ウマ娘短編集   作:カランコエ(Kalanchoe)

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《シリアス》
金鯱賞を機に引退したスティルインラブとのお話

いつもご清覧、評価、お気に入り、ここすきなどありがとうございます。
今年もよろしくお願いします。

ようやく自分で納得のいくスティルインラブになりました。
私のスティルインラブについての考察はお昼ぐらいに活動報告に置いておきます。



『愛』とは

 金鯱賞を機に私は引退した。

 未練を残さないように退学までして。

 ユニヴァースさんやアルヴさん、ロブロイさんのような友達と会えなくなることも考えたけれど、それでも迷わなかったくらいに私は『普通の幸せ』というものに憧れていた。

 

 そして、今──

 

「おかえりなさい、トレーナーさん」

「ただいま、スティル」

 

 私は、トレーナーさんと同棲している。

 

 

 


 

 

 

「今日もお仕事お疲れ様でした」

 

 受け取るはカバンとジャケット。ふわりと舞う汗の香り。

 初めの頃は汗の匂いだけで落ち着かない気分になっていたけれど、一年もの間に何度も繰り返していると流石に慣れる。最初の頃は洗濯ひとつ出来なくてもどかしかったから、ようやく貴方の未来の配偶者として一歩踏み出せたのかなと考えると少し嬉しい。

 

「ご飯もお風呂も準備できてますよ」

「お風呂からいただくよ。いつもありがとう」

 

 軽く抱擁を交わし、トレーナーさんはお風呂の方へ。

 

 まだ清い身体なことをもどかしく思ったこともある。

 未だキスすらしたことないのを憎らしく思ったこともある。

 

 でも、半ば押しかけるような形で転がりこんだ私を、告白も何もかもを省略して気持ちだけが(はや)る私を、否定するでもなく(さと)す訳でもなく。

 ただ、受け止めて待っていてくれる、せめて成人するまでは待って欲しいと私の成長を待っていてくれる、とても優しい貴方だからこそ、

 

「愛してる」

「……今日はまた突然だね」

「抱きしめられて、言いたくなったんです」

「そっか」

 

 困ったように笑う貴方の顔は、貴方の優しさの証左。

 諦めたように笑う貴方の顔だって、貴方の優しさの証左。

 

 追い出されてもおかしくないのに、貴方は私をお側に置いてくれている。

 負担ばかりかけているのに、貴方は私を受け留めてくれている。

 

「愛してる」

「今日はどうしたの、スティル?」

「ふふっ、なんでもないです♪」

 

 そんな貴方だからこそ、こんなにも愛しているんです。

 

 

 


 

 

 

「お仕事の調子はどうですか?」

「まあ、そこそこだよ」

 

 トレーナーさんは引退した私の前ではレースの話をしなくなった。もとよりレースが大好きだった方なので、それが私のためだと思うと少し嬉しい。

 そして、そうさせてしまっている……いえ、走らなくなって彼の中心ではなくなった私への失望も少し。

 

 

 

 ───もし私が引退せずに走り続けていたら、ずっと貴方は私のことを見ていてくれたでしょうか?

 

 

 

 詮の無いことを思いつつ、これ美味しい。今日はこんなことがあった。休日はどうしようか。愛してる。そんな他愛ない雑談を交わしている最中、

 

「ねえ、スティル。実は、大事な話があるんだけど」

「―――っ!?」

 

 ついに来た。ついに、ついについについに…!

 胸が高鳴り、頬が熱を持つ。

 ようやく次の段階に、貴方の伴侶として次の段階に…!

 

 ……いけない。こんなはしたない姿を見せる訳にはいかないわ。

 上がる口角を隠すために口元に手を添える。

 清楚に、貞淑に。貴方の隣に立つに相応しい淑女に。

 

「えっとね……どう言えば誤解が無いだろうか…?」

 

 言い淀む貴方もまた素敵。

 優しいからこそ言葉を選ぶ貴方の困った笑顔がまた良い。

 

「……よし」

 

 決意を固める貴方もまた素敵。

 優しいお顔から一転して凛々しいお顔がまた良い。

 

 貴方の顔に見()れてた。

 そう見惚れてた。

 見惚れてたから、貴方が何を言ったのか、わからなかった。

 

「ねえ、スティル。

 

 

 

 ──俺のこと、愛してる?」

 

 

 

 ……なんと答えたかなんて細かくは覚えてない。

 

 白昼夢のように現実味がない。

 

 ただ「私は貴方を愛してる」と素直にそう伝えたのは覚えている。

 

 そう告げた私を見て、貴方は少し悲しそうに眉を歪めて、言葉を続ける。それだけはハッキリと覚えている。

 

「ねえ、スティル。俺の好きな食べ物、ひとつ挙げてみて?」

 

 鼓動が激しくなる。

 

 なぜ?

 

 たった()()()()のこと()()()答えられる()()なのに。

 

 どうして?

 

 冷や汗が首筋を伝う。

 

 だって、私は貴方のことが好きなんだから。

 

「……ハンバーグ、いつも美味しそうに食べてましたよね?」

 

 だから、私は貴方のことをよく知っている()()なのに…!

 

 だからつい、今日の献立の、もう空っぽの貴方のお皿を見て答えてしまった。

 

「そうだね、スティル。ハンバーグ、美味しいよ。君もよく作ってくれる。

 

 

 

 ──でもね、スティル。俺はハンバーグにデミグラスソースはそんなに好きじゃないんだ」

 

 地面が揺れる。いや、揺れているのは私の方。

 耳鳴りもひどい。頭なんて割れそうに痛い。

 息なんて吸えているのかもわからない。

 

 本当はハンバーグにはケチャップが好きなんだよね。

 

 それだけ。たったそれだけの言葉で私の虚飾(あい)は崩れていく。

 だって、好きな人の好きな食べ物すら知らない恋人なんている()()ないでしょ?

 

「ねえ、スティル。俺の趣味、知ってる?」

「……読書、ですか?」

 

 そうだと言って欲しい私がいる。

 そんな訳ないと思っている()()()がいる。

 

 もうわかってるでしょ?(あなた)は彼の趣味について尋ねたことなんて無いし、そもそも彼の趣味なんてどうでもいいでしょ?

 

 違う!私は彼がどんな趣味をしていても受け入れるだけ!

 

『それは思考停止。知ることを放棄しているだけじゃない?』

 

 やけに冷たく、ハッキリと聞こえる()()()の声。

 

「読書も嫌いじゃないし、最近は忙しくて全然遊べてないけど、ゲーム……そう、テレビゲームが昔から好きなんだ」

 

 対照的に、いつも通りに温かく、貴方の声が聞こえる。

 

「テレビのところにいくつか置いてあるんだけど、スティルはゲームしないからね」

 

 確かにゲームはしない。でも、お掃除の時に何度も見て手に取っているそれに私は気付けていない。

 

「ごめんね。言ってもないことを聞いて」

「トレーナーさんは悪くありません…!私が───」

 

 私が───尋ねなかったから。

 

 条件反射で答えようとして、でも声が出ない。

 だって、()かれていないことを言ってないだけのトレーナーさんが悪い訳がない。

 

 でも、それだと私が、本当に、貴方に興味がないことに……

 

『今更ね。彼のことを知りたいと(うそぶ)きながら、結局本人には何も尋ねなかった癖に』

「──違う!私は!私はッ…!」

 

 私は──本当に貴方を──

 

「ねえ、スティル」

 

 優しく温かく、そして、いつも通りに貴方は言葉を(つむ)ぐ。

 

「君はね、まだ恋を知ったばかりなんだ」

「恋……」

 

 恋なんて生易しい感情じゃない。

 このドロドロとした情愛は。

 

「だからね、スティル。焦らなくていいんだよ」

 

 確かに、この我が身を焼くような熱は焦りにも似て、毒のように私を(むしば)んでいる。

 でも、私を(さいな)むこの熱が愛でないのだとしたら──

 

『恋、もしくは依存と呼ぶんじゃない?』

 

 依存……

 

 素直に納得している私が居る。

 反論しなきゃと考えているワタシが居る。

 

 ……息が苦しい。吸っても吸っても水の中にいるみたいに空気が入ってこない。

 

「スティル、ゆっくり考えていこう?」

『ねえ、私。みっともなく意地を張るのはやめなさい』

 

 視界が白く染まる。ぐるぐると回っているよう。

 それでも、愛しい貴方の顔だけはわかる。

 困ったように眉尻を下げ、なんとか微笑んでいるように口角を上げている貴方が。

 

 ……ねえ、トレーナーさん。どうして貴方はそんなに優しいの?

 

「ねえ、スティル。どうして恋じゃダメなの?」

『愛してるなんて、ずっと彼に嘘をつき続けるつもり?』

 

 ──トン、と背中から軽い衝撃が走った。

 

 じんわりとした温もりが背中に(とも)ったかと思うと、ゆっくりと貴方の顔が近づいてきて、胸のあたりまで温もりが伝わってくる。

 貴方の匂いと共に、ゆっくりと空気が身体に行き渡っていって、世界が色付く。

 

 ……やっぱり私は貴方のことが──

 

 ──素直に飾らないで、それを言葉にしなさいよ。私。

 

「好き。好きなんです。トレーナーさん。私は貴方が好き」

 

 熱が頬を伝う。躊躇(ためら)うことなく胸の熱を言ノ葉に載せる。私の想いが伝わるように、貴方に触れる指先まで熱が伝播(でんぱ)していく。

 

「うん。スティル。単に"好き"でもいいじゃないか」

 

 慣れない手つきで私の目元を(ぬぐ)う貴方は、なんとなく少し頼りない表情をしていて、初めて見る貴方の顔が何故か可笑(おか)しくて愛おしくて仕方なかった。

 

「スティル、もう一度、トレセン学園からやり直さないか?」

「……やり直す?トレセン学園から?」

「うん。トレセン学園の生徒として、また一緒に」

 

 またトレセン学園で貴方と一緒に。それはとても素敵な夢だけれど、私はもう──

 

「スティル。実はね、君の退学届はまだ受理されてないんだ」

「…………え?」

「もしかしたらスティルが学園に戻って来るかもしれないって思ってね?」

 

 秋川理事長の提案なんだけどね、とイタズラっぽく無邪気な笑顔を貴方は浮かべる。

 

「……トレセン学園に、戻っても、良いのですか…?」

「いいんだよ。君の居場所はここだけじゃない」

 

 貴方の温かさが胸に沁みる。とめどなく溢れる雫を何度も何度も貴方は優しく拭ってくれる。ハンカチじゃなくてごめんね、なんて貴方は言うけれど、私は優しく頬を撫でる貴方の指の方が好き。

 

 きっとワタシは居場所を探していたんだと思う。

 

「前のようには走れないかもしれない。友達だって少なくなっているかもしれない」

 

 それは貴方の隣や、ましてトレセン学園でも無くて、ただワタシのことをありのままに受け入れてくれるところで。

 

「でも、またスティルがトレセン学園で友人たちに囲まれて笑顔でいる姿を見たいんだ」

 

 でも、どうせなら私は貴方の隣に居たい。そこがワタシの居場所なら、どんなに素敵だろうかと想いを馳せて。貴方が幸せそうに微笑む隣に、私が居られたらどんなに素晴らしいかと想いを馳せて。

 

「また貴方にご指導していただけますか?」

「もちろん」

「またトレーナー室で、一緒にお菓子をいただいてもいいですか?」

「いいよ。また一緒に食べよう」

 

 優しく微笑む貴方はやっぱり大人で、わがままを受け入れてもらえて安心する私はやっぱり子供で、でも隣に居られることが認めてもらえたことはすっごく嬉しくて、たったそれだけのことなのに胸の高鳴りが抑えられない。

 

「大好きです。トレーナーさん」

 

 そうして私の一方的な愛は私の涙と共に終わって、片思いの恋が貴方の微笑みと共に始まった。

 

 

 


 

 

 

「トレーナーさん、コーヒーは何がお好きでしょうか?」

「……実は、あんまりコーヒーには詳しく無くてね。豆によって、かなり風味が変わるのを知ったのもスティルと一緒にコーヒーを飲むようになってからなんだ」

 

 少しバツが悪そうな貴方の姿は珍しくて、ただそれだけでも私はときめいてしまう。

 

「またひとつ、貴方のことを知れましたね」

「だね」

「では私の好きな銘柄を淹れますね」

「お願いするね」

 

 私の『好き』が貴方の『好き』になりますように。

 貴方の『好き』が私の『好き』と同じになりますように。

 せめて愛をこめて。

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