ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
『耳が大きいウマ娘は性欲が強い』という俗説を知ったロブロイのお話
※本作品に登場する書籍は実在する書籍、元ネタとなった作品などとは一切関係ありません


耳の大きいウマ娘は性欲が強い?

「トレーナーさん…!」

 

その時のロブロイの瞳は決意に燃えていた。

(つや)やかな黒鹿毛を揺らし、150cmにも満たない小柄な体躯でカフェテリア内を静かに、愛バであり恋人でもあるゼンノロブロイがこちらへと駆けてくる。

 

「やあ、ロブロイ。立ち話もなんだし座ろうか」

「あっ、はい。ありがとうございます」

 

手近な位置にあった椅子を引き、ロブロイがしっかりと座ったのを確認し、対面へと俺も腰掛ける。

さて、今回は一体どんな決意を秘めてきたのやら。

 

頬を朱く染めた凛々しい顔をした愛バが重々しく口を開く。

 

「あの、性欲の強い女性って、どう思いますか?」

 

ゆっくりと目を閉じ、じっくりと呼吸を味わう。

さて、何を言ってもセクハラ必至のこの状況をどうするべきか。

 

「そうだね。浮気しないなら別に気にはしないかな」

「そうなんですね…!トレーナーさんは気にしないと…!」

 

ゆっくりと目を開き告げた当たり障りのない答えに、なぜか俺の愛バは瞳を輝かせながら相槌(あいづち)を打つ。

そして間髪入れずに飛んでくる次の質問。

 

「耳の大きいウマ娘は性欲が強いと言うお話があるみたいですが、どう思いますか?」

 

この時点でおおよそ察しがついた。

『耳の大きいウマ娘は性欲が強い』という俗説を知ってしまったがために、自分も性欲が強いのでは?と思い至り、それが原因で恋人である俺に嫌われはしないかと不安に駆られた、というところだろうか。

 

声こそ平静だが、対面に見える瞳は少し揺れている。

なら、俺が答えるべきはただ彼女を受け入れる言葉だけだ。

 

「それはただの俗説だよ、ロブロイ。俺はどんな君でも好きだよ」

「っ!?」

 

少し気障(きざ)ったらしかっただろうかと後悔するも、耳と尻尾を逆立てながら、頬を薔薇(バラ)色に染め、緩んだ口元を手で隠そうとしている恋人を見て、先程の言い回しが正解だったことにようやく気付く。

 

今度はウインクでもしてみるかと頭の片隅にでも計画だけはしておく。

 

「それでも、私は気にしてしまうんです……」

 

恥ずかしそうにもじもじとしながら黒鹿毛の愛バが今にも消えそうなか細い声を上げる。

 

「……トレーナーさんは、私の性欲、強いと思いますか…?」

 

我々二人は恋人と言えど(いま)だにキスすら交わさぬ純に清い関係。ロブロイが卒業するまでは、あくまでも交際は秘密裏に。そして、清い関係を保とうと約束も二人で取り決めてある。

 

だからと言って、素直に彼女の性欲がどうとか分からないなんて答えられない。

 

俺は今まさに悩みを抱えた教え子の前に、教育者として立って(椅子に座っているが)居るのだ。

解法は導けなくても、考え方くらいは示せないと示しがつかない。

 

が、判断材料すらない問いに答えなど出るはずもなく。

 

「あの、その俗説を聞いて、私好みの本をいくつか読み返したのですが、その中に変な趣味の本が混ざってはいないか確認してはいただけませんか…?」

 

と、おずおずと控えめに、けれど少し興奮気味に声をかけて来た彼女の姿に、

 

(あっ、この性欲云々(うんぬん)の問い掛け自体にも特に深い意味はなくて、本当は最近読んだ本の紹介がしたいんだな)

 

そう悟ってしまった俺は、なんとも()()無い気分を抱くのだった。

 

 

 


 

 

 

所変わって、トレーナー室。

遅れて到着したロブロイは数冊の本や冊子、文庫本などを紙袋に包んで抱えてきた。その中には俺が想像していたようなアダルト雑誌は無さそうで少し安心する。

 

ロブロイだってもう高等部だ。エロ本の一つや二つ持っていたとしても特に言うことはない。言うことはないが、紹介なぞされようものなら悶絶すること間違いなしだ。

 

「トレーナーさん…!」

「うん。いいよ」

 

話したくて話したくてうずうずとしているロブロイに(なか)ば諦め気味にオッケーサインを出す。

花が咲き誇るようにロブロイの顔は明るくなり、それと同時に本の山の一番上に鎮座していたそれ(・・)がこちらに差し出される。

 

「まず最初はやはり王道の純愛物からですよね!」

 

"まず最初は王道"ということは"その後は邪道"もあるということだろうか。

率直に言って、教え子……いや、恋人とそういうディープな話、というか、性癖の話をするのはとてもしんどい。したくない。

 

まあ、俺が何か言うより先にロブロイが語り始めるんだが。

 

「こちらの『KIRARI WEDDING RING』は中央トレセン学園が舞台で、なかなか勝利に恵まれない勝ち気なウマ娘と、生真面目で融通が利かない男性トレーナーが、数年間の競技生活の中で喧嘩や挫折を味わいながらも、段々とお互いに惹かれあっていくという、トレセン学園生なら誰もが一度は憧れるシチュエーションのお話でして───」

 

あっ、思っていたよりも普通の恋愛小説だ。

純白のウエディングドレスと結婚指輪が強調された表紙からはロブロイの説明以上の内容は読み取れないが、彼女の説明によると今の我々の関係性の延長線上のストーリーなのだろう。

 

なんて少し安心していたのだが、次に差し出された小冊子の表紙が見えた時点で考えを改めることになる。

 

「こちらの『ユメヲ✕カケル!』も同じくトレセン学園が舞台なのですが、純愛は純愛でもいわゆる百合系でして───」

「……これ、モデルになった子たちに知られたら不味いんじゃない…?」

 

差し出されたブックレットの表紙には、黒と緑を基調とした勝負服を(まと)う藤色がかった髪の毛のウマ娘と、白と青の勝負服を着こなす髪の真ん中辺りの白い一房が印象的な綺麗な鹿毛のウマ娘が抱き合う様子が描かれている。

 

少しでもトゥインクルシリーズの知識があれば、モデルとなった人物たちは明白であろう。

 

「学園生活でもレースでも競い合い、高め合う二人はいつしか惹かれ合い、友達以上の関係性を望むようになり───」

「あの二人って、両方共に自分たちのトレーナーが大好きじゃなかったか…?」

「これは所謂(いわゆる)ifストーリーなので、女の子同士で恋愛する創作なのが良いんですよっ!」

「ふぅん…?」

 

珍しくロブロイが語気を強くする。

だが、俺はこの手の創作には全く縁がないため、肯定も否定もできないし、理解すら追い付いていない。

 

「創作と言うと、こちらの『ぎゃくぴょい!』シリーズは、学園内でも鉄板ですね!」

「そんなものが鉄板なのか……」

「ウマ娘が男の人をその膂力(りょりょく)で『わからせ』るという、ウマ娘なら一度は夢想する(たぐ)いのシチュエーションばかりでして───」

「急に怖いこと言わないで」

 

本の紹介の途中に、一瞬だけロブロイの目が獲物を見定めるような光をこちらに向かって発していた。つまりは、あの大人しいロブロイでさえ俺に対して、そういう願望を抱いているということだ。

 

焼け石に水だろうが、一応いつでも逃げだせるように腰を浮かせたところで、ロブロイが俺の様子に気付き、わたわたと慌てて口を開く。

 

「あっ、その、ち、違うんです!わ、私はトレーナーさんにそんなことしたいだなんて思ったこと、ほとんどありませんよ!」

「考えたことはあるんだな……」

 

墓穴を掘ったことに気付いた彼女は、見ているこちらが心配になるほどにザッパンザッパンと目を泳がせている。ここまで動揺している(さま)を見るのは初めてかもしれない。

 

「あっ!つ、次の本なんですけど、こちらの『NEXT♡FRONTIER』は是非ともトレーナーさんにも読んでいただきたいんですっ!」

 

かなり無理のある話題変更だが、そんなことよりも新しく現れたやけに肌色が多い表紙に意識が持って行かれる。

 

「これはダメなやつでしょ……」

「ちょっと過激な表現が多いだけです」

 

差し出された本を手に取り、適当なページを開く。

 

……うん。ダメなやつだわ。

 

「これは所謂(いわゆる)18禁というものでは?」

「この本は成人指定されてはいませんよ」

「いや、ここの表現はダメなやつでしょ……」

「直接的な表現は含まれていないので、成人指定されてないんです」

「…………そっかぁ」

 

教育者の視点から見ると完全に成人指定が必要だと思うのだが、作家や出版社の視点ではそんなもの必要ないということか。一つ学びを得た。

 

そんな今考えても(せん)無いことより、この恋人からお(すす)めされている如何(いかが)わしい書籍を、どうすれば穏便に断ることが出来るか考える方が有意義だろう。

 

「ロブロイ、あのな「トレーナーさん、最後にもう一つだけ、お願いします」

 

わざわざ俺の言葉を(さえぎ)ったロブロイが紙袋から一冊の本を取り出す。

 

「こちらの本を読んで、感想を聞かせて欲しいんです」

 

そう言って差し出された表紙には表題がなく、既視感しかない深緑色と金糸雀(かなりあ)色を基調としたスコットランド風の勝負服をはだけ、素肌を(さら)している黒鹿毛で小柄なウマ娘が描かれていた。

 

それを受け取り、背表紙や背面も確認するが作者名も記されてしない。

 

「……これは作者に苦情を入れた方がいいか?」

「えっと、それはやめていただけると嬉しいです」

 

この表紙のウマ娘とそっくりな目の前に居るウマ娘が良いとは言っても、その担当トレーナーとしては抗議の一つくらいは入れないといけない。そう言い(つの)ろうと口を開くも、彼女の方が一手早かった。

 

「これは私がストーリーを書いて、友人に絵を付けて貰ったものなんです。だから、その、怒らないでいただけると、いいなって……」

 

絶句。

 

御本人から説明されようと、手の内にある表紙の時点で明らかに成人向けの書物と、目の前に居る控え目な性格の少女が全く結びつかない。

 

それ以上に自分で書いた自分がモデルの官能小説(中をまだ確認していないが表紙からして官能小説だろう)を、恋人に渡すとは一体どういう了見(りょうけん)なのか皆目見当もつかない。

 

沈黙をどう受け取ったのかはわからないが、ロブロイが続きを語り始める。

 

「その、トレーナーさんも、男の人ですから、そういう本も幾つか持ってるとは思うんです。でも、そういう時でも、私のことを想っていて欲しいんです」

「……なるほど」

 

つまりは、俺の持っている所謂(いわゆる)お宝本よりも自分の本を使って欲しいと。見たことすらない本の中の女性にすら嫉妬していると。

さっきまでの如何わしい本の紹介すら前座で、本命はこの本を渡すことなのだろう。

 

「それに、卒業して、色んな(しがらみ)が無くなった後、してみたいことがたくさんあるんです。だから、私のしてみたいことを先んじて知っていて欲しくて……」

 

この流れで頬を朱に染めながらの『してみたいこと』とは、つまりはそういうことなのだろう。

 

「あの、流石に恥ずかしくなってきたので、一旦帰らせてもらいます……」

 

遂にこちらを見ることすら出来なくなった真っ赤な顔の愛バが「失礼しました」とだけ告げて、そそくさとトレーナー室を退出していく。それに「また明日」と機械的に答える。

 

急にしんと静かになったトレーナー室で、手の中に残った本をめくり、

 

「ロブロイ、君は性欲が強い方だと思うよ……」

 

と、誰がどう見ても成人向けの挿絵を発見しながら、答えられなかった質問に独り()ちた。

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