グイグイ迫りくるキタちゃん概念
キタサンの育成ストーリーでは恋心とかなさそうだけど、いざ恋したらグイグイ来そうだよね
いつもあなたに恋してる
放課後、しばらくしてからトレーナー室の扉が叩かれる。軽くコンコンッとテンポ良く二回。この三年、現在四年目だが、幾度となく聞いた合図だ。入室してくる前から扉の前に居る人物が分かる。
普段通り来たことに安心を、これから起こるであろうことに不安を覚え、二重の意味でため息をつきたくなるのを
「トレーナーさん!お邪魔します!」
「いらっしゃい、キタサン」
学園指定の赤いジャージを身にまとった
先月まではよく座っていたソファを無視し、ブンブンと尻尾を振りながら、スタスタとこちらへ歩いて来るのを確認し、再度ため息をつきそうになり、慌てて気を引き締める。
資料やパソコンなどが載った俺のデスクを迂回し、キタサンは俺の座る椅子の後ろへ回っていく。それに合わせて俺は触っていたパソコンをロックし、開いていた資料にしおりを挟む。
俺が仕事を中断したことをキタサンはしっかり確認してから、俺の座るキャスター付きの椅子を引き、俺の正面から
「ぎゅーーーっ!」
言葉の割りにはかなり手加減されたハグが全身を襲う。おかげで顔を包む弾力は呼吸を阻害せず、全身の骨が悲鳴をあげることもない。ただ、全身で女性特有の柔らかさを否応なく
「あのな、キタサン」
「はい!なんですか?」
「何度も言ってるが、こういうスキンシップはやめよう?」
「イヤです!やめません!」
言葉と同時に、ほんの少しだけ締め付けが強くなる。
締め付けが強くなったとは言っても、割れ物を扱うように触れられていることに変わりはない。
ただ、さっきよりも接触面積が増えて、よりマズい状況になっただけだ。
「トレーナーさん!大好きです!」
最近の悩みはこれだ。事あるごとにキタサンは『好き』と言いながら少々過激なスキンシップをしてくる。
「キタサン」
「はいっ!」
「仕事できないから離れて」
「はい……」
名残惜しそうにペタペタと俺の体に触れながら、ゆーっくりとキタサンが離れる。
椅子を元の位置に戻し、パソコンのロックと資料を開き、手早くメモ書きを作成していく。
キタサンがデスクの反対側に椅子を持って来て、散歩前の大型犬みたいにキラキラした瞳でこちらを見ながらブンブンと尻尾を振っているが、無視を決め込む。
後に回せない仕事はほとんど無いが、ここでちょっかいでもかけようものなら、五分で終わる仕事に一時間近く掛けることになるのを過去に経験済みだ。
こなすタスクを必要最低限にとどめ、パソコンをスリープモードにし、今日のトレーニングメニューを手に取る。
俺が立ち上がるのと同時にキタサンも立ち上がる。
トレーナー室の扉に向かう俺にキタサンは歩調を合わせ、空いている手の方に回り込んで、腕を胸で挟むように抱きついてきた。
「……キタサン」
「イヤです!」
満面の笑みでそう言い切るキタサンを見て、堪えきれなかったため息を
今日もトレーニング中のキタサンは真面目だ。
さっきまで何を言っても腕にくっついて離れなかったワガママ娘がウソのように、俺の指示に従い黙々とメニューをこなしていく。
「トレーナーさんっ!このあと自主トレしていってもいいでしょうか?」
トレーニング終わりの第一声はそれだった。
こちらを見て話していたキタサンの視線が
「わかった。今日はキタサン以外みんなオフだし、とことん付き合うよ」
「ありがとうございます!!じゃあ、早速行ってきます!」
そう言って走りだすキタサンは三年前から変わらない横顔をしていた。
キタサンの自主トレが終わり、彼女がシャワーを浴びている間にトレーナー室に戻ってきた俺は、トレーニング前に作成したメモ書きを頼りに仕事をこなしていく。
学生の頃からコツコツやるのは得意だが、どちらかと言えば体育会系だった俺にトレーニング後のデスクワークは少々辛い。
これからキタサンとのミーティングがあるのに「んあー…」なんて情けない声が出るのを抑えられなかった。
すると、コンコンッとテンポ良くノックが二回響く。「お邪魔します!」という声と共に紫色の制服を着た黒鹿毛の愛バが入室してきた。
俺が何か言うよりキタサンが喋る方が早かった。
「お疲れのようですね、トレーナーさん」
「……まあ、ちょっと疲れたかな」
以前マッサージされたことを思い出しながら、ほんの少しだけ期待をこめて、そう返す。
スタスタとキタサンがこちらへ歩いて来るのを確認し、ミーティングにしてもマッサージにしても俺がそっちに行くんだがな。と思いながらパソコンの電源を落とす。
俺が仕事を終わったことをキタサンはしっかり確認してから、座ったままの俺を椅子ごとグルッと回し、俺の両手を上から
初めての行動に困惑していると、キタサンは掴んだ俺の手を「えいっ!」という掛け声と共に、右手を胸に、左手を太ももに押し付けやがった。
「……あれれ?男の人って、こうすると元気になるって聞いたんだけどなぁ…?」
完全に思考が停止した俺を見ながら、顔を赤らめたキタサンは困惑気味につぶやく。
その声でようやく正気に戻った俺は前々から使おうと思っていた切り札を切る。
「あのな、キタサン。俺はお前のことを娘のように愛してる。だから、こういうスキンシップは控えてくれ」
それに対してキタサンが反応するより早く、大きな音がトレーナー室内に響く。
「キタサン!やっと見つけた!魔法の練習に付き合ってもら……」
勢い良く扉を開けて入ってきた俺の担当ウマ娘の一人、スイープトウショウと目が合う。
その幼い顔が見る見る内に
「キタサン!放して!」
「ダ、ダメですよ!スイープさん!」
「なんで!?コイツはアンタのおっ……胸を触ってたのよ!?」
「あたしが触らせてたんです!トレーナーさんは悪くありません!」
スイープが大きく目を見開き、信じられないと言わんばかりの顔になる。分かるよ、スイープ。俺だって信じられない。
「キタサンのバカッ!もう知らないっ!」
「あっ!スイープさん!」
キタサンの拘束から強引に抜け出したスイープがトレーナー室から飛び出して行く。
慌ててキタサンも後を追おうとして、扉の前で一旦立ち止まり、こちらを見て笑顔で宣言する。
「トレーナーさん、あたし、絶対にあきらめませんから。毎日コツコツアピールして、いつか必ずトレーナーさんを落としてみせます!」
それだけ言うとキタサンは軽く頭を下げて、トレーナー室から走り去って行った。
二人が去ったトレーナー室はガランともの寂しくなって、途端にドッと疲れを感じる。
「ハァ…」とため息を吐き、目の前のデスクに突っ伏す。
キタサンは気付いているだろうか。
本当に娘のように思っていて、恋愛対象として見ていないなら、スキンシップをやめろなんて言う必要がないことに。
キタサンは学園の外ではスキンシップをしない。
学園内でも『甘え』の範疇で収まる程度のスキンシップにとどめられている。
ハグなどの少々過激なヤツは必ず二人きりの時に
つまり、キタサン自身が多少なりともスキャンダルに気をつけているのだ。
だから、俺が本当にキタサンの体に興味がないなら、スキンシップを断る理由もない。
「後三年、耐えられるだろうか…」
両手にまだ残っているキタサンの胸と太ももの感触からすると、キタサンが過激なスキンシップをやめてくれないと耐えられないだろう。
欲望に負けてキタサンを襲う場面を妄想しかけて、慌てて思考を切り替える。
「一目惚れだったもんなぁ…」
顔もプロポーションもストライクゾーンど真ん中だった。もちろんスカウトした理由はそんな不埒な理由ではないが、一緒に居る内にキタサンの内面にも惚れ込んでしまった。
そんな女性に猛アタックされているのだ。揺らがない方がおかしい。
「とりあえずスイープのご機嫌を取るためのカップケーキでも買いに行くか…」
どうやったらキタサンからの猛攻をかわせるか全く思い付かなかった俺は、問題を先延ばしにするべく席を立った。