スズカと秋の天皇賞のお話
n番煎じだろうけど、こういう話が好き
秋の天皇賞で、俺の愛バ、サイレンススズカは左脚を骨折した。粉砕骨折だった。
『異次元の逃亡者』と呼ばれた彼女は、第4コーナーを曲がることなくレースを終えたのだ。
二度とレースを走ることは出来ないほどの大怪我だった。
レース直前にスズカに脚の不調を告げられた時、やはり止めるべきだった。
俺の過失だ。彼女の意思を尊重して走らせたのが悪かった。
無理にでも出走を取り消すことが、トレーナーとしての義務だったはずだ。
それに、担当ウマ娘の不調に気付けなかったなんて、トレーナー失格だ。
病院でスズカへのお見舞いを隣で見ていて、その想いはより強くなった。
俺が彼女のレース人生を奪ったのだ。
スズカは、口では大丈夫だ、と皆に言っていたが、その生気の無い目が、全てを雄弁に物語っていた。
彼女が怪我をしてから、毎日病院に通った。
だが、何をしても、彼女の目に光は戻らなかった。
ある日、スズカが、病院ではなく寮で、一人で過ごしたい、と言い始めた。
俺には、彼女が何を考えているか、痛いほどわかった。
だが、それを止めることは、俺には出来なかった。
スズカが寮に移った日、『寝付きが悪いから、睡眠薬が欲しい』と言われた。
何をするつもりかは、火を見るより明らかだった。
だけど、俺は、薬を渡した。
俺が彼女を殺した。
次の日、朝早くからスズカの元を訪れると、そこには冷たくなった彼女の亡骸と、溢れ落ちた薬、そして、遺書があった。
愛する女性の遺体を見ても、他人事のように何の感慨も湧かなかった。
俺が彼女を殺した。
遺書には、感謝と謝罪、未来に何の展望も持てなくなった、と書かれていた。
俺が彼女を殺した。
俺への感謝と謝罪の文を読んでも、何も感じられなかった。
俺が彼女を殺した。
俺は、遺書の端に『ごめん。スズカ』とだけ書き込んで、落ちている睡眠薬を貪るように飲み込んだ。
俺が彼女を殺した。
薄れ行く意識の中で、冷たくなったスズカを抱きしめ、黒い闇の中へと意識が沈んでいった…
(ジリリリリ……)
はっ……なんだ、夢か。
頭の中に砂でも詰まっているかのように頭が重い…
今日は…秋の天皇賞の日。夢のことは忘れて、早くサイレンススズカのところへ行こう……
秋の天皇賞で、俺の愛バ、サイレンススズカは左脚を骨折した。
彼女は、第4コーナーを曲がることなくレースを終えたのだ。
レース直前に脚の不調を告げられた時、止めるべきだった。
俺が彼女を殺した。
スズカを見舞った後、病院の玄関でスズカから『気分転換に、河川敷にでも行ってみませんか?』と言われた。
強烈な違和感を覚えたが、それが何か、分からなかった。
河川敷に着くまで、一緒に歩きながら、これまでの二人の思い出を語り合った。
二人の出会いから、担当契約を結んでデビューするまで、金鯱賞での大勝、初めてG1で勝利した宝塚記念、そんな話をしていると、河川敷まであっという間だった。
「私と、一緒に死んでくれませんか?」
スズカは、今にも消えそうな儚げな表情で、そう言った。
「…ああ。一緒に死のう」
躊躇いなどなかった。
彼女はどこからかカッターナイフを取り出し、無造作に自分の左手首を切り裂いた。
真っ赤な血が滴っている。
無言でカッターナイフを渡された。
俺も彼女にならって、左手首を切った。
痛い。が、スズカの感じているであろう痛みに比べれば、大した痛みではない。
彼女が右手を差し出してきた。
カッターナイフをその場に捨て、
左手を繋ぎ、
二人で真っ直ぐ、川の中へと歩いて行った。
冷たい川の中に入ると、流れ出した血が俺の周りを真っ赤に染めた。
まるで赤い花が咲いたようだ。
ゆっくりと川の中心へ歩き、肩まで水の中に浸かる。
「私は、もっと走りたかった」
泣きながら、彼女は語りだした。
「第3コーナーを曲がった時、脚が動かなくなった時、確かに、私の名前を呼ぶ、あなたの声が聞こえたんです。
でも…私は…次の一歩が踏み出せなかった…限界を…超えられなかった…
あなたとの約束を…果たせなかった…」
大粒の涙を溢しながら、悔しそうにスズカは語る。
血が足りなくなってきたのか、意識が朦朧とし始めた。
突然、川岸の方から大声がした。
「トレーナーさんっ!そっちへ行っちゃダメですっ!」
マチカネフクキタルだ。
鬼気迫る表情で、こちらへ向かって全力疾走してくる。レース本番さながらだ。
「スズカさんが!-----
薄れ行く意識の中、聞き取れたのはそこまでだった。
ふと手を繋いでいるスズカの方を見ると、
そこには誰もいなかった。
その記憶を最期に、青い闇の中へと意識が溶けていった…
(ジリリリリ……)
はっ……なんだ、夢か。
水の中に居たかのように全身がぐっしょりと濡れている…
今日は…何日だ?
スマホのカレンダーを確認する。
今日は…秋の天皇賞の日。夢のことは忘れて、早くサイレンススズカのところへ行こう……
秋の天皇賞で、サイレンススズカは左脚を骨折した。
俺が彼女を殺した。
病院でのお見舞いの後、『気分転換に、散歩に行きませんか?』と言われた。
当然、快諾した。
色々と話をしながら、歩いていると、線路へと差し掛かった。
「私と、一緒に死んでくれませんか?」
スズカはそう言った。
「…ああ。一緒に死のう」
二人で手を繋ぎ、線路の上に寝転がった。
「私、あなたのことが好き。大好き」
泣き笑いしながら、彼女は言う。
「脚が動かなくなった時、もう一度だけ、あなたの顔が見たくて、転ばないように、あなたを落とさないように、必死に歩いたんです。
だから、もし、もう一度だけ、チャンスがあるなら、大好きなあなたとずっと一緒に居たいです」
涙を流しながら、彼女は笑う。
「トレーナーさん!」
突然、大声が響く。
スペシャルウィークだ。
憔悴しきった顔で、こちらに走ってくる。
今にも倒れそうな走り方だ。
「スズカさんが、病院で、あなたを-----
電車の音で掻き消されて、そこまでしか聞こえなかった。
ふと手を繋いでいるスズカの方を見ると、
そこには誰もいなかった。
スズカは、脚を折ったんだよな。
歩けるわけがない。
そう思ったのを最期に、全身が弾け飛ぶような衝撃を受け、赤い闇の彼方へ意識は散っていった…
(ジリリリリ……)
はっ……なんだ、夢か。
頭が割れるように痛い…
心臓も全力疾走したかのように早鐘を打っている…
今日は………秋の天皇賞の日。夢のことは忘れて、早くサイレンススズカのところへ……
ドンドンと玄関から音がする。
「スズカさんのトレーナーさん!」
スペシャルウィークだ。
「スズカさんが、トレーナーさんを呼んでるんです!」
急いで支度をして、寮に居るスズカに会いに行った。
本来、ウマ娘の寮への立ち入りは禁止なのだが、寮長のフジキセキが特別に許可してくれた。
「スズカ。入るぞ」
「…トレーナーさん…」
部屋に入ると、そこには、目を真っ赤に泣き腫らしたスズカが居た。
思わず駆け寄ろうとして---スズカに押し倒された。
突然のことで、頭を打たないようにするのがやっとだった。
「トレーナーさん!トレーナーさん!!」
スズカは、まるで俺をどこにも行かせまいとするかのように、がっしりと抱きしめ、俺の胸に顔を埋め、身も世もなく泣きだした。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!私…!私!」
「大丈夫。どこにも行かないよ」
とにかく彼女を落ち着かせようと、声をかけながら、彼女の背中をポンポンと叩いた。
胸元がぐっしょりと濡れたころ、涙が涸れたのかスズカは泣き止んだ。
「私…もう走れません…」
ポツリと呟く。
「トレーナーさん…」
顔を上げたスズカは、腫れた目蓋と、赤い目をしていたが、瞳だけは爛々と輝いていた。
「私と、一緒に
スズカはそう言った。
「…ああ。一緒に
二人で手を繋いで立ち上がり、外に出た。
その日、サイレンススズカは秋の天皇賞に出走しなかった。
そして、その日を境に、サイレンススズカはターフの上に二度と現れなかった。
最強の逃げウマ娘『異次元の逃亡者』サイレンススズカは、ターフの上に戻ることなく、そのレース人生を終えた。
(ジリリリリ……)
もう朝か。
今日は秋の天皇賞の日。夢のことは忘れて、早くスペシャルウィークのところへ行こう……
「あなた。忘れ物よ」
俺の愛バ…いや、愛妻がお手製の弁当を差し出してくる。
「ああ、ありがとう」
何度もこのやり取りをしているはずなのに、ちょっとだけ気恥ずかしくなって笑う。
すると、俺の顔を見て、スズカは微笑んだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「ええ、行ってらっしゃい」
朝の習慣と化したキスを交わして、俺は家を出た。