても注目を集める存在になっている。人目を気にせず落ち着ける場所は自ずと限られるだろう。
だが、他にも理由がある気がする。
数年間彼女と一緒に居たためか、直感的に彼女が何かを隠していると感じる。
探りを入れるために、眉間に皺を寄せ、形ばかりの難色を示してみる。
「女学生を家に連れ込むのは色々と問題があると思うんだが…」
既に俺達の関係は、メジロ家公認となっており、トレセン学園には黙認されている。
マックイーンを家に連れて行っても、誰にも後ろ指を指されたりしないだろう。
「有名なスイーツ店の数量限定品を手に入れましたので、誰にも見られない場所で、ゆっくりと二人で頂こうと思ったのですが…」
普段のマックイーンなら先にスイーツの話をするはずだ。
つまり、スイーツの話は口実で、俺の家に上がるのが目的なのだろう。
『何かを企んでいる』という疑惑が確信に変わる。
何を企んでいるのかわからないが、俺の家に行く必要があるのだろう。
今までの傾向からして、ゴールドシップやイクノディクタスと組んでの、サプライズやドッキリの準備である可能性が高いと考える。
なら、気付かなかったことにした方が良いと思い、家に招くことにする。
仮に、間違っていたとしてもマックイーンなら問題になるような事はしないだろう。
「…まぁ、いいか。俺の家で紅茶と一緒に頂こうか」
「ありがとうございます!」
ほんのり朱が差した笑みを浮かべる愛バと、パタパタと機嫌良く揺れる耳と尻尾に、胸の高鳴りを覚えながら、日取りを決める話に取りかかった。
「待たせてすまん。マックイーン」
「いえ、今来たところですわ」
待ち合わせ10分前に到着したのに、既に待っていた愛バと、テンプレのやり取りをする。
いつも俺より早いんだが、本当に待っていないのだろうか?
今日のティータイムにでも聞いてみようと、頭の片隅にメモする。
ふと、今日のマックイーンは、普段のデート時と比べて荷物が多いような感じがする。
それに、いつもより血色が良いような気がする。
重たい荷物でも持ってきたのだろうか。
「マックイーン。荷物が多いようだけど、持とうか?」
「えっ!?いえ、少し嵩張っていますけど、軽いので大丈夫です」
「…そうか。持ちにくいなら遠慮なく言ってくれよ」
「はい。その時は頼らせて頂きます」
渡したくはないらしい。
ケーキでも入っているのだろうか?
特に気にしないことにする。
「じゃあ、行くか」
「はい!」
他愛ないお喋りをしながら歩いていると、すぐに家に着いてしまった。
何故か少しガッカリする。
外に立っている訳にもいかないので、とっとと鍵を開ける。
ふと、担当ウマ娘を自宅に招いたら、"逆うまぴょい"されたと、遠い目をして語っていた先輩や、家に盗聴器とカメラを設置されていたと嘆く同期が脳裏に閃く。
…マックイーンに限ってそんなことはしないだろうと思いながら、扉を開ける。
「ただいまー」
「…お邪魔致しますわ」
誰もいない家に声をかけながら二人で入る。
…マックイーンの声が変だと感じる。
緊張しているような声だ。
先程、脳裏に蘇った先達の事を思い返しながら、ゆっくりと彼女が居る方向を見やる。
そこに居た彼女は、頬をバラ色に染めて、こちらを見つめており、左右の耳はバラバラに動き、尻尾は落ち着きなく揺れている。
……ヤバいかもしれない。
無意識に腰が引ける。
「……マックイーン?」
恐る恐る声をかける。
「は、はいっ!服は私が脱いだ方がよろしいでしょうか?!それとも、トレーナーさんは脱がすのがお好きですか!?」
「……は?」
「…え?」
お互いに怪訝な声をあげる。
「…ええっと?このままベッドに強引に連れて行かれて、滅茶苦茶にされる流れではないのですか…?」
思わずマックイーンをマジマジと見つめる。
落ち着きなくソワソワしながらも、襲ってくるような素振りはまるで無い。
全身から力が抜ける。
誰だよ。
こんな偏った知識を吹き込んだ奴は。
「つまり、ライアンの持ってた漫画の展開を、ゴルシがデート作戦として計画して、マックイーンが仕掛けた。ってことでいいのか?」
「仰る通りです…」
なんとか宥めて、家に上がってもらい、スイーツと紅茶を頂きながら、ここに至るまでの経緯を聞いた結果が、これだ。
ライアンには、担当トレーナーから注意ないし過激な表現の漫画の没収を頼むことにしよう。
ゴルシは、その才能もっと他に活かせよ。
次会ったら、とりあえず、ジャーマンスープレックスだな。
そんな益体もないことを考えていると、マックイーンが話を続ける。
「殿方は、意中の女性と二人きりになったら、ケダモノのように襲いかかってくる。と聞いたのですが…」
「どこ情報だよ…流石に漫画の読み過ぎだろ…」
呆れながら、一息つくために、紅茶に口を付ける。
テーブルの対面に座るマックイーンは、耳も尻尾も項垂れていて、モソモソとショートケーキを食べている。
「で、着替えやら用意して、外泊届まで出して、準備万端で来たと」
「はい…」
嵩張る荷物はお泊まりセットらしい。
どう返事をしようか悩んでいると、彼女の方から話しだす。
「だって、テイオー達は私達と同じくらいの交際期間ですのに"経験済み"で、私達は最近ようやくキスをしたところですわ。
だから、貴方は、とてもお優しい方ですから、本当は私なんか好きではないけれど、私が可哀想だから、お情けで付き合ってくれているのではないか、と考えてしまって、居ても立っても居られなくなって…」
そこから先は言葉が続かなかった。
こんなことを彼女に言わせてしまう自分が情けない。
ただ、うつむき、頬を染め、涙を浮かべる愛バは、とても扇情的に見えた。
劣情と自己嫌悪を覚えつつも、それらに無理矢理蓋をする。
席から立ち上がり、テーブルの反対側にいる彼女に近寄り、抱きしめる。
「ッ…」
伝える言葉は決まっている。
付き合い始めた時から考えていたことだ。
「マックイーン。俺は君のことを愛してる。大切に思ってる。
そして、ターフの上の君も愛してる。
だから、もし万が一にも、そういうことをして、子供が出来て、そのせいで、君が走れなくなったら、俺は自分が許せない。
だから、引退するまでは、一緒に我慢してくれないか?」
自分に言い聞かせるように告げる。
そうすることで、どうにかなってしまいそうな理性を、なんとか繋ぎ止める。
「…わかりました」
マックイーンが両手で強く抱きしめ返してきて、俺の胸に顔を埋める。
熱い吐息が胸にかかる。
その熱さが心地好い。
「ありがとう。マックイーン」
「ただ…」
「…なに?」
「『万が一、子供が出来たら、ダメ』だと仰いましたよね?」
「あぁ」
何か癪に障る言い回しだっただろうか。
「では、『絶対に、子供が出来ないことなら、しても良い』ですわね?」
上目遣いに、茹でダコみたいに真っ赤な、涙の潤む顔でマックイーンはそう言う。
…言質を取られた?
上気した、したり顔でマックイーンが畳み掛ける。
「『一緒に我慢』なんて嫌ですわ。適度に発散させましょう。
…それに、貴方が本当に私の事を愛してくださっているのか、この目で確かめなければなりませんわ」
向こうから誘ってきた。
お互いの妥協点だ。
と既に自己弁護し始めている自分に気付く。
「…先にシャワーを浴びてきてもいいか?」
冷水を浴びて冷静になれば、何とか反論出来るかもしれない。そう考える。
決して、この後のことに期待しているわけではない。決して。
「では、一緒にお風呂に入りませんか?お互いにお互いの体を洗い合いましょう」
風呂に入る前にのぼせそうな顔のマックイーンが、花が咲くような笑顔で、そう言う。
…今夜は眠れない夜になりそうだ。