ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《シリアス》
ネイチャが物の弾みで大失敗するお話

こっちでは投稿日がズレてるけど、これが処女作


〈ナイスネイチャ〉
物の弾み


事の発端は些細な事だった。もう内容すら覚えていないが。

 

その頃の俺と担当ウマ娘のナイスネイチャはしょっちゅう他愛ないことで小喧嘩して、俺が平謝りして、ネイチャが『しょうがないなぁ…』とか言いながら仲直りする。それが一種のルーティンとなっていた。あの時もどうでもいいことで言い争ってた。

 

その時は唐突に訪れた。

 

昼食時のカフェテリアで前をスタスタ歩いていくネイチャに追い付こうとしながら、平謝りし、右手を伸ばしてネイチャの肩を掴もうとしていた時だった。

 

 

 

パンっという乾いた音と、ポキリと嫌な音が聞こえた。

 

水を打ったようにカフェテリアが静まりかえり、その場に居た全員、俺とネイチャを含む全員が唖然とした顔をしていた。

 

赤黒い液体が目の前を舞い、

 

自分の右腕があらぬ方向に曲がっていた。

 

腕から白い物体が飛び出している。

 

頭が理解を拒んだ。

 

振り返ったネイチャに右手を払われたことは理解した。

 

が、それ以上の理解を拒んだ。

 

自分の腕が目に入ったからか、尋常ではない痛みを覚え、視界に光がちらつく。

耳鳴りが酷くて、音はまるで聞こえなかった。

やけに間延びした時間の中で周囲の情景だけが目に焼き付いている。

 

青い顔をしてヒトとは思えない速度で走るたづなさん。

 

震える手で応急措置を施す桐生院さん。

 

今までに見たことがないほど真剣な顔をして、こちらに向かってくるマーベラスサンデー。

 

 

そして、この世の終わりのような顔をして呆然と立ち尽くすナイスネイチャ。

 

 

自分の愛バの顔を見て、自分のやるべきことを悟った。

遠退く意識を無理矢理に繋ぎ止め、たった一言だけ絞り出す。

 

 

ーーーーー。

 

 

そして、何もわからなくなった。

 

 

 


 

 

 

「…トレーナーさん…ごめんなさい」

白いベッドの上に眠るトレーナーさんの顔を見ながら呟く。

 

 

 


 

 

 

トレーナーさんの腕が折れてからの出来事は、悪夢の中を彷徨っているように、現実味がなかった。

 

あの時は、いつもの『お遊び』にイラっとしてしまって、思わず振った手に力が入っていたのが悪かった。

 

 

赤黒い液体が飛び散った時、怖かった。

 

血の気が引き、呼吸が荒くなる。3200mを走りきった時より速いかもしれない。

 

彼が青ざめた酷い顔で、なんとか微笑みながら何かを呟く。

やめて。

無理に微笑もうとしないで。

 

目の前で崩れ落ちていく彼を理解したくなかった。

 

 

 

アタシがやったんだ。

 

理解した。

 

 

 

世界が色を失っていく。

 

音もなくなり、視界が揺れる。

 

マーベラスが駆け寄って来て、何か話していたけれど、何も聞こえなかった。

 

保健室に搬送されていく彼を、ただ呆然と見送った。

 

 

 

その後、秋川理事長とたづなさんに呼び出された。何を言われたか、何と答えたか全く記憶にない。

秋川理事長の困った顔と、苦笑するたづなさんだけが記憶に残っている。

 

一刻も早くトレーナーさんに会いたかった。

 

保健室に行くと、トレーナーさんは病院に移ったと言われ、そこまで走って行こうと思った。

 

「外出は許可出来ない」と言われて、頭が真っ白になった。

 

 

 

マーベラスはカフェテリアから寝るまで、ずっと一緒にいてくれた。

 

いつものように笑って、いつものように手振りを交えて、いつもより速いペースで話していた気がする。

 

-今度、改めてお礼言わないとね。

 

 

 

昨日は結局一睡も出来なかった。

 

目を閉じると、トレーナーさんの腕を折る瞬間が目蓋の裏に映って、全く眠くならなかった。

 

今朝早くから、外出許可を得て、アタシはトレーナーさんの居るこの病院まで来た。

付き添い兼案内役と言う名目でたづなさんがついて来ている。

アタシの監視役だろうけど、そんなことどうでも良かった。

 

トレーナーさんの居る病室まで脇目も振らずにやって来た。

 

扉に手をかける。

 

怖い。彼に会うのが怖い。

 

幾つもの『もし』が頭をよぎる。

 

ただ、それ以上に彼に謝りたかった。

 

震える手で、そっと扉を開ける。

 

彼は眠っていた。

 

ベッドの脇にある椅子に座り、白いベッドの上に眠るトレーナーさんの顔を見ながら呟く。

 

「…トレーナーさん…ごめんなさい」

 

もし、アタシのせいで、トレーナーさんの腕が動かなくなってしまったら。

そんなことを考えながら、彼の顔をずっと見つめていた。

 

 

 


 

 

 

この病室に来てから、どのくらい経っただろう。

お昼になってから、トレーナーさんは目覚めた。

 

「…ネイチャか?」

 

ちょっと寝ぼけてるけど、いつもの調子でトレーナーさんがアタシの名前を呼ぶ。

 

「トレーナーさん!ごめんなさい!アタシのせいで!」

 

自分でもビックリするくらいの大声が出る。

 

怖い。

 

怒られるのが怖い。

 

愛想を尽かされるのが怖い。

 

これで契約解消かもしれない。

トレーナーさんと引き離されるのが怖い。

 

「ネイチャのせいじゃないよ。俺もやりすぎた。ごめん」

「そんな訳ない!アタシが悪いの!」

 

優しく諭してくれる彼に、泣きそうな声で反発する。

 

頭の中で、何度も自己弁護しようとした。

 

たまたま当たっただけ。

当たりどころが悪かった。

あの時ちょっとだけ虫の居所が悪かった。

何度もちょっかいかけてくるトレーナーさんが悪い。

 

そう思おうとする度に、

吐き気がするほどの自己嫌悪に苛まれた。

 

もし、当たらなければ、

なんて『たられば』だ。実際には当たってるんだから。

 

もし、力を入れて無ければ、どこに当たっても骨折なんかしなかったはずだ。

 

もし、あの時、アタシの機嫌が良かったら、

その内、機嫌の悪い日に同じことをするだろう。

 

もし、あんなやり取りをしていなかったら、

あんな喧嘩にもならない『遊び』を毎日続けていたのは二人とも楽しんでいたからだ。

いつでも止められたのに止めなかっただけだ。

 

 

 

結局、感情的になって、暴力を振るったアタシが悪い。

 

 

 

「アタシのこと許してくれなくていい!嫌いになってもいい!動かなくなった腕の分なんでもする!一生かけてでも償うから!」

 

偽りのない本心。

アタシはトレーナーさんのことが好き。

いつから好きなのか、それはわかんないけど、こんなにも愛しているヒトのためならなんだって出来る。

そう思った。

 

彼は呆気にとられたような顔をした後、頬を染めながら苦笑し、

 

「ネイチャ。二つ、言わないといけないことがある」

と、切り出した。

 

怖い。

 

なんでもすると決心していたのに、早速決心が揺らぐ。

 

「まず、俺の腕は動かなくなったりしないよ」

「…えっ?!」

 

そう言えば、トレーナーさんから容態を聞いていないことに気付く。

最悪のことばかり考えていたから、気持ちが逸っていたみたい。

 

「開放骨折だったけど、神経やリンパはやられてないし、応急措置も適切だったみたいで感染症のリスクも低いらしいよ」

「良かった…」

 

ホッと胸を撫で下ろす。

ずーっと緊張してた神経がほぐれて、少しだけ余裕が生まれる。

 

「…だから、一生かける必要はないよ」

「…」

 

トレーナーさんに指摘されて気付く。

さっきの、プロポーズみたいじゃん。

今更ながら、恥ずかしくなってきた。

顔が熱い。

耳も尻尾も落ち着きなく揺れている。

恥ずかしすぎて死にたい。

 

トレーナーさんからすると、真っ青だったアタシの顔が真っ赤になってるんだろうなぁ。と、どうでもいいことを考えて現実逃避する。

 

「次の話、なんだけど」

「ちょっ!ちょっと待って!今は何言われても耐えられそうにない!」

「…わかった」

 

椅子に座ったまま前傾して、ベッドに顔を埋め、「ぁああああああーー!!」と叫んで、行き場のない感情を吐き出す。

 

アタシのバカ!

 

ポンポンと頭を撫でられる。

ベッドからもトレーナーさんの匂いがするし、全く落ち着かない。

 

暫くして、ようやく気持ちの整理、というより、諦めがついて顔を上げる。

 

「続き、話してもいいか?」

「うん…」

 

トレーナーさんは深呼吸すると、真面目な顔になって、

 

 

 

 

 

「ネイチャ。好きだ。愛してる。付き合ってくれ」

 

「…え?」

 

「本当は、ネイチャが学園を卒業してから言うつもりだったんだけど…」

 

「待って!待って!待って!」

 

「今回は待てないよ」

 

トレーナーさんが、左手を伸ばしてアタシの頬に触れる。

 

彼の顔が近づいてくる。

 

思わず目を瞑り、

 

唇に触れる。

 

「ーーーーー。」

 

 

 


 

 

 

病室を出た所で待っていたたづなさんが柔らかい笑みを浮かべながら、

「節度は守ってくださいね?」

と釘を刺してきたり、

 

学園に戻ってからマチタンやマーベラスに質問責めにされた挙げ句、

「今まで付き合ってなかったの?」

とか言われたのは、また別のお話。

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