ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
奥手なルドルフがトレーナー君との距離を縮める話

君は私のルドルフ過去作と地続きだと考えても良いし、完全パラレルだと考えても良い


〈シンボリルドルフ〉
日進月歩、恋とは斯くあるべし。


星河一天の下、カツカツと鳴っていた三対の足音が()み、それと同時に会話も止まり、静寂の(とばり)が下りる。

 

足が止まったのは栗東寮の玄関前だから。話が止まったのは三者三様に別れを惜しんでいるから。

 

「それじゃあ、僕はここまでだから。また明日ね」

 

夜の静寂(しじま)に、この場で最年長の人物の落ち着いたバリトンの声が響く。それに後押しされたように私達も声を響かせる。

 

「何度も言っているが、トレーナー室に戻ろうなんて考えるなよ。休むのも仕事だ。さっさと帰って寝ろ」

 

エアグルーヴの無愛想な忠言に、トレーナー室の方へと足を向けていたトレーナー君が固まる。

 

「わかったよ。今日は帰って「今日"は"じゃなく、毎日帰って休め、たわけ」

 

「会長も貴様も私が目を離すと、すぐに仕事に戻ろうとする。もっと体調管理に気を遣えんのか」などと愚痴り始めたエアグルーヴに二人揃って苦笑してしまう。日常茶飯だと、ここから説教に繋がってしまうので、先んじて別れの挨拶を告げる。

 

「ああ、また来週だ。トレーナー君」

「ああ、また来週。ルドルフ。エアグルーヴ」

「……また来週だな」

 

学園の正門方面へと歩いて行くトレーナー君を二人で見送る。

 

つい流れで別れを告げてしまったが、自己韜晦(とうかい)だ。本当は一秒足りとも君と離れたくなんてない。

 

嗚呼(ああ)、願わくば、君と夜の街の中へ………

 

「会長」

 

不埒(ふらち)千万なことを考えながら、見えなくなったトレーナー君の背中をいつまでも追っていると、エアグルーヴの感情の(こも)らない平坦な声が私の夢想を引き裂いた。

 

「いつになったら、デートに誘うおつもりですか?」

 

またか、と思う一方で、エアグルーヴだけでなくブライアンまで発破を掛けてくるぐらい私とトレーナー君の関係は隔靴掻痒(かっかそうよう)として進んでいないのだろう。

 

決して、私にトレーナー君をデートに誘う度胸が無い訳ではない。

生徒会の頂点と、その担当トレーナーとして、他の生徒、ならびに、トレーナーの模範たる我々がそのような度を越した私的な関係を築くべきではない。

そう考えて、エアグルーヴに同様のセリフを言われる度に、煙に巻いて、どうするかを先延ばしにしている。

断じて、今の心地好い関係を崩したくないから告白したくないなんて甘い考えをしている訳ではない。

 

そこまで余計なことを考えて、今日も有耶無耶(うやむや)にしてやろう、と決心した瞬間、見計らったかのようにエアグルーヴが口を開く。

 

「私の記憶が確かなら、あの映画のチケットの使用期限は明日までですが」

「……なに?」

 

呆れ口調のエアグルーヴの言葉に、大慌てでカバンの中の財布を開き、大事に保管している映画のペアチケットを取り出す。そこには確かに明日までの使用期限が明記されていた。

 

「私とブライアンが痺れを切らしたあの日に、トレーナーの前で一芝居打ったのを無下(むげ)にしたのは、他ならぬ貴方ですよ」

 

返す言葉もない。あの日、このチケットを二人から貰った(てい)にしてデートに誘おうという計画を三人で立案したのだが、結局私は直前で怖じ気づいて、私とトレーナー君の忙しさを言い訳にして誘うことすらしなかった。

 

例え"皇帝"であっても怖いものは怖いのだ。

 

それにトレーナー君の反応が全く予測出来ないのが厄介だ。あの仕事一筋の鈍感素直人間なら、告白を素直に受けて付き合ってくれるイメージが容易に浮かぶ一方で、教員としてしっかり一線を引いて断られるイメージも容易に浮かぶ。

 

学園内にはそれなりの数のトレーナーと担当ウマ娘のカップルが秘密裏に成立してるらしいが、どうして皆は乾坤一擲(けんこんいってき)運否天賦(うんぷてんぷ)の大勝負にトレーニングも積まずに出られたのだろうか。

 

……やはり私にはまだ時期尚早だ。エアグルーヴには悪いが、せめて明朝までは待ってもらおう。

 

口を開こうとしたのを、またしてもエアグルーヴの言葉に(はば)まれる。

 

「明日まで引き伸ばさないでください。今ここでトレーナーを映画館に誘ってください。スマホで連絡すれば済む話です」

 

私の弱気を悟ったのだろう。退路を断ちつつ、現実的な案を提示してくる。だが、私の決心がまだついていない。

 

「いや、エアグルーヴ「会長、そろそろ腹を(くく)ったらどうですか」

 

ブライアンやトレーナー君に小言を言う時の固い声だ。(はた)から聞く分にはなんとも思わなかったが、いざ対面すると、これがなかなかに怖い。目に見えない圧力を感じるとは言い得て妙だ。

 

「……進退極まったようだ。仕方ない」

 

(なか)ば強制だが、確かに、こうでもしないと私は告白なんて卒業しても出来ないやもしれない。震える手でスマホのメッセージアプリを起動し、適当な文面を(しつら)える。横から覗いているエアグルーヴが眉を寄せているが、何も言わないあたり、及第点くらいはあるのだろう。

 

『トレーナー君、明日予定はあるかい?ちょうど映画のチケットが余っていて、使用期限が明日までなんだ。一緒に映画でも見に行かないか?』

 

じっくりと推敲(すいこう)して、送信ボタンを……しばらく逡巡(しゅんじゅん)した後、押した。

 

ほんの少しだけ間を置き、メッセージの横に『既読』という文字が浮かび上がる。その後すぐに、『いいよ』とだけ書かれた簡潔なメッセージが返ってきた。

 

その文言を確認して、フゥっと息をつき、メッセージを送信してから息を詰めていたことにようやく気付く。

 

顔を上げると相変わらず固い顔のエアグルーヴと目が合った。

間髪を入れず、彼女は畳みかけてくる。

 

「またドタキャンされたくないので、私の見てる前で待ち合わせの場所と時間までは決めてもらえますか?」

「……今からかい?もう遅い時間だし寮に帰ってからでも「今からです。ここは寮の前ですから、時間には余裕がありますし、第一、会長と私は寮が違うじゃないですか」

「それはそうだが……」

「……ああ!もう!スマホ貸してください!私が全部決めます!」

「エアグルーヴ!分かった!分かったから落ち着いてくれ!」

 

結局、門限ギリギリまでエアグルーヴに小言を言われながら、寒空の下でデートの段取りを決めることになってしまった。

 

 

 


 

 

 

文字通りの青天白日となったデート当日。お昼時に駅前、待ち合わせの場所で私はGⅠレース以上の緊張を味わっていた。

張り切ってオシャレでもしようかと昨晩は悩んでいたのだが、生憎(あいにく)可愛らしい服など持ち合わせてはいなかったので、いつも通り、お気に入りの緑のシャツに白いパンツ、軽い変装目的で眼鏡と帽子で出て来てしまった。

 

トレーナー君に私を女性としてアピールする良い機会なのだから、これよりはもっと相応しい服が手持ちにあったはずだと、先程からずっと思考の渦に囚われ続けている。

いっそのこと、彼がドタキャンしてくれれば、こんな不快な気分で居続けることもないし、次回に向けて服装の準備が出来るのに、などと八つ当たりにも似た無益な事を考えていると、こちらに向かって呼びかけている声を耳が拾う。

 

「お待たせ、ルナ。待たせてしまったかい?」

 

ルナ。私の幼名。二人きりの時にはそう呼んで欲しいと教えた名前だが、"皇帝シンボリルドルフ"が有名になってからはオフの時にも呼んでくれるようになった名だ。

 

彼に"ルナ"と呼ばれている時だけは、七冠ウマ娘"シンボリルドルフ"ではなく、ただのウマ娘として、一人の女性として扱われているようで、"皇帝"としての自分を脱ぎ捨てることができる。

 

ふと彼に"ルナ"と呼ばれた際に肩の力が抜け、さっきまで悩んでいたことを今は興味すら湧かないことに思い当たり、思わず苦笑する。私はなんて簡単な女なんだ、と。

 

「いや、トレーナー君、それほど待ってはいないよ」

 

これは半分本当で半分噓だなと自嘲しながら、表情を取り繕う目的で微笑む。

 

私個人としては待ってはいない。ずっと色々と考えていたので、ここに到着してから、それほど間を置かずに彼が到着したと認識しているから。

だが、1時間近く前に到着している以上、客観的に見れば相当待っているのだろうが、トレーナー君だって集合時間の5分前に来たんだ。誤差の範疇ということにしておこう。

 

「じゃあ、行こうか」

 

スッと手を差し出され、先ほどクールダウンした私の思考回路は再び機能不全に(おちい)る。

 

今までにも何度か彼と二人きりで出掛けることはあった。これから行く映画館にも足を運んだことがある。なのに、なぜ?今日に限って、手なんか差し出してくるんだ?誘っているのか?それとも……

 

……動かないと不自然だ。働かない頭でそう判断した私は、笑顔と言う名のポーカーフェイスで内心の混乱を覆い隠し、差し出された手を取る。しっかりと握り返してくる手は自分の手とは違ってゴツゴツとしており、理由も分からないまま気分の高揚を覚える。

恋人繋ぎでないことに、ほんの少しだけ落胆したのは、ここだけの話だ。

 

「さあ、行こうか」

 

破顔一笑したトレーナー君に引っ張られるようにその場を後にした。

 

 

 


 

 

 

ああ、どうして恋愛映画なんて選んでしまったんだ。

 

この数年間、流行を知るという名目で少なくない数の恋愛映画を(たしな)んできたが、これほどまでに集中できないのは初めてだ。

内容が悪い訳ではない。良く言えば『王道』悪く言えば『マンネリ』と言える内容だが、主人公の女性の心情描写が(こま)やかで、派手さこそないが話の展開に段々と引き込まれていく。よく練られた脚本だ。

 

問題があるのは私の方だ。ウマ娘特有の嗅覚が雑多な匂いの中からトレーナー君の匂いを探しあて、呼吸をする度に隣に居る彼を意識させられてしまう。

 

気付いた時には、映画に出てくる主人公たち、男女二人に彼と自分を重ね合わており、有りもしない彼との青春を夢想し、映画のあらましこそ理解しているが、普段なら注視するであろう細やかな部分は全くと言っていいほど見ていなかった。

 

 

 


 

 

 

映画が終わり、日が暮れていく街の中、トレーナー君に唯々諾々(いいだくだく)と導かれて来た先は、それなりに値の張るフランス料理店だった。彼と外食したことは何度かあるが、こんなお店に来るのは前代未聞だ。

 

「トレーナー君?」

「たまには、こういうお店で食事もいいでしょ?」

 

どういう魂胆なのか詰問するつもりだったのだが、屈託のない笑みで返事をする彼に気勢をそがれてしまった。彼は喜色満面のまま話を続ける。

 

「昨晩エアグルーヴに僕とルナは仕事ばかりしてるって言われたし、たまには、こうして気分転換してもバチは当たらないでしょ」

 

「それに」と一拍置いて、彼は少しだけ笑みを収め、真面目な雰囲気を(ただよ)わせる。

 

「今日、映画に誘ってくれたのは、働き詰めの僕を気遣ってくれたんだよね?そのお礼…って言うと少し変かな。まぁ、何にせよ今日はありがとう、ルナ」

「……ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

 

照れ笑いしながら感謝の言葉を述べるトレーナー君に『そうじゃない』と否定の言葉を告げるなんて無粋な真似は私には出来なかった。

 

最近組んだチームのことを楽しそうに話しながら珍しくアルコール入りのグラスを傾けている彼を前に、(つい)ぞ私は今回のデートの目的を打ち明けられなかった。

 

 

 


 

 

 

「それで?」

 

エアグルーヴの機嫌が目に見えて悪くなった。

先週末はどうなったのかと、エアグルーヴと珍しく生徒会室に来ているブライアンの二人に迫られて洗いざらい話しているというのに。

 

「その後はお酒の入ったトレーナー君を家まで送り届けて、少し談笑してから寮まで帰って来たよ」

「……告白やキス、性交渉は無かったのですか?」

「え?」

 

……今、なんて言った?

 

困惑している私を見て、エアグルーヴは顔に手を当てながらうつむき、ブライアンは腕を組んで天を(あお)ぐ。

 

「……旧態依然として進展無し、ですか」

「……前途多難だな。これは」

 

完全に興味を無くしたのかブライアンは頭の後ろで手を組み、背もたれに体を預けている。

一方でエアグルーヴは眉を寄せながら、こちらを向いてほんのりと怒りが混じった声で話しだす。

 

「会長、私は貴方のことを誤解していたようです。貴方は勝負所が分からないだけだと思っていました。それが、送り狼までして何もしないような腰抜けだったとは思いもよりませんでした」

 

エアグルーヴ、そこまで言うのか?

私だって傷つくんだぞ?

それに送り狼とは……

ほろ酔い気分のトレーナー君がちゃんと家に帰れるのか心配でついていっただけなのだが……

 

傷心気味の内心を隠して、いつも通りの声音で反論を述べる。

 

「まず私は生徒会会長だ。トレセン学園のウマ娘代表として、スキャンダルなんて言語道断だろう?それに私やトレーナー君が婚前交渉なんてする人物だと本気で思っているのかい?」

 

唐突にガタッとブライアンが立ち上がり、生徒会室から出て行こうとする。途中、エアグルーヴの方を向いたかと思うと一言。

 

「止めるなよ?」

「……仕方あるまい」

 

と完全に私は蚊帳(かや)の外の会話をしていた。

 

「何の話をしていたんだ?」

 

扉に手をかけたブライアンに問いかける。顔だけをこちらへ向けたブライアンはその双眸(そうぼう)爛々(らんらん)と輝かせ、重賞レース前の渇望にも似た、それでいてそれとはまるで違う熱っぽい色を瞳に宿していた。

 

「今からトレーナーを食ってくる」

「は?」

「本当は待つつもりはなかったが、ソイツに『会長にもチャンスくらいやれ』と言われてな」

 

エアグルーヴに視線をやりながらブライアンは語る。

 

「回りくどいやり方は私には合わん。それだけだ」

 

彼女は一方的に話を打ち切ると、そのまま生徒会室を後にした。

 

あまりのことに茫然自失としていたが、扉が閉まる音で我に返る。

 

トレーナー君を?食ってくる?だと?

 

「エアグルーヴ!行くぞ!なんとしてでもブライアンを止めなければ!」

 

椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、走りにも近い早歩きでブライアンが出ていった扉にかけ寄り、ドアノブに手をかけたところで疑問に思う。

 

なぜエアグルーヴの方からは音がしないのか、と。

 

焦る気持ちを抑えて彼女の方に首だけで振り向くと、

 

彼女は落ち着いた様子で、生徒会の仕事の書類に目を通していた。

 

「何をしているんだ!エアグルーヴ!我々のトレーナー君の一大事だぞ!」

「申し訳ありませんが、会長、私は最終的にあいつの隣に立って居る者が勝者だと思っています」

 

気が動転している私に、その真意が伝わっていないことを見て取ったのだろう。エアグルーヴが静かな口調で続ける。

 

「我々のトレーナーがブライアンに襲われようが、会長に襲われようが、私には関係ありません。私は着実に外堀を埋めるだけです。

 現に、週に一度はあいつの家に掃除に行きますし、ついでに夕食を作ったりもしています。最近は服装に無頓着なあいつと一緒に服を買いに行ったりもしました」

 

冷静なエアグルーヴの言葉に、わずかに私も冷静さを取り戻す。

 

……つまり、エアグルーヴは既に通い妻をやっていて、もっと長期的な視点でトレーナー君を落とすつもりだと?

 

グズグズしているのは私だけ?

 

何事もなかったかのように資料に視線を戻したエアグルーヴを確認し、余計に焦燥感を覚える。

 

「くそっ!」

 

私らしからぬ悪態をつきながら、ブライアンを止めるべくトレーナー室の方へと走りだした。

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