走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「それではよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
三月二十五日、木曜日。本日はマスターとともに、都内のテレビ局へ来ています。スプリングステークスに勝利し、クラシックレースである皐月賞への出走を確定させた私に取材の申し入れがありました。
マスター曰く、クラシックレースに優先出走権と共に挑むウマ娘はほぼ例外なくこのような取材を受けるそうです。もちろんスズカさんの際はマスターは担当ではなかったうえそもそもそのステージに居ませんでしたから、実際に受けるのは初めてとのことですが。
会議室に通され、マスターと待機すること数分。記者の方が数人訪れ、良ければ、とマスターに席を外すように要請しました。
「何か不都合なことが?」
「いえ、是非トレーナーさんとのことも聞きたいので、そういうのは面と向かっては嫌がる方もいらっしゃるんですよ。もちろんレースの展望や仕上がりはトレーナーさんにもお聞きしたいので、少しの間出ていただくだけでも良いんです。お願いできませんか」
マスターの感情を分析、ステータス、『警戒』。よくエルナトに訪れる記者とは違う方ですし、この取材は雑誌ではなくテレビのものです。見知らぬ方への警戒は当然でしょう。前日準備でもマスターは、『いつもの雑誌の人なら何言っても大丈夫なんだけどなあ』と話していました。
「……ブルボン、大丈夫? ちゃんと受け答えできる?」
「はい。お任せください」
オーダー通りに、ではあらぬ誤解を招きますので言葉を切ります。元々インタビューに対する受け答えはマスターと事前準備を終えています。軽く肩を叩くマスターを一礼で見送り、インタビュアーに向き直りました。
「ではよろしくお願いします。ミホノブルボンです」
「あ、はい。緊張しなくても大丈夫ですからね。簡単に答えてくれれば大丈夫だから」
……失敗。少し笑われています。自己紹介は不要だったでしょうか。マスターに確認するべきでした。
「まずなんですけど、ミホノブルボンさんがクラシック路線に進んだというのはブルボンさん自身の希望というのは本当?」
「はい。私の強い要望によるものです。幼い頃より三冠ウマ娘に憧れていました」
インタビューのマスターとの約束、その一。全ての受け答えにおいて、他者のオーダーや意志が介入しているという受け答えをしてはならない。私のみならず、マスターやお父さんに対しての邪推が生まれる可能性がある、とのことです。お父さんの話は出さず、あくまで私の意志であるということを前面に出して答えます。
「なるほど。ではスプリント路線は完全に捨てるということでしょうか? 一部には、三冠に進むこととは別に、スプリントでのミホノブルボンも見てみたい、との声もありますが」
「勘案中です。ただし、メインとなる路線はクラシック三冠から王道中長距離となります」
その二、ある一部の質問については勘案中として明言を避けるというもの。それは、スプリント路線を並行するかどうか、クラシック三冠が取れなければ転換するか、そして、スズカさんに当たったならどうするか、の三つです。
これらについて、私とマスターの中では揺るぎの無い回答はあります。スプリント路線には進まない、クラシック三冠が取れないなどあり得ないし取れなくても転換はしない、スズカさんと当たるレースはスズカさんが避ける、ということです。ですが、理由を説明することが難しい場合もありますし、説明したところで逃げたと受け止められるのは不名誉です。現実に逃げてはいますが。
スプリント路線を進むであろうバクシンオーさんを、マスターは大いに高く評価しているようです。ぶつかれば勝てないと言われました。なるほど、マスターがそう言うならそうなのでしょう。訂正するつもりもありませんし、事実、バクシンオーさんと共に走ると最高速度の差は感じます。短い距離であれば最強、とマスターが言うのも間違いではないでしょう。
……それはそれとして、そう言われると何か未知の感情に襲われます。マスターの担当は私とスズカさん、スカーレットさんであり、二番目が私です。スズカさんはともかく、マスターの中での序列が、バクシンオーさんの方が上なのではと思うことも、
「ブルボンさん?」
「はい」
「……その、何か不快なことでも?」
「いえ……失礼しました」
無意識に耳を絞ってしまっていたようです。手で直しておきます。今はインタビュー中ですし、できるだけ感情はニュートラルでなければ。
「質問を続けてください」
「はあ……では、警戒すべきウマ娘等いますでしょうか?」
「当然全てのウマ娘です。ですが、私は挑戦をする立場であるため、特定のウマ娘を警戒していることはありません」
「取り立てて挙げることは可能ですか?」
「不可能です。逃げという作戦をとる以上全員から追われるのは確定事項です」
いくつかの質問の後、今度はかなりプライベートなことが聞かれ始めました。普段の友人との関係や、成績についてなど。こちらの質問はマスターも予測が面倒として自由に答えていいとのことでしたので、私自身の判断で受け答えを行います。
「トレーナーさんのことはどう思っていますか?」
「大切な方です。マスターのトレーニングにより、クラシック三冠に挑むだけの能力が身に付いたと認識していますし、その路線に進む許可を頂けただけでも幸運なことですので。関係性は良好です」
「何か不満とかあったりしますか? もちろん関係は良好ってことは前提で良いんですけど」
「……不満」
マスターに対する不満……マスターとの約束、その三、エルナト特有の関係性については口外しない、に抵触する可能性があります。であれば存在しない、と答えるのが正解でしょうか。それとも、換言して伝えるべきでしょうか。
「いえ、特筆すべき不満はありません。今の関係性に満足しています」
マスターが突然路線を変更すると言っても、恐らく私は交渉を始めるでしょう。契約を切ることはしません。特別メニューを頻繁にしていただけなくなったのは不満ではありますが、あのトレーニングは特殊なものなので口外はできません。秘密です。
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しばらく待って、私も合流していくつか質問に答えてその日は解放となった。まあ簡単だったわね。スズカと違ってブルボンはある程度自己判断でインタビューに答えることができるのが良い。これがスズカだったら私は退席していなかった。
取材そのものは結構簡単というか、変に詰められたり悪意のあるものは少なかったように思える。まあ、負けたらどうする系の質問はちょっとかちんと来たけど、それについては勝ちを確信して走らせてる私が異常なだけで普通は考えるべきことだ。にしても本人の前で言うかねとは思うけど。
テレビの取材だからちょっとビビってたけど、これなら大丈夫そうだ。生放送ならともかくテレビ出演も考えてもいいかもしれない。ブルボンならそうそう問題にはならないだろう。これがスズカなら……もうやめとくか。
私が部屋に戻った時の空気もそこそこ和やかだったし、うまくできたブルボンをねぎらう。おやつ代わりに貰ったカップケーキの一つを食べるブルボンを横に置いて二人でトレセンに帰り、この後はすぐにトレーニングだから、と伝えながらエルナトの部屋に入る、と。
「スカーレットさん……」
「やめて……それ以上アタシに話しかけないで……助けてママ……」
地獄が広がっていた。
「やっぱ無理だったか」
「スカーレットさん、大丈夫ですか。ただいま戻りました」
「……っ、ば、ばか、なんてことさせんのよ……!」
「いや、スカーレットができるって……」
心配して駆け寄ったブルボンに思い切り抱き着くスカーレット。流石のブルボン、まったく体幹をぶらすことなくスカーレットを受け止めて、そのまま抱き上げていつもの席に座らせた。私が残したカップケーキをスカーレットにあげると、やり切ったと判断したのか着替えを始める。
さて。
「こらスズカ。何後輩を精神崩壊させてるの」
「何もしていません……ただ走らせてくださいと交渉をしただけで……」
「そんなことしたらダメでしょ」
ベッドにいるのはスカーレットを精神崩壊させてしまった元凶、エルナトのやべーやつサイレンススズカ。インタビューで名前が出た時はまるで伝説みたいな扱いを受けていたのに、同時進行で後輩を破壊してしまうとは恐れ入った。まあでもブルボンなら壊れなかったし、スカーレットが慣れていないだけな気もする。スペシャルウィークとかでも軽く受け流せるし、早く慣れていただきたいところだ。
そんなスズカは明後日の大阪杯に向けてランニング禁止期間に入っている。流石に今回の取材にスズカを連れて行ってもしょうがないので留守番をさせようと思ったわけだけど、スズカが我慢できるはずがない。そこで、両手両足を縛ったうえで、トイレや水分補給兼監視役としてスカーレットを隣に置いておいたのだ。
もちろんその、スズカは呟くように走らせてくれと言い続けるに決まっているので、スカーレットには荷が重いと後輩を呼ぼうとしていたのだけど……私を舐めてるの? とスカーレットが大きく出たので任せたのだ。案の定スカーレットもスズカにマトモに向き合ってしまったか、あるいは囁かれ続けて参ってしまったか。
「大丈夫、スカーレット。気持ちは強く持つのよ」
「なにあの人……どうかしてる……」
「スズカがどうかしてるのは何度も話してるでしょ」
「失礼です……私はただ走りたいだけです。交渉は自由って言ってましたよね」
「限度はあるでしょ。罰を与えるわよブルボン」
「了解しました」
「えっ」
先輩を擽り始めたブルボン。死んだ目でカップケーキを食べるスカーレットの背中を撫で、少しでも落ち着いてもらう。でもさ、スカーレットも悪いと思うな私。できるって意地張るから。無理だって。何言われても「ダメです」で答えられないと。まあそれができるのはブルボンか、スペシャルウィークか……エアグルーヴもできるか。それくらいよね正直。
甘いケーキに少し精神が回復したか、目に生気が戻って来た。スズカと二人きりにするのは危ないかもしれない。少なくとも極限状態のスズカはヤバい。今でこそ好きに擽られて息も絶え絶えで動けなくなっているが、イカレているのは間違いないのだから。
「落ち着いた?」
「うん……トレーナー、アタシ、その……パパとママに電話する……お礼を言わなきゃ……」
「なんで」
「ワガママ言ってごめんって……どんな気持ちか解ったの……」
中学生になんてこと自覚させてるのスズカ。
悟ってしまったスカーレットの完全回復にはまだ時間がかかりそうなので、走って気分を切り替えてもらおう。その前に、あまりにもスズカの評価が落ちているような気がしてそれは嫌なので、スカーレットの頭を撫でながらフォローも入れておく。
「スズカは変わってるけどさ、でもほら、明後日それだけじゃないってところ見せるから。嫌いにはならないであげてね」
絶対当事者の前で言うことじゃないけど、どうせスズカは聞いていないし。起こった事故を二度と起こさない覚悟を決めて、私もスズカを擽ることにした。