走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
『全国のウマ娘レースファンのみなさん、お待たせいたしました! 本日のメインレースと言っても過言ではないでしょう! クラシック三冠、皐月賞の椅子取りレース! 若葉、弥生に続き、春の切符を競い走ります、スプリングステークスがまもなく開幕致します!』
ブルボンのスプリングステークスの日がやって来た。
2000mである弥生賞、若葉ステークスではなくスプリングステークスを選んだのは予定通り。今のブルボンならスタミナはむしろ過剰と言ってもいい。むしろ、ブルボンの主戦場であろう中距離には短いのが不安なくらいだ。
「体調に問題は無さそうね」
「はい。心身ともに良好です。最高のパフォーマンスをお見せできるかと」
その控え室。チームエルナトは全員揃ってブルボンを……と言ってもスカーレットはレース場控え室の感じに少し舞い上がっているような気はするし、スズカは机に突っ伏しているけど、ブルボンを送り出しに来ている。
「うん。実力を押し付ければ勝てるわ。落ち着いて、既定タイム通りに」
「承知しました。ハロン12秒から12.5秒を設定。その通りに」
ブルボンの仕上がりも素晴らしい。もちろん、多少不調なくらいで負けるような鍛え方はしていないけど。パドックも見ていたが、少なくとも現状ブルボンの敵になるようなウマ娘はいない。
一応朝日杯で掛かってしまったのと、結局マイルまでのウマ娘だと思われているのか何故か二番人気にはなってしまったものの、それでも、以前のブルボンを考えれば物凄いことだ。この子は本来、1400でバテるスタミナだったのだから。
「ここを取って無敗で三冠に行くわよ」
「……無敗で」
「当たり前でしょ」
今日はG2ということで体操服のブルボンの肩を叩く。朝日杯でついた自信が活きている。言葉の通り心身ともに良好……つまり、緊張はしていない。それならまあ大丈夫か。
「ところで」
「うん?」
と、ブルボンは控え室の机で突っ伏して悶えるスズカを指差す。
「スズカさんは何を?」
「あ、やっぱブルボン先輩も気になるんですね。私本当にいつ言ったら良いかと悩んでたんですよ」
「いつもの病気よ」
「は?」
「なるほど」
「なるほどじゃないんですけど?」
大阪杯は来週だ。よって、スズカはいつも通りランニング禁止期間に入っている。まだ二日目だけど、少し前まで自由に走れたことからの反動は大きいんだろう。
走りたい欲と我慢しなければという使命感、しかし後輩の応援をしたいという情動がスズカを襲っているに違いない。良い子なのか良い子でもないのか解らないなこの子も。
「スズカ先輩、ほら、一言くらい言った方が良いですよ。もう時間ですし」
「うう……が、頑張ってブルボンさん……応援してるから……」
「ありがとうございます。スズカさんより一足早く、先頭の景色を見てきます」
「うわーっ」
「どうして火に油を注いだの、今」
ふふん、としたり顔で冗談ですと告げるブルボン。遊んでるなあ。まあリラックスできたようで何よりだ。それが一番大切だからね。
「では、行ってきます、マスター。結果をお待ちください」
「ん。頑張れ、ブルボン」
────
『さあ、各ウマ娘が次々とゲートに収まります。注目は三番人気、スプリントの新星がまさかのクラシック路線に殴り込み、サクラバクシンオー。圧倒的なスピードは他の追随を許さないものがあります。そして同じくスプリント路線と思われた二番人気ミホノブルボンも宣言通りクラシックに来て参ります。朝日杯で見せた実力は十分、重バ場が響いてくるかどうか。そして堂々一番人気──』
ブルボンの枠番は一枠一番。圧倒的有利と言っても良い。同じく逃げをとってきそうなのはサクラバクシンオーくらいか。なんであの子ここにいるんだろう。まさか本気でスプリント以外の道にも進むつもり? 彼女のスタミナもそうだし、距離適性もそうだが長距離……いや、中距離すら不可能と言っても良い。マイルすら万全ではない。それはブルボンも同じことだが、それでもブルボンには今の時点で2000を走り切るだけのスタミナがある。多少の不利は何とでもなる。
「ブルボン先輩、今回はどうなの?」
「勝てるでしょう。不安材料はサクラバクシンオーだったけど、それもさっき見て確信したわ。ブルボンの敵にはならない」
逆に、スプリント勝負をすればブルボンが相手にならなくなる。二人の差は歴然だ。特にサクラバクシンオーのスピードは脅威以外の何物でもない。やはり根が真面目なのかメモ帳を持ったまま話を聞こうとするスカーレットに、せっかくなので話しておくことにする。
「ブルボンにとって不利なのは他の逃げウマ娘だけと言っても良いわ。それも、ハナを奪ってくるスズカのようなタイプ。万が一にでもブルボンが掛かってしまえば並のウマ娘とそう変わったものじゃないし。もちろんそうならないように練習はしてきているけど、結局スズカとの併走も数はこなせなかった」
「それがサクラバクシンオー先輩だったってこと?」
「まあね。あの子は逃げから先行寄りの走りをするでしょうし、だったらブルボンより前に出ることはそうそう無いでしょう。もちろんバ場が良くないから前には出ようとするでしょうけど、ブルボンの方が内だからね」
控えて走る選択肢がある子は控えて走る方に行きがち、というのは感覚的なものだ。特にジュニアも終わって間もない段階で、しかも岡目八目な私達と違って当事者が、計算してわざわざ競り合う選択をとるかというところ。
「仮に競り合ってもブルボンの方がスタミナもパワーもあるから負けることは無いし、ブルボンもある程度は自制して走れる。サクラバクシンオーは必ず沈むから構う必要は無いわ」
最後に大外の子がゲートに入るのをモニターで見届ける。ブルボンの勝利条件は出遅れ、掛かり無し。リラックス状態で集中力もある今のブルボンなら問題は無い。流石に表情までは見えないが、内枠のブルボンは落ち着いていると思う。
『スタートしました!』
始まった。まず前に出るのはやはりブルボン。素晴らしいスタートダッシュね。二番手にサクラバクシンオーか。少し走ってコーナーにかかっても抜いてくる様子は無い。逃げとはいえ無理に前に出ない選択肢を選んだか、あるいはスタミナ不足を理解したうえで抑えているか。
「どう? スズカ」
「うーんと……うぅ、気持ちよさそう……」
悶えつつもレースは見るスズカもこう言ってるし。単騎逃げが成立した時点でスズカもブルボンも勝ちみたいなものだ。居場所を変えて私の隣に座るスズカを撫でて宥めつつ、じっと集中するスカーレットにはこれ以上何も言わないようにしておく。
『さあミホノブルボン飛ばしていきますリードが一バ身から二バ身と言ったところ、続いてサクラバクシンオーが控えております』
「頑張れ……頑張れ……」
そこまでの大逃げではないとはいえ抜かれる気配の無い後輩にスズカも気持ち安心している。少しぽわぽわしている感じもするが概ね真面目な顔で応援までしている。可愛いねえスズカ……
レースは特に変化無く進み、ブルボン先頭、次いでサクラバクシンオーのまま進む。最終コーナーまで入ってもなお変わらず、三番手以下は団子状態。このまま押し切って勝ちだろう。文字通りレベルが違う。
「流石ブルボン。良かった良かった。これで無敗三冠でしょう」
「無敗三冠……そんな簡単に言っても良いわけ?」
「少なくとも皐月とダービーで負けるとは思えないし。菊花賞も今のところ怖いウマ娘はいないかな」
もちろん、あの中……あるいは私達が知らないところから、マチカネフクキタルみたいなのが来なければだけど。でもああいうのは突然変異みたいなものだし、そうそう簡単には出てこない。グラスワンダーやスペシャルウィークはその素質がありそうだけど、でもスズカには勝てない。つまりそういうことだ。出力が違う。私、本当に一生マチカネフクキタルに怯えてないか?
レースはそのままブルボンが押し切り圧勝。最終コーナーまで縋って来たサクラバクシンオーは予想通り大きく沈んでいった。いる場所が違うんでしょうあの子とは。精々別路線で無双することね。私もそっちには絶対に行かせないから。お互い棲み分けをしましょう。
────―
「ただいま帰りました、マスター。一着、達成しました」
「うん、お疲れ。素晴らしい走りだったわ」
「おめでとうございます!」
「おめでとう、ブルボンさん」
「ありがとうございます」
帰って来たブルボンを迎え入れ、タオルで泥を拭き取る。髪も少しだけど絞って、風邪をひかないように上着をかけておく。
スズカとスカーレットにも祝福されてはいるが、特段誇らしげにもしていないブルボン。それで良いのよ。勝って当然という気持ちで行きましょう。スズカを見なさい。来週復帰G1なのに全く心配していない。
「反省点は?」
「自己評価S。ラップタイムの誤差も許容範囲内です。スパートも含め、完璧なレースであったと自負しています」
「よし。偉いねブルボン。次も勝つわよ」
「……はい」
どうせこの後シャワーを浴びるので、ぐしゃぐしゃに頭を撫でる。しっかり出来が良かったと自負できるのは素晴らしいことだ。少し首を引っ込めながらされるがままのブルボン。次は皐月賞がすぐだ。この調子で行きたい。もちろん私からすれば、始まる前から結果が解っているような、そんな感じだけど。
「スズカさん。走ってきました」
「……むむ。なんですかブルボンさん。挑発ですか? そう簡単に乗ると思ったら大間違いですよ」
「いっつも簡単に乗るでしょ」
「うるさいでーす」
「やり取りが子供の喧嘩なのよね」
私とブルボンを恨めし気に見るスズカ。別に来週走れるんだから良いじゃない、とは思うけど、それが耐えられないからスズカなのだ。ブルボンも少し微笑んでいるし、完全に面白半分で煽っている。煽り耐性ゼロのスズカもそれに対してぐぬぬと頬を膨らませながら、つん、と椅子の上で私の方を睨み出した。
「……ブルボンさん、七バ身くらいつけてましたよね」
「そうね」
「……大差付けますから。見ていてください。勝ったらそんな風に私も撫でてください」
「……良いけど」
執念が溜まり始めたスズカを見ながら、スカーレットが震えていた。私? 私はもちろん適当に話していただけだ。スズカが、レース前に決めた目標をレース中に覚えていられるはずがない。それができたらスズカじゃないし、それでも勝つからこそのサイレンススズカなのだ。
「楽しみにしています」
今日の勝者はそう言って、頭の私の手を上から押さえた。