走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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後輩のために頑張るサイレンススズカ

 

「はいスズカ、正座。お説教です」

「……はい」

 

 

 ある日、私はスズカを呼び出しターフの前で彼女を座らせていた。悪名が付くと困るので、しっかり物陰にレジャーシートを敷いて座らせている。横には私が用意した鉄の箱が。

 

 スズカにしては結構珍しく、お説教だというのにしゅんとしている。意味が解らないと思うけどスズカはそういう子なの。スズカがお説教されるっていうのはまず間違いなくランニング関連だし、それについてはスズカが本気で反省することは無いので、基本私悪くないもんくらいの態度を取る。

 

 

 が、今日は流石にスズカも自分が悪いことに気が付いているらしい。まあ、それくらいのことをしているからだ。

 

 

「スズカ」

「はい」

 

「……スペシャルウィークを太りぎみにしたことについて、何か言い訳はある?」

 

「……ないです」

 

 

 ぺたん、とイヤーキャップ越しの耳が折れる。私もちょっと怖い顔をして、そんなスズカの頭にチョップを繰り返す。

 

 

「あぅっやっゎぅっ」

「スペシャルウィークのトレーナーさんに聞いたんだからね。スズカあなた何回スペちゃんを誘ったの」

「……五回くらいです」

「ていっ」

「あうっ」

 

 

 そう、先日スペシャルウィークのトレーナーから、何故かお礼を言われたのだ。

 

 内容としては、スペシャルウィークをスズカが励ましてくれたのだ、というところ。まったく身に覚えのないお礼に戸惑ったし、あまりに申し訳無くて貰ったお菓子にも手を付けられていない。

 

 

 スペシャルウィークはホープフルステークスに向けて調整をしていたが、少し足を捻ってしまい回避することにしたのだそうだ。彼女もウマ娘、出られるG1に不注意で出られなくなってしまったことにショックを受け、それをスズカが励ましていたらしい。

 

 

「スペちゃんは元気になりました。それは良いです。でもね、スズカ」

「……はい」

「スズカのランニングでは負荷が足りないのよ」

「…………すみません」

 

 

 ただ、その方法というのが少し良くなかった。スズカはスペシャルウィークを甘味に誘い、埋め合わせとばかりに併走トレーニングに誘い……を繰り返したのである。

 

 まあ、許可を出した私も悪かった。でも、まさか毎日やるとは。一日とか二日おきだと思ってたのに。

 

 併走トレーニングは私の感覚としてはスピードスタミナ賢さが上がる良い練習だ。しかし一方で、そもそも平地を走るだけというトレーニングはよほど飛ばさない限り体力の消耗も少ない。

 

 

 後スズカは本当に羨ましい限りだが非常に太りにくい。細身でスレンダー、身長もそこまで高くないスズカがどうしてこんなに太らないのか不思議になるくらいだ。なので毎日甘味を口にしていても平気なのだが、スペシャルウィークは見事に太った。

 

 …………太ったのである。まるまると。

 

 

 スペシャルウィークのトレーナーが、スペシャルウィークが元気になりました、スズカさんのおかげです、と菓子折りを持ってお礼を言いに来た時の私の気持ちにもなってほしい。先輩だぞ。私よりずっと。男の人だし。怖すぎ。

 

 

「反省してる? ん? このあほあほ栗毛」

「ふぁいふぁんしゅえしえあす」

「怒られなかったのはあの人が優しいからなんだからね」

 

 

 スズカの頬をもちもちと弄びつつ、いまいち緊張感のないスズカに密かに癒されてもいる。まあ実際のところ向こうも建前ではなく全く怒っていない。話していて解ったし、わざわざ贈り物なんか持ってきてるわけだし。

 

 それはそれとしてスズカには罰を与えなければならない。スズカに与える罰。そう、ランニング禁だ。ラン禁ねラン禁。

 

 

「というわけでお仕置きです。ちゃんと反省してもらいます」

「あっ……い、いえ、今回は私反省してます。走るの禁止ですよね……い、一日で何とか許してください……」

「反省してないでしょ」

 

 

 そもそも既に何日も連続で走っていて今は余裕もある。もっと荒療治でなければ罰にならない。そのために、こうして外に出てきているのだ。

 

 

「じゃあスズカ、はい、ここにあるやつ履いて」

「はあ……」

 

 

 鉄の箱に入ったシューズを取らせてスズカに履かせる。これは特注のトレーニングシューズである。絶対にスズカを走らせないという固い意思で作られたこれには、そのための工夫が集約されている。

 

 非常に重く、私は両手で気合いを入れても持ち上げるどころか引きずることすらできない。ここまで持ってくるのにもたづなさんに頼んで適当なウマ娘に運んでもらってきている。

 

 そして、少し低いがヒール付きになっている上磁力でくっつくようになっている。自分で言うのも何だが、ここまでやらないとウマ娘の脚を止められないことに恐怖すら感じる。

 

 

「うっ……お、重い……」

「じゃあスズカ、決して走らずターフを一緒に歩こうか」

「え……でもトレーナーさん、みなさん練習して……」

「行こうねー」

 

 

 戸惑うスズカの手を引いて、たくさんのウマ娘が走っているターフへ降りる。最内のレーンを貸し切ってあるので、二人で並んで歩いていく。

 

 

「あの、トレーナーさん……これは……」

「これがお仕置きね。三周歩こう」

「……はあ……何でしょう、嫌な予感が……あっ」

 

 

 スズカは気付いたようだがもう遅い。人間の、女性の歩幅で二人並んで歩いていけば……当然、外を走るウマ娘が後ろから追い縋ってくる。迫り来る足音に押されて前に出ようとしたスズカだったがしかし、重力と磁力に阻まれ進めない。

 

 

「あっあっ……まっ……」

 

 

 ビュゥンッ! なんて思い切り風を切って、スズカが後ろから追い抜かれた。

 

 

「…………っ」

 

 

 反射的にスズカが歯を食い縛りレース中に見せる先頭を譲らない執念の表情になりかける……が、もちろん走り出すことなどできるはずがない。駆け抜けていく後輩の背中を見ながら、スズカは背中をぞくぞくと震わせた。

 

 

「と、トレーナーさ、トレーナーさん、だめです、これはだめっ」

「駄目じゃない」

「ゆるして、ゆるして……っ」

 

 

 びゅんびゅん気持ちいいくらいに抜かされていく。スズカにとって不幸なことに、隣のレーンではどこかのステイヤーがマラソンを続けていた。一定時間おきに後ろから迫られ抜かれ置いていかれる……スズカにとって一番の刑罰である。

 

 

「あっ、まっ……うぅ、く……」

 

 

 毎回スズカは走り出そうとするが、流石のウマ娘もこれは無理だ。シンボリルドルフやナリタブライアン並みにパワーがあればジョギングくらいはできるかもしれないが、スズカは私よりやや速く歩くのが精一杯みたい。

 

 

 一歩ごとに歪んでいくスズカの表情を眺めながら、既にいるかもしれない来年入学組を探す。顔は覚えているけど……サクラバクシンオーはいない。残念。

 

 

「はっ、はっ、あ、ぁっ……」

 

 

 もちろんいない方が正しくはあるけど、あっあそこにいるのは確かチェックしてたウマ娘だ。声は……まああんなに遠くまで行くのが面倒だからなあ……スズカもいるし。

 

 

「ああっ……と、トレーナーさ、ゆる、ゆるして、お願いします、お願いします……っ」

「日差しが気持ちいいねえスズカ?」

「そんなこと、い、言ってる場合じゃ……っ」

 

 

 苦しむスズカ。まだ半周ほどだというのに何度も何度も追い抜かれたスズカの闘志には完全に火が点いてしまっている。もちろん走り出そうとしてできる重さではないので反射で駆け出そうとしては躓くことを繰り返すのみ。

 

 

「お、おかしいっ、トレーナーさん、こんなのおかしいですっ」

「おかしくないわよ」

「だって、だってだって、こんなっ……」

「抜かされちゃうね……あっあの子速いね」

「ああぁぁぁ……」

 

 

 また追い抜かれ、スズカは前屈みになって前を睨むほどになってしまった。行き場のない闘争心に体が負けかけている。変な鳴き声を漏らしつつ、自分を抜かしていくウマ娘達を目で追っている。

 

 

「トレーナーさん……これ以上は本当にむりです、がまん、がまんできない……っ」

「できるでしょ? そのためのシューズよ」

「か、関係無いです、こんなの、こんなのひどい……っ」

「まだ一周もしてないけど」

「そうじゃないです、先頭、先頭が……」

 

 

 重症中毒患者スズカ。まだまだ時間は続くのに、既に限界寸前といった様子で胸辺りを強く押さえている。スペシャルウィークも後々地獄のトレーニングをするはめになるのよ。まあ、先輩の奢り(私のカード) で毎日パクパク行く彼女もなかなかどうかしているような気もするけど。

 

 

「は、走、走り……走る、走るっ……」

「ヤバそう」

 

 

 スズカが言語を失い始めた。ランニング禁より堪えている気もする。ちょっとやり過ぎたかな……目に涙がいっぱいに溜まって、それでも健気に一応進もうとしているあたり必死に闘争心と戦っているのが解る。

 

 

「ううん、でも……ぅ、あぁっ行かないで……ぁ、だ、だめ、もうだめ、トレーナーさん、もうだめですっ」

 

 

 それでも抜かされると反応してしまうのか、ついにスズカが私を内ラチにドンしてのし掛かってきた。果てしない威圧感がある。あのジャパンカップや、望まぬ走りをさせられ続けて挑んだ神戸新聞杯にも等しい熱がぶつかってきた。

 

 

「走ります、も、絶対に走ります……ごめんなさいトレーナーさん、反省は、反省するので、は、走らせて……っ、もう、むりです、わたし、わたし……っ」

「あっ待ってここで泣くのはやめて死んじゃう死んじゃう私死んじゃう」

 

 

 スズカを泣かせたのを見られたら社会的に死ぬ……というのもあるけど、そもそも可愛い愛バに泣かれると弱いのだ。彼女は滅多に泣かないのでなおさら。走ること以外で感情が大きく動かないので、悲しくなって泣くというのもほとんど見ない。

 

 だからこそ、上目遣いで胸に縋って泣かれると、これ以上は可哀想だし走らせてあげよう、なんて思ってしまう。

 

 

「……反省した?」

「……っ! ……っ!」

 

 コクコク。

 

 

「もうスペちゃんを太らせたりしない?」

「断食させます……っ」

「いやそこまでしなくて良いけど……しょうがない、ちょっとだけ走っても良いよ」

「…………っ!」

 

 パアァッ。

 

 

 スズカ百面相の後、彼女はすぐにレジャーシートに戻っていく。決めたお仕置きの半分もできないなんて、私ってば甘過ぎる……もちろんスズカ第一だし、調整に失敗した私が悪いんだけど。

 

 うきうきでシューズを履き替え、ストレッチを始めるスズカ。頑張ったし、しばらく走らせてあげよう。そう思ってターフに出ようとする彼女を手を振って見送ろうとした、その時。

 

 

「あ! おーいスズカさーん!」

「フクキタル……!? 今だめ! フクキタル! ハウス!」

「フクキタル……?」

 

 

 マチカネフクキタルが大きなダルマを持って駆け寄ってきてしまった。ヤバい。今のスズカはバーサーカーだ。しかし私の警告虚しく彼女は持っているダルマを差し出し、いつも通りの満面の笑みで語る。

 

 

「今日の運勢はスーパー大大大吉でした! なので、スズカさんに幸運のお裾分けです! これ、今日のスズカさんのラッキーアイテムです!」

「…………フクキタル」

「はい!」

「…………併走」

「え」

 

 

 あーあ。もう私しーらない。フクキタルも弱い訳じゃないんだけどね……自分の運勢が良いと相手のことなんて目に入らないから、今のスズカから溢れる魔王のオーラが解らないんだろう。少なくとも現在のフクキタルは、自分が至高の存在なので皆を導こうとする宗教家みたいなメンタルになってるから。

 

 

「良いですけど、あのっ、なんで手を引っ張るんです!?」

「早く……っ、良いから……」

「うわっとっとっ……ま、まあ良いでしょう! 今の私にそう簡単に勝てると思わないことです!」

 

 

 そうしてターフに走る二人を、私は笑顔で見送った。他のレーンを使うときは、迷惑をかけないようにね。

 

 …………なお十分後、フクキタルにハナ差で差されたスズカがへにょへにょになって帰ってきた。うんうん。それもまた現実だね。




フクキタル is GOD.

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