走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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黙らされるサイレンススズカ

 

 皐月賞も目前のある日。私達チーム・エルナトは、夜間ライトをつけてトラックにいた。

 

 ベンチに座る私とスズカ、スカーレットの前で、ブルボンがウォームアップ代わりに足踏みをしている。そして、遅れてやってきたシンボリルドルフが今、私達を見て、げっ、みたいな顔をしたところ。

 

 

「やあ、エルナト・トレーナー……何をしているか聞いても良いかな」

「スズカのことは気にしないで」

「すみませんルドルフ会長。うちのトレーナーは少し変わっていまして……」

 

 

 スカーレット? おかしいよね。この場で一番おかしいのはスズカじゃん。私はスズカを何とかしようと知恵を絞っただけで、決して私が根本的におかしいなんてことは無いんだけど。

 

 

「いや、ある程度はエアグルーヴにも聞いているからね。ただ、どうして彼女は手足を縛られ猿轡を嚙まされているのか聞いても良いかな」

「それはまあ……暴れ出さないように?」

「あなたは何を言っているんだ?」

「すみません会長、トレーナーはちょっと抜けてて……」

 

 だからさ。

 

 

 今日のメインイベントはあくまでブルボンとシンボリルドルフの併走であって、スズカとスカーレットは完全なる見学だし、私もトレーナーとして同席はするが別に必要なわけじゃない。精々、レース途中で掛かったら活を入れるくらいで、作戦とか、健康管理とか、ブルボンは自分でもできる。言ってしまえば私はただここにいるだけなのだ。

 

 だから、スズカには大人しくしていてもらわなければならない。もちろん今のスズカはレース前でもないし、一応幅広く禁止はしているが我慢できなくなれば勝手に走る程度のものでしかない。だから、突然暴走するなんてことは無い……と信じている。でもそれと何も対策しないかは別である。スズカは戦闘狂ではなく先頭狂だし、相手が強いほど燃えるなんてことは無いと思うんだけど、一応。

 

 

 というわけで、スズカはロープで手足を縛って私が運んできた。さらに猿轡も着けている。時間が時間なので校内やコースにも誰もいないのでマスクは外したので、見た目だけ見れば結構危うい感じになってしまっている。

 

 

「いや、まあ……エアグルーヴからは、頼むから二人が何をしていても止めないでくれと頭を下げられているから何もしないが」

「ちょっと待って。エアグルーヴは何を言ってるの」

「あまりにも真剣だったもので頷いてしまってね。ああ、もちろん本人に伝えて良いかはちゃんと許可を貰っているよ。止めなければ何でもいいとのことだ」

 

 

 エアグルーヴに裏切られた、とスズカが目を見開いて倒れてしまった。流石に挨拶の途中なので膝に倒れる前に受け止めて、肩に乗せ直す。片手でスズカを宥めながら、ブルボンのために勝負服を着て来てくれたシンボリルドルフに向き直る。

 

 

「それはそうと、今日はありがとう、シンボリルドルフ。忙しかったでしょう」

「それなりにはね。しかし、事務仕事の良い息抜きだ……と、言ってしまうとエアグルーヴに怒られてしまいそうだが、まあやはり走っていた方が調子が良いからね」

「……!」

 

 

 ほらね、じゃないのよ。変なこと訴えないで。シンボリルドルフは普段からウマ娘のことを第一に考えて心を砕いてるのよ。スズカは欲望でしょ。結構ちゃんと違うものを並べるのは失礼じゃん。きらきらとした目でこっちを見るスズカのウマ耳を摘まむ。

 

 

「それにだ。本音を言うなら楽しみにしているんだよ、エルナト・トレーナー。私はあなたの見抜く力については相当なものがあると思っているからね」

「お世辞を言っても何もしてあげないわよ。それに他の人に悪いでしょ、そんなこと言われたら」

「お世辞ではないとも。それに特別扱いでもない。事実、あなたのトレーナーとしての腕はそう大したものではないと思うよ。こっちもたまにトレーニングメニューやらは調査することがあるが、特筆すべき点は何も無い」

「……まあね」

 

 

 そりゃ当然。だって本当に大したことないもの。他とおんなじ。首を回し腕を伸ばしながら、私の能力に気付いているのかいないのかシンボリルドルフは続ける。

 

 

「ただ、その見抜く力は本物だ。そうだろう? サイレンススズカに逃げをやらせたのもそうだが、2400を走らせておきながら2500は考慮すらしなかったらしいじゃないか。それに、ミホノブルボンにクラシックを走らせるというのもね。私としても彼女はスプリンターに見えたよ」

「本人がしたいようにさせているだけ。別におかしなことじゃないわ」

「そうとも。数々の名医でも予見できなかった故障を見抜いて、自己嫌悪まで陥ったのがただの『嫌な予感』であれば別だがね」

「……何、シンボリルドルフ。大人をからかってるの? 怒るよ」

「失礼。戻ってきたようだし話はまた今度にしよう」

 

 

 むむ……なんか普通にバレてないか、私のこと、いや、元々そんなに強く隠そうともしていない。黙って誤魔化すくらいのものだったから、あの時のメンタルで何か不味いことを言ってしまったのかもしれない。会話の内容はほとんど覚えていないけど、生徒会室で彼女に何かまくし立てた記憶はある。

 

 というか、仮にそれらを見抜いていたとして、そこから何を言われるかが怖い。言ってしまえば怪我や適性を見抜くというのは圧倒的アドバンテージだし、何かこう、私をうまく敵に回さないようにURAが取り込んでくるとかありそうだもん。いや、流石に陰謀論過ぎるか? 

 

 

「ルドルフ会長。本日はありがとうございます」

「気にしないでくれ。私も楽しみにしていたよ。それで、今日はどのように?」

「はい。まずは、ルドルフ会長が本日どの程度まで走って良いのかをお聞きしてもよろしいですか?」

「そうだな……強度にもよるが6000といったところかな」

「承知しました。では6000mを限度にメニューの構築を行います」

 

 

 アップから戻って来たブルボンがシンボリルドルフと会話をしている。唯一無二たる無敗三冠を成し遂げた彼女と、それにこれから追いつこうとしているブルボン。物凄い光景だ。将来ブルボンを語る書籍が出たら間違いなくこのエピソードが挿入されるだろうね。

 

 

「構築終了。提案します。計三本、全て2000mで行います。一本目は会長には私の前後を走っていただき、私のペースを乱すことに集中していただきます。二本目は普段のレース通り、全力で私を差し切ってください」

「ほう……いや、了承した。それで、三本目は?」

「……マスター、三本目ですが」

 

 

 えっこっちに来るの? 今日は私は黙って座りながらスズカを愛でているつもりでいたんだけど。

 

 

「三本目は私ではなく、スズカさんと会長に走っていただくわけにはいきませんか」

「えっ」

「……!」

「うわっ気持ち悪……あっすみません」

 

 

 突然降って湧いたチャンスに、スズカがそれはそれは気持ちの悪い動きで自己主張を始めた。海藻みたいな動きをするスズカの頭を抱き寄せて動けなくしてやり、本当は嫌だが猿轡を外し始める。シンボリルドルフは控えめに言ってぎょっとしていたが、ブルボンは少しも動じることなく私をまっすぐ見る。

 

 

「どうしてスズカなの。三本とも二人で走ったら良いじゃない」

「……マスターに言うべきことではありませんが」

「うん」

「好奇心です」

「えっ」

 

 

 この子は何を言っているのかしら。でも冗談を言っている感じではない。ブルボンは真面目な時と冗談を言っている時で大して表情に変わりは無いものの、でも解る、本気だなあこの子。三人で走る、とかじゃなく自分を外してくるとは。正直三人でって言うのはほんのちょっと予想していた。どうやって断ろうかなあとも思っていたんだけど、まさか二人とは。思わず断り文句を忘れてしまった。

 

 

「好奇心」

「はい。スズカさんとルドルフ会長のレースを見ることで、私自身に何か変化があると予測されます。もちろんマスターに決定権がありますので、却下であれば三本目も私が走ります」

「ぷはっ……ブルボンさん。素晴らしいと思うわ。時には他の人のレースを見ることも重要よ、ね、トレーナーさん」

「スズカ先輩がマトモなこと言ってる……」

「調子のいい子ね」

 

 

 猿轡から解放され、優しい笑みを浮かべてブルボンの両手を包み持つスズカ。縛られたままなのに器用なことだ。しかし、その目は欲望に眩んでいる。私には解る。ちらりとこっちを見るブルボンが果たして狙ってやったのかどうか……せめて私にこっそりと提案してくれれば考えられたのに。

 

 

「スズカはダメ」

「どうしてですかっ、ブルボンさんのためですよ」

「自分のためでしょ」

「違いますっ。可愛い後輩が必要としてくれているんです、これを引き受けなくてどうしますか!」

「そのだらしない目を何とかしてから言いなさーい」

「あわわ」

 

 

 走りたいでいっぱいの目尻を引っ張って伸ばす。手足をわちゃわちゃにして逃げようとするスズカを捕まえて、今度は膝に封印してしまう。転がしてお腹に顔を埋めてしまえばそれ以上喋れない。

 

 

「お願いします」

「そうねえ……」

 

 何があるかなんて私には解らない。解らないが、それでも、ブルボンがそれで何かが起こるというなら信じた方が良い。わざわざ好奇心と言い切る必要が無い。ブルボンは口下手だが賢い子だ。もっともらしい理由をつけようと思えばいくらでもできるはずだし、好奇心なんて言い方をしたら即反論されるくらい解っているはず。

 

 

「むー……ぶぅぼんふぁん……」

「くすぐったいから喋らないで?」

「むぐむぐ」

「やめ、やめてやめて、ほんとに……!」

 

 

 考えがまとまらない。スズカに喋らせてもろくなことにならないし黙らせてもろくに考えられないとはどうなっているんだ。一応スズカの意見を聞こうと猿轡を外したのは失敗だった。もう一回着けるか? 

 

 

「あー、なんだ、エルナト・トレーナー」

「シンボリルドルフ」

 

 

 と、苦笑い中の生徒会長が割って入って来た。

 

 

「どちらでも私のやることは変わらないだろうし、とりあえず二本始めてしまうのはどうかな。私は時間がどうなろうと構わないが、あまり遅くなるのも問題だろう?」

「……まあ、それはそうね。じゃあブルボン、とりあえず二本走ってきなさい。ペースは何度も言っている通りに」

「はい。承知しました。それでは会長、スタート位置へお願いします。私が内枠でも構いませんか」

「もちろん。ではエルナト・トレーナー。また」

 

 

 二人がスタート位置に早足で向かった。こっちはこっちでスズカを解放して睨む。

 

 

「トレーナーさん……お願いしますっ」

「むむ」

「ね? トレーナーさん。ブルボンさんのためですよ? 無敗三冠とらせてあげるんですよね? ね?」

「……無敗三冠って簡単に取れるんだっけ……後で頭冷やさなきゃ」

 

 

 お願いお願いとねだってくるスズカ。もう……私もこれに弱いのだ。なまじブルボンの希望というのが腹立つ。スズカの希望ならまだもっと断りやすかったのに。

 

 

「……じゃあスズカ、一つ条件を付けます」

「なんですか?」

「この二レース中、一言も言葉を発さずに大人しくしていられたら認めます」

「……!」

 

 

 言いながら両手も解く。スズカははっとして、解放された両手で口を押えてこくこくと頷いた。素直だなあ……可愛い。

 

 

 そして、ブルボンとスズカの挑戦が始まる。

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