ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《ラブコメ》
掛かり気味ルビーのが口数を増やす話

いつもご清覧、お気に入り、ここすき等ありがとうございます。
今年も気の赴くままに投稿していきます。



〈ダイイチルビー〉
想いの発露


 ダイイチルビーが彼我の認識の齟齬(そご)に気付いたのは偶然の産物であった。

 

「そちらの書類は?」

「契約更新届だよ。シニア級二年目が終わって、僕たちの契約も一旦終わりになるからね」

「……」

 

──貴方はダイイチ家で終身雇用の予定ですが、契約更改は必要ですね。

 

 偶然にも目にした書類について気紛れに尋ねたのがひとつ。

 

「……任期の欄が一年となっていますが」

「これからルビーもシニア級三年目だし、万全を期すなら定期的に更新するべきかなって」

「……」

 

──私の調整に関しては貴方が最適だと確信しておりますが、不慮の事態には備えなければいけませんね。

 

 きっちりと書類に目を通したのがひとつ。

 

「引き継ぎ資料が必要なら、こっちの棚に入ってるから持って行ってくれていいよ」

「……はい?」

 

──引き……継ぎ…?

 

 そして、偶然にもちょうど引き継ぎ資料を用意し終わり、少し緩んだ気分のトレーナーに出会えたのがひとつ。

 

 天を(あお)ぎたい気持ちを意思の力で()じ伏せ、ダイイチルビーは瞑目し思案する。

 

──何故、引き継ぎ資料の作成を…?

 

 ルビーの脳裏に無数の可能性が()ぎる。

 

 体調不良。家庭の事情……

 いいえ。生真面目で報告も連絡も几帳面に行うトレーナーさんが何の連絡もせずに唐突に辞めるとは考え難い。

 突発的な病気や家庭の事情にしてはかなり余裕がある。計画的な退職や契約解消にしては何の素振りも私への断りも無いのは違和感がある。

 

 そうしてひとつの答えにたどり着く。

 

──そもそも私と彼の間に認識の齟齬がある…?

 

 私は永年契約だと勝手に思い込んでいて、彼は勝手に任期契約だと思い込んでいるとするなら辻褄が合う。前提条件から食い違っているなら問題が起きる必要なんてない。

 永年契約だと告げたあの最初の三年間の終わりの時『私の肖像画が飾られるまで見届けて欲しい』と伝えたはずだけれど──

 

──もしかして言葉通りの意味にしか彼は受け取っていない…?

 

 そもそも彼は中流家庭のご出身。ひたすらに勤勉にして中央トレセン学園まで辿り着いた人。私の担当トレーナーに就任してからは礼儀作法等も熱心に勉強しているが、迂遠(うえん)な表現には馴染(なじ)みがないとすれば、ここでも辻褄が合う。

 

──思い返せば(くだん)の『私の肖像画』の時も彼の反応は薄かった。

 

「……ルビー?大丈夫?」

 

──あの時は未成年の私との関係について明言を避けたのか、仕事の話だと捉えられたかと思っていたけれど、そもそも伝わっていなかったのだとしたら……

 

「ルビー?何か問題でもあった?」

 

──一族からの評価も、私の好意も、何もかも伝わっていない可能性もある…?

 

 後から冷静に考えれば、言葉は少なくとも迂遠な表現を彼に使うことはほとんど無いと断言できるのだが、現時点でのダイイチルビーにそれほどの余裕は無かった。

 

 つまり──

 

「……ルビー?」

 

 いつも通り凛とした表情、向かう先には当然彼。

 もはや常態と化した鉄面皮には何の(てら)いもない。

 

「好きです」

「…………え?」

「貴方を異性として、お慕いしております」

 

──ダイイチルビーは掛かった。

 

「今この瞬間にでも婚約したい程度には、貴方に好意を抱いております」

 

 立板に水が流れるようなダイイチルビーの言葉にトレーナーは目を白黒させるしかなかった。

 

「私のような童女が貴方の趣味であれば好都合だったのですが、残念ながら貴方が今の私に性的興奮を覚えないことは存じております。

 ……高等部の期間に身体が成長していれば期待できたのですが、もとより貴方が色仕掛け程度で(なび)くような方ではないことも存じております。

 その誠実さ。実直さに、私は惹かれたのですから」

 

 ふわりと柔らかく微笑むダイイチルビーに、トレーナーは見蕩れた。職務を一瞬とは言え忘れ、見蕩れてしまった。奔流のような想いを遮る絶好の機会をふいにしたのだ。

 

「貴方の分け隔てない誠実さが好きです。貴方の直向(ひたむ)きな向上心が好きです。貴方の惜しみない優しさが好きです。

 少々融通が効かないところや、物事の裏を読むことは苦手なご様子ですが、許容範囲内です。私が側に居ますので何も支障はありません。それに勤勉な貴方であれば、すぐに身につけられるでしょう。

 答えに窮すると左手の小指の付け根を揉む癖と、心にも無いことを言う際に必ず二回(まばた)きする癖は知っていた方が良いでしょう。ただ、数年側にいる私が気付く程度の貴方の癖ですので矯正までする必要はないかと」

 

 波濤のような想いの発露にトレーナーが目を白黒させている内にもダイイチルビーの熱発は激化していく。

 

「閑話休題ですが、貴方の望む女性像をご教示ください。身体的な成長は望み薄ですが、性格面であれば私も善処します。

 よろしければ欲しい子供の人数や、将来の家庭像なども共有していただけると幸いです。可能な限りご期待には応えますが、私はダイイチ家の令嬢として果たすべき責務がございます。過度な期待は為さらぬようご容赦を」

 

 普段のダイイチルビーなら卒倒しそうな言葉ばかりが並ぶ。返事を待つことすら忘れ、言葉は更に熱を帯びる。

 

「率直に申しまして、この矮躯で何人貴方の子供を産むことができるかが気がかりです。そもそも──」

「ルビー」

 

 そっとトレーナーがダイイチルビーの肘に手を添え、彼女は僅かに瞠目(どうもく)する。

 ダイイチルビーとトレーナーが、マッサージやら触診やら以外で、互いに触れ合うことは滅多にない。(ひるがえ)って、余程の事態であれば身体に触れることも辞さないということ。つまり、走行中に転びそうになったとか、それほどの事態。

 驚きにより生まれた思考の余白から、冷静なダイイチルビーが少しずつ帰って来る。

 

「……申し訳ございません。軽率でした」

「いいよ。嬉しかったから」

 

 ふぁさりと尻尾が揺れる。

 嬉しかったということは、少なくとも拒絶ではない。

 

「それに、君が僕のことを高く評価してくれてることに気付かなかったのは事実だから」

 

 ぴくりと耳が動く。

 少し言い淀みつつ左手の小指の付け根に触れたのは、おそらく対応に困ったから。

 

──私の好意に対して、どのような対応をするべきか迷っているといったところでしょうか。

 

「トレーナーさん」

「……何かな?」

「好きです」

 

 困ったようにトレーナーが眉尻を下げて微笑む。

 

「……えっとね、ルビー。実は君のことをそういう目で見たことが無くてね?」

「存じております」

 

 不埒な視線を感じたことはあっても下心を感じたことは無い。

 

──脚部や臀部ばかり見ていることも存じております。

 

 職業柄ゆえか下半身に熱い視線を感じることは多々あるけれど、下心は一度も感じたことが無い。だからこそ、マッサージやら触診やらも一任しているのだけれど。

 ただ、視線について指摘するとトレーナーが本気で落ち込んでしまいそうなので、ダイイチルビーは口を(つぐ)んだ。

 

「その……お友達からでも大丈夫…?」

「……ええ。構いません」

 

 お友達という間柄にお互い疑問符を浮かべつつも、ひとまず拒絶はされなかったと両名共に安堵する。

 

 が、

 

「ひとつだけ、よろしいですか」

「何かな…?」

 

 戦々恐々とするトレーナーに、深呼吸したダイイチルビーがひとこと。

 

「お覚悟を」

「……え?」

 

 冷静な表情だが紅玉(ルビー)のような瞳がトレーナーを捕らえて離さない。赫々(かくかく)たる瞳だけが胸裡(きょうり)の燃え盛る炎を伝えていた。

 

「華麗であれ。至上であれ。決して挫けることなかれ。我が一族の玉条です」

 

 当然ご存知かと存じますが、とダイイチルビーは続ける。

 突然どうしたの、とトレーナーは答える。

 

「ゆえに如何なる障害が立ち塞がろうとも、必ずや貴方を私の(とりこ)にしてみせます」

 

 ゆえにお覚悟を、といつもの鉄面皮に、明らかに上気した頬を伴いながらもダイイチルビーは高らかに宣言した。

 

 

 


 

 

 

 翌日、トレーナーは二度見した。

 

「……スカート短くない?」

「……少し、折ってみました」

 

 そのミニスカートを『少し折った』と表現するのは無理があるんじゃないか?

 ダイイチルビーもそう思います。

 

「いかがでしょうか」

 

 わざとらしくくるりと一回転するダイイチルビー。ふわりと舞うスカート。昨日までは余裕を持って隠されていた秘密が、今日は心許なく翻り、逆向きの稜線を描いている布の端が視線を惹きつけて離さない。その視線に気付いた尻尾が上機嫌に揺れ、更にスカートを揺らす。

 そして、この好機を見逃すダイイチルビーではない。

 

「では、失礼致します」

 

 退室するのかと早合点したトレーナーはこちらへ向かってくるダイイチルビーに再び目を丸くする。

 

「……あの、ルビー…?」

「こうでもしないと貴方には伝わらないかもしれませんので」

 

 するりと彼の隣に滑り込み、背中を撫でるは尻尾。脚はぴたりとくっつき、けれど彼女の小さな手は控えめに男の肘に添えられる。

 ダイイチルビーとトレーナーが、互いの許可を得ずに触れ合うことは滅多にない。(ひるがえ)って、余程の事態であれば身体に触れることも辞さないということ。つまり、勤務時間中に高熱で意識が朦朧としているとか、それほどの事態。

 

「貴方は我が一族の家名にも、私の容姿にも(なび)かない御方ですが、このように積極的に好意を伝えられると動揺すると判断しました」

 

 完全に停止する男の思考。

 覿面(てきめん)な効果に内心ガッツポーズする少女。

 

「それとも私に欲情でもしましたか?」

 

 そちらの方が私にとっては好都合ですが、と少し緊張気味に頬を染めるダイイチルビー。軽く触れている手からシャツ越しに小さく震えが伝わってくる。

 

──ああ、本気なんだな。

 

 子供の憧れ混じりの恋でも、一時の気の迷いでもない本気の熱。ゆえに何の捻りも無い正攻法で、ただ直向(ひたむ)きに彼女は迫ってくる。

 

──これは、敵わないな。

 

 彼女の好意を拒絶する勇気も無ければ、告白を諭すほど弁舌に優れてもいない。

 そもそも一個人として尊敬に値するダイイチルビーが好きだった。女性として見たことこそ無いけれど、そんな彼女に迫られることが全く嫌ではない。

 今では無くても陥落するのは時間の問題だとトレーナーは確信してしまった。

 

 

 

 

 

「ところで、なぜ引き継ぎ資料の作成を?」

「体調不良とか出張とかで僕が居ない時に資料が無いと不便じゃない?」

 

 だからこれはルビーへの引き継ぎ資料、とトレーナーは続け、ダイイチルビーの尻尾が男の背中を撫でる。

 

「君の担当を辞めるつもりは全くないよ」

「……そのような格好良い台詞を仰るのはやめてください。さらに好きになってしまいます」

 

 ぎゅっと絶妙な力加減で腕に抱きついてくるダイイチルビーにトレーナーは苦笑するしかなかった。

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