走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「お疲れブルボン。日々加速が早くなってるわ。その調子で、加速ポイントで即トップスピードに乗れるように頑張りましょう」
「はい」
「反省点だけど……やっぱり根本のスピードはまだ足りてないかも。やっぱりしばらくはその方向でトレーニングかな。現時点で2400は確実に走りきれるから」
「承知しました」
「じゃあもう一本。スパート位置を10m下げて同じタイムを出せるよう努力しなさい」
「了解しました。開始します」
ある日。いつも通り私はブルボンにトレーニングを課していた。早めに終えたスカーレットが水分補給をしながら見学で座っている。スズカは……まあ、まあ。
「スタミナを鍛えてハイペースに持ち込むって戦法はどうなんですか?」
「んー……それでも良いけど、いくつか問題もあるわ。まず根本として、ブルボンにスタミナがあるとはいえ本職……いわゆるステイヤーと消耗戦はしたくないってこと。もちろん出走ウマ娘的にも、ブルボンが身体能力で劣っているとは思わないけど」
外なのでスカーレットも敬語だ。スカーレットはまだトレーニングのためのトレーニングみたいなことしかしていないので消耗はそこそこ。ただ、スカーレットの才能は半端なものではない。それこそブルボンなど鼻で笑えるような強さがある。早い段階で通常トレーニングに移行しても良いかもしれないわね。
「もう一つは、ハイペース消耗戦はその場その場で周りの様子を見ながらペースを変えられる子じゃないと崩れるってこと。特にブルボンは高確率でハナを切るからペースメーカーとしても動かなきゃいけない。あの子はそんな器用な子じゃないわ」
「ふーん……じゃあ戦法はいつも通りってことですか? ダービーなのに?」
「まあね。特別なことなんて何も無いわよ。いつもと一緒。特にブルボンなんか練習通りに走れるのが何より大切なんだから」
「……なんかこう、ダービートレーナーになりたい! とか無いんですか?」
ダービーに合わせて2400を走るブルボンを眺めつつ、横から話し掛けてくるスカーレットに答える。先輩がいると遠慮しているのか面倒なのかあまり話さないんだけど、二人だと結構話してくれる。良好な関係は大事よね。
「無いかな……ダービートレーナーになっても担当志願が増えるだけで給料も上がらないし」
「担当が増えたら上がるじゃないですか」
「あんまりウマ娘に話すことじゃないけどね。未勝利戦とかプレオープンとか、いくらにもならないのよ」
「本当にウマ娘に話すことじゃない……!」
基本大きく給料が上がることもないし、上げるために多人数チームを組むかって言えばそんなこともしたくないし。頭を抱えるスカーレット。
「名誉とかもあるじゃないですか……」
「うーん……私が望んでもね……結局私は走らないし、トレーニングもしないし……ブルボンがダービーはやめるって言ったらやめるで良いんじゃない、って感じで」
「いえ、ダービーには必ず出走しますが」
「お帰りブルボン。まだもうちょっと縮めたいわね。少し休んでもう一本行こうか」
話している間にブルボンが帰ってきた。スピードを伸ばすことを胸に刻み、立ったまま休むブルボンに水筒を渡す。
「もちろんブルボンはダービーに出すわよ。そういう約束だしね。私は懸けてないって話」
「なるほど」
「何とも思わないんですか?」
「クラシック三冠は私の夢です。マスターとは私自身を勝利に向けて万全の状態で出走させるという契約を交わしています。特に不履行はありませんので」
「全然解らない……どういう距離感……?」
色々とね。あるから。私とスズカとブルボンは。何ならスカーレットだけ唯一、特に約束無く私の担当になっている。スズカはスズカの走りのまま勝てるようにすると言ったし、クラシックを勝たせるとブルボンには言った。
大レースで勝つより、二人との約束を守る方が大切ということで。今のところスズカとの約束は守ったと言っても過言ではないし、ブルボンとのそれもほぼこのまま叶うだろうし。
軽く話しながら休憩を終えたブルボンが大きく息をついた。怪我率も出ていないことを確認して、これがラスト一本かな。もう少しパワーを上げた方が加速に役立つかもしれない。もしくはトップスピードに近いペースを設定して、加速を必要としない戦法をとるか。
スズカは後者なので究極的には加速力はいらない。ブルボンは……うーん……あんまりハイペースで周りを潰す逃げは向いてないとは思うんだけど。
「そういえば今日はスズカ先輩は?」
「スペシャルウィークにどこかに誘われたらしいわよ。ご飯も食べてくるって」
なんで教え子が遊びに行くのにご飯の心配をしてるのかな、私。母親かよ。
「じゃあ今のうちに言いたいんですけど……その、次はいつ特別メニューってやるんですか?」
「え」
また始まった。スズカがいなくてもこういうのから逃れられないのか私は。
「と、突然何……?」
「いえその……そろそろちょっと、一回やっておきたいなって思いまして。もちろんブルボン先輩との兼ね合いもあると思うんですけど」
「いやほら、まあ、うーん……ダービーに向けてちょっとはやるけど……」
「是非お願いします!」
嫌だなあと思いつつ、まあやるべきだ。もちろんスピードをメインで伸ばせるならそれで良いが、ブルボンの場合は坂路でも何故かスピードが上がる。それを量こなすのも悪くない。私の精神衛生以外はね。
というか、スズカがいない時を見計らうあたりは解ってきてるのよねスカーレットも。その調子で、実は私がスパルタを望んでいないことも気付いてくれないかな。
「スカーレットはほら……まだそういう段階じゃないっていうか」
「ブルボン先輩は加入直後からやってたって聞きましたけど」
「そう言われると何も言えないけど」
「なら良いじゃないですか」
敬語……だが、視線が真っ直ぐ射貫いてきている。真っ赤な目がもう、「なら良いわよね? 断らないわよね?」と語っている。こっわ。だだこねのスズカ、botのブルボン、そして威圧のスカーレットだ。
「スカーレットは才能があるし……そんな、スパルタに頼らなくても」
「才能にあぐらをかくのはバカのすることだと思ってます」
「うーん耳が痛い」
私と、スズカも割とそんな感じだし。クラシックの夏もスズカはトレーニングを繰り返したとはいえスタミナの補強をしたくらいで、あの走りが才能任せでぶん殴っていることには変わりないのだ。私のこの目も同様にね。
「ただいま戻りました」
「ああブルボン。良い感じね。たぶんダービーまでには要求値だと思うわ。じゃあダウンして終わりね」
「はい……ところで、今ミホノブルボンには才能が無いから特別メニューを執り行うという話をしていましたか?」
「地獄耳!」
スカーレットに手伝われながらストレッチを始めるブルボン。この距離で、走りながらこっちの会話が聞こえるとは。ウマ娘とは恐ろしい種族ね。
というかその、まあ解ってはいたけど、ブルボンは自分に才能が無いことを心の底から認めているのよね。努力ができるのも才能だとは思うけど、それを言うとお父さんが鍛えてくれたからと言い出す。自己肯定感はそこそこあるから良いけど、もう少し何か思うところとか無いのかな、とは思う。
「いやその……や、やるけど……やるけどね? でもほら、ちょっとだから。そんなにがっつりはやらないから」
「しかし、次走は日本ダービーです。これまで同様、厳しい戦いが推測されます」
「これまでそんな厳しい戦いしてた……? 大楽勝で勝ってたじゃない」
「努力の成果です。怠ることはできません」
「なるほどなあ」
目がキラキラとしている。自信に満ち溢れていた。この場合間違ってるのは私だもんなあ。ブルボンに三冠をとらせるためにバシバシ鍛えるって話はしたし、実際にそれで勝たせてしまったのも要因だ。事実、トレーニング前のブルボンのステータスはお世辞にも高くなかった。
「ちょっとはやるからさ……それで勘弁してくれない……?」
「これもトレーニング計画です。頻度は正確にお願いします」
「……週に一回とか」
「それではダービーまでに五度しか行えないことになります。今日が金曜日ということも考慮すると四回になる可能性もあります」
「……何回やれば良い?」
「トレーニング計画の作成はマスターの職務です」
「そっかあ……」
と言いつつ、そりゃ毎日でしょと目で訴えてくるブルボン。私の担当、目で語り過ぎだって。顔が良いからじっと見つめられるとこっちが恥ずかしくなる。私は一体どうすれば……?
必死に逃げられないか考えるものの、目の前でじっと見てくるブルボンと後ろから密かに見ているスカーレットの圧に負けそうになった、その時。
「あっ」
「……!」
電話が鳴った。これ幸いと逃げ出す。ありがとう……えっと……スペシャルウィーク?
「もしもし? スペシャルウィーク?」
『あ、スズカさんのトレーナーさん、今大丈夫ですか?』
「むしろ助かったくらいよ」
『え? ああ、まあそれは良かったです。えっと、今スズカさんとセイちゃんとご飯を食べてたんですけど』
まだ五時よ。
『この後夜釣りに行かないかと誘われちゃいまして。帰りが遅くなっちゃいそうなんです』
「うん。ちゃんと寮長には話しておきなね」
『はい。それでその、申し訳無いんですけど、私とスズカさんを夜に迎えに来て貰えないかなと』
『トレーナーさん! 大丈夫です……! 私達には脚がありますから!』
後ろからスズカの声も聞こえる。心なしか暴れているような感じもするわね。ため息が出る。どうせスピーカーだろうし、後ろのスズカに聞かせる気持ちで。
「解ったわ。迎えに行く。時間は解る?」
『トレーナーさん……!?』
『遅くても日付が変わる頃には終わるそうです。場所は後で地図を送りますね。セイちゃんに連絡先を教えても大丈夫ですか?』
「大丈夫よ。じゃあスズカをよろしくね」
『トレーナーさん、私、私が先輩……』
『はい。じゃあよろしくお願いします! 失礼します!』
「はーい」
『あっ待ってトレーナーさ──』
後ろでわめくスズカを無視して電話を切った。ありがとうスペシャルウィーク、ちゃんと止めてくれて。そこでちゃんと止められるのがあなたの凄いところだと思うわ。夜中に突然タクシーをさせられるより、スズカが走る方がダメージだと理解している。
「じゃあそういうことだから、今日は解散ね」
「全く関係ありませんが」
「逃げ方が雑じゃないですか?」
くそっ。
結局今日も担当からは逃げられず、二人の高頻度での特別メニュー実施が決定してしまった。がっでむ。