新サクラ大戦2 巴里編 ~失われた愛を求めて~ 作:ユウーザ
ベンチに腰掛けて、チケットも入れた着替えの荷を地に置いて、ケースを手放さないながらも、ため息をつくアニー。
「村長様、お父様、お母様、ごめんなさあい……」
(店員様……ジェニー様はご自分のお宿を貸してくださると言ってくださいましたけど……)
ふと顔を上げると、周りの建物、道行き交う人の数と、きらびやかな衣服は田舎でお目にかかれないものばかり。
あまりの斬新さに瞳は輝くばかり。
「ホントにわたし、都会に来たんですねー……」
その輝く瞳の中に、笑いながら腕を組み合う男女が通る。
「……良い男かー……」
ふと、空を見上げる。 綺麗な青空である。
「……考えてみたら、わたし男に興味なんてなかったわ……」
そう、アニー・スリジェは恋愛ごとに興味などなかった。
両親の世代の大人を愛し尊敬し、その憧れから結婚して子供作りたいなどと思っても、村の中の顔の良い男には、ただ顔良いなーとしか思わなかった。
ただ友達に先を越されたことが悔しかっただけだったのだ。
それだけでこんな都に来ようとは、我ながら大した行動力である。
塔などは見えないかと、視線を反らし、横の空を見る。
すると、二羽の鳥影が軌跡を描いている。
目を細めてみると、片方が奇跡描いてこちらに向かってくる。
しかしそれは鳥ではなかった。
化け物。
そうとしか語彙が見つからなかった。
胴体しか残ってないそいつは、アニーの前の地面にめり込んだ。
アニーが顔を青くしていると、目のない化生の口から、緑の液がゲップのように吐き出ると、少女の喉から悲鳴が上がった。
「なっなっなっなっなっなんじゃこりやあああああああ!?!?!?」
化生はジュージューと溶けていき、着替え鞄もそれに巻き込まれて、また溶けていく。
先程のチケットも、この鞄に入っていたのを思い出し、顔をまた青くした。
「お、お着替えがああああ……!?」
「大丈夫?」
アニーは声のした上を向く。
少女だ。
羽根を生やした人間がこちらの前に飛んできて、地に着地した。
短い黒髪で、大きな目に収まる黄色い瞳、腰にベルトを巻いた黒い制服、右肩に羽織られ足まで覆うぼろぼろの青いマントが目を誘う。
さっき見えた翼はどこにいったのかわからないままに、青い顔が薄まったアニーは恐る恐る質問をする。
「……そちらのお洋服、大丈夫でしょうか?」
目の丸くなったアニーの指がマントを指すと、だいじょうぶ、と少女は答えた。
「降魔の返り血くらい、
「……こうま? かえり、ち? りょーししゃ……? ……なんですかそれ?」
娘の頭にはてなが三つほど置かれる。
「降魔はここで溶けたヤツ。 死んだ人間の怨念が大きくなって出てきたゲテモノ」
アニーの顔はまた青くなる。
「死んだ人の、怨念って……お……オバケってことですか?
な……なんで、都会にそんなの出るんですか……?」
「どこでだって人は死ぬ。 だから、降魔はどこへでも湧いて出る」
「……お昼にオバケだなんて、冗談じゃないですよ……」
自分はとんでもない都に来てしまったのではないかと思い、ため息をつくアニー。
「……ていうか、あなたは一体?」
襤褸の少女は表情なくこう答えた。
「わたしは霊子シャスール。 霊力で降魔を殺す狩人」
「れいりょく……ってなんですか?」
「「…………?」」
間を置いて首を傾げる女子二人。
「あんた、霊力あるのに、戦わないから気になった。
そっか、自分の力に気づいてないんだ」
田舎娘の頭の中にはてなが置かれる間に、ほんの少し微笑んだシャスールがアニーの肩に両手を置く。
「飛ぼっか」
「へ?」
その言葉にますます混乱が走っていると、手足に違和感が生じた。
手元を見ると、手を繋がれて、そこから下を見たら、地面が遠ざかっていた。
正面を見れば、シャスールのマントが風で右背に広がり、身体の右半分を露わにし、左背からは先端の黒い金色の硬い翼が生えていた。
「……飛んでるうううううううう!?」
沈着に、左右非対称の翼を広げる女子と対象的に、あたふたあたふたと手足をばたばたさせるアニー。
「あんたに力があるから、飛べる」
「いやややややややや!?」
少女はアニーの手を、こう言って離していく。
「一緒に飛ぼう」
「やーーーーめーーーーーてーーーーーー!?」
絶叫するアニーだが、その身は空に浮かんでいる。
「え? 浮いてる? 浮いてる!? 嘘でしょう!?」
アニーの頭は続いてきた混乱からやがて楽しみに変わり、わーいわーいとはしゃぎながら、少女と並行して空を飛ぶ。
「わたし、リッサ」
翼の少女は微笑みながら言った。
「あ、わたしアニーです!
でもなんで飛んでるの?
お荷物に変なの入れたかし……らー!?」
不意に落ちる。 少女は目を下に向ける。
「……ん。 大丈夫」
モンマルトルの丘には、十数年前から劇場が建っている。
玄関通路を雨雪を少し凌ぐための屋根ポーチの上に、『
その支配人室には、三人の女性がいる。
壁際の机に座る貴婦人の傍に二人のメイドが控えている。
「ジュスタンには困ったもんだねぇ、常連がついてるってのにブラブラと」
貴婦人の金の髪には白毛が混ざり、顔の節々に小皺があるものの、眼差しと佇まいから漂う気品が老いを感じさせないでいる。
机に座っている、どこか幼げな黒猫は、ナア~とあくびをかく。
「街の防衛は真面目にやってくれているようですが、ここでのショーも歌劇団の本懐だというのに……これでは新たに巴里華撃団を立ち上げた意味がありません」
短い青髪のメイドの次に、栗色で長い髪をしたメイドがため息混じりに言う。
「シャスールちゃんも入ってくれたら良いのに~」
「やはり例の詐欺師をつかまえ……」
婦人が言いかけると、ぎゃーーーーんという悲鳴と三度の轟音が劇場を揺する。
前を見ると、散乱した瓦礫に囲まれ、薄く光る物体が床にめり込んでいる。
沈黙が支配している。 と、やがて物体が動く。
ぷはぁっと、めり込んでいた中身が、瓦礫を散らして上がる。 それは人間で、アニー・スリジェだった。
「…………どこ!?
え!?」
あまりの困惑に、辺りに木片散らして、手離さないでいたケースごと全身を回す少女へ、黒猫が近づいてくる。
「わっ! えっ、もしや猫ちゃん?
はじめて見ました、黒いにゃんにゃんなんて……きゃわわわわ」
黒猫は少女の肩までかけ上がると、その首から頬を舌でかわいくひと舐めする。
笑顔で猫を撫でるアニーは、自然と三人の存在に気づく。
「あっあのっ! ここは何処でしょうか、巴里のどこなのでしょうか?」
不安げに近づいてくるアニー。
「……ここは間違いなく巴里です」
「モンマルトルの劇場、テアトル・シャノワールなのぉ」
「劇場!
歌って踊れる女優様の歌劇団やってるとこですか!?
わたし、憧れてたんです女優様に!」
目を輝かせるアニーは身を乗り出して、二人のメイドに近づく。
「え、ええと、お嬢ちゃんはなんで天井からやって来たりしたのかな~?」
後ずさる長髪の従者の問いに、慌てて背筋を立てるアニー。
「えーと、そう、この街でちょっと休んでたら、コウマとかいうなんじゃこりゃあああなゲテモノが死体で空から降ってきたんです! そしたらシャスールって名乗る女の子が降りてきて、飛ぼっかとか言われて……そもそもなんで飛べたの私!?」
二人のメイドは、互いに見知り過ぎな顔を向け合う。
「シャスールに送り込まれたということかしら?」
「あの娘、降魔やっつけることしか考えてないと思ってたけど……」
見慣れぬ衣服の二人を前に、アニーは自分が大事な社交辞令を欠かしていたことに気づく。
「あっ! わたし、アニー・スリジェです!
田舎から旅行に来たんですが、なんでこんなとこに……」
スリジェ(桜)かい、と感慨深そうに呟くと、婦人はアニーにこう問いかけた。
「あんた……歌劇団に興味はないかい?」
「あっはい! 歌も踊りも好きですし、すっげー見たいです!」
「じゃあ……入る気はあるかい?」
沈黙の後、困惑のあまりアニーは瞬時に目を二回開閉。
猫の鳴き声が響いた。
アニーは風呂を大変好んでいたが、上からお湯の吹き出すシャワーなど知らなかった。
汚れた服の替えとして(スペアの)舞台衣装を用意されることなど一度もなかった。
田舎の村にはステージなどなかった。
その前を覆う、劇場名の書かれた薄い緞帳もなかった。
それを囲む客席もなかった。
外世界の斬新さに、田舎娘の瞳が輝いている。
(服を借りてもらって、こんな素敵なところにご招待受けるとはぁぁぁ……)
感嘆の声を上げる、可憐な衣服を着たばかりの少女に、婦人の声がかかる。
「どうやら劇場は初めてのようだね」
無言で口を開いたまま、こくこくと頷く少女。
「存分に目に焼き付けておくと良い。
あの緞帳の向こうのステージは、自分が踊るんだから」
その言葉で、アニーは風呂前の困惑を思い出すと、喜びの感情を脳裏に置いてどこか不安げにこう問いかける。
「……あの、どうしてそうなるんですか?」
「そうだね……立ち話もなんだし、そこに座ってから話そうか」
丸く白い机と椅子の方を差し、傍には青髪の従者が備えている。
言われたとおりにアニーは椅子に座る。 慣れない尻の感覚にまた困惑する中で、こっそりついてきた黒猫が首を舐めてきた。
笑って拒もうと黒猫と戯れる少女の幕間を微笑ましく見ながら、婦人も向かいの椅子に座る。
「名乗るのが遅れたね……あたしはイザベラ・ライラック。
ここの支配人をやっている」
「しはいにん……?」
「オーナー……家主と思ってくれれば良い。
グラン・マなんて大勢から呼ばれてるがね」
「グランマ……お祖母ちゃん?
大きいお子様とお孫さんもいるのですか?」
「いや、そういうのを作る前に、旦那とは死に別れてね……。
代わりに手のかかる娘が五人はいたんだが、今頃どうしてるんだか……」
(血の繋がらない親子関係ってこと? 初めて聞いたけど、都会じゃ珍しくないのかしら)
こめかみに指を置くアニーの前に、青髪の女性が、無駄のない仕草を以て、紅茶とビスケットを置く。
豪奢なグラスにキラキラさせるアニーだが、女性が給仕してくれたことと、今更ながらその服に気づく。
「……もしかして、召使い様ですか?
村長のお屋敷にもいませんでした」
少女の言葉と輝かせる瞳に、女性はクスッと笑う。
「召使い様、ですか。
確かに、私はこちらのグラン・マにお仕えしているメイドで、メル・レゾンと申します」
「メイド様……!」
アニーはその言葉の響きに、彼女に身を乗り出している。
コホン、というグラン・マの咳込みに、覚醒するアニー、椅子に座る。
「……あ、すいません!
実は田舎から参ったものでして……。
えーっと、何から聞けば良いのやら……」
「ゆっくりで良いよ」
アニーはなけなしの頭で、ここに至るまでの全てを話した。
駅で踊って注意されたことから、酒を呑むマジシヤンとの遭遇、つい金を散財してしまったこと、霊子シャスールと一緒に空を飛んでここに落ちてしまったことまで……。
時折婦人は「ほぅ」、「それはそれは」などと相槌を打った。
「……やっぱり、ほんっっっとに最後になんで飛べたのか全っ然わらかないです」
「そうだね……論点をずらすつもりはないが、お前さんが会った呑んだくれには心当たりがある。
この舞台で手品を披露している男さ、『魔法伯爵ジュスタン』ってね」
昼に会った彼の名前を耳で受けると、その彼から手渡されたチケットが着替え鞄と共に溶けたことを思い出す。
「時々仕事をサボってはどこぞの店で酒か葉巻を吸う毎日。
休みでも同じことさ」
紙の在り処を思い出す前に、男の素行に呆れるアニー。
「……なしてそのような方をお雇いに?」
「そこのナポレオンII世はね、ある力が強い者に懐くのさ」
机にはいつの間にか、黒猫が座っていた。
「ナポレオンというのは、フランスの皇帝閣下ですよね?
もう昔に亡くなったんじゃ」
「その皇帝閣下から、この子の親へ拝借してもらっただけのことさ」
そういうの都会の流儀なのかしら……と思いつつ、世間知らずの少女はまた一つ質問を下した。
「ある力というのは?」
「霊力というものさ」
霊力。 その言葉はシャスールも言っていたのをアニーは思い出した。
「本来人間なら誰しも持ってる”力”……しかしそれが強ければ強いほど、すごいことが出来る。
何もないところから火を吹いたり、物を触らずに動かせたり、化け物を殺せたり、ね」
「ナポレオンII世が首から頬を舐めた場合は、お前さんはよっぽど強い力を持っていることになる」
支配人室で黒猫に舐められた場所を思い出すと、ぴったり一致した。
「いやいやまさかそんな」
先程、空に落ちた時に見た建物を思い出す。
猫の看板の目立つ建物だった気がした。
それがここだとして、何故自分はあの高さから無事だったのか……?
「いやいやいや……えぇ……?
……舞台女優様って、みんな霊力というのが強い方だったのですか?」
イザベラは微笑む。
「まさか。
霊力と演技はそこまで関係はないはずだよ。
ただ……霊力の高い人間の舞踊は、その地の魔の力を鎮める効果がある。
それが、巴里歌劇団の夜の仕事なのさ」
「ぱりかげきだん……」
「巴里華撃団は不要なのです!」
貴族そのものといった身なりをした男が、即席に設けた教壇に立ち、拳を握り上げて叫んでいる。
「
我々はもう、降魔を始めとする
十一年ほど前にくたばった小娘共の跡継ぎなど、今更必要ないのです!
なので!」
怒声に囃し立てられながら、大きなベールをはがす。
「古き悪習の体現、
それは3mほどの全長で、ずんぐりむっくりとした胴体の中央に、色違いのカメラアイとそれを滑らせるレールがあり、両側面に肩から伸びる三本指の腕、銅を下に支える二本足がある。
それは、蒸気導力で稼働する亜人間型重機『人型蒸気』。
その旧式種である装甲倍力動甲冑『霊子甲冑』、その名は『光武F2』である。
「めんどくせえな……」
テアトル・シャノワールが誇る奇術師は、気怠げに細めた眼を貴族に向けて、後ろ側頭をかいている。
一昔前の伝説の骨董品を、鉄球による破砕装置に置かせ、高らかに叫んでいる罰当たりは、明後日に巴里からフランスの一区に蒸気鉄道を設けようとしている貴族。
その行いの邪魔をすれば、ただでさえ厳しい巴里華撃団の運営に響いてしまう。
かといって予備品とはいえ、偉大な先達の遺品が音を立てて崩れるのを見過ごすわけにはいかない。
さてどうしたものかと思案するが、ぎゃっと悲鳴がした。
見ると貴族が鼻を抑えている。
「この恩知らずめ!!
お前がこうして馬鹿をやれるのは誰のおかげだと!?」
中年の男が中ほどの石を掲げている。
「十一年前の降魔大戦で、巴里花組が、命を賭けてここに住む人間達を守ってくれたおかげじゃないか!!」
「それに泥を塗るなんて真似、絶対に許さないよ!!」
様々な罵声が壇上の伯爵に飛んでいき、後ずさらせていく。
「う、うるさい!
十一年前の私は、こんな街に住んでないやい!
こんな骨董品の代わりに、お前らを一人一人潰してやっても……」
「良いわけがないでしょう、コッタール卿」
いつの間にやら、伯爵と同じ壇上には奇術師が立っていた。
「無実の市民を殺すなんて馬鹿な真似、巴里市警はもちろん、我々巴里華撃団が黙っちゃいませんよ」