ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
超過保護なライスシャワーがお兄さまをたぶらかす話

うちのライスは宝塚記念の悪運をお兄さまが吸ったので、その分ライスが甘やかしてくれます

お久しぶりです
クリスマス全く関係ありませんが、ようやく仕上がったのでお納めください


超過保護になったライスシャワー

「はい、お兄さま? あーん?」

 

好奇の視線と黄色い歓声を浴びながら、一口サイズに切り分けられた卵焼きが口元へと近付いてくる。

 

「いや、ライス?気持ちは嬉しいけど、流石にここでは……」

「でも、お兄さまはお箸持っちゃダメだから、ライスがあーんしてあげないと」

「……いや、箸ぐらいは持てるよ?」

「利き手の右手、麻痺してたよね?それに、絶対っ、安静っ、だよ?」

「絶対安静も右手の麻痺も大分前の話だよ……」

「ほら、あーん?」

 

僕の弁明を完全に無視したライスは、何食わぬ赤い顔で「あーん」を続ける。

気を(まぎ)らわすために水の入ったコップを取ろうとし──横から伸びてきたライスの手にコップはかっさらわれ、口元までコップが運ばれてくる。

 

最近のライスはこんな風に"超"が付くほどの過保護?になってしまった。

 

 

 

事の発端(ほったん)は宝塚記念の日だ。

 

ライスシャワー、トゥインクルシリーズ5年目にして初めての宝塚記念出走の日。

レース場まで向かう途中、僕はライスを(かば)って車に()かれたらしい。

それから三ヶ月近くもの間懇々(こんこん)と眠り続けたようだ。

 

正直なところ、僕はその日の記憶が(まった)くないから実感が湧かない。

だから、ワンワン泣きながら抱きついてくるライスにも、珍しく涙ぐみながらも小言を溢すマックイーンのトレーナーにも、病室に入ってくるなり土下座しながら凄い勢いで謝ってくる男性にも、全く感情の籠らない生返事しか出来なかった。

 

ただ、気付いたら病院で寝てて、驚いて起き上がろうにも上手く体が動かせなくて、この間まで六月だった日付がもうすぐ十月になろうとしていたので、否が応にも車に轢かれたということは事実なんだと認めざるを得なかった。

 

それからしばらくのリハビリ期間を経て、なんとか杖無しでも歩けるようになり、秋川理事長の(はか)らいもあってトレーナーとして復職してきた一日目が今日、なのだが……

 

 

 

「お兄さま、ご飯はちゃんと食べないと良くならないよ?」

「……ライス、箸くらいなら持てるから、それ渡してくれない?」

「……はい、お兄さま、あーん?」

 

口元へと運ばれてくるのはメインディッシュである僕の握り拳ほどの大きさの鶏唐だ。

でかすぎんだろ。

 

こうしてライスが「あーん」してくるのは、病院でのリハビリ中の箸を持つのも難しかった時期に、甲斐甲斐しく「あーん」で食べさせてくれたことも関係しているのだろう。

 

ただ、病院では「自分で箸を持ちたい」って言えば、ライスは素直に箸を渡してくれたのに、なぜか今日は渡してくれない。

 

「……ちょっとお手洗いに行ってくるね」

「じゃあ、ライスが運ぶね」

 

居心地の悪さから立ち上がろうとした僕はライスに手で押し留められ、肩と膝裏に手が回ってきたかと思うと、そのまま僕の体は椅子から引っこ抜かれた。

 

キャー!という一際大きな黄色い歓声が周囲から上がる。

 

「……ライス、一人で歩けるから降ろして」

「でも、転んだりしたら大変だよ?

 ライスはいっぱいトレーニングしてるから、お兄さまより体幹しっかりしてるしバランス感覚もいいよ?」

「いや、そういう話じゃ……」

「とにかく、お手洗い行こっか」

 

ニッコリと天使のようにライスは微笑み、静止する暇もなくズンズンとライスは歩き始める。

 

「……また個室に二人で入ろうとするのはダメだからね」

「あ、あれは、ちょっとムラっとしちゃっただけだからっ!」

 

あの時は病院のトイレの個室に連れ込まれそうなところを、偶然通りかかった看護師さんに助けてもらったから良かったものの、あのまま誰にも見つからなかった場合どうなっていたかはあまり想像したくない。

 

『好きな人と一緒にトイレの個室に入るの夢だったんだ♪』とかなんとか満面の笑みで言ってたから、むっつりライスが何をするつもりだったかは『推して知るべし』だ。

 

ライスは僕を抱えたまま、それなりの早足で颯爽(さっそう)とカフェテリアから脱出する。

 

『トレセン学園の風紀はどないなっとんねん!』とか『(わたくし)もライスさんの真似をした方がよろしいでしょうか?』とか『マスター』『ダメ』とか色々聞こえてくるけど僕にはどうすることもできない。

 

周りの景色がドンドンと流れていくが、ライスの踏み込みはしっかりとしており安定感は抜群。僕自身はほとんど揺れを感じない。

 

「ライス、降ろして」

「もうすぐお手洗いだから、もうちょっとだけ待っててね、お兄さま」

 

わざわざライスは見せつけるように人通りが多い廊下を選んで歩いていく。

今回は余計なことをしないという意思表示にも見えるが、本当の目的は外堀を埋めることだろう。

今目の前を通り過ぎたエアグルーヴは渋い顔をして、こちらを睨んでいるし、それ以外の子達からもめちゃくちゃ注目を集めている。

 

「お手洗いに着いたよ、お兄さま。ライスはここで待ってるからね?」

 

じれったくなるほどゆっくりと、優しく地面に降ろされる。

明らかに無理して笑顔を作っているライスと、たくさんの観衆の手前、ただ居心地が悪かったから席を立ちたかっただけとは言えず、特に用もない男子トイレへと足を進めるのだった。

 

 

 


 

 

 

午後の授業の終わりを告げるチャイムが響く中「ようやく半分ってところか…?」と愚痴が思わず口をつく。

 

生徒会や他のトレーナー方々、僕が入院している間ライスの監督をしていたマックイーンのトレーナーが業務代行していてくれていたらしいのだが、僕にしか処理できない書類も文字通り山のようにあり、半日掛かり切りでなんとか半分片付いたところだ。

 

「トレーニングメニューは……」

 

授業が終わればトレーニングの時間だから、そろそろライスが来るはずだ。

昨日の内にメジロマックイーンのトレーナーが用意しておいてくれたトレーニングメニューを手に取り、改めてサッと目を通す。

 

本当は僕が作ったメニューを使いたかったのだが、最近のライスを一切見ていない僕よりも、しばらくライスの担当だったマックイーンのトレーナーがライス向けに作ったメニューをそのまま使うことにした。

 

……というか、僕に見せていいのか?このトレーニングメニュー。マックイーンのメニューのアレンジじゃないのか?

 

余計なことを考えている間に、パタパタと足音がしたかと思うとコンコンっとノック音がして、すぐに扉が開く。

 

「お兄さまっ!大丈夫!?」

「何ともないよ」

「よかった……」

 

つい一時間前の休み時間も来てたよね?という言葉を飲み込む。

僕はライスの目の前で一度死にかけた訳だからトラウマになっていて、それで片時も目を離したくないという訳だろう。

 

お昼休みもギリギリまでトレーナー室で粘ってたし、休み時間になる(たび)に会い来るから、毎回授業に間に合ってるのか心配だけど、僕のことが心配でライスはここまで来てるのがわかっているから強く言えない。

 

「じゃあ、トレーニング行こうか」

「お兄さまはここで待ってて」

 

立ち上がるのを防がれ、手に持っていたトレーニングメニューを取りあげられる。

 

「いや、僕がトレーニングを見てないと……」

「でも、お兄さまには涼しいところで安静にしてて欲しいな」

 

潤んだ瞳のライスが胸の前で両手を組み、お願いしてくる。

 

……女性経験に乏しい僕でもわかる。この"あざとさ"は絶対に狙ってやってる。

 

「……僕はもう大丈夫だよ、ライス。だから、一緒にトレーニングに行こう?」

「今日最初のトレーニングは……坂路だね。坂路コースの一番上に木陰のベンチがあるから、お兄さまはそこで待っててね?」

 

女性経験に乏しい僕には、とっくに僕のことを横抱きにしながら「お願い」なんて小首を(かし)げるライスのお願いを断る度胸なんてなかった。

 

 

 


 

 

 

ガチャリと鍵が音を立て、ゆっくりと扉が開く。

僕はただそれを見ていることしかできない。

 

「なあ、ライス…?」

「なに、お兄さま?」

「いつ帰るつもりなんだ…?」

 

ライスの両腕の上から彼女の顔を見上げるが、キョトンとした顔が見えるだけで、ライスは僕を抱えたまま僕の家の玄関へと足を踏み出す。

 

「今日は外泊届を出してるから帰らないよ?」

「初耳なんだけど…?」

「だって、お兄さまには言ってないよ?」

 

僕のことを横抱きにしたまま、器用に玄関の扉に鍵をかけ、僕の靴を脱がしながらライスは答える。

 

「ところで、お兄さま、ご飯にする?ライスにする?

 それとも……わ・た・し?」

「……全部ライスじゃん」

「えっ、ライスの全部が欲しい?もうお兄さまったら……」

「そんなこと言ってないよ……」

 

リビングのソファに着いたところで、ようやく学園のトレーナー室前以来に地面の感触を味わう。

 

ハッキリ言って、精神的にめちゃくちゃ疲れたし、むっつりライスと一緒に一つ屋根の下で寝るなんて考えたくもないが、ここから逃げる気力も湧かない。

 

そもそも僕よりもライスの方が身体的に優れているんだ。逃げようとしても、すぐに追い付かれて普通に拘束されるのが目に見えている。

 

「お兄さま、ご飯とお風呂ができるまで良い子にしててね?」

 

……それにライスが僕のことを本気で心配してくれて世話を焼こうとしているのは、入院していた頃から全く変わっていない。

 

そんな優しいライスから逃げようだなんて……いや、何度か貞操の危険を感じたことがあるから普通は逃げようと思うのか…?

 

「ライスね、色々考えてたんだ。どうしたらお兄さまに幸せになってもらえるか」

 

トントントンと鳴る包丁の音をBGMに、先程までの上機嫌なおふざけ口調とは打って変わって真剣さを帯びた、けれど(はかな)げな、か細い声が響く。

 

「この間の事故の時もね、もしお兄さまがライスのトレーナーじゃなかったら、なんて考えちゃったりしたんだ」

「それは……」

「"ライスのせい"なんて言わないよ。ちょっと運が悪かっただけ。

 でもね、それでももしライスが一人だったらとか、もしライスがお兄さまとのお話に夢中になってなかったらとか、今でも考えちゃうんだ」

 

そこで言葉を切ったライスは包丁を置いて、こちらへと向き直る。

出会った頃の弱気で引っ込み思案なライスとは違い、しっかりとこちらを見据える瞳は決意に満ちていた。

 

そのまま僕の前まで歩いてきて、ゆっくりと両膝を突いて、僕の両手を包み込むように両手で握り、上目遣いでこちらを見つめてくる。

 

「だからね、お兄さま、お仕事やめよう?」

「…………え?」

「ライスと結婚して、ライスのヒモになって?

 あっ、ヒモがイヤなら専業主夫でもいいよ?」

「いやいやいやいや!そうじゃなくって!」

「大丈夫。ライス、貯金は結構あるし、GⅠ3勝の有名人だからお仕事もいっぱいあって、お兄さまも養っていけるよ?」

「いや、それは知ってるけど!」

 

なんでこの流れで逆プロポーズされるんだ。

しかも、両手を(つか)まれていて物理的に逃げられないし、ライスとは長い付き合いだから本気で言ってるとわかってしまうのも(たち)が悪い。

つまり、こっちも本気で説得するしかない。

 

「ライス、まず僕は君のことを愛してる」

「じゃあ…!」

「でもね、僕はトレーナーを辞めたくない。もちろんライスのトレーナーを続けたいのもあるし、僕にとってウマ娘のトレーナーは長年の夢だったんだ。

 ライスみたいに自分に自信を持てない子の背中を押せるような、諦められない夢に向かって走らせてあげられるトレーナーになりたいんだ」

 

そうだ。幼い頃に見たダービーウマ娘に憧れて、ウマ娘にはなれないことに気付いてからはダービートレーナーを目指して、成績不振で諦めかけていた時に叱咤(しった)して背中を押してくれた先生のような大人に、今も僕は憧れているんだ。

 

もうダービートレーナーになんてあんまり興味ないけれど、あの時に(とも)された心の炎は未だに燃え続けている。

 

「……じゃあ、お兄さまはライスと一緒に夢を叶えたの?」

「いや、ライスだけじゃなくて、もっとたくさんのウマ娘の背中を押してあげたい。

 だって、僕はライスの、『しあわせの青いバラ』の『お兄さま』でしょ?」

「!」

 

ライスの優しさやら僕の呼び名やらに付け込むようで良心が痛むが、これでライスの説得には成功するはずだ。

実際、ライスは耳と尻尾をピンと伸ばし、頬を赤く染めているから……なんで、血の気が引いて青ざめていくんですか…?

 

萎れきった耳の青ざめたライスはソワソワと辺りを見渡した後、一度深呼吸を挟み、意を決して僕の目を見つめる。

 

「……ごめんなさい、お兄さま。ライスのせいで、お兄さまはお仕事辞めないといけないかも……」

「……どういうこと?」

「えっとね、今日、お兄さまとライスは『あーん』したり、お姫様抱っこしたりして、ラブラブをみんなにアピールしてたでしょ?

 それに、ライス、お兄さまのお(うち)にお泊まりするってお友達には話してて、ラブラブな男女がお泊まりするってことは……」

 

そこで言葉を切ったライスはバラ色に頬を染めながら熱っぽい視線を送ってくる。

 

「……何もしないからね?」

「うん。わかってる。お兄さまは優しくて、真面目さんだから。

 ロブロイさんやマックイーンさん、マックイーンさんのトレーナーさんもわかってると思うよ。

 でもね、他の人たち……例えば、ライスのファンとかだったらどう思うかな…?」

「…………なるほど」

「お兄さまががんばって違うって言っても、ライスがどっち付かずな態度を取れば、既成事実の出来上がり、だよね…?」

「………………そうだな」

 

事実がどうであれ第三者からすれば、あれだけ好き好きアピールしているライスを家に連れ込んだ時点で事案発生、一泊したら脳破壊モノだろう。

思っていたよりも規模も反響も大きい外堀の埋め方に、感心すればいいのか頭を抱えればいいのかすらわからない。

 

「……あのね、お兄さまならトレーナーを続けたいって言うと思って準備してたんだ。ごめんね?

 ライスのせいだから、ライスもがんばってお兄さまを守るね?」

「……うん。頼むね」

 

堂々と婚約まで発表してたマックイーンのトレーナーやら、やたらテイオーとの距離感が近いことで有名なテイオーのトレーナーやらが無事にトレーナーを続けているんだから、多分大丈夫だとは思うが、ライスから否定してもらう方がライスの評判もいいだろう。

 

「もしダメだったら、ライスが責任取って、お婿さんに貰うからね!」

 

全然安心できない慰めを受け、覚悟だけは決めておいた方が良さそうだと諦観の念を抱いたのだった。

 

 

 


 

 

 

結局、僕とライスの噂はライスの(当初の)目論見通りに拡散され、僕とライスの必死の弁明にも関わらず、

『こいつらうまぴょいしたんだ!』とか

『この否定の仕方は一線越えちゃいましたねぇ』とか

『はよ結婚式に呼べ』とか、SNSで祝福なのか非難なのかわからない言葉を受けまくったのだった。

 

ちなみに、トレセンの上の人からは『ちゃんと節度を持って、スキャンダルにならないように隠れてお付き合いしてください』と口頭注意だけで済んでしまった。

本当にそれだけでいいのか、トレセン学園…?

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