走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「始まった……!」
シンボリルドルフとブルボンが走り出す。と同時に、私の隣に座るスズカがお口チャックのままむん、と拳を握る。いつものように前に出て一定ペースで走るブルボンの斜め後ろにぴたりとシンボリルドルフがつけた。こういうのを見ると、私の力もいい加減当てにならないというか、それを超えてくるウマ娘がたくさんいるということを実感させられる。
「徹底マークって感じね……あんなにしっかりつけるの?」
「上手いよね……本当にこう、天才って感じ。流石皇帝と呼ばれるだけはあるわ」
本来、徹底マークというのはそう簡単なものではない。相手のペースがどうなるか解らない中で接触もせず、離され過ぎることもなくくっつくだけでも難しいし、それに加えて自分の存在を相手に見せ続けプレッシャーをかけるなんて芸当はジュニアどころかクラシックでもできない子が多い。
それでも、それを簡単にやってのけるのがシンボリルドルフだ。流石は絶対とも言われたウマ娘。「レースに絶対は無いが」という枕詞はつまり、シンボリルドルフには「レースにおいて」絶対があるということに繋がる。トップスピードがどうとかそんなものよりも、レース運びが異常に上手いのだ。だからこそ、彼女は圧倒的大差で勝つことはしないのだ。
「で……やっぱりブルボン先輩があんなこと言ったのって」
「流石にそうでしょうね」
シンボリルドルフが、挑発するかのように横に出てブルボンの横に並ぶ。流石のブルボンでもちらりと彼女を見た。しかし並ばれたまま走ることができている。やや彼女が前に出ても、なおそのまま走れている。素晴らしい。
一方、私の隣のスズカは早くもかなり限界が近付いていた。まだ第二コーナーにも入ってないけど、がしんがしんと私に体当たりをしながら、自分の心臓あたりをとんとんと叩き始める。抱え込んで頭を撫でると、完全に肩で息をしていた。こっちはダメダメだ。
シンボリルドルフが下がる。こうやって揺さぶられても自分を崩さないでいられれば、基本的にブルボンが身体強度で負けることは無い。もちろんスズカのように圧倒的なわけではないし、同期の動向も見ておかなければいけないけど、それでも平気だろう。再びプレッシャーをかけ始める彼女を後ろに、ブルボンが直線に入る。
「良さそうね。ほらスズカ、マトモに先頭走ってる時くらい休まないともたないわよ」
「ふー……ふー……っ」
ダメだこりゃ。口元を押さえたまま私にも反応してくれない。黙ってはいるけど脚はばたばた地面を踏みしめているし、これは声を出すのも時間の問題かな。まあ、まあ、頑張ったんじゃない? 私はてっきり一回目から我慢できないと思っていたから。
再びコーナーでシンボリルドルフが前に出た。再び並ばれ、今度は足取り軽く抜き去られる。ちゃんとこれも耐えられ……あ、ブルボンが掛かった。シンボリルドルフが振り向いている。惜しいというか何と言うか。行けると思ったんだけどね。用意してあったメガホンを手に取る。
「スカーレット、耳塞いで」
「あ、ええ」
スズカは何も言わずとも防御しているのでスカーレットにだけ注意して、立ち上がって口に当てる。流石に喉が痛いからあんまりやりたくないんだけど、仕方が無い。大きく息を吸い込み、叫ぶ。
「ブルボン!!!!! 真面目に走んなさい!!!! 」
届いたかな、あ、届いてる。ブルボンがペースを下げた。それに合わせてシンボリルドルフも再び後ろに下がる。良かった良かった。とりあえず落ち着いたし、もう大丈夫だろう。まあ彼女みたいなプレッシャーをかけられるクラシック級の子はほとんどいないだろうし実践的には大丈夫なんだろうけど。
そして、声を出す前に私が真面目になってしまったので何とかスズカは我慢できたようだ。振り向くと、したり顔で微笑んでこちらを見ている。誇らしげにしやがって、私が大きな声を出したから助かっただけでしょうが。
「でも偉い」
「ふへへ」
「あっ喋った」
「そ、それは違いますよね! ずるです! 今ずるをされました!」
「あの、スパート入ってるんだけど見なくて良いの?」
良いの。この場の誰も、最終的にブルボンが勝てるなんて思っていない。重要なのは道中だ。流石にスパートはスピード差がありすぎる。案の定、正面ではシンボリルドルフが一バ身ほどつけてゴールしていた。
戻ってくる二人に飲み物を渡し、一応二人とも見ておく。うん、まあこれくらいで怪我率なんか出ないわよね。ブルボンの消耗もどちらかといえば精神的なものが大きい。
「お疲れブルボン」
「申し訳ありません、マスター。道中ペースが乱れました」
「むしろあの程度で修正できたのは良いことよ。次はできるわ、ブルボン」
「……はい」
凹むブルボンのウマ耳を立たせてあげて、怒っちゃったのでちょっと優しく。頭を撫でてあげると大人しくされるがままになっていた。補給を済ませた二人を再び送り出す。走るのは私がいなくても二人でやってくれるから楽だ。そしてスズカだけど、意地悪に怒って座り直した私をばしんばしんと殴り付けていた。
「痛いでしょスズカ」
「喋ってません、私喋ってません!」
「でもふへへって」
「話が違うじゃないですかぁ……」
ふにゃふにゃになって倒れたスズカを撫でる。別にこれでダメって言うつもりは無いけどね。冗談冗談。でも本気で絶望してそうなスズカが可愛いのでとりあえずこのままにしておいて、二人のレースを見届ける。こちらもブルボンに勝ち目は基本的に無い。そもそもシンボリルドルフの方が強いうえに、差しの事故要素であるバ群に飲まれるという事態が起こらない。大外を回る必要も無い。だから安心して見ていられる。私は。
「……っ、ぁ、ぁっ……」
スズカはそんなことないんだけどね。
────
「じゃあスズカ、ちゃんと一回だけよ。シンボリルドルフにやってもらうんだからね」
「はいっ。ちゃんと解ってますよ。トレーナーさん大好きです」
「はいはい」
上機嫌なスズカ。結局何回か咄嗟に声をあげそうになったものの、私に抱き着くことで強引にそれを回避してきた。よく聞けば喋ってたんだけど、おおむね我慢できたということで偉いので走らせてあげることにした。ブルボンの希望でもあるし、少しくらい息抜きは必要だ。ということで、スズカがウマ耳をぴこぴこさせながらスタート位置へ走っていく。心なしかシンボリルドルフも楽しそうだ。
「二人の勝負はどう? やっぱりスズカ先輩が不利?」
「いや。互角かな。距離的にはスズカの方が強いし、これで後二人くらい壁がいればスズカの勝ちで間違いないんだけど」
「いくら何でも会長にそれを言うのは……」
「スズカを舐めちゃダメよ。スカーレットには言ったことなかったっけ。スズカがこの学園で不利がつくのはマルゼンスキーだけ」
「……そんなに?」
「そういう子なのよスズカは」
いかにシンボリルドルフといえどもスズカに追いつくのは至難の業だろう。彼女はレースの天才であってタイマンに全てを懸けられるような子ではない。スズカはそういうのは関係無いし……まあ、そこまで考慮してもなお絶対に勝つとは言い切れない辺りやっぱり『皇帝』だなあとは。
「ブルボンも良かったわね、見られて」
「はい」
簡潔に答えるブルボン、珍しく、私の方を向いて返事をしない。水筒を持ったままじっと二人を見つめている。よほど見たかったんだろうね。私はスズカの負けるところはあんまり見たくないけど。
レースが始まった。やはりスズカが大きく前に出る。シンボリルドルフもついていこうとして、すぐに諦めた。圧を掛けられるような相手ではないと気付いたのだろう。やっても自分が潰れると。賢い。かなり控えて走っている感じで、スズカと目を疑うような差が開いた。そして中盤になってから進出を始める。
「あんなに開いて大丈夫なの……?」
「たぶんね」
じりじりと差が詰まっていく。大差を割って、射程圏まで行ったところで最終コーナーにかかり、スズカのエンジンが一気にかかる。当然のように伸び脚を発揮して再び突き放し押し切ろうとするスズカを、さらに上回る加速力で強襲するシンボリルドルフ。すっご。こうして実際に見ると、本当にあのスズカに追い縋れるウマ娘なんているんだとびっくりするわ。そのまま突っ込んで、最終直線に入るころには既に六バ身まで詰めている。
「抜かれる……!」
スカーレットが声をあげる。でもまだだ。最高速度はスズカも生半可なものではない。そう簡単に抜かせない根性もある。じりじりと詰まってはいるが、決定的に無理だと言えるようなものでもない。これは微妙だ。残り400、いや、決まったか……?
「……っ」
「うわっ」
「……失礼しました。少し力が入ってしまい」
「あ、う、うん……白熱してたもんね」
二人がほぼ並んでゴール。その瞬間、ブルボンが水筒を握り潰した。ひえっ……。
着順だが、正直目の前でゴールされると速過ぎて解らない。スカーレットにも聞いてみたが解らなかったようだし、ブルボンは何か感じ入ったように喋らなくなってしまったので放置するしかない。走り切って戻って来たスズカが私に飛び込んでくるのを受け止める。聞いて良いのかな。でも、スズカが負けてたらもう一回とか言いそうだもんな。聞かない方が良いかも。シンボリルドルフもゆっくりと戻ってきて、持参したボトルを口に運ぶ。
「いやはや……なるほど、これは聞いていた以上だった。参った。完敗だ」
「……スズカが勝ったの?」
「差し切れた実感は無いね。一対一で負けるようならレースでも勝てないだろうし、負けで構わないよ。まだまだ精進が必要だね、私も。まったく、あのエアグルーヴが大言壮語を受け入れているから不思議だとは思ったんだ。実力が伴っているなら何も言えない」
「口数が多いじゃない」
「それだけ楽しかったと思ってほしいな。まだまだ頑張ろうと思えるよ。感想を聞いておきたいが」
「……だ、そうだけど? スズカ」
私に抱き着いたままのスズカが、ぴくりとウマ耳を起こす。スズカの勝ちね。どっちだか本当は解ったものじゃないけど。しばらく何も言わなかったスズカだったけれど、心配になって顔を覗き込むと、いつにも増して鋭い目でこっちを見返してきた。
「うわ怖」
「トレーナー……さん……!」
「ヤバい。ブルボン、スカーレット、取り押さえて──」
「トレーナーさん……!」
異次元の逃亡者が私を射抜いていた。私の襟元を握って、思いっきり顔を近付けてくる。ヤバすぎ。二人が後ろから引っ張っても微動だにせず、私をそのまま壁まで押し付けた。
「もう一回……!」
「な、なんで……走ったでしょ……?」
「今のは違います……! もっと離せました……!」
「勝ったならそれで」
「すぐ隣なんて嫌です……! もう一回やります……!」
ヤバい。私では止められないかもしれない。それとも、シンボリルドルフ本人ではなく私に言ってくるあたりが最後の理性だろうか。フクキタルに負けた時は本人に向かって行っていたし、単純に気を許しているかどうかかな。どちらにせよ私が詰められることには変わりないんだけど。物凄いオーラを纏わせたままじっと見つめてくるスズカと、その後ろで無力なブルボン、スカーレット。シンボリルドルフがその後ろから来てくれた。
「あー、その」
「い、良い、大丈夫だからシンボリルドルフ、帰った方が良いかも……! あとスズカと一週間くらい顔を合わせないように……!」
「トレーナーさん……何言ってるんですか。走るんですよ私は」
「早く帰ろう! シンボリルドルフ!」
「あ、ああ……解った。それではあとで改めて挨拶に行くよ。色々片付いたあとに」
「う、うん……!」
よし。とにかくシンボリルドルフは帰らせられた。あとはスズカだ。完全に火が点いている。流石に走らせないと収まらないかもしれないけど、この感じだと無限に走ってしまう。どうすれば良いの、私。こうしている間にも吐息を感じる距離で目を見開いたスズカが見てるんだけど。目が据わっている。
「スズカさん。今日は帰りましょう」
「す、スズカ先輩!」
「ほ、ほらスズカ、ね? 明日また話そう? ね?」
「……走ってきます」
「いや! きょ、今日は遅いし、ね? その、ほら、帰って一回寝てから考えよう! ね!」
「走ります……次は無いです……」
「あー……」
ダメだ。スズカが完全に壊れてしまった。バーサーカーを止める方法はまだちょっと解らない。もう少し理性があれば会話ができたんだけど、負けたならともかく僅差で勝つのが一番ストレスなのかも、なんて、今後に役立てたい知識を一つ得て、私はもはやスズカに許可を下ろすしかできなかった。
本人すら気付いてませんがハナ差でルドルフが差し切っています。