新サクラ大戦2 巴里編 ~失われた愛を求めて~ 作:ユウーザ
通路を歩く、スペアドレスのアニーと、長い栗髪のメイド。
「シーさん、でしたっけ。
わたし、上手く舞台できますかね?
歌も踊りも昔っから好きですけど」
不安げな新人候補に、メイド……シー・カプリスはにこやかに答える。
「上手くなるための練習がありますからぁ。
それにぃ、今は人手不足でしてぇ。
役者がサボりがちだと、若いスタッフくんの面白いトークで場を持たせるのも一苦労なんですぅ」
それだけでなく、モギリや雑用、オペレーターまで卒なくやってくれる青年スタッフには、感謝してもしきれないでいる。 それはシーだけでなくメルもイザベラも同じ。
皺の見える手がドアを開くと、その先の光景は、アニーの好奇心と、感動に瞳を輝かせ、感嘆の声を上げさせた。
天井がガラスで覆われ、中央にはベンチに囲まれて、観葉植物が咲き、その傍で青年が跪いている。
「ここはどこですか~」
目を輝かせ続けているアニーに微笑みながら、入口に続くエントランスロビーですよ~、と答えた。
「えんとらんすろび~~~。
あの綺麗な草はなんですか~~~」
斬新による興奮に浮いて、くるくると回る少女にクスっと微笑むメイド。
「これは観葉植物といってぇ、お客様に見てもらうために栽培してるんですよぉ」
へぇーと観葉植物を近くまでまじまじと見るアニー。
「あ、あの……?」
すぐ近くの声にびくっとした。 隣を見ると、男の顔があった。
「わわわわわわごめんなさああい!?」
アニーはシェーといったポーズで三度跳ねて、青年から離れる。
青年の服はワイシャツの上に黒ジャケット、膝を曲げた足は黒いズボンに包まれている。
その両手には、ハンカチとじょうろを持っている。
「エランくんお疲れ様~」
「ああいえ……彼女は?」
従業員が見慣れぬ少女に訝しむと、新人よぉ、とシーは言った。
急速に畏まって腰を正したアニーは、アニー・スリジェですっ、と綺麗にお辞儀をする。
「かわいい……」
そう、若い男の小さい声を、女達の四つの耳は捉えた。
大人がくすくすと笑う中、アニーはかわいいの意味がわからず、首を傾げる。
青年は、すぐにハンカチとじょうろを地に置いて、綺麗に立ち上がる。
「ええと、新人ということはその娘、ナポレオンII世に懐かれた、ということですか?」
「そうそう。 あ、華撃団の方はまだ秘密だから。
この娘、まだ素人だし」
「? 華撃団……?」
台詞にある通り、歌劇団と日本語の読みは同じかげきだんだが、ここは仏蘭西。
華撃団という言葉は、アニーの耳に入るのは初めてなのだ。
「ああ、ぼ、僕エランっていいます。
ここの雑用で、モギリとオペ……色んな雑用をやってます」
エランのほんのり赤い頬に、大先輩は微笑む。
「もぎり?」
耳慣れぬ言葉に首を傾げるアニーの質問に、エランはこう丁寧に答えた。
「モギリはですね、お客様のチケットを切って、劇場内に入ってもらうお仕事です」
「? チケットって、切っちゃうんですか?」
「へ? ええ、チケットには切れるところがありまして。
チケットは大抵その日の内にしか使えないものなんです」
はぁ、と言いながら半ば理解しきれていないアニー・スリジェ。
実物を溶けてしまったことを思い返して心中でまた落胆する少女。
「あ、そうだエランくん。 アニーちゃんの劇場案内取り次いでもらえる?」
へっ!?とエランは驚く。
アニーは素朴にシーさんと名前を呼ぶ?
「ごめんなさい、溜まってたお仕事消化しなくちゃならなくって。 そ・れ・に~」
にやにやとエランとアニーを見比べる。
「な、ななんですか」
「じゃ、よろしくね~」
エランの問いに答えず、そそくさと庭園から立ち去るシー・カプリスであった。
頭にはてなを置くアニーが発した声は、小さかった。
「……男性の召使い服、かっこいいかもです」
びくっと身体を強く震わせるエラン。
「い、いや!? 召使い服じゃなくてその!
制服! 制服っていうんだコレ、あははははは!」
青年の挙動不審を訝しんで見やるアニーであった。
『以上のように、燃料切れのスクラップであろうと、巴里華撃団の所有物に変わりはない。
さっ、渡してもらおうか』
暗い室内を照らすのは、ジュスタンが貴族に詰め寄っているカラー映像。
「ムカつく面ねぇ~、女平気で騙す顔じゃない。
巴里華撃団って男子禁制じゃなかったの?」
ドレスを揺らして、女の声が鳴る。
「前の隊長さんは海の外の男だったよ?
それに、霊力者が華撃団に入れるレベル低くなったから、男隊長多いんだよイマドキ。
ねー?」
低いながら子供っぽい声調の主は、大柄なシルエットに頬を擦る。
女は苛立って舌を打つ。
「さーーてと……実力テストと行こうかな」
男は笑って、パチンと指を鳴らす。
途端に後ろがガラスの割れる音と共に照らされる。
ガラスを破った降魔が高い高い天井へ上がっていく。
「それで、ここが貴賓室。
お金持ちの方をお迎えするところ」
薄紫の壁に囲まれた、豪華な部屋に、アニーとエランはいる。
「おおー……ここもまた……って、んん!?
なんですか、あのおっきな目がありますよ!?」
壁の御影石の区画には、大きな猫の目が張り付いていた。
「ああ、これはね。
マジックミラーという作りになっていて、ここからステージと客席を見れるようになってるんだ」
恐る恐るアニーは近づいていき、猫目の窓を近くまで見ると、別側面だが、舞台の別側面が広がっていた。
「おおおー……ホントです!
でも、ステージにこんな窓があったなんて……」
「マジックミラーっていうのは、こっちから見えるけど、あちらからは見えないようになっててね。
つまりステージと客席の方からは、この部屋は気づかれないようになってるんだ」
最初のぎこちなさはどこへやら、三十分足らずの間に、アニーとエランはすっかり打ち解けていた。
部屋から部屋へ行く合間に住んでいたところのカルチャーギャップを堪能し、互いの家族のことを話し合い、友人への愚痴まで共有し合った。
ただ、自ら姉のことを口にした瞬間のエランの顔が、どこか重かったことが、アニーには引っかかっていた。
「でもどうしてこんなお部屋をお作りに?」
「お金持ちといっても、色んな人がいるからね。
庶民や貧乏人から恨み買ってるような奴ほど、ここに案内するのさ」
「ええー……なしてそんな人連れてくるんですか」
エランの顔に苦笑が浮かぶ。
「やむを得ない事情って奴。
十年近くぶりに再開したばっかだから、維持とか大変で。
お偉い方との根回しも必要なのさ……」
「よくわかりませんけど、大変なんですね……」
我ながら他人事みたいに言うものだ、とアニーは思った。
彼女の耳が耳障りな警報を拾ったのはその瞬間だった。
「!? なんですかこの音? うるさいですね」
「アニーちゃん!」
急に両肩を掴まれた先には、エランの真剣な面持ちがあった。
自然と頬がほんのり熱くなる。
「これは警報音といって、危ないことが起こったときにしか鳴らないものなんだ」
「あ、危ないことってなんですか?」
「まだ話せないこと。
とにかく、この貴賓室なら安全のはずだ。
僕が戻ってくるまでここを動かないでくれ。
しばらくかかるけど!」
さっと踵を返して、貴賓室から出ていくエラン。
置いてきぼりのアニーは近くのソファに座り込んで、数秒の沈黙を破る。
「……どゆこと?」
牙から滴り口を汚すは、酸性の唾。
血肉を求めて、降魔の群れが広場に大挙している。
色とりどりな花火が群れ成す怨霊の身体を削り落としていく。
「やけに大所帯じゃないか。 今日はおたくらの吉日だったのかい?」
群れの中心にいるのは、霊子引火性のトランプを手札と腰に携えた奇術師、ジュスタン。
(局地爆発で一斉撃破を狙いたいが……)
トランプボムによる爆発範囲と威力は、カードの数目に応じて変動する。
Aだと、範囲狭しの高火力。 13だと、13発連続爆破(一つ一つはAの1/13)による広範囲。
因みにスートだと、爆煙の形と色が変わる。
この大人数でも殲滅も容易いと思ったが、爆破を察知して離れられて殲滅数が減ると、紙が切れるのが先になってしまう。
(知恵ある親玉か参謀がいるのは確か……無茶だが一点突破を狙って、そいつを探すか)
紙はあと半数を切っている。
意を決したとき、上空の翼を見据える。
「助かった」
霊子シャスール。 本名不明。 どこの国の華撃団にも入っておらず、独自に降魔を殺害している。
背中には、昔に航空会社で没を食らったはずの霊子飛翔補助翼を背負い、隻腕にぶら下げる得物の蒸気重機関銃”ウリエル”は、降魔の
「いいか無理してはいかん。 霊子戦闘機が来るまで持ちこたえるんだ!」
老いていて高い声の方をチラリと見て、ニッと微笑む。
薄い色のコートがやや太った体型に押し出されている、初老の男性。
その正体はジム・エビヤン警視。
巴里市警を束ねる、歴戦の勇士。
十一年前の大戦以降、各国華撃団に協力を惜しまず、勇猛果敢な警官達を率いて、降魔撃退任務に助力している。
他国の華撃団ほどではないが、心から頼りになる同志だ。
「ここらでかっこ悪いとこ見せらんねえわな」
指の間より投じられたハートの11は、十一匹の内三匹を塵に、四匹を死に至らし、五匹の身体の一部か半分を現世から抉り取った。
「ホントに暇になっちゃいましたねー……」
ソファの上で靴をぶらぶらしてる間、全身になにか違和感が募って仕方がないアニー。
「……見るだけ見るだけ」
しびれを切らして立ち上がると、部屋中のものを見ていく。
先程まで暇つぶしに見回していたものの、近場まで見ると違うので、目を輝かせる。
ちょっとだけちょっとだけ、とタンスの高貴な紋章に恐る恐る触れる。
そしてそれは光り出して、ガコンと音が鳴った。
音の方を見ると、部屋の角が開き、降りの階段が露わになっていた。
「えっ!? ……え……!?」
恐怖と高揚感が胸を強く鳴らす。
恐る恐る。 中に入って、階段を降りていく。
壁の煉瓦模様が、知らぬ白銀へと変わっていく。
降り切った先は、鉄臭かった。
「……ここはどこでしょう?」
アニーの視界には、丸い胴体に手足のついたものが何体か並び、作業衣の男達がそれに張り付くように作業をしている。
別組の男達が大きい鉄製のものに対して作業を行っている。
その中心に、大声を張り上げている、タンクトップの少女がいる。
「オラオラ手ぇ動か……あ”? 誰だァてめえ」
アニーを目視した少女の顔は、苛立ちで険しかった。
「ははははい!
なんかこう、巴里歌劇団!の新人になった?アニー・スリジェです!」
その言葉を聞いた少女の顔は柔らかくなって満面の笑顔が咲き、猛スピードでアニーに急接近した。
「新人! 黒猫にどこ舐められた?」
アニーはその勢いにたじろぎながらも、首筋から頬をなぞる。 そして手を掴まれる。
「よーし来なァ!!」
声を上げる間もなく引っ張られていった先、それは先ほども見かけた丸めの胴体に、手足のついた機械……霊子戦闘機の前だった。
次回!
霊子戦闘機回です
時間かかりますが、お楽しみに!