ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
無自覚デレデレ系マンハッタンカフェ概念


〈マンハッタンカフェ〉
カフェ先輩がトレーナーさんと付き合ってないってマジ?


トレセン学園の空き教室の一室。

アグネスタキオンの研究室として悪名高いその部屋には、とあるウマ娘のお悩み相談所がある。

 

今日もそこを訪ねる迷える子羊が一人。

 

「それで……相談事は……?」

 

薄明かりの中、静かに言葉を発するのは菊花賞、有マ記念、天皇賞(春)を制した漆黒のステイヤー、艶やかな腰まであるストレートの黒髪と白い一房が美しい少女、マンハッタンカフェだ。

 

そして相談者は赤みがかった黒髪のウマ娘、カフェを慕う後輩の一人だ。

 

「私、自分の担当トレーナーさんが好きなんです!どうしたらトレーナーさんとお付き合いできますか?!」

 

掛かっていて叫ぶように悩み事を告げる後輩に対し、カフェはあくまでも冷静に返事をする。

 

「お付き合い……。やはり順当に告白でしょうか?」

「告白の成功率を上げたいんです!!恋愛のコツとか教えてください!!」

「申し訳ないのですが……私も男性とお付き合いはしたことがないので……」

「えっ!?カフェ先輩ってトレーナーさんと付き合ってるんじゃないんですか!?」

 

キョトンとした表情をカフェが浮かべる。あまり感情を表に出さないカフェにしては珍しく分かりやすく表情に出ている。

 

直接付き合っていないのかと尋ねられるのは今回が初めてだが、最近この手の相談事が増えてきているのにカフェは気付いていなかったのか?

 

「……トレーナーさんは私の良き理解者であり、最良のパートナーです」

 

先程までの勢いはどこへやら後輩ちゃんが期待に目を輝かせ、机の上に身を乗り出す。確かに、アイツがカフェの理解者で相棒なのは間違いないが、アイツは肝心なところでへたれるし、カフェは終始こんな感じだぞ?

 

「じゃあ、やっぱり…!」

「ですが、私とトレーナーさんはあくまでもトレーナーとその担当ウマ娘です。ただ、それだけです」

 

キッパリと言い切るカフェに気落ちする後輩。そこにタイミングよく現れる噂の人物。なんでコイツは間が悪い時にばかりに出会(でくわ)してしまうのか。

 

「カフェ、コーヒーを淹れて来たよ」

「ありがとうございます」

「君も一緒にどうだい?」

「えっ? あっ、はい。いただきます」

 

手慣れた動きでサーバーからコーヒーを注ぎ、カップ二杯を机に並べた男は自分の分を片手に「じゃあ、僕はこれで……」と離れようとするが「あの……一緒にコーヒー、飲みませんか?」と袖をつまむカフェに引き留められる。

 

親に置いていかれる子供のように袖を掴み、上目遣いでトレーナーを見上げるカフェは、同性の私から見ても贔屓(ひいき)目抜きで可愛いと思う。

 

いくら慣れていようとも美少女のこんな可愛い仕草に心打たれない男が居る訳もなく「しょうがないな……」とそれっぽいことを男は呟き、カフェの隣か後輩の隣にしか座れないのを確認し、ほんの少しだけ考えた後、カフェの隣に腰掛ける。居心地悪そうに座るトレーナーの腕の中に自然な仕草でカフェが滑り込む。

 

「えっ?……えっ!?」

 

あまりにも自然過ぎて目の前のカフェを思わず二度見する後輩ちゃん。分かるよ。私も初めて見た時には同じことをした。

 

諦めたように笑う男と不思議そうに首を(かし)げるカフェ。混乱する後輩。肩を抱かれるように身体の位置を調整するカフェ。更に混乱する後輩。

 

「えっと、カフェ先輩はどうしてトレーナーさんの腕の中に…?」

「ここが、一番落ち着くんです」

「だそうだ。おかげでコーヒー片手に書類仕事すらできない」

「コーヒーを飲む間くらいは、お仕事なんかしないでください。

 コーヒーを味わい、楽しみ、私を見て、一緒にお喋りしてください」

「……なかなか大胆ですね…!」

「だよね……」

「?」

 

先程までの困惑はどこへやら。目を輝かせた後輩ちゃんが興味津々(しんしん)で質問を始める。

 

「あの、カフェ先輩!トレーナーさんの足に尻尾を巻き付けているのはなんでですか!?」

「……ああ、これは、いつも気付いた時には、巻き付いてるんです」

「無意識……ってコト!?」

「どうしていつも絡まってるのでしょうか…?」

「……僕に聞かれても、ねぇ?」

 

こちらに視線を向けるカフェに(かぶり)を振る。それ(・・)をやっているのはお前自身だ、という意味を込めておくが、カフェには届かないだろう。

 

トレーナーの太ももに(から)んだ尻尾をカフェは丁寧に外していく。もちろんトレーナーとの距離は先程よりも縮まっているし、何度も太ももに手が触れている。

 

その間ずっと気まずそうにしているトレーナーが上半身だけでも距離を取ろうとする度に、カフェは一瞥(いちべつ)もせずにその肩を抱き寄せ、すっかりお馴染みとなった定位置へと戻っている。

 

「これって、絶対そういう仲じゃん!」

「……違うんだよなぁ」

「二人とも……どうしたんですか?」

 

輝く笑みを浮かべる後輩ちゃんと疲れた笑みを浮かべる男が顔を見合わせる。一方で渦中のカフェは不思議そうな顔で二人の顔を眺めるばかりだ。

 

結局、カフェは二人の表情から欲しい情報が手に入らなかったようで、ふぅと嘆息しトレーナーの方へと、まるでそうすることが当然と言わんばかりにしなだれかかる。完全に信頼しきった様子でトレーナーに全体重を預け、コーヒーをゆっくりと口に含みながら、上機嫌に尻尾を揺らし、ピコピコと揺れる耳がトレーナーの胸を何度も優しく叩く。

 

ひとしきりコーヒーを堪能したカフェがほぅと息を吐き、柔らかく微笑む。トレーナーの腕の中で安心しきった顔をし、胸板にピトリと耳を付ける姿は、世間一般に知られている物静かで浮世離れした雰囲気を(まと)うマンハッタンカフェの姿ではなく、どこにでもいる大好きな大人に甘える年相応の少女の姿であった。

 

「わァ…!ぁ…!」

 

感極まっちゃったようで後輩ちゃんは人の言葉を失いながら祈るように手を合わせ、食い入るように二人を見つめ、今にもよだれを垂らさんばかりに口元を緩ませる。

 

この後輩ちゃん思ってた以上に面白いな。

 

「えっと……大丈夫ですか?」

 

カフェが引き気味に尋ね、それに対して後輩ちゃんは手のひらを向けることで答える。大丈夫らしい。

 

大きく手を広げ深呼吸をし、目をつむってコーヒーをすすり、ようやく落ち着いた後輩ちゃんがゆっくりと目と口を開く。

 

「……カフェ先輩、ありがとうございます。参考になりました」

「いえ……私は、何も……」

「私もカフェ先輩みたいになれるように、がんばりますね!」

 

後輩ちゃんは(せわ)しなく立ち上がり「お邪魔しました!」と一礼し、勢い良く飛び出して行く。控えめに手を振り「また、遊びに来てくださいね?」と(つぶや)かれるカフェの言葉は彼女には届かない。

 

後輩ちゃんが出ていった後の部屋は嵐が過ぎ去った後のような静けさが漂っていた。息を入れようとトレーナーの男はコーヒーを口に含み、ようやく気心の知れた人物だけになったことを確認したカフェはカップを机に置いて、男の膝の上に頭が乗るように横に倒れる。

 

尻尾がユラユラ。耳がピコピコ。トレーナーの空いている方の手をフニフニ。苦笑しながらトレーナーはコーヒーを口元に運ぶ。

 

これが別に特別な光景ではないのがある意味恐ろしい。

 

「……嵐のような方、でしたね」

「……そうだね」

「……どうして、私とトレーナーさんが、交際していると思ったのでしょうか?」

「……さあね?」

「私たちは、あくまでトレーナーとその担当ウマ娘。教育者と学生。大人と子供……ですよね?」

「そうだね」

「アナタも、私も、変なこと、してません、よね…?」

「……そう、だね」

「……。」

「……。」

 

会話が途切れ、気まずくない沈黙が流れる。相も変わらず機嫌良く黒い尻尾が振られ、楽しげな黒い耳は男の太ももを叩いていて、男の手はカフェの手に弄ばれている。

 

「そういえば……」

「……なにかな?」

「ダートの走り方を相談しに来た子、覚えてますか?」

「ああ、少し前にお礼に来てたらしいね」

「その子から、お菓子を貰ったんです。取って来ますね」

「行ってらっしゃい」

 

足音を立てずに床に降り立ったカフェが部屋の奥へと消えて行く。その後ろ姿をトレーナーは笑顔で見送り、ゆっくりとコーヒーカップを机に置き、ドッと疲れた顔で背もたれにもたれかかり天井を(あお)ぐ。

 

「『お友だち』…?居る…?」

 

はいはい。居ますよっと。まあ、ここからだと私の声は聞こえないんだけど。

 

直接触れて話しかけてもいいんだけど、あれはお互いに負担がかかるからやめておく。カチャカチャとコーヒーカップを鳴らして返事の代わりにする。

 

「僕はどうすればいいんだぁ……

 相変わらずカフェは可愛いし距離感バグってるし自覚ないし……」

 

相変わらずの愚痴に返答する気なんて1ミリも起きない。じれったいが、この男だってカフェのことを一番に考えているから何もしていない訳だし、なにより肝心のカフェ自身が全く恋心に気付いていないのがどうしようもない。

 

「現状維持……現状維持が一番良いんだ……

 大の大人、それもウマ娘のトレーナーが一回りも年が離れた学生に告白なんてあり得ないし、将来のカフェが僕より良い男を見つける可能性なんて幾らでもあるんだ……

 このまま何も起きないのが、お互いにとって一番良いんだ……」

 

自分に言い聞かせるような悲痛な(つぶや)きが虚空に木霊(こだま)する。

 

そんなに辛いなら襲ってしまえよ、と思ってしまうのは私が第三者で、かつ二人と仲が良いからだろう。カフェがこんなに甘える人は家族以外だとトレーナーしかいないし、トレーナーがこんなに気を許している女性はカフェしかいない。

 

つまりは、お似合いのカップルだし、そろそろカフェの無自覚な愛情表現のせいで行き場のない感情を抱えて悶えるトレーナーを見て笑うのにも飽きてきた。カフェに恋の自覚を(うなが)してやってもいいし、カフェの体を動かしてトレーナーを組み敷いてやってもいい。

 

いずれにせよ、この二人がくっつけば二人とも幸せになるだろう。なら、一番面白い方法でくっつけるのが仲人(なこうど)たる私の役割だ。

 

「お菓子、持って来ました」

 

(うめ)いているトレーナーを眺めている内に両手にお菓子の缶を抱えてカフェが戻って来てしまった。それを確認したトレーナーはハッとした後、苦笑いしながらソファに座り直す。

 

「……お帰り」

「トレーナーさん、疲れた顔をしていますが……どうしましたか?」

「いや……なんでもないよ」

「なんでもないようには見えませんが……」

 

(いぶか)しげに首を(かし)げたカフェは私の方へと疑うような目を向けてくる。

 

「何か、しましたか…?」

 

違う。何もしてない。私は悪くない。

 

「私のトレーナーさんに、何をしましたか…?」

 

幾ら言ってもカフェは信じてくれない。こんな理不尽な疑いも全部全部トレーナーのせいだ。もうしばらくコイツには苦しんでもらおう。

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