天然誘い受けカフェ概念
「では、お願い、します……」
するするとたくし上げられるスカート。
ゴクリと生唾を飲み込む音。
ほんのり頬を染めるいつもの無表情のカフェ。
ダラダラと汗をかき真っ赤な顔のトレーナー。
どこをどうすればこの地獄のような状況を回避できたのだろうと私は天を仰いだ。
その日はなんでもない一日だった。
青い空に白い雲。緑の芝を駆ける黒い影。
黙々とトレーニングするカフェ。じっとカフェを見つめるトレーナー。木陰から二人を眺める私。
ただひとつだけ珍しいことがあった。
「今夜、『お友だち』と、走ってもいいですか…?」
カフェが久しぶりに私との併走を望んだのだ。
URAファイナルズを終え、最初の三年間を乗り越えたカフェは同期や後輩と
私としてはそれで良かった。
他人と違う能力を理解されず、誰にも信じてもらえず、ただ自分も他人も傷つけられないように閉じ
今やカフェは信頼できる大人と出会い、友人や後輩に囲まれて学園生活を送り、そしてカフェ自身は気づいていないようだが、恋をしている。
想定以上の成果だ。私がやるべきことは既に完了している。だから、私がカフェと走る必要はどこにもなかった。
「そういえば最近は『お友だち』と走ってなかったね。僕はいいけど、『お友だち』はどう?」
私の方を向こうとしてあらぬ方向を見るトレーナーではなく、カフェに向かってサムズアップする。彼は良い奴だが霊感は無い癖に悪い霊に好かれやすすぎる。
「……大丈夫そうです」
「了解。今夜ね」
走る必要はない。ないが、肉体が無くても走りたいというウマ娘の欲求はなくならないらしい。走れる理由があるなら走りたい。特に、それがカフェとならなおさらだ。
期待に少し頬を緩めるカフェと、それに見惚れるトレーナーを視界から外すために私はアップを始めるのだった。温める体なんて無いのにね。
夜の
「距離はどうするの?」
「芝2400m、左回りで、お願いします……」
「じゃあここからスタートで僕がゴールの辺りに立ってるね」
「……はい」
──芝2400m左回り、GⅠならジャパンカップか。コースは全然違うが。
小走りで右回りに離れていくトレーナーを見送り、ゆっくりと柔軟をするカフェに視線を戻す。
カフェは私と出会ったころと比べてずいぶん
私が前を行かないと外に出れなかった小娘とは見違えるほどの立派なウマ娘になった。そんなカフェが相手だからこそ血が
ゴールに着いたらしいトレーナーが大きく手を振っている。一周しないくらいなんだからそれほど離れていないし、そんなに手を振らなくてもいいのに。
──カフェ。
「……うん」
それ以上に言葉は必要無い。すでに何度も何度も繰り返した流れだ。二人並んでスタート地点に着く。もちろんカフェが内で私が外だ。カフェが硬貨を構える。体勢を整える。
ピィンと弾かれた硬貨が宙を舞う。
この静寂の数瞬が、たまらなく楽しい。
トサリと硬貨が落ちる音と共に駆け出す。
スタートダッシュは私の勝ち。すぐに最初のコーナーに差し掛かる。カフェは視界に入ってこない。つまりは私の真後ろということだな。
──面白い。
何事もなくコーナーを曲がり切り、向こう正面。後ろに付いてくる気配は鋭いが、追い抜こうとする動きはしない。そして風避けにもならない私の後ろにくっつく理由は少ない。
──その程度のプレッシャーで私が動揺するとでも?
煽るように外側に向けて少し斜行してみるが当然目立った反応は無い。
──この程度の揺さぶりに乗ってくるようなGⅠウマ娘はいないか。
第三コーナーが見えてくる。ここからおよそ800mのラストスパートこそが本番だ。
内ラチ側に体を倒し、速度を可能な限り落とさずにコーナーに突っ込む。カフェが真似できる程度に留めているから全盛期の私ほどの速度は出ていないが、それでも十分だ。
カフェも同じようにしてラストスパートを───
──カフェの気配が離れていく…?
「カフェ?!」
明らかに失速しているカフェの気配。鋭く響くトレーナーの声。思考が混乱しているせいで急ブレーキを思い出せなかった私はそのままゴールまで駆け抜けた。
「……心配させて、ごめんなさい」
外ラチにもたれかかるように立っていたカフェの第一声は謝罪だった。
「痛くはないのですが、左の股関節に違和感が……」
申し訳なさそうにカフェは少し頭を下げる。
「謝らなくていいよ。それより脚の異常をどうしようか。この時間だと病院は開いてないし、保健室に先生も居ないし、かといって放置する訳にもいかないし……」
うーん…と頭をひねるトレーナーにカフェは不思議そうな表情を浮かべる。
「……トレーナーさんの触診ではダメなんですか?」
「え…?」
──えぇ……
「……私はアナタなら、どこを触られてもいいですよ…?」
「いやいやいや」
──流石に大胆すぎやしないか、カフェ。
「大胆…? その、違和感だけで痛みはないので、簡単な触診だけでもしておいた方がいいかと……」
「それは……そう、だけどさぁ……」
「……ついでにマッサージも、お願いしていいですか…?」
「ハードルが上がったんだけど…?」
もはや何も言うまい。どうせこのお人好しトレーナーはカフェの提案を断れないんだし、ヤバそうなら私が手を出して止めるだけでも十分だろう。
「トレーナーさん……」
「はぁ……わかったよ……」
柔らかく微笑むカフェとしょうがないなぁと笑うトレーナー。二人ともカフェの脚に違和感があるって最初の話を忘れてたりしないよな?
まあ、問題はここからだったんだが。
──カフェ。
「……なあに?」
──本当にそれで行くのか?
「だって、体操服は全部洗濯中だよ…?」
──それは知っているが……
そうこうしてる内にトレーナー室にたどり着いてしまった。
「トレーナーさん、戻りました……」
「……えっと、カフェ?これから脚をマッサージするんだよね?」
「はい……」
「……スカートはダメなんじゃないか?」
「……ごめんなさい。これしかなかったんです」
カフェが今着ているのはトレセン学園規定の紫色の制服。誰がどう考えても脚のマッサージをするのにスカートはマズいのだが、着ていた体操服を洗濯機に入れてシャワーを浴び汗を流し、いざ着替えようとした時に外出用の服がこれしかなかったのは私も見ているのであまり強く言えなかったのだ。
私だってウマ娘だから年頃のウマ娘にパジャマで外に出ろなんて言えない。後から思えば言った方が絶対に良かった。
「……それに、トレーナーさんになら見られてもいいですよ…?」
「っ!?」
カフェの大胆すぎる発言に余裕ぶっていたトレーナーの顔から一気に余裕が無くなり、代わりに焦りが顔一面に広がる。
これが意識しての誘惑ならそっと部屋から出て行って人払いするのも
どっちかが突然欲望に負けて、もう一人の心に傷を負わせる可能性もゼロではない。ここまでわざと事態を放っておいた私には最悪の事態を止める責任がある。
「では、お願い、します……」
ソファに座ったカフェによって室内履きと靴下が脱ぎ捨てられ、するするとスカートがたくし上げられて、下着が見えないギリギリのラインまでスカートが上げられる。
鼠径部の上、ふんわりと段を作っているスカートがさながらハイレグのようで、雪のような
それに両足とスカートとの間、少しだけ空いている隙間が男の粘つくような視線を誘うようにカフェの
ゴクリと生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。
ほんのりと頬を染め、いつも通りの無表情でトレーナーを見つめるカフェ。
ダラダラと汗をかき真っ赤な顔でカフェを凝視しているトレーナー。
……どうして両想いなのに、こんな地獄みたいな状況になってるんだ。
「トレーナーさん…?」
「ッ!?な、なにっ!?」
「触診とマッサージ……お願いします」
「………………ふーっ。わかった」
深呼吸したトレーナーがカフェの前に
───のはいいけど、どう見ても絵面がヤバい。トレーナーがちょっと顔を上げるだけで視線はスカートの中だ。トレーナーはずっとうつむいてるけど、それ普通に辛いだろ。肉体的にも精神的にも。
「違和感があるのは左の股関節だったよね?」
「はい。痛みはないのですが……」
「一応、触診するね」
ペタリペタリと女子高生の太ももから股関節を触り始める成人男性。あまりにも犯罪的過ぎる絵面だが両者合意の上なのでセーフ……なのか?
「……熱を持ってたり腫れてたりしないし腱が張ってたりもしないな。何とも無いとは思うけど、念のため明日は検査に行こうか」
「はい……」
「よし。じゃあ、これで終わり!」
「あの……マッサージ……」
「……やらなきゃダメ?」
「……。」
「……わかった」
素早くカフェから離れてすっとぼけるトレーナーだったが、当然のようにカフェのお願いに勝てるはずもなく。
「んっ……ふぅ……あっ……」
「……カフェ」
「すみません。くすぐったくて……ひゃっ…!」
「………………ふーっ」
……もう見てられないんだが。
いっそのことヤッちまえよ、なんて無責任なことを思いながら人払いをするべく私は部屋の外へと飛び出した。
ちなみに、事後の二人の様子からして何も起こらなかったらしい。トレーナーとしては有能だけど、不能って呼ばせてもらうからな。
──カフェ。
「……なあに?」
──流石に今日の誘惑は良くない。
「ゆう、わく…?」
──トレーナーに足触らせてただろう?
「……あれは触診とマッサージで」
──でも、やりたくなさそうなトレーナーに無理矢理やらせたよな?
「……うん」
──例えば、誰でもいいけど、ユキノがお前のトレーナーに同じようにマッサージされてたらどう思う?
「イヤ、だね……」
──例えば、トレーナーに抱きしめられたらどう思う?
「……嬉しい…かも?」
──例えば、卒業した後にトレーナーとはどうしたい?
「……。」
──トレーナーのこと、好きだよな?
「……もしかして、私、ずっとすっごい恥ずかしいことしてた…?」
──うん。
「ーーーッ!?!?」
珍しく顔を真っ赤に染め、ベッドの上をゴロゴロと行ったり来たりするカフェ。
一方の私はこのだだ甘い雰囲気を流すためにブラックコーヒーでも飲みたいなぁなんて出来もしないことに思いを
翌日、カフェがまともにトレーナーの顔すら見れなかったのは言うまでもない。