ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
トレーナーさんが私以外のウマ娘と親しげに腕を組んでいる……

「トレーナーさんの嘘つき」のリメイクというか、初期プロット版というか
ネイチャを書く時、毎回しっとりさせてるから次はカラッとしたのを書きたいですね


私が先に好きだったのに

「ところでトレーナーさん、明日暇だったりする?」

 

もうすぐ有マ記念が始まるというある日、アタシはそう切り出した。アタシが言える立場じゃないケド、最近のトレーナーさんはオーバーワークぎみだ。アタシのオーバーワークは気にするのに、自分は省みないんだから。

 

「あー…明日はもう予定あるんだ。ごめん」

「……大丈夫!大丈夫!気にしないで!」

 

正直言うと、出不精のトレーナーさんが休日に予定入れてるなんて考えてなかったから、結構がっかりしてる。

 

でも、彼にだって友達とか居るはずだし、アタシのためにって、頑張って働き過ぎちゃう人だから、時々はアタシ抜きでゆっくり息抜きして欲しい。休日も一緒に居たいっていうのはアタシのワガママだから。

 

だから、この沈んだ気持ちには蓋をして、アタシらしく空元気を出して、ちょっと揶揄(からか)ってみたりする。

 

「もしかして、デートとか?トレーナーさんも隅に置けませんなぁ」

 

自分で言っておいてナンだけど、本当にデートだったらどうしようとか思ってしまう。

 

トレーナーさんに彼女が居ないってのは知ってるし、URAファイナルズの終わりに『トレーナーさんの一着だけは誰にも譲らない』って告白紛いのこと言っちゃったけど、この鈍感さんには多分アタシの想いは伝わってない。返事は無くって、ただ、困ったように微笑んでいたことだけはよく覚えている。

 

「デートなんかじゃないって。買い物に行くだけだよ」

 

笑いながらトレーナーさんが答える。彼は嘘が下手だから『デートじゃない』ってことは本当だと思う。ちょっと安心。

 

まだ猶予はある。仕掛けるタイミングを見極めないと。そんなことを思いながら、とりとめもないことを話して、その日は終わっていった。

 

 

 


 

 

 

「……トレーナーさん!?」

 

近くのショッピングモールで買い物していたら、トレーナーさんを見掛けてしまった。

 

"白毛のウマ娘と腕を組んで"歩いているトレーナーさんを。

 

お揃いのダッフルコートを着て、腕を組んで歩く様は恋人同士にしか見えなくて、アタシは付き合ってもいないのに、なんだか裏切られたような気分になって、勝手に呼吸は荒くなって、目の前は頼りなく揺れて、アタシの中からドス黒い感情が湧き上がってきて、何かに当たり散らしたくなってくる。

 

冷静な自分は『トレーナーさんがアタシに嘘吐く訳ない』とか『こんなこと思う権利は無い』なんて言ってるケド、暴れ狂う自分はどうしようもないくらい大きく膨れあがっていった。

必死に歯を食い縛り、拳を握りしめ、今すぐ叫びたい衝動は抑えたけど、足が彼の方に向かうのだけは止められなかった。

 

 

 

二人がお店の中に消えていったおかげで、ほんの少しだけ冷静になる。いや、アクセサリーショップに入っていったから、嫌な想像と(くら)い感情はドンドン膨れあがっていくけど。

 

それでも、同じ店に入っていって問い詰めたりせずに、店先で聞き耳を立てるくらいで済ませるほどには冷静さが戻っている。心の片隅に、まだトレーナーさんを信じてるアタシが居て、アタシの勘違いだってことを必死に訴えている。

 

ショッピングモールの雑踏の中からでも、聞き慣れたトレーナーさんの声を拾い上げるのは簡単だった。

 

「なぁ、ローズ、これはどうだろう?」

 

"ローズ"。愛称で呼ぶ仲なのは確定。

 

彼の側で聞き慣れないソプラノの女声がする。

 

「ちょっとシンプル過ぎない?婚約指輪なんだから、こっちのーーー」

 

"婚約指輪"。決定的な単語だ。

 

目の前が暗くなっていき、足下の地面が無くなってしまったようにフワフワとしている。

 

目頭は熱くて、心は冷たい。

 

でも、ここで泣くわけにはいかない。そんなことしたら、あの白毛に負けたことを認めることになってしまう。

 

奥歯を噛みしめ、握り拳を固くする。いつの間にか握りしめた手からは血がにじんでいる。

 

ゆっくりと地面の感覚を思い出し、後ろを振り返る。

 

力任せに地面を蹴ろうとし「えっ?!ネイチャ?!」

 

後ろから声を掛けられた。

 

「この方がナイスネイチャさん?」

 

さっき聞いた女の声も聞こえる。

 

二人に悟られないように、静かに息を入れて、苦心して微笑を作り、振り返る。

 

「おいっすー。こんなところで会うなんて奇遇だねぇ」

「……なんか、怒ってる…?」

 

顔も声も、いつも通りっぽくしてみたけど、流石にトレーナーさんは分かるみたい。

彼の呟きが聞こえているはずなのに、白毛の彼女はイタズラっぽく笑っている。

 

……正直、ムカつく。

 

「初めまして、ナイスネイチャさん。私はクイーンローズパリと申します。レース場で何度も見た人と直接お話出来て光栄です♪」

「……ありがとうございます」

「ローズ…こういうのは俺が二人に紹介する場面だろ」

「ふふっ、確かにそうだね♪」

 

コロコロと鈴が鳴るように"ローズ"が笑い、困り顔のトレーナーさんがたしなめる。一方のアタシは不機嫌な声が隠せていない。多分、耳も絞ってるし、二人共分かってると思う。

 

"ローズ"が喋っている間に、それとなーく観察してみたけど、背の高さは私よりほんの少し高いくらいで、服で正確なところは分からないけど、スタイルもアタシとそんなに変わらない。髪はキレイな真っ白で、腰まで届くほど長く、真っ直ぐに下ろしていて、黒のコートとの対比で輝いて見える。童顔で、たれ目と併せて優しい印象を与える顔をしている。

……何とはあえて言わないケド、アタシもまだ負けたわけじゃないと思う。

 

「あー……ローズ、こっちは俺の担当ウマ娘のナイスネイチャだ」

 

アタシの方に手を差し出しながら、トレーナーさんが言う。"ローズ"が一礼してきたので、一応、アタシも礼を返しておく。

 

「で、ネイチャ、これが俺のーーー」

 

イヤだ。

 

聞きたくない。

 

そう言えれば、どれだけ気が楽か。

 

今にも泣き出しそうな中、彼が続ける。

 

「ーーー妹のクイーンローズパリだ」

 

いもうと…?

 

「妹!?」

「急に何?!」

 

トレーナーさんが大声に驚いてる。自分でも叫んだことに驚いてる。

さっきまで優しく微笑を浮かべていた妹ちゃんは、イジワルなニヤニヤ笑いに変わっている。

 

「ごめんなさい、ネイチャさん。ちょっと揶揄ってみたくなっちゃって」

 

笑いを含んだ声で彼女が言う。

 

……アタシが勘違いしてることも、妬いてることも分かってやってたの…?

 

困惑している間に、スッと彼女は近付いてきて、彼に聞こえないようにささやく。

 

「私の方が先に好きだったんだけど…それはそれとして、応援させてもらうね?」

「えっ?」

 

クルっと妹ちゃんは振り返って、トレーナーさんに呼び掛ける。

 

「じゃあ、私は先に帰るねー。後は、兄さん、よろしくねー」

「よろしくって…えっ?!」

 

混乱しているトレーナーさんを尻目に見ながら、アタシとすれ違い様に、

 

「頑張ってね?お姉ちゃん?」とだけ言い残して妹ちゃんは行ってしまった。

 

……お姉ちゃんって……えっ?

 

振り返って妹ちゃんの後ろ姿を探したけど、まばらな人混みのどこに消えたのか、もう見つけられなかった。

 

「アイツ、余計な気を使いやがって……」

 

苦々しげな小声が後ろから聞こえる。

 

「あー……ネイチャ、この後時間ある?」

「あり、ます、ケド……」

「じゃあ、ご飯にでも行こうか。」

 

振り向くと、緊張しているのか強ばった笑みのトレーナーさんと目が合った。

 

 

 


 

 

 

結局、断れずに付いて来てしまった。ショッピングモール内のちょっとオシャレなフレンチのお店だ。

 

……いや、断れなかった訳じゃない。この後のことに期待しちゃって、断る気になれなかったんだ。

 

心の奥底では『どうせアタシじゃない』って悲観してるアタシも居るけど、『婚約指輪』『お姉ちゃん』『ご飯に誘ってくる彼』。これだけ手掛かりがあると、ガラにもなく期待しちゃう。

 

緊張しているのか珍しく饒舌(じょうぜつ)に喋る彼を見て、アタシも緊張してくる。何を頼んだのかも覚えてないし、ご飯の味なんて全く分からなかった。

 

ご飯も食べ終わって、デザートでも食べようかと彼が言った後、少しの間ためらうような素振りを見せて黙ってしまった。

 

黙々と二人でチョコのデザートを崩していく。

 

あと一口というところで、ふと、これを食べ終わったら、このまま何事も無く終わるのでは?という考えが頭の中をよぎった。手を止めて、視線を上げると、同じように食べる手を止めて、こちらを見ている彼と目が合ってしまった。

 

「ネイチャ「トレーナーさん」

 

沈黙に耐えかねて発した言葉は見事に重なってしまった。

 

「トレーナーさん、お先に「ネイチャから先に……」

 

再び重なる言葉に、顔を見合わせて苦笑する。

 

こういう譲り合いの時、彼は頑固だ。

だから、ちょっと悪い気もするけど、お言葉に甘えて、アタシの方から先に話させてもらう。

 

「トレーナーさん、結婚するの?」

「ッ?!…んぐっ!?」

 

何も口に含んでいないのに、喉を詰まらせたみたいな音をトレーナーさんがあげる。

 

「婚約指輪って……」

「……聞かれてたか」

 

ちょっと赤くなった顔の彼が照れたように頬を掻く。

 

ここからが本題だ。

 

「……お相手は?」

 

一番聞きたくて、一番答えられたくない質問をする。

 

彼女がいない(はず)の彼、妹ちゃんからの『応援』『お姉ちゃん』、わざわざちょっとイイトコの食事。状況証拠は色々あるけど、付き合ってもないアタシに指輪なんて、一段どころか二段飛ばしもいいとこだと思う。

 

可能性としては『なくはない』くらいだろうけど、それでも、ちょっとだけ期待してしまう。

 

固唾を呑んで、返事を待つ。

 

やけに鼓動がうるさく聞こえる。

 

彼は目を閉じて、深呼吸している。

 

何度目かの深呼吸ののち、覚悟が決まったのか、ゆっくりと目を開き、こちらを見据える。

 

「……君だよ。ネイチャ」

 

心臓が止まりそうなほど嬉しい…今にも泣いてしまいそうだ…

 

どこから取り出したのか、キレイな紺色のベルベットの小箱をテーブルの上に置き、箱を開けて、こちらへ差し出してきた。

 

箱の中には、真ん中にダイヤがあしらわれた金の指輪が一つ鎮座していた。

 

およそ一年越しに初恋が叶って本当に嬉しいけど、嬉しさと同じくらいに困惑もしている。

 

心の中がグチャグチャになっていて、言葉が出ない。

 

口をパクパクさせていると、ちょっと困り顔の彼が心底すまなさそうな声で言い訳する。

 

「えっと、付き合ってもないのに指輪なんて重いとは俺自身も思ってる。URAファイナルズが終わった後、こんな俺に君は想いを告げてくれた。俺も君が好きだった。ただ、俺は教育者で、君は学生だ。君の気持ちに応えるには、相応の覚悟が必要だった。だから、あの時の俺は逃げた」

 

そこで一呼吸置き、続ける。

 

「これが今の俺の覚悟だ。何があっても、一生、君の一着だけは誰にも譲らない」

 

「……ふふっ」

 

わざわざアタシのセリフを引用して、指輪まで用意して、だけど、等身大のトレーナーさんのままぶつかって来る。カッコいい決めゼリフだと思ったのに、可愛らしいと思う気持ちが湧いてきて、自然と笑みが溢れる。

 

まだ返事をしていないことに思い至り、いつの間にかうつむいていた顔を上げる。流石に笑ったままだと失礼だし、笑いを収めて、真剣な表情でこちらを見つめ続ける彼に向き直る。

 

「こちらこそよろしくお願いしますよ?未来の旦那さま♪」

 

弾んだ声で、そう答えた。

 

 

 


 

 

 

「ローズ、ただいまー」

「お邪魔しまーす」

 

あの後、妹ちゃんのことをちゃんと紹介したいって言われて、トレーナーさんの家までやって来た。

 

何度も来たことがある場所だけど、彼と結ばれてから来たと考えるとピンク色の妄想がはかどってしまう。というか、行くって決まった時から一人悶々としている。

……まぁ、妹ちゃんが居るから、"そういう"展開にはならないだろうケド。

 

「ローズ?」

 

怪訝そうな彼の声が家の中に響く。

 

適当に靴を脱ぎ捨てていく彼の後ろ姿を見送り、「だらしないんだから」と呟きながら、アタシも靴を脱いで、自分の靴と彼の靴を揃える。

……家の中に三人居る割には、靴少なくない?

 

「アイツ!余計な気を使いやがって!」

 

リビングの方から聞こえる大声に思わずビクッとなる。「なに?どうしたの?」とリビングに向かうと、先ほど見送った背中が目に入った。彼が体をよじって、焦った顔でこちらに振り向いた時に、彼が紙片を持っているのが見えた。

 

そこにはやたら丸っこい字で『明日の夕方まで友達と遊んできます♪好きなだけイチャイチャしてね♡ローズ』と書かれていた。

 

……つまり、今ここにはアタシとトレーナーさんの二人きり…?

 

「ネイチャ、ごめん。呼んどいてナンだけど、流石に夜に男女二人で同じ屋根の下はマズい。今日はもう帰ってくれ」

 

そんな彼の話を聞けるほど、アタシには余裕がなかった。妹ちゃんからの指示はあからさまで、何度読んでもアタシの背中を押してるようにしか読めなかった。

 

「ネイチャ?」

 

トレーナーさんが不思議そうに全身をアタシの方に向けて、顔をのぞきこんでくる。そんな彼の肩を、ケガしない程度に加減して、ガッシリと掴む。

 

「ネイチャ?!ネイチャ!!」

 

もがく彼を引きずるようにして、寝室へと連れ込み、放り投げるようにベッドインさせる。しっかりと受け身を取った彼が起き上がる前に、その上に覆い被さる。

 

「ネイチャ……」

 

ほんの一瞬だけ、良心が咎めたケド、四年の間に積もり積もった欲望を止められるほどではなかった。

 

たった一言「ごめん」とだけなんとか絞り出して、もう止められない想いを欲望のままにぶつけた。

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