走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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完全復活したサイレンススズカ

 

「ふー……もう一本行くわよ」

「待った。今日は少しだけ余裕残しておいて」

「何かあるの?」

「まあ、もしかしたらだけど」

 

 

 三月も迫って来たある日。今日はブルボンがおらず、必然的にスカーレットにマンツーマンになっている。ダッシュをひたすら繰り返させていたところを止めて、飲み物を渡す。

 

 

「スズカとブルボンが病院に行ってるのよ」

「まあそれは聞いたけど」

「それが、お医者さんに全治の判定を貰いに行ってるのよ」

「へえ……治ったの? 良かったわ」

「うん」

 

 

 本当は三月に入ってから検査をするという話だったのだけど、スズカが待ちきれず病院に行くと強く主張した。トレーナーの間でちょっとした会議があったりして付いていけないと言ったのだけど、それでもいいから一日でも早く許可を貰いたいと。

 

 確かに最近はスズカに怪我率が出ていない。これまでは脚を使わせようとすると多少なりとも出ていたから、お医者様からも言われている制限は守らせていたけど。私の目ではもう平気になっている以上、お医者様が良いと言えばまったく問題は無い。だからこそ、二人で行かせたのだ。走って帰ってきても良いよ、と。

 

 

「でも凄いわよね。骨折明けなのにスズカ先輩、平気そうにしてる」

「スズカだからね……走ることに関しては天才だから」

 

 

 少しはイップスを心配していなかったわけでもない。長らく走っていないわけだし、私は現場は見ていなかったけど、走っている間に怪我で倒れてしまったのは事実なんだし。トラウマとかあっても不思議じゃない。本当ならね。

 

 でも流石はスズカというか、行きはちょうど病院に行く用事のあった友達に相乗りする形で向かい、許可を貰えたらそのまま走って帰ると言い切った。許可を貰えなかったらどうするのかと聞く前に電話を切られたけど、マジでどうするつもりなんだろう。治っている自信でもあるのだろうか。あるんだろうな。勘の良い……子か? 本当に。

 

 

「文武両道のお手本みたいな人じゃない。私もバレンタインに聞いてビックリしたのよ。ブルボン先輩も」

「ブルボンは決められたことをする範囲では天才だから」

「アンタの教え子天才ばっかりじゃない」

「でしょ」

 

 

 ふふっと笑いながら飲み物を突っ返してくるスカーレット。今日はスズカが帰ってきたら、ブルボンもスカーレットもご要望だった模擬レースをしようと思っている。もしやるならスペシャルウィークやグラスワンダーが来るとスズカは言っていたけど、本当に来るのかな。

 

 

「脚使っちゃいけないなら筋トレはどう? 今日はやる気があるんだけど」

「やめておいた方が良いよ。万が一にも全力を出せずにスズカに負けたら後悔しない?」

「……まあ、そりゃそうね。大人しくしとくわ」

 

 

 全力を出せたくらいでスズカには勝てないけど。でも、スカーレットの性質はまだ解らない。スカーレットがもし、特定条件で実力以上の力を出せる……マチカネフクキタル型ならばそのうちチャンスは巡ってくるかもしれない。もちろんエアグルーヴ型では厳しいけど。

 

 

「ちなみにトレーナー」

「ん?」

「もし私とスズカ先輩がやったら、どうなると思う?」

「大差でスズカ」

「即答……ブルボン先輩なら?」

「2200までなら大差。そこからは伸びれば伸びるほど近付くかもね」

「……スペシャルウィーク先輩なら?」

「スペシャルウィークを知ってる……そりゃ知ってるか」

 

 

 同室のバカがダービーにうるさいのよ、とスカーレットは言った。さあ、どうだろうね。スズカが勝つのは間違いないし、そうそう僅差にはならないとは思う。ただ、大差を付けられるかはまた違う話だ。スペシャルウィークの力は私も掴みかねている。

 

 

「勝つのはスズカよ。でもどうかしらね。大差ではないかもしれないわ」

「ふーん……ねえ、次のダービーはブルボン先輩、勝てると思う?」

「勝てるでしょうね」

「……じゃあ、私とウオッカが二人でやったらどうなる? 最初に挨拶についてきてもらった子」

「……うーん」

「……なるほどね」

 

 

 

 ウオッカの能力、いまいち覚えてないからなあ。スカーレットより強かったような気がしないでもないけど。同程度の子達がやれば、レースや展開で当然変わってくる。二人が戦うであろうマイル中距離ならなおさら。できればぶつかりたくはないわね。

 

 

「……電話鳴ってるわよ。あと、飲み物ちょうだい」

「え、ああ、ごめん」

 

 

 何か考えながら空を見上げるスカーレット。電話はスズカから……ではなく、病院からだった。出てみると看護師さんの名乗りの後、すぐにいつもの落ち着いたトーン。

 

 

『マスター、ブルボンです』

「ああ、ブルボン。どうしたの」

『先ほど診察が終わりました。スズカさんですが、全治の判定を受けました』

「それは良かった。それで、スズカは?」

『診察後待合室にて待機していたのですが、バッドステータスを受けたため私の判断で先に帰っていただきました』

「バッドステータスとは?」

『読み上げられる全ての名前に反応する、外を見て息を荒くする、貧乏揺すりを繰り返す、などです』

「……ごめんね、ブルボン」

『いえ』

 

 

 まあ、まあ。今日は怒らないでいてあげよう。多かれ少なかれ怪我明けのウマ娘なんてそんなものだ。特にスズカは走れるか走れないかの瀬戸際から復帰したわけで、喜びもひとしおだろう。ブルボン相手にしか迷惑をかけていないならまだ良い。

 

 

「じゃあブルボンも帰っておいで。待ってるわ」

『はい。では』

 

 

 まったくスズカは。明日からはまた走りたいスズカを止める日々が始まるのかと思うと、なんかこう、考えるところもある。何だかんだ言って普通に面倒だし。

 

 それはともかくスカーレットのところに戻って、レースの準備を指示しようとすると、その前に座り込んでこちらを見上げるスカーレットに笑われた。

 

 

「スズカ先輩、走れるようになったのね」

「電話の声が聞こえてるの? 流石ウマ娘……」

「そのだらしない顔何とかしたら?」

 

 

 ……しまった。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「おめでとうございます、スズカさん!」

「ええ、ありがとうスぺちゃん。あの、スぺちゃんからもトレーナーさんに言ってくれない? 放してって」

「嫌です! じゃあアップしてきます!」

「フクキタル……」

「ありがたや……!」

「拝まないで……?」

 

 

 その後。スズカは満面の笑みで走って帰って来た。スペシャルウィーク、グラスワンダー、そして話を聞きつけたマチカネフクキタルが幸せを分けてもらおうと合流してきた。

 

 ブルボンも少し遅れて帰ってきて、スズカを除くみんなでアップをし始めた。それを見ながら、私は人間みたいにとっても遅く走るスズカの手首を縛って持っている。

 

 

「トレーナーさん……」

「ダメ」

 

 

 最初はスズカも一緒にアップをしようかと思っていたけど、血走った眼をしているスズカを見てやめた。ちょっと制御できそうにない。スタートの時間になってもあと五分……と言い続けるのが目に見えている。ここまで走って来たから準備運動もいらないだろうし、むしろヤバい時のスズカをスカーレットに見せつけることもできる。

 

 

「は、はし、はしはし」

 

 

 言語に異常が見られてきた。これから走れるっていうのに我慢の利かない子ね。でも、そうそう、こんな感じ。思い出してきたような気がするわ。

 

 

「トレーナーさん、一周、一周で良いから放してください、死んじゃいますっ」

「死なない死なない」

「あ、あああ、だめ、もうだめ、本当にだめです、私何するか解らないですよ……!」

「頑張れ頑張れ。もう少しで走れるわよー」

 

 

 後ろをゆっくり追いながら、びゅんびゅんに振り回される尻尾にぶつからないようにスズカを宥める。実際にもう少しなのだ。今、最後のブルボンがアップを終えて、ストレッチの最後に首を回して、終わった。

 

 

「はい、戻るわよスズかかかか」

「はやく、はやく……っ」

 

 

 痛い痛い痛い痛い!!!! 死ぬ!!! やばいやばい!!! ひきずられっ、ぐぐぐがががががが!!!! 

 

 

「トレーナーさん、はやく、はやくスタートしてください、はやくはやくはやく!」

 

 

 ブルボンが手を振って合図をした瞬間、コースの中心を突っ切ってスタート位置へ戻るスズカ。これまでの様子でもまだ必死に我慢していたんだなあと解るほど豹変して、物凄いスピードで走り出した。ギリギリ人間の速度ではあったけど、それでも私がついていける速度ではなく、ほとんど引きずられるようにして戻る羽目になった。地面が土で良かった。アスファルトだったら死んでいた。

 

 

「いたた……じゃ、じゃあスズカ、枠は……」

「何でも良いです! 大外でも!」

「じゃあ世代の順に外からで……」

 

 

 その場で足踏みをしながら一応スタートは守るつもりのスズカ。世代と脚質を考え、内からドン引きのスカーレット、スズカが荒れていれば荒れているほど強くなるとウキウキのブルボン、微笑ましそうに見るスペシャルウィーク、集中しているあまり目を閉じて深呼吸を繰り返すグラスワンダー、そしてスズカ、こちらもやる気十分のマチカネフクキタル。

 

 並んでからは早くスタートしないとスズカが壊れてしまうので、並ばせながらブルボンとスカーレットに指示を出す。

 

 

「ブルボンはもう実戦目標に入るわ。ハロン12秒目標。最終タイムも2分フラットを目指して」

「承知しました」

「スカーレットは勝ちに行きたいなら自分の好きに走りなさい。強さを思い知りたいなら最初から最後までスズカについていくこと」

「……上等じゃない」

 

 

 全員が並ぶ。スタート用のフラッグを持って、打った頭を押さえながら大声を張り上げる。

 

 

「よーい」

 

 

「スタート!」

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 今日、スズカさんが怪我から完全復帰するそうです。正確には今日の診察で恐らく許可が下りるだろうとのこと。

 

 せっかく走れるようになるのだし、せっかくだから一緒にどう? と言うスズカさんの提案を快諾したのは良いんですけど、少し心配なところもありました。

 

 

 だって、もう半年近く走っていないわけです。この前一応ゆっくりなら走れるようになったらしいですけど、トレーナーさんが心配症で走らせてくれなくて、と嬉しそうに話していたのを覚えています。今日から全力が出せますよ、で出せるなら、リハビリなんか必要無いわけで。

 

 

 グラスちゃんは「スズカ先輩と競うのに心配などする立場ではありません」と言っていたけど、それでも少し心配なまま模擬レースに赴きました。

 

 そして、私の心配なんて完全に余計だったと思い直しました。

 

 

 怪我明けなんてとんでもない。昨日まで過酷な特訓でもしてたんじゃないかってくらい本調子に見えます。流石にトレーナーさんを引きずるのは初めてだと思いますけど、殺気すら感じる気迫からはブランクなど感じません。私もスズカさんのことを考えるのはやめました。

 

 

「スタート!」

 

 

 フラッグが降りると同時に、両脇から三人が吹っ飛ばして行きました。右からブルボンさんと、新しく加入したらしいダイワスカーレットさん。左からスズカさんです。たった六人とは言え外からぐんぐんと伸びていくスズカさんに付かず離れず、それだけでもかなり体力を削られます。

 

 

 グラスちゃんは私より少し前。先頭を走るスズカさん、その真後ろのスカーレットさん、その少し後ろのブルボンさんのさらに少し後ろ、スズカさんとギリギリ存在を感じ合えるような位置です。普段とは逆に、私がグラスちゃんの真後ろを走る状態。後ろから、フクキタル先輩が迫ってきています。

 

 

 二コーナーを回り、スズカさんと他の差は開く一方です。何が病み上がりなんでしょう。ダービー前、スズカさんと何度も走ったあの時よりもさらに絶望感がのしかかります。こんなところで位置を上げるわけにはいかない、だけど、上げなければ届かないという選択を迫られ、グラスちゃんの外まで気が急いていきます。

 

 後ろとの差が開いていくのを感じます。流石フクキタル先輩、私達よりもスズカさんと走ったことがあるだけあります。落ち着いている。前では三コーナー、ブルボンさんが二番手に上がっています。というより、スカーレットさんが流石に落ちてきた? 

 

 

「……スゥー……」

 

 

 私達もコーナーに入り、ここからが勝負。既に四コーナーにも入っているスズカさんをめがけて、ここから一度も呼吸をしない、それくらいいっぱいに空気を取り込む。寒空に、隣のグラスちゃんの煙みたいな息が噴き出した。スカーレットさんの真隣はグラスちゃんが行く、だから私はその少し後ろ、外を回って懸命に地面を蹴る。

 

 

(スズカさん────ッッッ!!)

 

 

 ここで復帰するということは、大阪杯から私達の前に立ちはだかってくるかもしれない。スズカさんのトレーナーさんは中距離路線はスズカさんが攫うと言ったけど、そんなことさせない。必ず勝つ。勝ちたい、のに。

 

 

「────ッッ!」

 

 

 歯を食い縛って、自分がどんどん最高速度に近付いていく。正直まだ少し仕掛けるのが早い。私の全力はそう長くは続かない。グラスちゃんもそのはずだ。最後までこれを維持できるかは怪しいけど、それでもスパートをかけて、ブルボンさんには手のかかるところまで来ている。ブルボンさんはここからは伸びない。最終直線半ばで届く。でも。

 

 

(速い……! スズカさん、そんな……!)

 

 

 スズカさんが落ちない。私達が伸びてもスズカさんに届かない。逃げてなお最終直線でさらに伸びる脚が、戻って来た。異次元の逃亡者と言われたイカれた末脚で、まったく差が詰まっている気がしない。

 

 グラスちゃんとほとんど並んで、彼女の苦しそうな顔を見れば私もどうなっているかはすぐに解る。差し脚に大した差は無い。二人並んで、このまま我慢比べだ。でも、スズカさんには届かない。そのまま大きく突き放されなくても、届くことは無い。

 

 

「ふおおおおお!!!!」

 

 

 後ろから物凄い勢いでフクキタル先輩が来ている。ほとんど変わらない私達を抜き、スズカ先輩にも迫っている。あと100、200あれば届くような勢いで追い上げている、けど。

 

 

 ピッ、と、スズカさんがゴールした笛の合図が聞こえた。

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