ライトハローさんにブルボンの勝負服を着せたい
ハローさんにタメ語で喋ってもらって、素面で恥ずかしがってもらいたかっただけ
ライトハロー、コスプレさせられる
「推しのウマ娘の勝負服、着てみたくない?!」
居酒屋の一室。チューハイのグラスを片手に鼻息荒く私に熱く語りかけてくるこの女性は、グランドライブの際に仲良くなったトレーナーさんの一人だ。
「興味がない訳ではないけど……」
バラバラの考えをまとめるために自分のグラスに口を付ける。
私もトレセン学園所属の頃は勝負服を着てセンターで踊ることに憧れてたし、今でもああいう華やかな服に心惹かれるものはある。でも……
冷たく弾けるレモンサワーをゴクッと飲み込む。
うん。美味しい。
「でも、今の私が着るのは色々とキツくない?」
似合う自信が全くない。
ああいう服は若い娘が着てるからいいのだ。
決してお酒が好きで、運動しなくなって久しいOLが着るような代物ではない。
「大丈夫!ライトちゃん可愛いから絶対似合うよ!私がいくつかレプリカ持ってるからサイズ調整して貸すよ!」
「か、かわ…!? い、いや、そういう問題じゃなくてね…?」
「ファンが推しのコスプレして踊る……"ファン感謝祭"ならぬ"ファン
それを聞いて私の頭は瞬時に仕事モードへと切り替わる。
ウマ娘からファンへの感謝祭やライブは、トレセン学園主導の感謝祭やウイニングライブによって実現している。
ライブに参加してウマ娘とファンが歌で『つながる』というのがグランドライブの趣旨だった。
逆に、ファンからウマ娘への感謝……というか応援を伝える場はほとんどない。
そんな機会が必要かは疑問だけど。
「とりあえず私たちだけで実践してみない?何かわかるかもよ?」
とりあえず自分で試してみるのは悪くないかもしれない。
実際に企画にするか決めるのは、それからでも良いだろう。
と、理論武装してみてはいるが、半分くらいは勝負服(のレプリカ)を着てみたいだけだ。
「……いつどこでやる予定?」
「そうねぇ、サイズの調整もいるから先に採寸しなきゃだし、私たち二人の都合を合わせないといけないから厳密にいつとは言えないかなぁ」
私の返答を予期していたかのように彼女は話を続ける。
「コスプレして外歩くのもアレだから場所は学園内かなぁ。どーせならダンスレッスン用の場所でも借りましょうか」
そこまで真面目に話をしていた彼女は、突然口の端を吊り上げ、ニヤッと意地の悪い笑顔を作る。
「それにスターウマ娘の勝負服って結構男受けいいよ?」
"男受け"と聞いて真っ先に脳裏に浮かぶのは、最近気になる男性のトレーナーさん。
彼もまたグランドライブの際に仲良くなったトレーナーの一人で、よく二人で息抜きをしたものだ。
彼とはいい雰囲気までいけるのだが、後一歩が踏み込めない。
飲みに行っても、遊園地に行っても、実家に連れて行ってもまるで進展しない関係。
勝負服を着ればもしかしたら……なんて
ただ、彼にコスプレ姿を見られるなんて絶対に嫌だ。
ただでさえ、私はだらしない体つきなんだ。
コスプレなんかしてるチンチクリンなところなんて絶対に見られたくない。
でも、彼がその気になってくれるならそれくらい……
私が考え込んでいるのを見て、目の前の女性トレーナーは勝ち誇った笑みを浮かべる。
まるで私が考えていることがわかっているかのように。
「男の人の意見も聞きたいし、例の彼も呼ぼうか?」
「……お断りします」
ニヤニヤ顔から私を
「じゃあ、これ。調整してきたレプリカ。好きな勝負服選んでね」
「なんで五着もあるの?!」
「ライトちゃんの好み聞くの忘れちゃったから多めに用意してきたの。向こうの更衣室でチャチャッと着替えて来て」
そういう彼女は既に着替え終わっており準備万端だ。
……なんでタイキシャトルさんの勝負服なんだろう。
あなたの担当ウマ娘はタイキシャトルさんじゃなかったよね?
というか、凸凹の少ないスレンダーな体つきの癖に、引き締まった腹筋と鍛えられてる太もものせいで、タイキシャトルさんの布面積の少ない勝負服がよく似合っている。私への当て付けか?
余計なことを考えている間にも、五つの紙袋を強引に押し付けられ、更衣室の方へとグイグイ押される。
「そ、そんなに押さなくても大丈夫だよ!?」
「じゃあ、早く着替えて来て。ここ借りてる時間だって有限なんだから」
確かに今は、ウマ娘たちのトレーニング時間がだいたい終わったころの夕方の遅い時間だが、そんな時間帯でも誰かしらがここでダンスの練習をしていてもおかしくないのがトレセン学園だ。
在学中に私も遅い時間まで練習していた経験がある。
そんな合間を縫って、わざわざここを押さえてもらった以上、何もせず帰るつもりなんて元々ない。
「じゃあ着替えてくるね」
「あいよ。音源とか準備しとくから早く戻ってきてね」
私が更衣室へ向かうのを見送りもせずに、テキパキとダンスの準備をし始めたトレーナーを見て、なぜか在学中の時の担当トレーナーを思い出し、思わず苦笑が溢れるのだった。
更衣室に入り、誰も居ないことを確認して少しホッとする。
まあ、向こうに私たち以外の人が居ない時点でなんとなくわかっていたことだけど。
押し付けられた五つの紙袋の持ち手には、それぞれにタグが付いており、
〈スペシャルウィーク〉
〈メジロマックイーン〉
〈フジキセキ〉
〈ミホノブルボン〉
〈ハルウララ〉
と書かれていた。
選抜基準が謎だ。
まず最初にフジキセキさんとミホノブルボンさんの勝負服は着れないと思った。
フジキセキさんの思いっきり胸元が開いた勝負服は絶対恥ずかしいし、ミホノブルボンさんのハイレグも絶対恥ずかしい。あのハイレグの勝負服を着て、スカートがめくれようものなら恥ずかしさで死ぬと思う。
続いてハルウララさんもなしだ。
この歳になってブルマに体操服はちょっと遠慮したい。
絶対そういうプレイみたいな見方される。
なら選択肢はスペシャルウィークさんかメジロマックイーンさんの勝負服だ。
どちらも露出という面では比較的少なめで、誰の勝負服か一目でわかりやすい意匠になっている。
メジロマックイーンさんの勝負服だとチラッとお腹が見えてしまうので、ここはスペシャルウィークさんの方かなぁ。
そう思って紙袋を開き、中から出てきたのはやたらと布面積の小さい下着のようなもの。
「……水着?」
白と紫の勝負服を想像していたから一瞬思考が停止してしまった。
そういえばスペシャルウィークさんはこういう黄色と白が基調の水着を勝負服として登録していたはずだ。
「なんでわざわざ水着の方を持ってきてるの…?」
全く意図が読めない。
けど、これを着れないことが決まった。
こういうセパレートタイプの水着を着ようものなら、お腹の贅肉が水着の上に乗ること間違いなしだ。
スペシャルウィークさんの勝負服を紙袋に戻し、嫌な予感を覚えつつも次点のメジロマックイーンさんの紙袋を開く。
「やっぱり水着かぁ……」
出てきたのは白と緑が基調のセパレートタイプの水着。
ちゃんとシースルーのトップスも添えられている。
スペシャルウィークさんの水着と同じ理由で却下。
再び水着を紙袋に戻す。
「二つも水着だったんだし、他も私が思ってる勝負服と違ったりしないかな?」
あの食えない友人がそんな優しいことするとは思えないけれど、
「まあ、そうだよね……」
入っていたのは想像通り胸元がパックリ開いたタキシード風の勝負服に、ごちゃごちゃと機械っぽいオプションの付いたスカート付きのハイレグ、そして赤ブルマと体操服。
やっぱり断るんだったなと猛烈に後悔しながら、どれが一番マシか鏡の前で順番に服を合わせながら考えるのだった。
更衣室からの道を、まるで重賞レースの地下バ道のような緊張感を持って歩く。
こんな姿、誰にも見られたくない。
なんとか大した距離でもない道のりを、誰にも会わずに乗り越え、ダンスレッスン場にたどり着いた。
ここからが本題のはずなのだが、もうとっくに疲れきっている。
扉の前で一度深呼吸。
入りたくない気持ちをなんとか抑えて入室する。
「着替えて来ました……」
「遅かったね。まあ時間かかるとは思ってたけど」
振り向いて私を見据えた彼女は、真顔で上から下まで舐め回すような視線を送ってくる。
「ライトちゃん、ブルマも体操服も似合ってるよ」
「あんまり嬉しくない……」
結局、露出が少ない服ということでハルウララさんの勝負服を選んだのだが、やっぱり恥ずかしい。
ブルマに体操服の時点で十二分に恥ずかしいのだが、たるんだ太ももが全部露出してるし、お尻はブルマからはみ出しそうで嫌だ。体操服も胸の辺りがキツいし
「太ももムッチムチだし、おっぱいもパッツパツでめっちゃエロいよ」
「そんなこと言われても嬉しくないよぉ……」
目の前の友人は『ムチムチ』も『パツパツ』も『エロい』も誉め言葉として使っているのはわかるのだが、遠回しに太ってるって言われてるようで嬉しくない。
「じゃ、着替えも終わったし踊ろうか」
「本当にこの格好で踊るの…?」
今日ここに来た目的は『コスプレして踊る』ことだけど、それでも今の私の格好だと踊り始めた瞬間に色々とポロリしそうですっごい嫌だ。
「ここはちゃんと予約して押さえてるから私たち以外来ないし、何かあっても女同士だから大丈夫よ。とりあえず『うまぴょい伝説』でいい?」
「とりあえずで『うまぴょい』なの…?」
「『うまぴょい』なら踊りもわかるでしょ?ウォームがてら軽めにやろ?」
「わかった……」
確かに、この場には女性の私たちしか居ないから最悪下着とかが見られても(恥ずかしいのは変わらないけど)問題ないし、『うまぴょい伝説』なら私も振り付けがわかる。
一回深呼吸して「よし」っと強引に気合いを入れる。
「それじゃ、始めるよ?」
「うん」
返事と共に流れ始めるラッパの音色に、ここで練習を行っていた青春を懐かしみながら踊り始めるのだった。
無事に『うまぴょい伝説』を踊り切り、ウォーミングアップ(というには本気で踊り過ぎた)を済ませた私たちはジットリと汗ばんだ体をタオルで
やっぱり歌と踊りは良い。
ハルウララさんのコスプレをしてるからちょっと調子に乗って、ハルウララさんみたいな無邪気で幼い感じを意識してみたが、なかなかに『今、推し活してる!』って手応えがあって良い。
隣に居るタイキシャトルさんのコスプレが、ボディランゲージ多めの片言日本語で応えてくれたのも結構テンションが上がるポイントだった。
これはちゃんとした『推し活イベント』として企画に出来そうだ。
スポーツドリンクのペットボトルを片手に思い付いたアイデアを片っ端からスマホにメモする。
こういう仕事のモードの時、すぐそばに居るしっとりタイキシャトル(コスプレ)は茶々を入れて来ない。
その辺の線引きはちゃんとしてる人だから。
チラッと横目で彼女を
少なくとも、手持ち
こっちはある程度アイデアをまとめておきたいから、しばらくかかりそうだし。
二人してスマホに向かい合い十分程度が経ち、
突如としてコンコンッという乾いた音が部屋内に響き、静寂が破られる。
「開いてるよー」
なにがなんだかわからない私を置き去りにして、隣に居る友人は入室許可を出してしまう。
扉越しに聞こえる声はくぐもっており、かろうじて男の人だということだけわかる。
「ま、待って!身支度くらい……」
そんな抵抗も
「お前、突然『ダンスを教えてあげて欲しい』ってなんだよ。お前の方がダンス上手いだ…ろ…?」
そして、目が合った。
合ってしまった。
そこに居たのは絶賛片思い中の彼。
終わった終わった終わった終わった終わった。
私の片思い終わった。
思考は完全に機能停止。
そんな中でも彼の視線が私の顔から下に動いていくのだけは感じられる。
視線の先にあるのは汗で透けた体操服と、ブルマから伸びている生足。
さっき汗をかいて涼しくなってきていた体がカッと熱くなる。
「えっと…………似合ってる、って言った方が、良いんデス、か? ハローさん…?」
混乱して片言みたいな変な日本語だけが部屋の中に響く。
「あー……えっと……じゃあ、その、俺、外に居るんで」
両腕で自分を抱きしめ、その場にへたりこむ私と、逃げるように部屋から飛び出す彼。
そして、笑いもせずに私たち二人を観察していた友人。
彼女は退室していく彼を真面目な顔付きで見送ると、悠然と私の方へと向かってきて、私の肩を叩き、良い笑顔を浮かべて言った。
「脈アリだと思うよ♪」
彼女がグッとサムズアップしたのを見て、涙が溢れてくるのを止められなくなった。
信じてたのに。
友達だと思ってたのに。
ちゃんと断ったのに。
恥も外聞も泣くワンワンと泣き
数日後、片思いは終わって、両思いになり、定期的にコスプレ勝負服を借りて、そのお代として『勝負服を着て何をしたか』を真っ赤な顔で報告する関係になることを、この時の泣いている私はまだ知らない。