わがままフラワーが背中を流したいとお願いするお話
「今年も一年間お疲れさまでした♪」
「フラワーもお疲れ様」
今年度のURAファイナルズも終了し、来年度まであと数日の今日という日。
ニシノフラワーとその担当トレーナーである俺は、昨年と同じように過ごしていた。
「まさか二年連続で温泉旅行に来るなんてな……」
「二年連続で福引が当たっちゃうなんて、びっくりですよね……」
いつものように商店街で買い物をしていたら福引券を貰ってしまい、去年特賞を当てたんだから今年は当たらないだろう。なんて係のおっちゃんに軽口を叩きながら引いた福引が、なんと特賞。
ただ、前回とは違う点があって、
「今回は二人きりですから、トレーナーさんもゆっくりくつろいでくださいね?」
「……もちろん。そのつもりだよ」
今回の温泉旅行は二人のペアチケットだったのだ。
フラワーかご両親に譲ろうとしたのだが、フラワーの『トレーナーさんと一緒に温泉行きたいです!』という発言と、ご両親の『トレーナーさんなら安心して任せられる』との後押しに折れてしまった結果がこれである。
ちなみに、絶賛後悔中だ。
「えっと、トレーナーさん」
「なあに?」
そんな後悔をしているだなんて悟られないように振る舞う。彼女の前に居るのは担当ウマ娘と一緒にリフレッシュに来たトレーナーだ。未成年の少女を一人部屋に泊まらせることができなくて頭を抱えている成人男性などでは断じてない。
「……その、わがまま、言ってもいいですか?」
「もちろん」
優しくて賢くて、それでいて遠慮がちなフラワーはわがままなんて滅多に言わない。だからこそ、こういう時には甘やかしたいと思う。それに昨年の『アイスを食べたい』といった簡単なお願いだろう。
そう思っていたのだが……
「あの、トレーナーさんのお背中、流させてくれませんか?」
「……ん?……え?」
背中を流す…?
背中を流すって、つまり、一緒に温泉入ろうってことか…?
未成年の女の子と一緒に温泉に…?
「その、家族風呂ならトレーナーさんと一緒に入れると思いますし、私だってトレーナーさんにはとっても感謝しているんです。だから、お背中くらいは流してあげたいなって……」
恥ずかしそうに頬を染め、けれど眉を八の字にして耳をパタパタと不安そうに不規則に動かしながらも、フラワーは俺を説得しようと言葉を繋げる。
「いや、でも……」
「……やっぱりご迷惑でしたか…?」
瞳を潤ませ耳を萎れさせて、上目遣いにこちらを見上げるフラワーを前にして、なんとか断ろうと抵抗していた鋼の意志は
大丈夫だ。俺は
「……いいよ。家族風呂、行こうか」
「! ほんとうですかっ!?」
「ああ。二人でゆっくり話でもしよう」
「はいっ! いっぱいお話しましょう!」
無邪気に子供っぽく喜びを表現するフラワーに対して、俺は一瞬脳裏を
「トレーナーさん、早くお風呂に入りましょう?」
イヤーキャップとソックスを脱ぎながら上機嫌で少し高いフラワーの声がする。こういう状況を想定して水着でも用意しておくべきだったか?などと現実逃避気味にボーッとしていた思考は、フラワーが自分の服の裾を掴んで勢いよく脱ぎ捨てるのを確認して現実に戻ってくる。
「フラワー、せめてもう少し隠したりとかは……」
「でも、この後一緒にお風呂ですよ?」
そんな簡単な問答をする間にも
「トレーナーさん?」
不思議がっている声が既に衣擦れの音が聞こえない所からやってくる。
「早くお風呂に入りませんか?」
「……先にお風呂に入っててくれない?」
「私はトレーナーさんと一緒に行きたいです。ダメ、ですか…?」
なんとか
「……いや、一緒に行こうか」
覚悟を決めて靴下を脱ぎ捨て、シャツから順に上の服を脱いでいく。
「トレーナーさんって結構鍛えているんですね」
「走行フォームの実演とかダンスとか色々できないといけないからな」
中央のトレーナーなら得意不得意はあるにせよ走りとダンスくらいは全員できる。ちなみに、対ウマ娘用護身術も必修だったりする。だいたい中央トレセン学園のウマ娘はマジの暴力沙汰なんか起こさないし、もし仮に、いわゆる"暴力沙汰"という
素肌の背中に突き刺さる視線を痛い程に感じながら、ズボンを掴んで
が、背中側からなら見えないだろうと判断し一気に脱ぐ。
……ゴクリと自分の物ではない喉が鳴ったのは聞かなかったことにする。
「じゃあ、行こうか」
「はいっ!」
衣服を適当に放って、手早くタオルで前を隠して振り向く。全く隠そうとしていないフラワーの姿をバッチリと拝んでしまったが、何事もなかったかのように振る舞いつつ視線を逸らす。
大丈夫だ。俺は一回り以上小さい女の子に欲情するような男じゃない。大丈夫。
ガラリとお風呂の扉を開けると、うっすらと漂う湯気が脱衣所を舞う中、大の大人が六人は悠々と入れそうな大きさの露天風呂と
「まずは体を洗いましょうか」
ペタペタとシャワーの方へ歩いて行く彼女の上機嫌に揺れる尻尾を追いかける。職業柄だろうか、無意識に太ももやふくらはぎ、お尻にばかり目がいってしまうのが辛い。別に下心なんてない。
そう、決して男の
「トレーナーさん、早く来てくれませんか?」
突然クルリとフラワーが振り向くが、二度目ともなれば心を無にして堪え忍ぶことくらいはできる。そのままポンポンと叩かれているイスへと歩みを進め、
「それでは、お背中を洗いますね」
最初の"お願い"の通り石鹸を手で泡立てたフラワーが、俺の背中へと泡を塗りたくる。背中を這い回る細い指の感触がこそばゆい。
「くすぐったいよ、フラワー」と言ってみるが「えっと、この後は…」なんて独り言を
サワサワと興味深そうに背中に触れていた指がフワリと離れていく。終わったのかな?と思ったのだが、それは間違いだったとすぐに理解する。
「えいっ!」という掛け声と共にパシャリと水音が鳴り、背中には柔らかくて温かい感触が全面に広がり、脇の下を腕が回ってくる。
「……えっと、フラワー…?」
「えっと……あててるんですよ…?」
"当ててる"と言うよりは"密着している"と言う方が正しい。ドクドクと脈打つ鼓動。スゥフゥと上下する胸。それらが肌に直接伝わってきて、とても心臓に悪い。どこに何が当たってるかなんて考えたくもない。
「あの、このまま前も洗っていいですか?」
「それは絶対に勘弁してくれ……」
「あっ、はい」
少し残念そうに、ゆっくりと人肌の温かさが離れていく。少し、ほんの少しだけ残念に思ってしまうのは悪いことなのだろうか。
「あの、トレーナーさんも、私の背中を流してはくれませんか?」
「……背中だけな」
「ありがとうございます!」
自分の前を適当に洗い流して、隣のイスに座ったフラワーの後ろにイスを持って行って座り直す。
「優しい手付きですね」
「そりゃあ、大切な俺の愛バだからな」
「……そんなこと言われると、私、勘違いしちゃいますよ?」
少し熱っぽい声がフラワーから
「背中、流すよ」
「……はい」
気まずい無言を破るべく一言断り、泡まみれの背中をお湯で流す。あらかじめ『背中だけ』と明言しているので、これ以上のことは求められないはずだ。湯舟に
「えっと、尻尾も、お願いしていいですか…?」
上目遣いの視線に歩みを止められる。
「……尻尾の手入れなんてやったことないぞ?」
「トリートメントを塗るだけでいいんで、やってくれませんか?」
ウマ娘の尻尾。外から見えるほとんどが毛だけで、根本の部分にのみ骨と肉があるデリケートな部位。ウマ娘によっては性感体でもある部分。そこを異性に触らせる意味。親愛や信頼の意味もなくはないが、より一般的な意味としては恋慕。夫婦によっては今夜OKの意味もあるらしい。先輩が
フラワーがどんな理由で尻尾の手入れを提案したのかはわからないが、先ほどの『勘違いしちゃう』発言を
「……やっぱり、ご迷惑でしたか…?」
それだけで断るという選択肢は消える。
「……いいよ」
「……ありがとうございます♪」
美少女の、それも教え子の潤んだ瞳での上目遣いを
「たっぷり手に取って、手のひらで薄く伸ばして、毛先から順番に、まんべんなく塗ってください」
「わかった」
言われた通りに気持ち多めに手に取り、薄く伸ばして塗っていく。
「こんな感じでいい?」
「上手ですよ。そのまま続けてください♪」
「だいたい塗り終わったか…?」
「そうですね。ありがとうございます。助かりました♪」
「じゃあ、先に湯船に行くね」
「はい。洗い流してから私も行きますね」
笑顔で手を振るフラワーに手を振り返して湯船へと逃げる。ずっと裸の付き合いをしていると目の遣り場に困るし、なんだか感覚が麻痺してきて魔が差しそうで嫌だった。
乳白色の熱いお湯に足を
頭の上にタオルを乗せ、ゆっくりと体が湯に慣れるように身を沈めていく。
肩までしっかりと湯に浸かる頃には頭の
「気持ち良さそうですね」
無意識に声の聞こえた方を向いてしまい、慌てて視線を戻す。視界の端でクスクスと笑うフラワーがチャプチャプと音を立て湯船へと足を沈めていく。当然、フラワーがタオルをお湯に浸ける訳もなく、湯船の
腰まで浸かった辺りでザブザブとお湯をかき分けてフラワーがこちらへ向かって来て、
「えっと、失礼しますね?」
こちらが何かするよりも先に、フラワーは俺のすぐ隣に腰を下ろし、スルスルと距離を詰め、左腕の中にすっぽりと収まってしまった。
「……ごめんなさい、トレーナーさん」
「……えっと、フラワー…?」
「本当は、この温泉旅行中に既成事実を作る予定だったんです。トレーナーさんとずっと一緒に居るには、それが一番確実らしいので」
こちらに体重を預けながら、不安の
"既成事実"
ずっと脳裏から離れなかった『ウマ娘 密室 二人きり 暴行事件』はあながち間違いでもなかったらしい。
「でも、やっぱり私はムリヤリはしたくないです」
決意を秘めた言葉と共にグイっと左腕を引かれ、左の頬にチュッと何か温かく柔らかいものが触れ、離れる。
「フラワー!?」
「これが、今の私にできる精一杯です」
こちらを見つめる瞳はお風呂に入る前までの無邪気な子供のキラキラとした瞳ではなく、確たる決意に満ちた大人の瞳になっていた。
開こうとした唇を指で押さえられる。
「いつか私が立派な大人のお姉さんになったら、次はここにさせてもらいます。だから、私が大人になるその時まで待っていてはくれませんか?」
可愛らしく小首を
「……じゃあ、約束……指切りしようか」
「はいっ!指切りしましょう!」
大きさが全然違う小指と小指を
「ゆーびきーり♪げーんまーん♪ウソついたら……」
「ゆーびきーり、げーんまーん、嘘ついたら、針千本…?」
なぜか途中で歌を止めてしまったフラワーが難しい顔をして
「ハリセンボン飲ませるのはかわいそうですし……ウソついたら、うまぴょいする…?」
これ以上ない殺し文句だと他人事のように思った。
なお、この一件以来、完璧に距離感がバグったフラワーが四六時中引っ付いてきて、そのせいで一騒動起きるのであった。
「Shotgun! Shotgunはどこデスカ?!Marry or Dieデース!!」
「Blitzkrieg. やはり恋愛の必勝法は電撃戦なのですね。トレーナーさん、今すぐ役所に行きましょう。婚姻届の準備は出来ています」
「……まっさかー、品行方正なフラワーに限ってそんなことする訳ないでしょー?
……じゃあ、セイちゃん、ちょーっと気分が良くないので、横になってきますね」