スカイと一緒に菊花賞を見るお話
kuirui(悔類)様(https://twitter.com/kuirui_monokaki)主催の#ウマ娘SS菊花賞に参加させていただきます
もっと菊花賞に絡めたかったけど、思い付いたプロットからはこれが限界
ゆる募、膝枕
GⅠレースのファンファーレが部屋の片隅から聞こえる。音が鳴っている方向に目を遣ると菊花賞のゲートインが始まっていた。
「トレーナーさん、始まっちゃいますよ?」
テレビの前のソファに寝転んだ愛バ、一昨年の菊花賞ウマ娘セイウンスカイがこちらを呼んでいる。まるで自分の家のように俺の家のソファでくつろぐ姿は堂に入っており、家のそこかしこにある彼女の私物と併せて、彼女と同棲しているかのような錯覚を覚える。
……まぁ、週の半分以上はなんのかんのと理由を付けて泊まりに来るので、半同棲状態ではあるのだが。
「トレーナーさん?」
俺の返事が無いことを心配したのかスカイは上半身を起こして、こちらを見ている。
「今行くよ」
自分のカップに口を付け、今作ったホットミルクココアが人肌程度の温度なのを確認してから、ゆるいタッチのネコが描かれたマグカップ二つを両手に持ち、スカイの居る方へと向かった。
スカイがポスポスとソファを叩いているので、
「ありがとね♪」
ソファの上で体育座りしてチビチビとココアに口を付ける彼女は、いつになく真剣な目でテレビに映る菊花賞を眺めている。
彼女がレースを引退して以来に見るキリッとした凛々しい表情に思いがけず胸が高鳴る。
テレビもそっちのけで愛バに見惚れていると、流石にこちらの視線に気付いたようで、微笑んだ彼女がこちらを向いて
「おやおやー?セイちゃんばっかり見て、どうしたのかなー?もしかして、惚れ直しちゃった?」
スカイが『セイちゃん』って自称する時はふざけている時か照れている時だ。ほんのりと桜色を帯びた頬からして、今回は後者だろう。なら、俺の取る選択肢は一つだ。
「ああ、惚れ直してた」
「うぇ!?」
桜色だった頬は一気に紅色へと変わる。耳も尻尾もピンと伸ばした困り顔の彼女は実に可愛い。
現役の頃なら、この後は適当な理由を付けて逃げられていたが、今は恥ずかしそうだけど幸せそうなフニャっとした笑顔を見せてくれる。
真っ赤な彼女は、さっきまで口を付けていたカップを机に置くと、そのまま横に倒れてきて膝枕をする形になった。両脚に乗るしっかりとした重さと暖かさが心地好い。
「やっぱりトレーナーさんには
横になりながら、再びテレビに視線を戻したスカイが手慰みに俺の手を弄びながら、チラチラと横目で期待するように、こちらを
彼女の無言の催促通り、空いている方の手で頭をわしゃわしゃと撫でる。ふわふわと柔らかい猫っ毛が気持ちいい。
「……♪」
気持ち良さそうに目を細め、ユラユラと尻尾が揺れ、耳が横を向いてピコピコと動いている。
ふと視線を上げると、菊花賞は既に第三コーナーに差し掛かっていてラストスパートに入っている。
「菊花賞、楽しかったよね」
「ああ、第三コーナーまでの仕掛けで全員をハメてからのラストスパート、あれは本当に楽しかった」
"逃げ"は厳しいとされる菊花賞、タイムは世界レコード、二人で考えた策が見事に刺さって前評判をひっくり返した。胸が熱くなるに決まってる。
……ただ、楽しかったと言うスカイの声に元気が無い。
『また走りたいか?』喉元まで上って来た言葉をグッと飲み込む。スカイが走りたいのは俺も分かってる。屈腱炎で走れないことも分かってる。
「トレーナーさん?そんな顔しないでよ」
優しい声音でスカイはそう言う。
視線を下げると、膝の上の彼女と目が合った。柔らかい微笑の中で、目だけがイタズラっぽく輝いている。
「私ね、走ることより、やりたいこと見つけたから、大丈夫だよ」
初耳だ。引退してから進路に悩んでいて、色々と助言はしていたが、結局決まってなかったはずだ。
「何をやりたいんだ?」
「あなたのお嫁さん……って、言ったらどうします?」
上体を起こしながら、したり顔でスカイが言う。
口調や表情こそ冗談めかしているが、リンゴのように真っ赤な頬と、緊張からか敬語になってるせいで効果半減だ。
「そこで逃げるのは悪い癖だぞ」
「そう言うトレーナーさんも逃げてるじゃないですか。それに顔真っ赤ですよ?」
「うるせぇ」
照れ隠しに目の前の頭をわしゃわしゃと撫でる。
こういう素直な好意には未だに慣れない。
「頭撫でたら喜ぶと思ってません?」
「でも、好きだろ?頭撫でられるの」
ムスッとした顔をされるが、尻尾はご機嫌に揺れている。
「今は頭ナデナデよりもしたいことがあるんですよ」
両肩に手を掛けられ、抵抗する間もなくグイッと引っ張られ体勢を崩す。
そのままスカイの膝の上に頭を乗せられた。暖かく柔らかい感触と慣れ親しんだ彼女の匂いに心がざわつく。
見上げると慈しむような表情のスカイが居て、両手で俺の顔に触れながら喋り始める。
「目の下にクマが出来てるよ?このまま一眠りしない?」
グニグニと目の下辺りを指で押される。その辺りの筋肉が凝っているのか痛気持ちいい。
「この後はデートに行くんじゃなかったか?」
菊花賞を見てから、買い物に行く予定だったはずだ。
「予定変更だよー。今日はゆる~っと一日過ごそっか♪」
わしゃわしゃと頭を撫でられる。乱暴な撫で方だが、どこか安心感を覚える。
「多分だけど、お仕事頑張りすぎてるんでしょ?オーバーワークはダメだよー」
本来ならオーバーワークを叱る立場なのは俺のはずなんだが…
まぁ、スカイには一度も注意したこと無いが。
いつの間にかスカイの尻尾が俺の胴体に巻き付いている。圧迫感や拘束感こそ無いが、どことなく『逃げないでね?』と暗に言われている気がする。
「あなたはいつも一人で頑張っちゃう人だからさ、たまには私を頼ってよ。こんな風にね?」
優しく頭を撫でられる。疲れからか安心感からか、目蓋が重い。
「ありがとな、スカイ」
「どーいたしましてー♪」
このまま頭を撫でられながら、膝枕で寝てもいいなと少し思ったが、スカイの思惑通りなのは
「スカイ、提案なんだけど」
「なぁに?」
かなり上機嫌な声が返ってくる。今顔を見れれば、いい顔してるんだろうなと思うのだが、目蓋も頭も重くて、スカイの方を見れない。
「ベッドに行かないか?」
頭を撫でていた手が止まり、テレビの音だけが木霊する。いつの間にか菊花賞は終わってしまったらしい。
「……そういうお誘いは夜にしてくれると嬉しいんだけど?」
無感情を装っているが、ちょっと照れた感じの声が隠せていない。照れるくらいなら、そんな返ししなきゃいいのに。
頭に手を置かれたまま、ペシペシと尻尾で優しく叩かれる。
「一緒にお昼寝しようって意味なんだけど…」
「分かってるよー。トレーナーさん立てる?」
動こうとしてみるが、全身が
「んー…無理…」
「もー、しょうがないなぁ」
内容とは裏腹に弾んだ口調でそう言いながら、肩と太ももに手が添えられ、軽々と持ち上げられる。
歩いているのだろう。全身に伝わる振動が余計に眠気を誘う。
「はいっ。とーちゃくっと♪」
優しく横たえられる。マットレスの感触からベッドだと思われる。
「色々消してくるから、ちょっと待っててね?」
「んー…」
もう口を開くのさえも億劫だ。
少ししてから、抱きしめられた感覚を最後に、意識は深い眠りへと落ちていった。