ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《シリアス》
スティルインラブ育成IFルート
*本作品はスティルインラブが育成ウマ娘として未実装時の作品です

久しぶりに真面目っぽい作品を一つ

いつもご清覧、評価、お気に入り等ありがとうございます
アルダンに『清覧』という単語を教えてもらったので以後活用していきます



〈スティルインラブ〉
スティルインラブは抑えきれない


「あの……」

 

 恥ずかしそうに、消え入りそうに、ためらいがちに君は声をあげる。()()は私からの提案だったにも関わらず。

 

「どうしたの、スティル?」

 

 一人の大人として本当はしてはいけない提案だった。今からでも君が拒否してくれれば土下座でもなんでもして謝罪しよう。

 だから、いつも確認を取っているのだ。決して恥じらいつつも期待に満ちた君の顔を見たいからではない。

 

「その……今日も、お願いできますか?」

「もちろん」

 

 二人だけの秘密。二人を繋ぐ烙印。私たちの勝利の儀式。

 ゆえに、最初から私に選択権はないのだ。

 

 

 


 

 

 

「い、行きます…!」

 

 始まりは宝塚記念。明らかに情緒不安定だったスティルを私はそのまま見送ってしまった。

 結果は着外。どれだけ贔屓(ひいき)目に見ても掛かった結果のスタミナ切れであった。

 付け加えるならば、レース終了直後には軽い脱水症状も引き起こしていたのだった。

 

「おいで」

 

 スティルはウマ娘としての本能がとても強い娘だ。本人ははしたないと自制しているけれど、彼女がトリプルティアラを戴冠できたのはその闘争本能のおかげだと私は考えている。

 その理性と本能の折り合いがつかなくなってきたのがクラシック級の終わり頃だった。

 

「すみませんすみません…! はしたない子ですみません…!」

「大丈夫。大丈夫だよ、スティル」

 

 兆候は幾つもあった。

 秋華賞のステップレース、ローズステークス前の止まらない間食。増え続ける体重。

 秋華賞でのずっと引き絞られた耳。

 それ以降はトレーニング中ですら掛かっている始末。

 レース終わりの狂喜染みた哄笑(こうしょう)もいつの間にか無くなって。

 

 兆候は幾つもあったのに、私は対処できなかった。

 

「落ち着いて、スティル。落ち着いて深呼吸して?」

 

 荒い呼吸のスティルの背中を優しく撫で、逃げられないように抱き寄せる。

 そんなことしなくても背中側からは布地の引き伸ばされる嫌な音がしているが。

 

「て、て、ぎゅってしてください」

「もちろん」

「しっぽ、しっぽも、おねがいします」

「はいはい」

 

 始まりが宝塚記念なら転機は夏合宿だった。

 

 

 


 

 

 

『スティル、大丈夫?』

『……えっ、トレーナーさん?』

『ちょっと休憩しよっか』

 

 夏の陽の下、ふらふらと夢現(ゆめうつつ)の様子で歩くスティルを強引に抱え込んで木陰に避難したのが契機だったと、今なら言える。

 体温と脚の疲労の確認を終え、水分と塩分の補給用のドリンクを手渡そうとして、ようやく気付く。

 

『……スティル?』

『……ふぇ?あっ!すみません!』

 

 すんすんと鼻を鳴らして私のシャツに顔を埋めているスティルに。

 

『臭かったかな』

『い、いえ!むしろ安心するというか……』

『そっか』

 

 その時は何も思わなかった。強いて言うなら香水は要らないかもってくらい。

 火照っていたスティルの顔が充分に冷めた後、彼女は落ち着いた様子でトレーニングに打ち込み、久しぶりに自己ベストを更新した。

 

『……スティル?』

『……ふぇ?あっ!すみません!』

 

 それから数日経ってスティルは再びボンヤリするようになった。そしてなぜかふらふらとした足取りにも関わらず私の元にやってくるのだ。

 日に日に悪化していく集中力。近寄ってくるスティル。そのふたつと少し前の自己ベストの時の行動が結び付くのにさして時間は掛からなかった。

 

『スティル、ちょっと来て』

『はい。……トレーナーさん?』

『どうかな?少しは安心できるといいんだけど……』

 

 少しだけ、ほんの少しだけいつもより距離を縮める。たったそれだけ。抱きしめるとか腕を組むなんて劇的な行動は無い。一歩か二歩くらい、いつもよりも近寄っただけ。それだけでも先ほどよりスティルは落ち着きを取り戻しているように見える。

 

『あの、トレーナーさんはお嫌ではありませんか…?』

『なにが?』

『その……汗の匂いで落ち着くなんて、はしたないと思いませんか…?』

『私は気にしないよ?』

 

 ラベンダーやらシトラスやらの匂いで安心感を得る人がいるのだから、汗の匂いで安心する子がいてもいいじゃん。余談だが、この仕事に就いていると汗の匂いなんて早々に気にならなくなってくるし。

 

『では、もう少しだけ、こうしていてもいいですか…?』

『いいよ』

 

 そうして危うい習慣が始まった。当時の私は危ういとすら認識できていないけど。

 

『あの……もう少しだけ、近づいてもいいですか…?』

 

 三日後、日課と化した"リラックス"の時間に彼女は満足できなくなっていた。

 おそらく普段は油断せずに閉じ込めている本能を意識的に解き放って発散させているのだ。歯止めが効かなくなることは十分に予想できたはずだ。

 でも、当時の私は気付けなかった。

 いや、あえて気付かなかった。

 

『いっそのことハグでもしよっか?』

 

 下心が無かった訳じゃない。スティルは可愛いし。

 断られる前提だからこその提案。匂いで落ち着くなら密着しちゃえば良くね?という安直な発想。それだから、

 

『……お願いします』

 

 長考の末に彼女が出した結論を否定できなかった。

 私の提案そのものが間違っていると知っていながら。

 

 

 


 

 

 

 唾液にまみれる右手。上機嫌に揺れる尻尾は左手。

 先程まではキスの嵐だった右手は痛くも痒くない甘噛みに、暴れていた尻尾は大人しく揺れるのみ。

 つまりは、荒ぶる暴風のような彼女の本能が収まり、優しい微風(そよかぜ)のような理性的な彼女が戻って来ているということ。

 

「スティル。スティル」

「はひ……?」

「大丈夫? 落ち着いた?」

「………………はい。すみません」

「大丈夫だよ。気にしないで」

 

 恐る恐る私の膝の上から朱い顔のスティルが降り立ち、取り出したハンカチで私の手を拭う。柔らかな布越しに名残惜しそうに指を(から)めてきているのは意識的に無視する。

 

 私の勝手な憶測だが、スティルは抑えきれない本能的な欲求を私に対して性欲という形で発散しているのではないかと私は考えている。匂いで落ち着いたり手を舐めてきたり尻尾を触らせたりと、思い当たる節が多すぎる。

 それで精神の安定が得られて、レースも学業も外部から見る分には成績が安定したのだから、今更間違いを認めて釈明する訳にもいかず、勝手にやめる訳にもいかない。

 

「あの……」

「……なあに?」

 

 恥ずかしそうに、消え入りそうに、ためらいがちに、でも瞳だけは爛々と輝いている君に、嫌な予感が背筋を流れる。

 これが性欲だと決め付けているのは、エスカレートしていった際に性欲なら一番対処し易いと思っているからだ。最悪でも同意のもと事務的に処理という形を取れる。食欲やら独占欲だった場合はどうなるのかなんて考えたくもない。

 

「頬で構わないので、キス、してもよろしいでしょうか?」

 

 言うか言うまいか何度も口を開閉していた君は、いずれにせよ、己の欲求には勝てない。そう私が育てたから。我慢しないようにと誘導してきたから。

 ゆえに、私に選択権はないのだ。

 

「もちろんいいよ」

 

 例え君が私を食欲から噛み砕こうとも、独占欲から(はりつけ)にしとも、性欲から(むさぼ)り食おうとも、それでもきっと、まだ君を愛しているから。

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