走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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後輩とごり押すサイレンススズカ

 

「トレーナーさーん」

「なに」

「走りたいです……」

「だめー」

 

 

 ある日。いつも通りスズカは走りたい病を発症して、ソファで私に擦り寄っていた。

 

 

「この間たくさん走ったでしょ」

「足りないです……毎日走らないと体を悪くします……」

「そんなわけないでしょ」

 

 

 大阪杯後、スズカはそれはもう走りに走った。ただでさえ溜まっていた欲求が、大阪杯大差勝ちで完全に火が付き、もはや私では止められないほどに暴走してしまっていた。当日はまあ自由に走らせたものの、次の日も同じように暴走していた。

 

 それでも何とか必死に説得して、少しでもいいから暗いうちに寝てほしい、ちゃんとシャワーは浴びてほしい、と頼んだところ、夕食を食べてから飛び出し、夜中の三時頃私のところに帰って来た。いくらスズカが諦められていて外泊届なんてあって無いようなものとは言えそれはどうなの。でも言わなかったらシャワーも浴びず朝帰って来たと考えると恐ろしい。

 

 

「脚がうずうずしちゃって……もう走らないと止められないと言ってます」

「止まらない、ならともかく止められないのはスズカのせいになってるじゃない」

「細かいことを言うと皴が増えますよ」

「やめて……」

 

 

 すーぐそういう煽り方をする。肩に頭を乗せて、つーんと体を伸ばしているのに言うことがえげつなさすぎる。相手の年齢を問わず女性にそんなこと言ってはいけません。

 

 

「走る走る走る……ほらトレーナーさん、いい天気ですよ。春先は暖かいし」

「春先って言うほど? もう四月になるのよ」

「新学期のお祝いに走ります」

「適当な理由付けね」

 

 

 それでも何とか待ってくれているあたりまだマシな方なのだろうか。言っていることはめちゃくちゃだけど。何とか我慢してもらうために頭を撫でて、ウマ耳を揉み解す。キャップを取っておこう。これが無ければそうそう勝手に行ったりはしないだろう。

 

 

「あっトレーナーさん……返して、返して……」

「やだー」

「あー……」

 

 

 手を伸ばして遠くにやる私を追いかけてくるスズカ。そのままのしかかられる。バタ足みたいに脚が動きソファを蹴り飛ばした。

 

 

「はあ……春の空気……」

「詩人みたいなこと言うじゃん」

「詩を読むので走ってきます」

「適当言い過ぎじゃん」

 

 

 スズカを捕まえて適当に流しながら二人を待つ。いつも通り、先にスカーレットが来た。どうしてかは知らないが、割とスカーレットは毎回先に来てここで着替える。もちろんチームの部屋で着替えるのも過ごすのも自由だけど、更衣室とか使ったら良いんじゃない? 

 

 

「お疲れ……何してるの?」

「スカーレットさん! トレーナーさんが走らせてくれないんです!」

「あ、ああ……あの……はい……そうですね……」

「こら。後輩を怯えさせないの」

「まだ何もしてない……と言うか何かしたこと無いですよね?」

「スズカの中ではね」

 

 

 でも見なさい、露骨に目を泳がせるスカーレットの姿を。可哀想とは思わないの? 思わないか。そんな殊勝な子じゃないわよね。どうして普段の優しさがこういうとき発揮されないのかしら。

 

 

「だって、スカーレットさんもブルボンさんも今日走るんですよね。なのにどうして私だけ走れないんですか。差別です」

「こんなの差別に入らないわよ。二人はトレーニングなんだからしょうがないでしょ」

「私もトレーニングしますー……二人と一緒に走るぅ……」

「隣で走れないくせに何言ってるの」

「へぅ」

 

 

 スズカが擦り付けてくるおでこを指で弾く。でもまあ、スズカとの併走の経験は非常に役には立つからやっていきたいとは思ってるんだけどね。特にブルボンは何よりも自分のペースで走ることが重要だから、構わずぶっ飛ばしていくスズカは、まあ。

 

 

「いやー……走りたいです……この際特別コースでも良いですから……」

「え? 特別コースやるの?」

「やらないやらない。スズカも適当言わないで。うちのチームおかしい子ばっかりなんだから乗り気になっちゃうでしょ」

「今特別コースを行うと聞きましたが」

「ほら変な子来た」

 

 

 最低のタイミングでブルボンが入って来た。流石はウマ娘、ドアくらい簡単に貫通する耳を持っている。目を気持ち輝かせてこっちに迫ってくるブルボンに対し、私はスズカの背中に隠れる。

 

 

「スズカが勝手に言ったことだから」

「……ではやらないのですか?」

「あーあ、トレーナーさんがブルボンさんをがっかりさせました」

「……がっかりしていません」

 

 

 しゅんとウマ耳をへにょらせて座ってしまったブルボン。適当を言ったスズカを否定しただけでがっかりされて私はどうしたら良いのよ。大体スズカが悪いじゃん。

 

 

「もうやる必要は無いって何度も言ってるでしょ、ブルボン。あなたは強いわ」

「……しかし」

「しかしじゃなくて」

 

 

 露骨にがっかりしてしまった。何て残酷なことを。スズカにも同じことをしてやるからね。走れると思いきや走れない、みたいな。

 

 がっかりブルボンを慰めつつ、いくつかあるブルボン向けのアンケートをやってもらう。クラシック路線はテレビ生出演からこういう細々した取材まで多くあると先輩やたづなさんも言っていたし、その通りたくさん来ている。URAとしてもこれを逃す手は無いとして結構強く推してくるし、結構忙しくさせてしまうかもしれない。

 

 

「マスター。こちらの質問ですが、正直に答えてよろしいですか?」

「あー……まあ、内容によるかな……」

「では後ほど検閲をお願いします」

「うん。あ、スズカもいくつか来てるからやろうね。ほらおいで。パソコンだから」

「ぅぁー」

 

 

 完全にやる気の無いスズカにマウスを握らせる。こっちはG1を複数取るようなレジェンド級のウマ娘が常時求められているようなインタビューで、質問を変え媒体を変え編集者を変え同じようなことが聞かれる。

 

 そういえば私の家にもそろそろまた新しいスズカの載った本が届くはずだ。徹底解剖的なやつが。ああいうののスズカは美化され過ぎているというか、勝利にどん欲な稀代の天才みたいな描かれ方をしているから好きではないんだけど。いつも思うが実物のスズカとメディアのスズカに差がありすぎるでしょ。

 

 

「好きなこと……走ること……趣味……走ること……」

「また、もう。こらスズカ。せめて言葉を変えなさいといつも言ってるでしょ」

「走らせてくれるなら考えます……もうスイッチが入っちゃって頭が回りません……」

「毎日入りっぱなしじゃん」

 

 

 言いながらもちゃんとやってくれるスズカを見守りつつ、途中からスズカから逃げるかのように会話に入らず勉強を始めたスカーレットも見ておく。こんなトレーニングまでの隙間時間にもちゃんと勉強をしている姿は本当に真面目で良い子なんだなあと。にしてはさっきの特別メニューの話には食い付いていたけど、スカーレットはお願いだからそっちに行かないで……? 

 

 

「トレーナーさん……レースの秘訣とか知らないですけど……」

「適当に書いとけば? 前回は何て書いたっけ」

「……さあ?」

「こんなんで勝てるのは尊敬するべきかしら、それとも蔑むべき?」

 

 

 前回は……あー……そうそう、自分の走りを崩さない、だったかな。我ながら良い答えだと思う。嘘は言っていないし、まるでちゃんとしているようにも聞こえる完璧な答えだ。実際その通りだし問題は無い。こういう言い方はあんまり良くないけど、あとは勝手に勘違いしてくれる。

 

 

「むむ……」

「そういえばマスター、報告が遅れましたが一つ」

「どしたの」

「明々後日、シンボリルドルフ会長と模擬レースを行います」

「おっ」

 

 

 アンケート用紙から頭を上げずにブルボンが言う。ついに使うのね、あのプラチナチケット。実力的にはナリタブライアンからの方が良いんじゃないかと思うけど、順番とかってどうやって決めてるんだろう。本人の話し合いなのか、シンボリルドルフが先だというのが決定事項だったのか。

 

 でもまあ、ちょうどいいというか、これに関してはどのタイミングにやっても特に効果が変わらないので大歓迎だ。でもまあ、ブルボンはスズカとの関係もそうだが、かなり挑戦者側のメンタルができている。そこだけ注意しないといけない。あくまで相手がシンボリルドルフだから負けたのであって、同世代には負けないというのは何度も言わないと。私が何度も説得して王者としての自覚を持たせないと、すぐ自分が下だと考えてしまうからね。

 

 

「良いんじゃない。頑張ろうね」

「はい。ですので明日、特別コースを実施しましょう」

「そういう流れかあ」

 

 

 こういう感じね。ブルボンは同世代最強と言って過言ではないし、距離も少なくともダービーまでは克服していると言っても過言ではない。菊花賞はまた次に考えることだ。そしてブルボン自身の走り方……つまり、一着を取れるように決められたペースを忠実に守り続け、余力でスパートをかけるという走り方。これもまた、自分が普通に走れば勝てると確信するチャンピオンのメンタルが必要だ。スズカみたいに。

 

 

「うー……」

 

 

 こうやってパソコンの画面を眺めて唸っているスズカだが、その点は数少ない、明確にブルボンがレースで見習うべき点だ。スズカは自分の実力を疑っていない。自分のスピードに自信があり、絶対に負けないと考えている。これは傲慢とも取られかねない思想ではあるが、実力が伴っているうえに周囲もそれを解っていて挑んでいる。よって何があろうとぶれないし、常にチャンピオンの自覚があるのだ。

 

 一方ブルボンはやはりスプリンターから努力で這い上がったという経験がある分、本来はできないことを成し遂げるという意志が強い。それをやめたら負けてしまうとでも思っているかのようにトレーニングに打ち込んでいる。だから、何も言わなければレースにもチャレンジャーとして挑む。それでは困るのだ。勝って当然と思ってもらわないと。

 

 

「それは、シンボリルドルフに勝ちたいからやるの? 皐月賞のためにやるの?」

「もちろん後者です。現実的に、今何かしたところでルドルフ会長に勝つことは不可能です」

「まあ、それはそうね……」

「ですので」

「皐月賞目的なら何もしなくても勝てるでしょ。わざわざ自分を追い込む必要は無いわ」

「マスター」

「そんな目をしてもダメなものはダメ」

「はっ……トレーナーさん……」

 

 

 ブルボンを真っ向から見つめ合う私の背中にスズカがくっついてきた。こいつめ、この勢いでブルボンと一緒に押し切ろうとしているな。走れないよりは、その形態を問わずとりあえず走るという強い意志を感じる。あすなろに抱き着いて耳元で囁いてくる。

 

 

「ほら、ブルボンさんもやりたいって言ってますよ? 良いじゃないですか。一日だけ、ね?」

「ダメ」

「トレーナーさん……ワガママ言っちゃダメですよ」

「マスター。お願いします」

「ダメってば」

「一回、一回だけですから。ね? ね? トレーナーさん……?」

「もーっ」

「何してんのアンタら」

 

 

 助けてスカーレット……私を骨抜きにするつもりよこの子達。ブルボンも便乗して私を挟み込みに来ている。愛バサンドイッチされてるって。だめだめ。

 

 

「愛バのお願いですよーっ。ほら、愛バー」

「あいばー」

「くっ」

「こんな大人にはなりたくないわね」

 

 

 やめろ、やめろ……! 卑怯よスズカ、可愛さで何でも押し切れると思ったら大間違いだし、ブルボンが変なこと覚えちゃうでしょ。絶対に認めないからね。

 

 

 その後もひたすら二人の攻撃に耐え、無事トレーニング開始の時間まで逃げ切った。大人を舐めてはいけないということよ。私の方が上手だったわね。

 

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