走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
もう(新規読者を獲得する気が)無いじゃん……
「でぶ」
「あーあ、トレーナーさんが酷いこと言いました」
「でぶじゃん」
「あぅ……」
ある日。スズカ達が太り気味になった。なったというか、なっている。スズカとブルボンがね。
ウマ娘にとって太り気味……大幅な体重増加というのは滅多にないことである。本格化するとしばらくの間身体が大きく変化しない。身長体重スリーサイズにいたるまで誤差レベルの成長しかしない。
もちろん筋肉の発達によっても体重は増加するが、それも僅か。大して体重が変わらず、筋肉量も劇的に増えていないのに何故かトレーニングによって出力が成長するというのがウマ娘の神秘である。
そして、ウマ娘はウマ娘としての力を発揮する限り、半端ではないカロリーを消費する。栄養バランスは良ければ良いが悪くても問題無く生きていける。先の神秘と合わせて、こういう事情で太らないわけだ。羨ましい。
しかし、それでも食べ過ぎると……どうやらそれぞれのウマ娘が持つ許容量を超えると、消化後も大幅に体重が増える。基本的にはお腹に脂肪がつき、顔が少し丸くなるのだ。これを我々は太り気味と呼んでいる。
「まさか揃って太り気味になるなんてね。止めるべきだったかな」
「すみません……」
「申し訳ありません」
「あ、ううん、怒ってるんじゃなくてね。私の管理が甘かったなって。ごめんね」
そんな太り気味、トレーナー達にとっては非常に面倒なバッドステータスである。私の目にも燦然と輝く『太り気味』の文字。つまり怪我と同列なのだ。
太り気味になったが最後、何もしなければ戻らない。その状態ではもちろん走る速度が落ちるし、疲れやすくなる。二人には関係無いけど末脚のキレが無くなるなんてことも言われている。
「仕方無いので今日はたくさん走ります」
「やったっ……あいたっ、と、トレーナーさんが怒った……」
「太ったことには怒らないけど、今調子に乗ったことに怒ります私は」
それにだ。よく考えてみれば相手は中高生であり、こっちはアスリートの管理でお金を稼いでいる身なのだ。太り気味だの何だの、ウマ娘の不調はこっちの責任に他ならない。それはそれとしてスズカにはムカついたのでデコピンをかます。
と、いうわけでジャージの二人と坂路コースに出ているわけだ。見なさい周りを。『あんなに強い先輩でも太り気味になるんだ……』みたいな目を……ん? 本当か? 二人じゃなくて私を見てない? マジ?
……おほん。
「プールが空いてなかったし、しょうがないので坂路です」
「っ……」
「揃って嬉しそうな顔をしないで??」
特にスズカ。走れれば何でも良いの、あなたは。
とにかく気を取り直して二人にメニューとタイムを伝える。ブルボンはいつも通り攻め攻めのタイムで、スズカはどうせ守れないとは思いつつさらに上の段階を指示。ウォームアップを済ませ、早速駆け出していく二人。うーんお腹出てるなあ。
走り出すスズカ。やはりこう、少し切れ味が鈍いような気がする。それでもぐんぐんとブルボンを引き離していくのは流石の一言だけど。ブルボンも珍しくかなり苦しそうにしている。まあ、基準タイムは普段のものだからね。厳しいかな。
というかスズカ、走り出して二歩目くらいからもうタイムのこと忘れてるんだろうなあ。設定タイムを守ればこんな大差はつかないから。
……たまにはブルボンにも、難しいことを考えずに走らせるのも良いかもしれない。せっかく今日はスズカと走っているのだし。
戻ってきた二人を労い、早速それを話しておく。
「二人とも大丈夫よね。次行くわよ」
「はいっ」
「はい」
「たまにはブルボン、自由に走って良いわ」
「自由に」
「うん」
水分補給中のスズカを見る。こちらのことなんて何も気にしていない。ただひたすら走るのが楽しくて笑顔のままだ。可愛いので隣に立たせて撫でる。
「んー」
「スズカはこんなんだからどうせ全開で走るし」
「こんなん……? こんなんって言いました……?」
「事実でしょ」
「ぅゃぅゃ」
ちょっと乱暴にわしゃわしゃしてスズカは黙らせておく。
「自由に走るスズカにひたすら追い縋る感じにしようか。坂路だし、ブルボンの方が根性もあるから勝負にはなると思う。久しぶりにちょっと頑張ろうか、ブルボン」
「……よろしいのですか」
「うん。スズカも良いでしょ?」
「え、あー……は、はい、大丈夫です」
聞いてなかったねえ君。
尻尾を振ってやる気満々のブルボン。目を見れば一瞬で見れば解るほどにやる気に満ち溢れている。元々トレーニングになればすぐさまやる気を出してくれる子だけど、スズカとバチバチにやりあうのは別格なのかもしれない。
「頑張れブルボン。行っておいで」
「はい。ミホノブルボン、発進します」
スズカもチェックして次に行かせる。さて、どうなるだろう。少しの間くらいなら追い縋れる、とは思うんだけど。
────
「はーっ……はー……」
「な、なんですか、これは……」
「お帰り。今日はこの辺でやめとこうか」
その後二本の坂路を行い、スズカもブルボンもくたくたになって帰ってきた。ブルボンが早々に倒れたのは様式美として、スズカもかなり疲れている。坂路三本だし当然と言えば当然だけど、要因はもっと別のところにもあるだろう。
「お疲れブルボン。思いの外追い縋れてたと思うわ」
「ありがとう……ございます……」
「トレーナーさんの指示ですか……? ひ、酷いです、せっかく気持ち良く走ってたのに……!」
「まあまあ。先頭は譲ってないんだから良いじゃない」
「いやですー。足音や息遣いも聞きたくないですー」
「相手は坂路の鬼よスズカ。本気で追ってきたら千切るのは無理でしょ」
スズカにくっついて追い掛けて走れと私が言った通り、ブルボンはスズカの少し後ろを走り続けた。もちろん平地ならこうはいかなかっただろう。あくまでブルボンの方が坂路に慣れているからこそ、スズカが消化不良になって騒ぐ事態に陥っている。
「あーあ。がっかりしました。今夜は走りに行きます」
「良いよ」
「えっ」
「寮に帰るかうちに来るかは早めに連絡してね」
「えっ」
汗を拭いてあげながらそう言うと、スズカが目を丸くして動きを止めた。見ればブルボンも倒れたままこちらを見ている。
……いやいや。
「私が何でもかんでも止めると思ってるでしょ」
「違うんですか……?」
「たまに許可も出すじゃん」
「週に一度あるか無いかじゃないですか」
「それを人はたまにと言うのよ」
そもそも禁止しても律儀には守らないくせに白々しい。禁止は破る、走らないと調子を崩す、おねだりが可愛いと色々揃ってるくせに。
「でぶだから走った方が良いんじゃない」
「へぅ」
「ふふふ」
もたれかかってくるスズカ。しかし、これから走れるということに喜びを隠しきれていない。特に尻尾と口角。ショックを受けた振りをするならちゃんとすれば良いのに、素直な子ね。
ともかく、走って良いと言われればスズカが走りに行かないわけがない。すぐに寮に連絡を入れた。ということはつまりうちに来るということだし、夜中まで走るということだ。夜食を準備しておこう。食べずに寝る可能性の方が高いけど。
「ブルボンも走る? スズカと一緒とか」
「スズカさんが良いなら」
「……良いですよ?」
声が震えている。
「無理しないの。別ルートにしておく? ブルボンは」
「いえ、今日は帰宅します。また後日お願いします」
「そう。今日はスズカだけね」
スズカと二人なんて久しぶり……とはならない。別に割とある。スズカとブルボンの泊まりに来る頻度は結構違うし。そろそろブルボンも顔パスで外泊できるかもしれないけど。スズカはとっくの昔に顔パスだし、スペシャルウィーク達もそれを良いことにあの部屋を溜まり場みたいにしてるらしいし。
「じゃあダウンして今日は終わりね。お疲れさま」
「ありがとうございました」
「じゃあ私は走りに行ってきますね」
「待て待て待て」
何がじゃあなのかは解らないが走り出そうとしたスズカを掴んで止める。こうなるだろうとは思っていたので、今日はトレーニングの荷物の中に財布やら何やらを入れてあるのだ。ポーチをスズカに持たせる。
「気を付けるのよ。速度制限とか見てね」
「はい」
「あと、帰る前に連絡してくれたらお風呂を沸かすから」
「そのまま……」
「そのまま寝るのはダメだって言ったでしょーが」
「ぁぅぁぅ」
肩をがくんがくんと揺さぶり、ちゃんと注意事項は話しておく。こんなに言っても連絡はしないんだろうなあ。私も期待せずに最初から沸かしておくよもう。信じてないからね……ある意味信じているとも言えるかな。
「行ってらっしゃい」
「はいっ」
そして突風が吹き荒れた。許可を貰っていると行動が早い。楽しそうで何よりです。
「じゃあシャワー浴びなね、ブルボン」
「はい。お疲れさまでした」
「はーい」
シャワーに向かうブルボンを見送って片付けを済ませ、今日のお仕事はおしまいだ。家に帰ってスズカを待つことにしよう。
ここから始まるいくつかのイベントのことを考えつつ、私はその日の仕事を終えた。