耳年増キタちゃん概念
「やだやだやだぁっ!」
今まさにノックをしようと思っていた扉の奥から大声が聞こえる。
普段なら気にせずにノックして入室するのだが、続けて聞こえてきた言葉に立ち往生させられた。
「スイープ、こいつは魔力を補給するための儀式なんだ」
「魔力を……でも、それ臭くてマズくて苦いじゃない!」
「……これが一番効率のいい魔力の補給法なんだよ。ほら、スイープ。口を開けて」
あたしの頭の中で『魔力を補給』『臭くて苦い』『口を開ける』の三つが繋がるまで、そんなに時間はかからなかった。
つまりこれって
以前見かけたちょっと過激なお話に
二人の邪魔をしないように扉に耳を押し付けて、中の様子を想像する。
一見人畜無害そうな顔の温和なトレーナーさんが、無知なスイープさんを手ごめにする……
ギャップがすごくいい…!
でも、どうしてスイープさんなんだろう…?
あんなにあたしがアタックしてるのに……
「………………うえええぇぇぇ……」
「よく飲めたな、スイープ。口直しにこれ「それを先によこしなさいよ!」
パチンと音がした後、モグモグと
「……なんとかキタサンが来るまでに終わったな」
突然名前を呼ばれて思わずビクリとしてしまう。
扉が音を立てなかったのは奇跡だろう。
そっか。そりゃあ、あたしには秘密だよね……
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、トレーナーさんとの距離を縮めるのに活かせるかもしれない!
少しだけ軽くなった心を胸に、表情を引き締め、コンコンッとテンポ良く扉を叩いた。
「お邪魔します!」
明くる日、あたしはいつもより三十分ほど早くトレーナー室へとやって来た。
思い付いた作戦を実行に移すためだ。
扉の前で一度深呼吸。
すぅー……はぁー……
……よし。
コンコンッと扉を叩き「お邪魔します!」と言いながら扉を開いた。
「キタサン?今日は早いな」
キーボードをカタカタと鳴らしながら、トレーナーさんはのんびりと答える。
トレーナーさんの前まで行くと、いつものようにトレーナーさんはパソコンを閉じて、こちらを見てくれた。
あたしの顔を見て、トレーナーさんは困った顔をする。
「なあ、キタサン?何かあったのか?」
何かあった、というより、これから何かあるんだけど、それを説明する気はなかった。
「トレーナーさん、お願いがあります」
「お願い?」
「あたしにも魔力を補給してくれませんか?」
言い切った後になって、ようやく顔が熱くなってくる。
『言っちゃった言っちゃった言っちゃった』と頭の中は大パニック。
今までやってきたアプローチの中でも一、二を争うほど過激なアプローチだ。
大丈夫かな……嫌われたりしないかな…?
なんて考えてたけど目の前のトレーナーさんはキョトンとした顔をしていて「何の話だ…?」なんて不思議そうな声をあげた。
「えっと、昨日スイープさんに魔力補給してたの聞いちゃったんですよね。それであたしも魔力を補給して欲しいなって……」
何度も言わせないでください。恥ずかしいんですから。と心の中で叫びながら、そこまで言ってようやく何の話かわかったようで、トレーナーさんの顔に理解の色が浮かんで、すぐに苦笑する。
「キタサン、何を想像しているのか知らないけど、お前が思ってるようなことじゃないと思うぞ?」
「それでもいいです!あたしに魔力補給してください!」
苦笑を深くしたトレーナーさんが「じゃあ、準備する」とだけ言ってデスクを立った。
「それ、ですか……」
自然と耳が後ろを向く。
あたしの勘違いかもって気持ちはちょっとあったけど、これはあまりにもあんまりだ。
「な?言っただろ?」
そう言ってコトリと音を立ててあたしの前に置かれたのは、青臭い臭いが鼻につく緑色の液体が入ったコップだった。
ロイヤルビタージュース。通称、青汁。
体にはいいのかもしれないけど、野菜のイヤなとこだけ抽出されたような味で、ハッキリ言って学生が飲むものじゃない。
あたしならこれを飲むより野菜をたくさん食べる方を選ぶ。
そこまで考えてスイープさんが『魔力補給』しないといけない理由に思い当たる。
「スイープは偏食だからな。毎回あの手この手で飲ませてるんだが……」
「これの味はどうにかならないんですか?」
「メジロマックイーンのトレーナーだった人が調整してて、多少は改善してるんだがな」
試しに少し口に含んでみると、柑橘系のサッパリとした香りと果物っぽい甘味がする。
ただ、葉っぱっぽい臭いはなくなってはいないし、苦味も消えてない。
確かに前よりは飲みやすいけど、あんまり美味しくない。
「ところで、どうしてあたしに内緒だったんですか?」
「あー……それは、キタサンが居ると面倒なことに…」
そこにタイミング良く(悪く?)勢いよく扉が開く音が響く。
「使い魔!キタサン!今日はトレーニングなんかより魔法の練習やるわよ!」
「あっ、じゃああたしお手伝いします!」
「ふふん♪シュショーな心がけね!キタサン!」
「はいはい。魔法の練習の前に魔力補給しような。また野菜食べなかったんだって?」
「その手には乗らないわよ!昨日、魔力を補給してから一回も魔法を使ってないから、まだ魔力は十分あるわ!」
眉を釣り上げながら、ふふんと胸を張るスイープさん。
一方で眉をハの字にしながら、さてどうするかと顎に手をやるトレーナーさん。
「……寝てる間に魔力が減ってるかもしれないだろ?」
「やだ。飲まないわよ。ほら、キタサン!早く行くわよ!」
あたしの腕を取ったスイープさんが急かしてくる。
でも、スイープさんが野菜食べてなくて、それでトレーナーさんは困ってて……
これはあたしの出番だね?
「スイープさん、これ飲みませんか?」
「やだ。キタサンが飲めばいいじゃない」
逃げようとしたスイープさんの腕をあたしがつかむ。
コップを目の前まで持っていってみるけど、スイープさんは固く口を閉ざしてしまって飲んでくれそうにない。
両手が塞がってるから口を開けたりできないし……
かと言って、あたしが飲んでも意味ないし……
そこまで考えて妙案が思い付く。
コップの中にある緑色の液体をグイッとあおる。
「やるじゃない、キタサン♪」
「……キタサン?なにを?」
コップをテーブルに置いて立ち上がり、空いた手をスイープさんの後頭部に回し、
「えっ?なに?」
そっと口付けた。
「ーーーッ!?」
「キタサン?!」
暴れるスイープさんを両手で抑えながら、小さな唇を舌でこじ開け、その中に口に含んだ液体を流し込む。
「ーーー!!!」
腕の中のスイープさんが離れようともがくけど、あたしの方が力が強い。
気にせずに口移しを続行する。
口の中の液体がなくなるころにはスイープさんはぐったりとしており、口を離すとスイープさんの口の端から緑色の液体が赤い頬を伝っていた。
そのまま体を離すとトロンとしていたスイープさんの目はすぐにキッと釣り上がり、距離を取られる。
「キタサンのバカ!!赤ちゃんできちゃったらどうするの!!」
「えっ?赤ちゃん?」
「知らないの!?好きな人とキスすると赤ちゃんできちゃうのよ!?」
…………えっ?
保健の授業でその辺は……
あっ、でもスイープさんなら授業聞いてないかも……
「バカバカバカァーッ!!」
怒った顔のまま泣き始めたスイープさんはそのままトレーナー室を飛び出して行く。
…………あっ、これかなりマズいんじゃ?
あのままスイープさんが『赤ちゃんできちゃう』って話を振りまいたら、確実にトレーナーさんに疑いがかかる。
そうなったら間違いなく理事長か生徒会に呼び出されて大目玉だ。
「トレーナーさん!あたし、スイープさんを捕まえて、来ま…す…?」
トレーナーさんの方を振り向くと、なぜかトレーナーさんはデスクに突っ伏していて、ズゥーンという感じで落ち込んでいた。
「どうしたんですか?!トレーナーさん!?」
「……キタサン…俺に構わず行ってくれ……」
「でも…!」
「……俺は大丈夫だから……」
トレーナーさんの様子は気になったけど、それよりもスイープさんの方を早くなんとかしないといけない。
頭でキチンとそう判断して「ごめんなさい!」と一言だけ残してトレーナー室から、あたしは飛び出した。
「……これがNTR…?……いや、BSSか…?」
トレーナーさんがなにかを言っていたけど、声が小さくてウマ娘の聴力でも全く聞き取れなかった。
その後、なんとかスイープさんは見つけたけど、結局あたしとスイープさんとトレーナーさんの三人は理事長室まで呼び出されて、怒られながら誤解を解くはめになってしまった。
「キタサン、今日もよろしく」
「あ、はい!いきますよ!」
スイープさんの言葉を聞いて、グイッとコップをあおる。
口に液体を含んだまま、ギュッと目をつむってちょっと上を向いているスイープさんに近づき、そっと口付ける。
あの後、あたしがスイープさんに保健の授業を
舌を使ってスイープさんの唇を割り、スイープさんの小さな口の中へと液体を少しずつ流し込む。
スイープさんの唇や歯茎にあたしの舌が当たると「んっ…」なんて声をスイープさんがあげる。
なんでかわからないけど、それを聞く度にちょっとドキドキする。
チュッと音を立てて唇を離すと、目の前には赤い頬に潤んだ瞳のスイープさんが荒く息をしていた。
「それじゃあ、トレーナーさん、トレーニングに行きましょうか!」
そう言って振り向くとトレーナーさんはなぜか悔しそうな顔をしていて、スイープさんの方に向き直るとスイープさんはなぜか勝ち誇ったような顔をしていて、あたしの頭の中は?マークで埋め尽くされるのだった。